※この作品はR-18です。

野獣の電脳に火を放て   作:一丸壱八

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第4話 圧倒的質量(マッシブ・フォース)

 降下ポッドが射出されてから、地面に達するまでの時間は短かった。

 だが、そのわずかな落下のあいだに、シグルドの中ではもう戦いが始まっていた。

 シグルドの網膜に、獲物たちの怯える熱源反応が鮮明に浮かび上がる。

 

 廃工場の外周に見張り六、内部熱源二十四。

 自動銃座の反応なし。

 即席の地雷と電磁トラップが数カ所。どれも素人に毛が生えた程度だ。

 企業から何かを奪うには胆力がいる。

 だが、それを守り切るには、もっと別のものがいる。

 血の匂いを嗅いでも手を止めない種類の覚悟だ。

 

 降下ポッドは、廃工場区画から三百メートル離れた積層スクラップ帯に着弾した。

 衝撃で舞い上がった埃と火花が収まらぬうちに、ポッドのハッチが内側から吹き飛ばされる。

 立ち込める白煙を割り、艶消しのガンメタル塗装が施された重装甲義体F-1-Xが、その無骨な姿を現した。

 白い冷却ガスが夜気へ流れ出す。

 油、湿気、鉄錆、古い配線の焦げた臭い。

 

 シグルドは一歩、外へ出た。

 ブーツの下で砕けた基板が、乾いた骨みたいな音を立てる。

 目標の廃工場は、かつて大型義体フレームの組み立てラインだったらしい。

 窓のほとんどは鉄板で塞がれ、残ったガラスも煤けて真っ黒だ。

 外壁のロゴは削り取られていたが、ファフニール社の工場独特の骨太な構造までは消せない。

 何十年も前に切り捨てられた現場を、今は誰かが最後の砦として使っている。

 

 屋上に見張りがいた。

 安物の暗視スコープを構えてこちらへ気づくより先に、シグルドは歩き出していた。

 走らないのは、獲物を驚かせないためでも、余裕を見せるためでもない。急ぐ必要がないからだ。

 どうせ真正面から踏み潰せる相手だ。距離を詰めるために慌てる理由がなかった。

 

「止まれ!」

 

 見張りが叫ぶ。続けて、銃声。

 夜気を裂いて飛んできた5.56ミリ弾が、シグルドの左肩を叩いて、火花が散った。

 二発目が胸板を打ち、三発目が頬の外装をかすめる。

 どれも装甲に浅く痕を残しただけだった。

 シグルドは回避動作すら取らない。

 

 警報が鳴った。屋内で怒号が重なる。

 外壁の割れ目から銃口がいくつも突き出し、今度はまとめて火を噴いた。

 曳光弾が夜を引っかく。

 金属音が連続する。チタン装甲に弾丸が弾かれ、肩、胸、腹、腿で火花が咲いた。どれも小さく、頼りない光だった。

 小石を投げつけられているようなものだ。

 F-1-Xの人工筋肉が衝撃を吸い、分厚い骨格フレームが反動を受け止める。

 生身なら胴ごと裂けていただろうが、この義体にとっては、ただ鬱陶しい雨に近い。

 

 シグルドは外周から降り注ぐ銃弾に一切かまうことなく、工場正面まで歩みを進めた。

 防爆扉がある。旧式だが頑丈な構造で、厚い鋼板を何層にも重ね合わせている。内側からは補強材も渡してあり、爆薬での突破を想定していたのだろう。

 普通の相手なら悪くない判断だ。

 

 シグルドは一歩下がり、床に散ったボルトとガラス片を踏みしめ、重心を落とす。

 人工筋肉が四肢の中で膨らみ、肩と背中のダクトが白煙を噴いた。義体全体に荷重が乗った。

 次の瞬間、巨躯が走り出す。わずか数歩で充分だった。右脚が鋼鉄の扉に突き刺さる。凄まじい衝撃音が夜空を揺さぶった。

 防爆扉は蝶番ごと引き千切れ、補強フレームを引き裂きながら内側へ吹き飛んだ。

 扉の背後にいた二人の男は、飛来した鋼鉄に押し潰され、絶叫を上げる暇もなく肉塊へと変わった。

 骨と装甲が砕ける音が、歪んだ鉄板の悲鳴と交差した。

 

 一瞬遅れて、こもった熱気と、乾いた埃がシグルドの顔へ吹きつけた。

 工場内は広かった。だが、その大部分は放棄された生産ラインと急ごしらえのバリケードで塞がれている。

 解体途中の義体フレーム、倒れたフォークリフト、バラバラにされたサーバーラック、ドラム缶、溶接機材。そこに武装した連中が散っていた。

 強化外骨格を纏った者、古い軍用ヘルメットを被った者、片腕を業務用マニピュレータに換装した者。

 装備は寄せ集めだが、死ぬ気でここを守るつもりなのは見て取れた。だが、彼らの運命は定まっていた。

 

「撃てぇッ!」

 

 怒号と共に、工場内が銃火で白く染まった。

 十数挺の銃口が一斉に吠える。爆ぜる火薬の匂い。

 着弾のたびに、シグルドの装甲で火花が散る。

 肩口の一枚が剥がれ、下のプレートが姿を現した。頬の外装にもひび割れが走った。

 だが歩みは止まらない。

 

 近くの敵がグレネードを投げた。

 シグルドは飛来したそれを左手で無造作に掴み取ると、ピンの時間を計る素振りすら見せず、そのまま砲弾のような速度で投げ返した。

 爆発は投げた本人たちの頭上で咲いた。金属片が降り注ぎ、悲鳴が響き渡る。破片のいくつかがシグルドの胸に当たったが、軽い音を立てて弾かれた。

 

 その時だった。

 シグルドの右前腕部で、重い金属が嚙み合う音がした。

 

 ガシャンッ!

 

 非起動時は装甲の一部と化していた黒い鉄の塊がスライドし、黒々とした鉄塊がせり出す。内蔵ロックが順に解除され、超振動モノ・ブレードG-R-Mが唸りを上げて展開した。

 刀身は一瞬にして暗赤色の熱を帯びて、周囲の空気が陽炎のように激しく歪んだ。

 床から這い上がるような高周波振動の低い唸りが足元を伝い、正面の敵の一人が反射的に筋肉を強張らせて立ち尽くした。

 

「なんだ、あれ――」

 

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