「……」
世の中転生モノの漫画なんてよく見るようになったが、どれも大体は人間だったりある程度動けたりする動物だったりする。
そうで無くてもチート能力に目覚めて無双したり、そうで無くてもスローライフくらいは送れるだろう。転生って誰がどう見ても最低限想定の範囲内で収まってくれる印象がある。だが俺の場合は……
「(……ここ、どこ?)」
気がついたら謎の赤い空間の中に居た。赤いって言うか、これまんま魚の赤身だよな?生前刺身好きだったからよく分かるんだわ。そして俺自身の姿がよく見えないが、こんな場所にいる時点で俺がなんなのかは軽く想像が付く。
なぜかある視界を使って背後を振り返ると、そこにあったのは白く細長い身体。うん、間違いなく寄生虫ですねこれ。転生ガチャ大外れも良いところじゃねぇか。て言うか前代未聞だろ寄生虫に転生とか。
「(いやぁ……どうすればいいのん?)」
俺も転生モノの漫画はよく読んでたから知識はある方だけど、だとしても寄生虫の知識はほとんどねぇよ。あるのはアニサキス系統が人体に有害って事くらいだわ。
そもそも寄生虫ってどうやって生きてられるんだ?そこからまず分からねぇよ。俺のイメージって人体に入ると凄い腹痛に襲われて、最後はけつの穴から死骸が出てくるくらいしか知らないぞ?
「(取りあえず……出来そうな検証を一つずつやってみるか)」
もうこうなったら腹をくくるしか道は無さそうだ。俺は早々に覚悟を決めて行動し始めるのだった。
「(ふぅ……声が出せないから独り言も言えやしない)」
そこから数時間。俺は取りあえず出来そうなことを一通り試してみた。神様だかなんだか知らんが、俺の思考に出来そうなことがふっと浮かんできて、それを実践する形ではあったがな。
一つ。俺はやっぱり寄生虫に転生したとみて間違いなさそうだ。もうここまで来たら諦めたが、人間からの落差がえげつなくて泣けてくる。
二つ。俺は一応魚の筋繊維の中を縫うように移動する事が出来るらしい。それだけ俺が今持っている身体が小さいって事になるな。
三つ。他の寄生虫がどうかは知らないが、俺は宿主の排泄物を栄養分に変換して活動することが出来るらしい。もったいぶらずに言うなら主食う○こって事になる。元々人間だったからどうしたって忌避感が拭えないが、この身体はしっかりと栄養素として取り込めるらしいから、となんとか慣れることに努めよう。
四つ。ここからは転生特典っぽい特性が出てくる。寄生している宿主の視覚を、なぜか俺の視覚として見ることができるという謎能力が備わっていた。試しに使ってみたら目に映ったのは青い海だった。最後の方に網にかかっていた気がするがきっと気のせいだろう。
五つ。俺の身体はその長さ、太さを自由に変更出来るらしい。この魚の身体では小さくて実践しようが無いが、やろうと思えば人間の小腸くらいの長さにはなれるんじゃないだろうか。
現状で分かっているのはこれだけだ。現状は魚に寄生しているだけだから、もし人間に寄生した場合にも新しい事が分かるかもしれない。試しにもう一度外の世界を見てみたら、宿主の魚はどう見ても漁船の水槽らしきところに居た。これはもう出荷ルート待ったなしですわ。
ちなみにその後に人間達がやっている寄生虫処理を俺はなんと耐えしのいでいた。寄生虫ってよく分からんけど、熱水処理とか冷凍とかすれば死滅するんだったか?よくわからんがなんか生きてるからよしっ。
「(ふぅん……宿主が死んでも視界ジャックは機能するのか)」
これはちょっと驚き。もうすでに宿主の活動は停止しているわけで、そうしたら当然視界を使って外を見ることが出来なくなるもんだとばかり思っていた。
だがこれは色々と好都合だ。人間に見つからないように上手く身を隠して、あわよくばその身体に寄生出来れば、その辺で野垂れ死ぬ事も無く生き残る事が出来るだろう。言ってることがヤバすぎるがそうしなきゃ生きられないからね、仕方ないね。
どうやら宿主は朝一番の市場で売られているらしい。誰の元に行くかは分からないが、ここは一般向けの市場だから料亭に並ぶような代物になる可能性は低いだろう。
そうして待つことおよそ30分ほど。一人の女性客が宿主の入ったトレーを手に取った。見たところ……主婦の人かな。残念ながら聴覚はないため何を言っているかは分からない。まぁ多分今日のお夕飯で食べようかしら程度の事だろうが。
「(お、買ったな。後は上手いこと立ち回るだけだ)」
女性はそのまま魚を保冷バッグに入れて帰宅するようだ。新鮮な魚、多分白身魚の類いだから、煮付けでも刺身でも美味しく頂けるだろう。ちなみにサンマだったら焼き、鰯だったら刺身でも美味しく食べられるな。前世が30代独身だったせいで味の好みがおっさんみたいで辛い。
どうやら今回は特に一ひねりも無く刺身で行くようだ。時間はすでに夕方。主婦の人が軽快に魚を三枚に下ろしていく。かなり手慣れているから料理を積極的にしてる人なんだろう事が分かる。
そしてあっという間に白身魚の刺身の完成だ。俺はそのうちの一つに上手いこと紛れ込む事が出来た。ここでようやく宿主の視界を捉えることが出来なくなった。まぁ頭はすでに取り除かれた後だからな。ここからどうなるかは誰にも分からない。天運を祈ることだけだろう。
「(おっ。流石に俺自身の視界でも外の光景が見られるようになったな)」
見たところ普通の一軒家リビングって感じの場所だ。俺がいる刺身はすでに食卓の上に出されているようだ。主婦の人は未だに料理をしていて、食卓にいるのはその夫さんと娘さんだろうか。
俺は特にその娘さんに目が行った。見た目は10歳くらいだろうか。まだまだ小学生真っ只中と言った感じに見えるが、成長したら間違いなく美少女になるだろう事が確約されている気がした。まぁ万が一彼女に寄生しても俺自身に自己増殖機能は無いからただ寄生するだけになっちゃうんですけどね。
やがてどんどんと食卓に料理が並んでいき、ご飯までよそられたらいよいよ食事の時間みたいだ。さて、ここからの問題もまだまだ山積みだぞ。
第一に安全に体内に侵入出来るかどうか。咀嚼されて身体ごと粉砕されたら終わってしまう。次に胃酸の問題。万が一のことを想定して辞世の句でも詠んでおこうかな。
そしてそれらを乗り越えて無事人間の体内で生き残る事が出来たら、他に能力が無いかを探る必要があるだろう。この身体でも俺はなんとか生きていかなくちゃならないんだ。すまんな人間よ。ちょっとだけ迷惑かけさせてもらうぜ。