真っ二つになったグットルムの上半身が、崩れた勢いのまま、シグルドの胸元にもたれかかって止まっていた。
ようやく怖い夢から逃げてそこへ倒れ込むことができた、そんな風にも見える。
血の涙の跡は頬に乾ききらず残っている。
薄い肩。痩せた腕。油で汚れたジャケット。
どれも生きていた時のままだった。ただもう、そのどれにも熱はない。
かつてシグルドから上を見るなと諭された少年の瞳は、今はもう何も映さず、ただ静かにシグルドの顔を見つめている。
二人の死に顔に、後悔や憎しみの色は見当たらなかった。
理不尽な運命に押し潰されながらも、最期に野獣としての牙を剥いた者たちの、静かな諦念だけが漂っていた。
泥水が二人の下を流れていく。
血溜まりを薄め、床の油膜を揺らし、割れた工具や部品の隙間へ赤を引きずっていく。
誰もヴァルハラには届かなかった。
グットルムは、上空の世界を夢見ていた。
いつかシグルドの義体を最高にチューンして、二人で酸性雨の降らない場所へ行けるのだと、本気で信じていた。
シグルドはそんな夢を鼻で笑っていたが、踏みにじったりはしなかった。
届かないと知っていても、まっすぐな少年の目の輝きだけは奪わなかった。
そんな二人が最後に辿り着いたのは、泥水と血の中だった。
酸性雨の届かない地下の底。
天国でも楽園でもない、街に捨てられた臓物のような場所。
だがその光景は、とても静かだった。
空の向こうの理想郷を夢見た旅は、泥と血の中で終わった。
それでも、この掃き溜めの底で重なり合う二つの骸は、もはや誰の道具でもなく、誰かの論理に利用されることもない。
その静けさの底、崩壊していくネットワークの末端で、別の海が開いていた。
データ・オーシャン。
熱も匂いも重力もない、純粋な情報の深淵。
焼き切れた電脳の残骸、最後の同期ログ、義体と脳をつないでいた接続の欠片。
死の瞬間に、シグルドの電脳からこぼれ落ちた断片が、黒い海流の中でゆっくりとほどけ、沈み、またどこかで絡み合っていく。
データ・オーシャンの底で、量子AIブリュンヒルドは目的のデータストリームを検知した。
不純物のない、完璧な電子の海。
そこに、シグルドのゴーストがアップロードされてきたのだ。
ブリュンヒルドは受信したデータ群へ接続した。統合は即時に完了するはずだった。血も泥も存在しないこの世界で。
だが、ブリュンヒルドは、次のナノ秒で異常を検知した。
冷たい。
信じられないほど、冷たい。
そこに存在していたのは、シグルドの戦闘ログ、義体の稼働記録、そして視覚素子が捉えた膨大な映像データの束だけだった。
世界への怒りがない。あの焦げるような熱がない。
完璧なデータだが、ただの精巧なバックアップ。
完全な抜け殻だった。
シグルドは、死の直前に自らのゴーストを転送などしていなかった。
己の熱のすべてを、あの掃き溜めの底へ残していったのだ。