ビルドファイターズ・レイヴン 作:コウサカさんちのコーヒー
ガンプラバトルユニットが鎮座するステージ上。
MCとアシスタント美女の大袈裟な選手紹介とコメントインタビューが終わり、係員のチェックと説明が済む。
7基の
カジュアルフォーマルな衣装にBFFとロゴが入ったブルゾンを羽織ったアングロサクソン系の少女。プラチナブロンドに深い青色の瞳。ビスクドールのような繊細な美貌。妖精染みた容姿の彼女は、リリウム・ウォルコット。『キング・オブ・リンクス』の最年少プロ。いつも通り、どこか物憂げな面持ちをしている。
彼女の背後には顔立ちが似た美女と青年、それにチームスタッフが控えていた。
ユニットを挟んで対峙するは、聖鳳学園の詰襟学生服を着た長身の少年。
丁寧に刈り込まれた黒髪。凛々しい顔立ちと双眸。狩人を思わせる佇まいの彼は、アリサワ・スミオ。このアジアカップ日本予選でここまで勝ち残った唯一のアマチュアファイター。どこか気楽に構えている。
彼の背後には聖鳳学園ガンプラバトル部とコーチ、オブザーバーの元全日本大会小学生チャンプが並び、スミオと違って微かな悲壮感が漂う。
向かい合う少女と少年の手にあるガンプラは対照的だ。
リリウムの綺麗な手に抱かれるG・セルフのアーマードコア風改造機体、G・アンビエントは悪役面と直線を組み合わせた体躯に陰鬱なスモークホワイトとマットブラックのツートン、とG・セルフの面影が一切ない。目立った傷痕は全くなく、万全の状態。
対するスミオが抱え持つフルカスタムのガンダムMkV、ナイトフォールは傷ついている。
美しい
傷だらけの外装以上に、内部のフレームやジェネレーター、関節部のダメージが深刻だった。昨日から続く激戦と死闘の負荷は大きく、フレームは歪み、曲がり、亀裂が走っており、関節部がメゲ始めている。ジェネレーターと各部ブースターやスラスターはバトル中の過剰出力に熱疲労が生じていた。
武装もメインの機関銃は失われ、ドーベンウルフから流用したビーム砲バインダーは損傷して使えない。本来のミサイルも装着基部から損壊。
そのため、武装は右手は標準装備のビームライフル、左手は修理したパイルバンカー。背中の中央にブースター内蔵シールドを装着し、機能低下した推力を補っている。
リリウムは傷だらけのMkVを一瞥し、ちらりとスミオの背後にいるフミナを窺ってから、癖がなく聞き取り易い発音と調子の英語で告げる。
〈万全な状態で戦えないことは残念ですが……勝負においては手加減も同情もしません。全力で勝たせていただきます〉
〈この試合、僕が勝てる見込みは1パーセントもないでしょう。けれど……〉
スミオは不敵に口端を上げた。学校で習うカチコチの日本式英語で応じる。
〈先日、ウチの後輩を可愛がってもらった御礼をさせていただきます。聖鳳学園ガンプバトル部のオモテナシ、とくと楽しんでください〉
慇懃無礼な物言いにBFFのスタッフと青年が不快そうに眉をひそめるも、BFFの美女は眉根を寄せた。スミオの眼差しと言葉に潜む”意志”を嗅ぎ取ったのか、リリウムへ告げる。
〈……リリー。手負いと油断しないで。本気で掛かりなさい〉
〈もちろんです、フラン姉さま。リリウムは本気で臨みます〉
リリウムはGPベースをユニットに接続し、ガンプラをセットする。
〈ミスター・アリサワ。御覚悟を〉
〈……覚悟?〉
スミオはGPベースと傷だらけのガンプラをセットし、薄く笑う。
〈そんなものはとっくに決めているよ〉
○
広大な宇宙と美しき青い星。母なる地球から宇宙へ生える超々巨大建造物。その巨大建造物から伸びて星を囲む二重の環状機構。
バトルステージ『軌道エレベーター6』
ガンダムで軌道エレベーターが登場する作品『SEED』、『OO』、『Gのレコンギスタ』とアナザーシリーズのみ。バトルステージ『軌道エレベーター6』は『OO』に登場した人革連の軌道エレベーター『天柱』の低軌道ステーション『真柱』とその周辺低軌道リングが舞台となる。
リリウムの操るG・アンビエントが低軌道ステーション『真柱』を目指し、低軌道リング上をブースターを焚いて飛翔していく。
眼下にはプラフスキー粒子が描く美しい地球が広がっている。広大な太平洋。雄大なオーストラリア大陸。緑豊かなオセアニアの島々と東南アジア半島と島嶼。悠然と動く巨大な白雲。
リリウムは意識を索敵系へ注ぐ。まだ”敵”を捕捉できない。軌道エレベーターは高軌道・低軌道の二重オービタルリングに装着された太陽光パネルや発電衛星からの発送電を受け取っており、また対デブリ用電磁ネットや灯明機材が装備されている関係から、索敵系の耳目の効きがよくなかった。
接敵はマップ中央――低軌道ステーション『真柱』周辺になる。そんな推測を抱きながら、リリウムはリングの上を進んでいく。
メインディスプレイ上に映る超々巨大建造物がその威容を大きくしていく。『OO』世界における最大のエネルギー・インフラ。地表から静止軌道まで伸びる、あまりにも長大な塔。その低軌道高度に設けられたステーションは、良くも悪くも『ストラクチャー』という表現しか見つからない。
機能的効率性や対費用効果性といった構造的合理性が強く、文化的象徴的な外観を持たなかった。死の世界である宇宙に無意味な装飾は許されない、そんな冷厳な現実を感じる。
リリウムの駆るG・アンビエントがいよいよ低軌道ステーションの近傍へ至った刹那。
ホログラムコンソールが浮かぶ操縦ブース内に通知音が控えめに響く。捜索追跡系センサー群が動体目標を捕捉。宇宙と地球を映すメインディスプレイ上に、敵味方不明のターゲットボックスが浮かび上がった。
リリウムは麗しい唇の端を微かに和らげた。不明、ですか。この美しい仮想世界には
サファイアを思わせる深い青色の双眸をスッと厳しく細めた。
――ミスターの機体は随分とダメージが蓄積していました。これまでの試合のように負荷の強い高速機動は採れないと考えていいはず。
油断はしない。
――彼がミス・ホシノの”センパイ”なら、手負いなればこそ危険なはず。
「本気で真剣に、全力で倒させていただきます」
たおやかな両手でコンソールを操作し、指を踊らせてコマンドを入力。ターゲットボックスの不明目標が敵と認識され、右腕兵装のビームライフルの安全装置が解除された。
玉石混交の初日と違い、精鋭揃いの二日目を戦うにあたり、BFFはアンビエントの主兵装であるビームライフルをチャージショット可能なモデルに変更していた。同様に左手のアサルトライフルも重ショットガンに換えられている。
赤く染まったターゲットボックスの動きに合わせ、右腕が自動で動いて照準を調整。
チャージショット、発砲。通常より高威力のビームが放たれ、低軌道リング上を駆け抜けていく。
ターゲットボックスが軽やかなバレルロールでビームを回避。直後に二条の高出力ビームが返ってきた。威力は高いが、狙いは甘い。
リリウムはアンビエントを急旋回させ、ビームを避けた。
索敵系の警告もロックオン警報は無かった。完全な光学系照準のマニュアル射撃? 距離3000越えで? ただの返礼、それとも―――
思考している最中、ターゲットボックスに囲まれた微小な敵影が煌々とブースター光を放ち、一気に距離を詰め始めた。
……私とアンビエントの最も得意とする近距離射撃戦を挑むつもりですか。その傷ついた機体で。
ちりちりと神経にささくれが生じる感覚を抱きつつ、リリウムは碧眼を細めた。
「無謀な蛮勇か狡猾なる智謀か。前者ならば……ミス・ホシノを再び哀しませてしまいますね」
迷子になった自分を案内してくれた同い年の少女。関わりは30分にも満たないわずかな時間だったけれど気立ての好い人柄だった。友達になりたいと思ってしまうほどに。
『キング・オブ・リンクス』には大人しかいない。しかもクセもアクも強いひとばかり。従兄姉のフランシスカとユージンを除けば、とても気を許せない。学校では名門ウォルコットの名のため、胸襟を開いて付き合える人がいない。
ビームライフルの発光を知覚し、リリウムは反射的に危なげなく回避する。
「また目視照準のマニュアル射撃……どういうつもり?」
リリウムは『BFFの女帝』にして『リンクス』を代表する女狙撃手メアリー・シェリーの前衛を務めるべく、近距離機動戦を徹底的に叩き込まれている。高速機動の近距離戦闘こそ最も得意とするところであり、アンビエントはそのために設計され、制作されている。
日本のアマチュアファイターが操るアマチュアビルダーが作った傷だらけのガンプラに劣るものなど、何一つない。
「いえ、どのような狙いがあろうと関係ありません。全力で打ち倒すのみ」
BFFの王女は美しい碧眼を鋭くし、静かに闘志を加熱させる。
メインディスプレイの中でターゲットボックスが囲む機影が、深紅の輪郭を描き始めていた。
○
「すげぇ」隣の観客が思わずというように呟いた。
数あるガンプラバトルの大会の中で最もハイスピードな戦闘が行われる『キング・オブ・リンクス』。その『キング・オブ・リンクス』において、リリウム・ウォルコットは今年度デビューの最年少ファイターながら、シーズンランキング入りしている天才少女。
G・セルフベースの機体を凄まじい速度で翔らせながらも、その機動は舞うような優美さを感じさせる。並みの選手ならばまともに操縦も出来ないだろう速度域で乱数機動しながら、ビームライフルと重ショットガンを鋭く深く刺すように放つ。
伝説的ボクサー、モハメド・アリの格言『蝶のように舞い、蜂のように刺す』を体現下かの如き戦いぶり。
だが、観客達の驚嘆と吃驚と驚愕はリリウムの圧倒的操縦技術とアンビエントの圧倒的高速戦闘性能に注がれているのではなかった。
観客達が注視する先は深紅の機体。
戦いの主導権はリリウムのアンビエントが完全に掌握し、一方的にスミオのナイトフォールを狩りたてているようにしか見える。
しかし、深紅のガンダムMkVはしぶとかった。オービタルリングとステーションを盾にして躍り、遮蔽物にして立ち回る。
その動きは準々決勝まで見せていた、猛禽が空を翔けるような速さがない。けれど、隙は無かった。低軌道を縦横自在に舞うアンビエントをして捉えきれない。オービタルリングの陰へ飛び込んでビームライフルの銃撃をするりとかわし、ステーションの体躯の後ろへ潜り込んで重ショットガンの散弾の嵐をぬるりとやり過ごす。その機動は巧妙で、滑らかで、掴みどころがない。
「そういう動きも出来るのか」会場に残っていたフロイトが興味深そうに呟く。「年の割に多芸な奴だ。面白いな」
「早く帰らないと閣下にまた怒られますよ、フロイト」
連れ帰ることに失敗したメーテルリンクが隣で慨嘆をこぼしたけれど、フロイトはからりと一笑に付した。
「スネイルはいつも不機嫌だ。それよりお前もちゃんと見ろ。面白いぞ」
観客用スクリーンの中でMkV・ナイトフォールが軌道エレベーターの外壁を蹴り、三角飛びしながら前転宙返りし、天地逆さまになりながらアンビエントへビームライフルを点射。
然して狙いが甘く、アンビエントはわずかに機動をずらすだけであっさりと回避。反撃の銃撃を見舞い、ナイトフォールがひらりと身を翻し、オービタルリングの太陽光パネルを盾に離脱する。
「さっきから銃撃の精度がやけに低いな」ファットマンが怪訝そうに呟く。
「おそらくマニュアル射撃をやってる」セレンは美貌を険しく歪め「それにオーバードブーストやクイックブーストを限定的にしか使ってない」
「? 何のためにそんな真似を?」首を傾げるファットマン。
「まだ分からない。マニュアル射撃だけなら、BFFの御姫様が使うECMの対策という見方も出来るけど」マギーはスクリーンを見つめながら自問するように「得意の機動戦をしない理由は何?」
「無駄だからだ」セレンははっきりと断じる。「高速機動戦闘では相手のリリウム・ウォルコットに勝てない。技量面でも機体でもレイヴンの上位互換だ。勝負しても結果が見えてる」
「なら、マニュアル射撃もあの動きも計算づくか」ファットマンが唸り、
「鴉の武器は頭の良さだ。鴉は知恵で戦う」
セレンは前髪で隠していない左目にいくらかの愉悦を浮かべ、スミオの駆るMkVへ熱視線を注ぐ。
マギーは呆れ気味に隣のノッポ女を一瞥し、鼻息をついた。
「……あんたの目、ペットに入れ込む飼い主そのまんまよ」
熱視線を注ぐ者はフロイトやセレン達だけではない。
熱烈なファンであるサトミは固唾を飲んでナイトフォールの戦いを見守っていた。アンビエントの放つビームライフルの熱光線が擦過する度、重ショットガンの散弾がかすめて装甲表面から火花が散る度、息が詰まる。
華麗に舞い踊るアンビエントに注目する観客達は魅入られ、泥臭くしぶとく立ち回るナイトフォールを凝視する観客達はその緊迫感と緊張感にヒヤヒヤしっぱなしだった。
優美な白黒の巨人と傷だらけの深紅の巨人の戦いにより、両者の放つ銃撃が『付帯損害』を徐々に増やしていた。
人革連の軌道エレベーター『天柱』。低軌道ステーション『真柱』。他の軌道エレベーターと接続する低軌道リング。リング上に設けられた発送電衛星や太陽光パネル。全てに被害が生じる。
『天柱』や『真柱』に流れ弾が当たる度、外殻が爆ぜる。
水中に広がるインクのようステーション周辺に広がっていく粉塵。滑落した防護壁や宇宙と地上のやり取りをするキャビンがレールから滑落し、大気圏へ落ちていく。焼き千切られた電線が暴れ狂い、デブリ対策用電磁ネットが熱光線の高熱と電磁気に焼かれ、放電の閃光を放つ。真っ赤に焼けた無数の微細な外殻片は宇宙世界の絶対零度に熱量を奪われ、細かな金属片の大群となって周辺を漂う。
ビームの直撃を浴びたオービタルリングは容易く破損し、発送電衛星は簡単に爆散。太陽光パネルは一瞬で融解蒸散し、破壊によって生じた過電流にリング上の中継器が火を噴いた。
『機動戦士ガンダムOO』原作において、人類の共有インフラと称された超巨大建造物が巨人達の闘争によって凌辱されていく。
戦いに傷つく巨人はナイトフォールだけだ。擦過するビームや高熱圧衝撃波に焼かれ、かすめる散弾や飛散する外殻片に削られ、煤煙に塗れていた。
一方的に追い詰められていく様に、サトミは目を覆いたくなる衝動を覚えた。同時に、熱烈に支持する”レイヴン”がこのまま負けるなどと微塵も思っていない。
サトミは見たのだ。あのナイトクラブで催されたエキシビジョンマッチで、”レイヴン”が格上の強敵相手に戦い抜いた姿を。
素敵なサイズの胸元に沿えた両手をぎゅっと握り込み、サトミは傷つきながらも双眸に冷徹な輝きを称えるナイトフォールを見つめ、誰にも聞こえない声で密やかに呟く。
「頑張って、レイヴン……っ!」
○
会場の絶対多数がリリウム・ウォルコットの勝利を確信し、如何にナイトフォールを打ち取るのかと期待する最中、操縦ブースでリリウムは美貌をしかめ、サブディスプレイのデータログを素早く確認。
「随分とちらかりましたね」
膨大な微細デブリ。ステーション周辺に漂う煤煙――莫大な微粒子。火災を起こしているステーションと軌道エレベーターに発送電衛星。戦闘による”汚染”で索敵系が不調を訴えている。
ナイトフォールがステーションの前に位置取り、高速機動するこちらへ右手のビームライフルと両脇下に展開したビームキャノンで、それぞれ偏差点射を繰り返す。
五月雨撃ちの熱光線が宙を漂う無数のデブリや煤煙を焼きながら走り、低軌道に光条を幾筋も描く。
アンビエントは回避運動を取りつつ、ビームライフルと重ショットガンで応戦。
交差する熱光線と散弾の雨。
ナイトフォールが散弾を多数被弾。各部から黒煙を曳きつつステーションの外壁に叩きつけられた。操縦ブース内に被弾と激突の轟音がつんざき、メインディスプレイがたわみ、乱れる。
絶対的好機。リリウムは直感的に”ここ”が勘所だと即断。
温存していた右肩のミサイルポッドからファンネル・ミサイルの弾幕斉射する。デブリの間を縫うように複雑な機動を描きながら飛翔するミサイルの群れ。さらにトドメのチャージショットを準備する。
ミサイルの群れがナイトフォールへ迫る、その刹那。
深紅の怪物は今まで一度も使わなかったオーバードブーストを起動。暴力的な推力に傷だらけのナイトフォールがミサイル弾幕の中へ突入していく。直後、背中の真ん中に担いでいたブースター内蔵シールドを分離射出。機体に先行してミサイルの群れへ飛び込み、被弾爆発。ファンネルミサイルが爆発と二次拡散する周辺デブリに巻き込まれ、殉爆していく。
連鎖爆発が生じ、ステーション近傍を爆煙が満たす。大気の存在せず重力の影響が地球程明らかではない宇宙空間では、微粒子の拡散は酷く鈍い。
「これ、は……」
碧眼が見つめるメインディスプレイに浮かぶ索敵系の報告はネガティブだらけ。電波系索敵は無数のデブリに乱反射し、熱探系索敵はアンビエントの前方にあるステーションの火災の熱源が強すぎて紛れてしまう。光学系と動体観測系は漂う爆煙に阻害されている。プラフスキー粒子濃度の解析も環境破壊状況に把握できなかった。
耳目を潰された。アリサワ・スミオは軌道エレベーターを盾や遮蔽物に使っていただけではない。機体が傷ついていたから逃げ回っていたのではない。
「全ては、この状況を生み出すための策略だった……?」
だとすれば、自分は今まさに罠へ捕らわれた。
リリウムは背筋に冷たいものを覚えるも、いや、と聡明な頭脳で否定する。この状況ではナイトフォールの耳目も利かない。こちらが現在位置から移動すれば―――
索敵系が熱源反応と高速動体反応を捕捉。2時方向上方!
焦燥感に駆られるまま、リリウムは反射的にビームライフルのチャージショットを放つ。命中。爆散。手応えはあった。しかし、システムは戦闘終了を宣言しない。
「囮……なら、今のは私の位置を把握するための―――」
自らの失策と自身が置かれた危険な状況に気付き、ハッと美しい碧眼が見開かれた刹那。
爆煙の濃霧を切り裂き、11時方向下方から深紅の怪物が襲い掛かってきた。
流血のように黒煙を曳く傷だらけのMkV・ナイトフォール。
右手に抱えていたビームライフルが無く、展張したパイルバンカーを構え、アンビエントを完璧に間合いへ捉えている。アイバイザーが冷徹な殺意の光をぎらつかせている。
「ひっ」
ガンプラバトルで初めて味わう本能的な恐怖に、リリウムの妖精染みた美貌が引きつる。
ナイトフォールが左腕のパイルバンカーを振るう。パイルが高速射出され、指向性爆薬が起爆。
宇宙に紅蓮の爆炎が咲く。
吹き飛ぶアンビエント。
――の左脚。
リリウムは脊髄反射的に機体を後転させ、パイルバンカーへ左脚を差し出したのだ。
被弾を致命傷に至るボディではなく左脚に押しつけた、決死のダメージコントロール。破砕される左脚。愛機は左腿から先が失われ、大出血するように火花と黒煙を散らしながら飛ばされていく。
ナイトフォールはなぜか追撃してこなかった。リリウムを倒す絶好の潮目を活かさずにいる。
リリウムは知る由もない。ナイトフォールは酷く蓄積したダメージは重く、応急修理低度ではブースターもスラスターもジェネレーターもフレームも関節基部も、もう限界だと。
この一度のチャンスに全てを賭していたことを、知らなかった。
だから、リリウムは恐怖に起因する激しい闘志と戦意に突き動かされ、両腕の武器を構えるやコンソールの光球を握り潰さんばかりにトリガースイッチを押す。
「やぁああああああああああああああっ!!!」
乙女らしい甲高い咆哮と共に眼前のナイトフォールへ全力射撃。熱光線と散弾の猛弾幕が手負いの怪物へ次々と突き刺さっていく。
然してアンビエントが殺し切る間際、ナイトフォールの左脇下に展開したビームキャノンが最後の一撃を繰り出す。
熱光線がアンビエントをかすめた。擦過熱で右肩が周りが焼かれ、頭部右アンテナが溶け、右目が潰れる。
だが、それだけだ。
灯滅の輝きはリリウムを倒すことなく消え、アンビエントのビームライフルがMkV・ナイトフォールのコクピットを撃ち抜く。
システムが戦いの終わりを宣言した。
『バトル・エンド!』
リリウムは気づく。下着が透けて見えるほどにブラウスがぐっしょりと濡れていたことに。髪が湿るほど汗を流していることに。
身体が芯から熱い。戦いに勝利したという充足感より、生き残ったという安堵感に膝から力が抜け、思わずその場にへたり込む。
慌てて駆け寄る従兄姉やBFFスタッフ、MCとアシスタント、どよめく観客。全てを遠くに感じながら、リリウムは筋疲労で細かく震える手で華奢な身体を抱きしめ、体内の熱を吐き出すように声を上げた。
アジアカップ日本予選大会準決勝、勝者はリリウム・ウォルコット。
Tips
軌道エレベーター。
SF作品によく登場する超々巨大建造物。ガンダム作品ではSEED、OO、Gのレコンギスタに登場。当然ながら戦場になったり、破壊されたりする。
本作で登場する軌道エレベーター『天柱』は人革連が所有するもの。
リリウム・ウォルコット。
オリキャラ。元ネタはACfaに登場するAC乗り。歳若いながらリンクス・ランクは2という天才少女。
本作の外見と人柄はオリ設定。異論は認める。
アンビエント
オリ機体。元ネタはACfaに登場するリリウムの乗機。プラモ化もされている。
本作では、Gのレコンギスタの主人公機をベースにしている魔改造機体、という設定。