降下ポッドが射出されてから、地面に達するまでの時間は短かった。
だが、そのわずかな落下のあいだに、シグルドの中ではもう戦いが始まっていた。
シグルドの網膜に、獲物たちの怯える熱源反応が鮮明に浮かび上がる。
廃工場の外周に見張り六、内部熱源二十四。
自動銃座の反応なし。
即席の地雷と電磁トラップが数カ所。どれも素人に毛が生えた程度だ。
企業から何かを奪うには胆力がいる。
だが、それを守り切るには、もっと別のものがいる。
血の匂いを嗅いでも手を止めない種類の覚悟だ。
降下ポッドは、廃工場区画から三百メートル離れた積層スクラップ帯に着弾した。
衝撃で舞い上がった埃と火花が収まらぬうちに、ポッドのハッチが内側から吹き飛ばされる。
立ち込める白煙を割り、艶消しのガンメタル塗装が施された重装甲義体F-1-Xが、その無骨な姿を現した。
白い冷却ガスが夜気へ流れ出す。
油、湿気、鉄錆、古い配線の焦げた臭い。
シグルドは一歩、外へ出た。
ブーツの下で砕けた基板が、乾いた骨みたいな音を立てる。
目標の廃工場は、かつて大型義体フレームの組み立てラインだったらしい。
窓のほとんどは鉄板で塞がれ、残ったガラスも煤けて真っ黒だ。
外壁のロゴは削り取られていたが、ファフニール社の工場独特の骨太な構造までは消せない。
何十年も前に切り捨てられた現場を、今は誰かが最後の砦として使っている。
屋上に見張りがいた。
安物の暗視スコープを構えてこちらへ気づくより先に、シグルドは歩き出していた。
走らないのは、獲物を驚かせないためでも、余裕を見せるためでもない。急ぐ必要がないからだ。
どうせ真正面から踏み潰せる相手だ。距離を詰めるために慌てる理由がなかった。
「止まれ!」
見張りが叫ぶ。続けて、銃声。
夜気を裂いて飛んできた5.56ミリ弾が、シグルドの左肩を叩いて、火花が散った。
二発目が胸板を打ち、三発目が頬の外装をかすめる。
どれも装甲に浅く痕を残しただけだった。
シグルドは回避動作すら取らない。
警報が鳴った。屋内で怒号が重なる。
外壁の割れ目から銃口がいくつも突き出し、今度はまとめて火を噴いた。
曳光弾が夜を引っかく。
金属音が連続する。チタン装甲に弾丸が弾かれ、肩、胸、腹、腿で火花が咲いた。どれも小さく、頼りない光だった。
小石を投げつけられているようなものだ。
F-1-Xの人工筋肉が衝撃を吸い、分厚い骨格フレームが反動を受け止める。
生身なら胴ごと裂けていただろうが、この義体にとっては、ただ鬱陶しい雨に近い。
シグルドは外周から降り注ぐ銃弾に一切かまうことなく、工場正面まで歩みを進めた。
防爆扉がある。旧式だが頑丈な構造で、厚い鋼板を何層にも重ね合わせている。内側からは補強材も渡してあり、爆薬での突破を想定していたのだろう。
普通の相手なら悪くない判断だ。
シグルドは一歩下がり、床に散ったボルトとガラス片を踏みしめ、重心を落とす。
人工筋肉が四肢の中で膨らみ、肩と背中のダクトが白煙を噴いた。義体全体に荷重が乗った。
次の瞬間、巨躯が走り出す。わずか数歩で充分だった。右脚が鋼鉄の扉に突き刺さる。凄まじい衝撃音が夜空を揺さぶった。
防爆扉は蝶番ごと引き千切れ、補強フレームを引き裂きながら内側へ吹き飛んだ。
扉の背後にいた二人の男は、飛来した鋼鉄に押し潰され、絶叫を上げる暇もなく肉塊へと変わった。
骨と装甲が砕ける音が、歪んだ鉄板の悲鳴と交差した。
一瞬遅れて、こもった熱気と、乾いた埃がシグルドの顔へ吹きつけた。
工場内は広かった。だが、その大部分は放棄された生産ラインと急ごしらえのバリケードで塞がれている。
解体途中の義体フレーム、倒れたフォークリフト、バラバラにされたサーバーラック、ドラム缶、溶接機材。そこに武装した連中が散っていた。
強化外骨格を纏った者、古い軍用ヘルメットを被った者、片腕を業務用マニピュレータに換装した者。
装備は寄せ集めだが、死ぬ気でここを守るつもりなのは見て取れた。だが、彼らの運命は定まっていた。
「撃てぇッ!」
怒号と共に、工場内が銃火で白く染まった。
十数挺の銃口が一斉に吠える。爆ぜる火薬の匂い。
着弾のたびに、シグルドの装甲で火花が散る。
肩口の一枚が剥がれ、下のプレートが姿を現した。頬の外装にもひび割れが走った。
だが歩みは止まらない。
近くの敵がグレネードを投げた。
シグルドは飛来したそれを左手で無造作に掴み取ると、ピンの時間を計る素振りすら見せず、そのまま砲弾のような速度で投げ返した。
爆発は投げた本人たちの頭上で咲いた。金属片が降り注ぎ、悲鳴が響き渡る。破片のいくつかがシグルドの胸に当たったが、軽い音を立てて弾かれた。
その時だった。
シグルドの右前腕部で、重い金属が嚙み合う音がした。
ガシャンッ!
非起動時は装甲の一部と化していた黒い鉄の塊がスライドし、黒々とした鉄塊がせり出す。内蔵ロックが順に解除され、超振動モノ・ブレードG-R-Mが唸りを上げて展開した。
刀身は一瞬にして暗赤色の熱を帯びて、周囲の空気が陽炎のように激しく歪んだ。
床から這い上がるような高周波振動の低い唸りが足元を伝い、正面の敵の一人が反射的に筋肉を強張らせて立ち尽くした。
「なんだ、あれ――」