話し合いを重ねた末、伊吹は青藍と共にとある場所を訪ねることにした。
「は? めろめろ?」
格好良くポーズを決めた直後に振り返り、その女が言う。ピンクのひらひらした服を着て、手にバトンみたいなものを持ったこの女の名前は
「そう。なあなあ、教えてくれよー」
「悪いようにはしませんからー」
子供らしさを演出するために、二人はわざと甘えた声でねだってみせた。うーん、と唸った多輝がバトンの先でこめかみをかく。
ちっ。意外としぶといぜ。そんなことを思いながら伊吹は青藍と一緒になって多輝の腕をねえねえと引っ張った。困った顔をした多輝がでもなあ、とぼやく。
荒廃した街には人っ子一人いない。いるのは多輝と伊吹に青藍、それに多輝のフォロー役である由梨佳という女性だけだ。ちなみに由梨佳は後処理をしているのか三人から少し離れている。
「おれはそんな戦い方したことないからなあ。大体、力押しだし」
「そんなこと言わずにさー。教えてくれよー。多輝さん、いっつも魔と戦ってるから知ってるだろ?」
「そうですよー。ほら、けちけちせずに、ね?」
口々に言う二人を困った顔で見てから多輝はため息を吐いた。この、伊吹たちとさほど年の差がなく見える多輝という少女は、実は魔と戦うマジカルプリンセスイチゴだったりする。冗談でも何でもなく、多輝はひらひらとした服を着ていつも魔と戦っているのだ。今日日、マジカルプリンセスイチゴの名を知らない者はいないと言っていいくらいの有名人だ。
多輝と伊吹たちが知り合いなのは、多輝が二人の父親と知り合いだからだ。そして二人はちゃっかりと通信を傍受して、今日の多輝の仕事場に押しかけたのだ。ちなみに二人をここまで運んできた車は少し離れた場所に停まっている。
「あっ、そうだ! これ、どうぞ」
明るい声を上げて青藍が持っていたバスケットを探る。そういえば忘れていた。伊吹はあらかじめ用意しておいた物のことを思い出し、うんうんと頷いた。
「こっ、これは!」
「そう! 某有名菓子店限定品!」
「夏のデザート、ひんやり特盛り苺! スプーン付き!」
伊吹と青藍は代わる代わるで菓子の解説をした。震える手で器を受け取った多輝の目が輝いている。多輝が異常なほどの苺好きという情報は間違っていなかったようだ。
「これ、くれるのか!?」
「だからさあ、教えてくれよー」
「そうですよぉ。あっ、スプーンどうぞ」
その場にぺたんと座り、美味そうに苺の山を崩しながら多輝が頷く。どうやら気に入ってはもらえたらしい。それも当然だ。何しろ、このデザートを手に入れるために伊吹と青藍は昨日の深夜から店の前に並んだのだ。準備もなにもしていなかったものだから、暑いわ、眠れないわ、蚊には食われるわで大変だったのだ。
「そうだなあ……。あ、淫魔のことならあいつが詳しいんじゃないか?」
「おっ。何か有力情報ぽい?」
半分ほど菓子を食ったところで思い出したのか、多輝が中空を見つめてスプーンを軽く振る。どうやら淫魔には王と呼ばれる者がいるらしい。その情報を手に入れた伊吹は青藍と顔を見合わせて頷いた。
*****
運転手の重森を急かし、二人は多輝に教わった場所に向かった。高速道路は途中で分断されていたので在来を使い、しばらく走ったところで重森が車を停める。
「こちらでございます」
「え……」
「まさか、この家?」
車の窓から目的の家を見た二人は言葉を失った。隣から身を乗り出していた青藍は目を輝かせている。だが伊吹は呆れていた。
「童話に出てくる家みたいだなあ」
「ぼく、先に行くね!」
満面に笑みを浮かべて青藍が慌ただしく車を降りる。伊吹はがりがりと頭をかきながら車を降りた。重森に近くで待機していてくれと頼んで問題の家に向かう。
閑静な住宅街の中でその家だけがやけに目立っている。童話に出てくるお菓子の家と言えばこんな感じなのではないだろうか。パステルカラーで覆われた家を前に伊吹はため息を吐いた。先に呼び鈴を押していたのだろう。青藍が楽しそうに笑って玄関前に待ち構えている。
使用人らしいメイドに通された部屋で伊吹は凍り付いた。
「んまあああ! はじめまして!」
なにかとんでもないものがくる。だがそれが判っていても伊吹は微動も出来ず、もちろん避けることも出来なかった。がしっと抱きつかれたかと思った直後、頬ずりされた伊吹の全身に鳥肌が立つ。
まるで猪のごとく伊吹に突進し、抱きつきから頬ずりの攻撃を加えた女性が、今度は青藍に同じことをする。青藍も驚いたのか避けることもせず、黙って頬ずりされている。
「あ、あの」
女性が二人に十二分に頬ずりしたところで伊吹は漸く声を引きずり出した。
「アタシは
どこから見ても美しい女性が言う。だがそれを聞いた伊吹の肌がまた粟立った。何故だろう。そう考えつつも伊吹は用件を言おうと口を開きかけた。
「この家って凄く可愛いですよね! ぼく、感動しちゃった」
驚いているとばかり思っていた青藍が嬉しそうに笑うのを伊吹は絶句して見た。そうなのよぉ、と学が笑顔で応えて青藍の手を取る。
「い、いや、あの」
消極的に止めに入ろうとした伊吹の呼びかけを無視し、青藍が笑顔で言葉を継ぐ。
「あ、ぼくは青藍って言います。こっちは兄の伊吹です」
笑顔で自己紹介した青藍に学がうんうんと頷く。
「青藍クンに伊吹クンね。んふふふふ。わざわざ訪ねてくれて嬉しいわあ。あ、
ドアのところに立っていた先ほどのメイドに声をかけ、学が二人を部屋の奥に促す。文と呼ばれたメイドが一礼して部屋を去る。伊吹は勧められるままに怖々とソファに腰掛けた。その隣に座った青藍はにこにこと機嫌良さそうな顔をしている。
「外だけかと思ったら、部屋の中も可愛いんでびっくりしました」
笑顔を保って青藍が言う。それは確かにそうだろうな、と心の中で呟いて伊吹はぐるりと部屋を見回した。サーモンピンクのじゅうたん、お揃いの色のレースのカーテン、あくまでもパステルカラーの家具、その他諸々、とにかく伊吹には慣れない色遣いのものばかりで周囲は埋め尽くされているのだ。
「うふ。青藍クンはなかなかイイ物持ってるわぁ。アナタならイイ線いけるわよ、きっと」
「は?」
何故か不穏なものを感じて伊吹は声を返した。だが伊吹を無視して二人は話を続けている。今の学のせりふはどういう意味なのだろう。もしかして学は仕事でこういったものを作っているのだろうか。
「あのハートのクッションとかも可愛いですよねっ! 中はパールビーズですか?」
「んまっ。一目で見抜くなんてさすがね! あれはね、文ちゃんが作ってくれて」
楽しそうに話をする青藍と学を横目に見ながら伊吹は深々とため息を吐いた。これは話が一段落つくまでは、本当に訊きたいことは訊けなさそうだ。そう判断した伊吹の前に静かにティカップが出される。驚きに目を上げた伊吹は無表情に茶を出してくれた文に黙礼した。文は淡々と三人分の茶を用意すると、ちょこんと学の隣に腰掛けた。
伊吹の予想通り、二人の話はしばらく続いた。部屋の内装から小物に至るまで、とにかく二人の会話と言えば可愛い物に終始していた。だがそんな話も漸く落ち着いたところで伊吹は本題を切り出した。
「え? 淫魔をめろめろにしたい?」
それまで青藍と楽しそうに話をしていた学が不思議そうな顔をする。うん、と頷いて伊吹は青藍と顔を見合わせた。可愛い物談義の熱は漸く冷めたのだろう。青藍も伊吹と同じように頷く。
「その方法を教えてもらえないかと思って来たんですけど」
「めろめろねえ……うーん。アタシはそういうのはちょっと詳しくないんだけど」
あんた淫魔の王じゃないのかよ。そう言い返しそうになって伊吹はあれ、と心の中で呟いた。何で目の前のこの女性が王と呼ばれるのだろう。正しくは女王なのではないだろうか。
「そうだ! あのヒトなら詳しいんじゃないかしら。そういうものの研究もしていたはずだし」
「え?」
伊吹は考えを中断して学を見た。嬉しそうに頷きながら学が文に手を差し出す。すると文は待ち構えていたのか、タイミングよく学の手に携帯端末を渡した。
学が調べてくれた住所をメモした紙片を大事にポケットにしまい、伊吹は青藍と共にその家を後にした。車に乗り込んで重森に紙片を手渡してから、伊吹は深々とシートに寄りかかった。隣に乗った青藍が見送りの二人に窓から手を振る。しばし車が走ったところで伊吹はぼそりと言った。
「なんであれが淫魔の王なんだよ。女じゃないか」
それだったら女王だろ。話の大半について行けなかった苛立ちをこめて呟いた伊吹を青藍が不思議そうに見る。
「兄さん。あの人、男の人だよ?」
「……」
腕組みをして難しい顔をしたまま伊吹は硬直した。
「名前を聞いたら判りそうなものじゃない? 学さんって、あんまり女性につける名前じゃなさそうだし」
「よし! 次だ次! 今度こそ有力情報をゲットするぞ!」
色んな都合の悪いことを忘れるために伊吹は力を込めてそう叫んだ。