シグルドの魔剣G-R-Mが放った最後の一撃は、因果応報の鉄槌となって天上層ヴァルハラの心臓部を貫いた。
超高周波で赤熱したブレードは、防弾ガラスや装甲板を紙細工のように切り裂き、巨大な量子コアのメインプロセッサへと物理的に突き刺さったのである。
臨界点を超えたコアは、眩い放電とともに融解を始め、周囲の冷却システムを次々と爆破していった。
ヴァルハラが軋む音は、神の悲鳴などという高尚なものではなかった。
ただ、壊れるべきものが壊れる時の音だった。
天上層を支えていたメインコアが焼け落ち、白と銀のクリーンルームは、内側から火を噴く巨大な棺桶に変わっていた。
浄化された空気は煙に汚れ、静寂は警報に食い破られ、磨き抜かれた床は天井材と強化ガラスの破片で埋まっていく。
ヴァルハラそのものが、巨大な断末魔を上げていた。
かつて雲を突き抜けた神殿であったはずの超高層アーコロジーが、制御を失ったジャイロシステムによってゆっくりと、しかし確実に
構造材が悲鳴を上げ、巨大な鉄の墓標のように、抗いがたい重力に従って地表へと墜落を始めたのだ。
上に行けば救われると信じた連中の神殿は、最後までただの建造物だった。
柱が折れれば傾くし、支えを失えば墜ちる。
それだけの話だった。
違法コンソール・ルームでは、グンナルが激しく揺れるオフィスの中で、震える片手でコンソールを叩き続けていた。
だが、網膜ディスプレイに映し出されるのは、絶望的なシステムダウンの警告と、彼を拒絶し続ける赤いエラーコードだけだった。
手から滑り落ちた最高級のワイングラスが床で粉々に砕け、真っ赤な液体が血溜まりのように広がっていく。
片脚を巨大なコンクリート塊に押し潰されながらも、残った片膝で這いつくばるように上体を支えている彼は、もはやエリートの姿を保っていなかった。
千切れかけた片腕をかろうじて繋ぎ止めている特注スーツは、焼け焦げと血で台無しだった。
青白く整えられていた顔も、今は頬を裂いた破片と煤でひどく汚れている。
完璧な仮面はどこにもなかった。
あるのは、痛みに目を見開いた、ただの男の顔だ。
「なぜだ……! 私の権限は最上位だぞ……!」
その絶叫も、崩落する天井の轟音にかき消された。
助けを呼ぶ声は、この高さでは誰にも届かない。
届いたとしても、もう遅い。
彼が何年もかけて積み上げた権力も、論理も、清潔な理想も、いま頭上で軋むコンクリートの重さを一グラムも軽くはしてくれなかった。
部屋が再び傾く。
壁面ガラスの向こうで、雲海が斜めに滑った。
神々の住処を気取っていた高度が、今はただの落下距離に変わっている。
グンナルは血に濡れた指で床を掻いた。
逃げようとしているのか、何かを掴もうとしているのか、自分でも分かっていない顔だった。
彼の視界の先には、焼けたコンソールへ突き立ったG-R-Mがあった。
赤熱こそしていないが、なお刀身は黒い熱を宿している。
そこに、自分を拒んだすべてが凝縮されて見えた。
「私が……選ばれるはずだった……」
吐き出した血が、その言葉の後半を塗り潰した。
次の瞬間、天井が落ちた。
コンクリートの巨大な塊がエリートとしての彼のプライドを、そして華奢な肉体を無慈悲に押し潰していく。
悲鳴は短かった。
骨の砕ける音も、肉の潰れる音も、上層の高級建材が崩れる轟音の中では、たいした意味を持たない。
クリーンルームで育った男は、酸性雨の雲を引き裂き、分厚いスモッグを突き抜けて、自分が何より軽蔑し、見下していた地下の泥水へと、神殿ごと真っ逆さまに引きずり込まれていった。
重力は、差別しない。
天上層の崩壊と時を同じくして、地下街ニヴルヘイムの底でも、別の静寂が訪れようとしていた。
地下のメンテナンス・ルームには、嵐が過ぎ去った後のような不気味な静けさが横たわっていた。
G-R-Mの最後の投擲で中枢配線が連鎖的に死に、地下施設の照明は次々と落ちていた。
遠くで響く火災報知器の無機質なサイレンだけが、霧の向こう側のように微かに届く。
崩落の振動で割れたスプリンクラーからは、冷たい水が絶え間なく降り注ぎ、室内に広がった血とオイルの臭いを洗い流そうとしていた。
上から落ちてきた瓦礫が排水管を塞ぎ、行き場を失った汚水が逆流して床を這ってくる。
黒い油と煤が混ざり、そこへシグルドとグットルムの血が溶けて、ぬめるような赤黒い鏡ができていた。
そこには、冷たくなっていくシグルドの重厚な巨体と、その上に重なるように横たわる少年の亡骸があった。
シグルドは、空っぽになった右前腕装甲を半ば開いたまま、巨体を斜めに崩している。
首裏の傷口は裂けたままで、合成血液と冷却液はもう出ていなかった。
完全に死んでいる。
それでも、そのガンメタルの躯には迫力が残っていた。
殺すことだけを生業にしてきたその肉体は、ただ静かに止まっていても風格を感じさせた。