ビルドファイターズ・レイヴン 作:コウサカさんちのコーヒー
パンパシフィック・チャンピオンシップ日本予選大会は週末の土日に行われる。
場所は今やガンプラの聖地と化して久しい静岡県だ。プラフスキー粒子の研究開発の中心地でもある。
近場だったアジアカップ日本予選と違い、遠征となるため、本来は学校顧問が同行するところが、バトル部はラルさんが監督責任者として同行する。
11月下旬の木曜日。昼休み。
スミオは職員室を尋ね、諸々の手続きを済ませていた。
顧問のサトウ先生はガンプラにもバトルにも疎いけれど、熱心に活動する生徒を手抜かりなくサポートしてくれる良い先生だった。
「うん。手続き書類は整ってる。先の大会は三位入賞だったが、今回はどうだ? 本選に出られそうか?」
サトウ先生の問いかけにスミオは控えめな微笑を返す。
「年齢制限があってプロがほとんど出られない分、アジアカップ予選よりは可能性が高い、と言いたいところですが、こちらはこちらで全国大会出場校も出てくるんで何とも。でもまあ、聖鳳学園の名前を宣伝してきますよ」
「生徒がそんなこと考えなくてよろしい。引率のラルさんに迷惑を掛けないようにな」
「はい。頑張ってきます」
スミオは小さく一礼し、職員室を出ていった。
サトウ先生へ隣の席の女教師が声を掛けてくる。
「アリサワ君、大きな大会で入賞したんですか?」
「国際大会の日本予選で三位になったらしいです。本選には参加できませんでしたが、プロ選手を倒したりしたとかで、ネットでは界隈で話題になっているそうです」
「それは凄いですね」
説明を聞き、女教師はスミオが去った出入り口へ顔を向け、意外そうに呟く。
「アリサワ君ってそんなに強い選手だったんですねえ」
「コーチを委託している外部の方が言うには、今年に入って急成長したとか」
サトウ先生が大雑把に説明すると、女教師は深く頷いて訳知り顔で言った。
「なるほど、成長期ですね」
果たしてその認識が正しいのかどうかはともかく。
パンパシ日本予選へ遠征する諸々の手続きを済ませ、スミオは教室に戻る。自分の席に腰かけて暇潰しにスマホを弄ろうかとした矢先。
「アリサワ。ちょっといい?」窓際の席で親友のカミキ・ミライと談笑していたフナキ・サトミが、不意に声を掛けてくる。
? ? ? スミオは”二つの意味”で、何だ? と思う。
一つ目は当然、サトミが声を掛けてきた用向き。
二つ目はサトミの印象が今までと少しだけ違うこと。別に化粧や髪型を変えたり、ブラウスのボタンを一つ余計に外して胸元が見えそうだったり、スカートが短くなってパンツが見えそう、とかそういうことではない。
サトミはこれまで通りのショートヘアで化粧は無しでリップクリームだけ。制服も普段通り。けれど何かこう、印象が違う。普段より女性的で綺麗に見える。
スミオには分からない。周囲も、同じモデル業をしているミライさえ気づかない。サトミがスミオへ声を掛ける直前、背骨と腰のラインと腕や脚を置く位置を少しだけ変え、極自然にモデル業で学び体得した”映える”姿勢を取ったことに。
はっきりと分からないレベルで、普段よりも女性的印象をアピールする。これぞプロのテク。ワザマエである。
不思議そうな顔をするスミオに、サトミは自身の密やかな技が通じていることを認めつつ、用向きを口にした。
「バトル部って週末のパンパシ日本予選へ出るんでしょ? あれってネット配信するの? 調べてもよく分からなくてさ」
「パンパシ本大会は配信するらしいけど、日本予選は大会後にダイジェスト動画を流すだけだと思う」
「えーっ!? 生配信無いの!?」
スミオの回答にサトミは目を丸くした。流石に静岡まで泊りがけで応援にはいけない。だからネット配信で我慢しようと思っていたのに、配信が無いときた。認められるか、そんなこと。
パンパシフィック・チャンピオンシップの大会運営に美貌を怒らせるサトミへ、ミライが宥めるように告げた。
「そもそも今週末はお仕事でしょう。どのみち生配信は見られないわよ」
「ぐぬぬ……っ!」憤りを堪えて唸るサトミ。
「まあ、パンパシは年齢区分されたチームバトルだからね。ネット配信は手間が掛かり過ぎるんだと思う」
「アリサワ君、この間の大会は表彰台に上がれたんでしょう? 今回は優勝できそう?」
ミライに尋ねられ、スミオは小さく肩を竦めた。
「どうかな。今回はチーム戦だし、絶対王者が出場するらしいからね」
「それ、知ってる。私立ガンプラ学園だ」
サトミが『ここ公文でやったとこだ!』とでもいうように言った。ガンプラバトルにハマってあれこれ調べるようになった成果。
スミオは頷いて「全国大会は今年で6連覇。公式大会以外は出場してこなかったけど、今年はパンパシに出場を宣言してる」
私立ガンプラ学園。旧PPSE社技術開発部と二代目メイジン・カワグチが興したガンプラ塾を母体に創設された、プラモデル主体の模型製作専門学校だ。
その名の通り、ガンプラバトルで無類の強さを誇っている。特に学園代表選手のキジマ・ウィルフリッドはこれまで公式戦無敗というとんでもない選手だった。
公式運営のヤジマが学園の経営母体のためか、公式や公認の大会しか出場してこなかったが、今年のパンパシフィック・チャンピオンシップ日本予選へ出場することを発表していた。
薄ら恐ろしい事実として、ガンプラ学園はキジマ・ウィルフリッドのワンマンチームではなく、他校ならエースを張っているような連中がごろごろいることだ。
十戦したら十敗する相手だな。スミオは思う。”死神”やリリウム・ウォルコットに負けた身だ。キジマ・ウィルフリッドに勝てるとは思えない。
同時に思う。たとえどれほど強かろうと、”死神”のプレッシャーほどではないだろう。
「冷汗くらいは掻かせてやろうと思ってるよ」
スミオは微かに目を細め、口元を薄く曲げる。凛々しい顔に似合う怖い笑み。
サトミはきゅんと胸が高鳴り、余計に試合を見られないことに煩悶した。
親友の乙女なファンガ心理に気付かず、ミライは『アリサワ君って良い顔するのね』と暢気に感心していた。
「来月にはクリスマスや年末年始が控えてるけど、フナキさんとカミキさんはネット配信とかテレビに出演したりしないの?」
何気なく尋ねたスミオに、サトミとミライは揃って微苦笑を浮かべた。
「ないない」「ないと思うわ」
何も知らぬ教え子へ説くように、ミライが簡単に語る。
「そういうお仕事は知名度の高い人達や名前と顔が売れてる人達が優先されるわ」
「私が出演できたのは決まっていた人が急に出られなくなったからよ。仮に私達が出演できるとしたら、舞台の賑やかしとしてその他大勢と一緒に並ぶだけじゃないかなぁ」
サトミがミライの説明に続けた。誇張や自嘲もなくどこか淡白に。
「君らほど美人でもその扱いなのか……」
さらりと美貌を褒めるスミオに、褒められ慣れている2人はさほど動じず、
「私が事務所に入って最初に言われたのは『この業界はカワイイ、キレイが当たり前。貴女”くらい”の代わりはいくらでもいる。そのことを決して忘れてはだめ』ってこと」
「私も言われたなぁ」
さらっと答えるサトミに、隣のミライも大きく頷いた。
カミキ・ミライは清楚な雰囲気に繊細な造作の顔立ち、黄金比のプロポーションを持つ『美の極致』みたいな容姿容貌の持ち主だ。校内全ての男女が『当代聖鳳学園で一番の美女』と認めるだろう。
隣のフナキ・サトミだって誰もが全国平均でティア1SSSグレードの美人と認めるだろう。
業界警句の類だろうけれど、卓越した美女2人が面と向かって『お前らくらいの代わりはいくらでも利く』と言われるなんて……
「恐ろしい業界だなぁ」
スミオは本心から慨嘆した。
「ガンプラバトルの世界だって似たようなものじゃない? お金を使って何時間も何日もかけて作品を作って、たくさんの時間をかけて練習して、大会のために遠い会場まで赴いて、一度でも負けたら終わり。何の見返りも対価も得られない。十分過酷だと思うわ」
「確かにね」
ミライの指摘にスミオは微苦笑し、フッと息を吐いて表情を引き締めた。
「費やした努力と時間と金に見合う結果を出せるよう頑張らないとな……」
狩人のような目つきになったスミオに、サトミは”
「ぅうう、パンパシの試合が見たいぃ~~っ!!」
「サトミ、本当にガンプラバトルにハマったのね」
「沼ってるなぁ」
サトミの本心を知らぬミライとスミオは暢気に笑った。
○
金曜日の宵。
明日は静岡まで赴き、パンパシ日本予選大会へ出場。
スミオとエリはマギーの工房に居た。トレーニングも仕事も早上がりし、給湯室で雑談中。
セレンが不満そうに電子タバコをくわえている。傍らには空気清浄機が置かれる徹底ぶり。
「赤ん坊のおしゃぶりみたいだ。こんなもの煙草じゃない」
「禁煙したら?」
マギーは尻を蹴っ飛ばすように言い放ち、スミオのジェガンを見分する。
「シノダさんが作ったものに比べると完成度と細部が甘いけど、学生限定のオープン大会なら十分通じるでしょ。武装の選択を誤らなければ、上位を十分狙えると思う」
「予備機は用意してあるのか?」
セレンが問えば、スミオはエリと揃って首を横に振り、言った。
「宇宙・地上どちらでも扱える機体を用意しているし、ダメージモードはB。予備機は不要だと思う」
パンパシフィック・チャンピオンシップはチームバトル制で、1チーム3名。日本でいうところの中高生の部に当たるU-19、一般の部に当たるオープン・カテゴリーと二部に分けられている。
SDガンダムは参加不可で基本リアルモデルだけ。モビルアーマーは原作で個人操縦していた機体は個人で使用可能。複数人で扱っていた機体は原作と同人数で無ければ認めない。つまり2人乗りなら2人で操作。三人乗りなら1チームでMA一機のみ。三人以上必要なら使用不可、という具合。
ダメージ設定は『B』。これは緊張感を持ってバトルに臨んでもらうため。ダメージが反映されない『C』だと『機体が壊れないから滅茶苦茶やってもいいや』となる選手が現れ、興覚めになるためだ。
また、予備機の持ち込みが許可されていて、バトル開始前に地上ステージか宇宙ステージか知らされるため、扱うガンプラを選ぶことが出来る。これは宇宙専用機や地上専用機を運用できないステージが選ばれ、実質的な不戦勝不戦敗が決まるという”萎えるオチ”を避けるため。
日本では長期休暇シーズンから外れた時期のため、オープンカテゴリーの参加者は主にプロやセミプロ、国外ハイアマチュアとプロが主体になる。U-19は高三中三の選手が受験引退後の新チームで参加する傾向が強い。いわゆる秋の新人戦的に見做されている。
ヤジマ公式と違い地区予選無しで参加できる反面、アジアカップ予選同様に参加費有料のアゴアシ宿代全て自腹。優勝チームしか本選出場できない。という条件から参加するチームが無法図に多いわけでもない。それでも相当数に及ぶが。
「アジアカップで苦労したくせ、よく言う」
セレンは鼻を鳴らし、紫煙を吐きながらマギーへ顔を向けた。
「なんか貸してやったらどうだ?」
「やめておいた方が良いわ。ラル大尉に怪しまれることは避けるべきよ」と反対するマギー。
「……たしかに。ラルにバレると面倒臭いな」眉根を寄せるセレン。
2人のやり取りに好奇心を刺激され、エリが口を挟む。
「お二人はラルさんを御存じなんですか?」
「この業界で”青い巨星”ラル大尉を知らなきゃモグリよ」
「奴はまあ、そうだな。ある種の有名人だな」
遠い目で語るマギーとしかめ面を作るセレン。これ以上は語らぬ、と美貌にありありと書いてある。好奇心が充たされずヤキモキする教え子2人。本当に何者なんだよラルさん。
「予備機は無くても大丈夫でしょ。”死神”やリリウム・ウォルコットみたいな相手もそうそういないだろうし」
「それはどうだろう。今年のパンパシ予選へガンプラ学園が出場するって話だから」
スミオがマギーへ異論を唱える。
と、セレンが電子タバコをちゅーっと吸い、不満そうに紫煙を吐く。
「ガンプラ学園か。あそこは実質的にヤジマ商事とバンダイのジュニア・ワークスであり、公式直営のファイターとビルダーの養成所だ。生徒は国内中から厳選された才児達で、組織が保有するノウハウやリソース、人材は一般校と比較にならない」
「確かに……言われてみると一般的な学校とは全然違いますね」と頷くエリ。
「選手のレベルも一般校と一線を画している。国内公式戦無敗の絶対王者キジマ・ウィルフリッド。そのキジマと競り合えるアドウ・サガ。この2人に及ばない面々も平均的な学生選手と比べたら雲泥の差だ。そういう連中が国内最高峰の組織からバックアップを受けているわけだ。そりゃそこらの部活動やサークル活動で勝てるわけがない」
セレンは電子タバコを置き、珈琲を口に運ぶ。
「ただな、ガンプラ学園には決定的な欠点がある」
「欠点、ですか?」エリが小首を傾げれば。
「どうしようもないほど勝利至上主義に染まっているのさ。それこそ教条主義的に」
嘲りをこめた微笑を目にし、スミオとエリは納得した。
ガンプラ学園の勝利至上主義は有名な話だ。それこそ直接対戦したことがないスミオですら聞き及んでいる。傲慢増上慢。無礼非礼失礼。その手の批判が尽きない。
「そもそもな」セレンは煙草の灰を落とし「今回のパンパシにガンプラ学園が出場する理由も、連中の勝利至上主義と肥大したプライドが理由なんだよ」
「?」意味を捕らえかねたスミオとエリへ、セレンはなまぐさーい話を始める。
セレン・ヘイズはかく語りき。
私立ガンプラ学園はヤジマ商事が経営母体である関係か、ガンプラバトル大会は公式が催すもの以外に参戦しない。そのため、アジアカップ然り、パンパシ・チャンピオンシップ然り、非公式開催の大会に出場しなかった。
なんせガンプラ人気は世界規模であり、ガンプラとそのバトルはマジでビッグビジネスなのだ。だから世界選手権を始め、各国のナショナルカップの開催権や興行権はヤジマが完全に握っているし、『ヤジマ公認』というお墨付きを与えることもまた、大きな利権ビジネスだった。
直営傘下である私立ガンプラ学園も、ヤジマの立派な利権に含まれる。
たとえば、先のアジアカップに私立ガンプラ学園の選手が出場していない理由は、アジアカップが中華資本で催されており、ヤジマの関与が薄いからだ。
つまり『ガンプラ学園の選手やチームを出場してほしいなら、運営に大きく口出しさせろ、利権に深く噛ませろ』という生臭い事情が潜んでいる。
しかし、こうしたヤジマの方針に『否』を突きつけたものは、皮肉にもヤジマの手駒たる私立ガンプラ学園だった。
リンクスやレイヤードなどヤジマが関わらない興行が大きく隆盛し、アジアカップやパンパシなどヤジマの与らない国際オープン大会が発展するに従い、私立ガンプラ学園内でも『公式以外の大会でも力を示すべきだ』という意見が強くなっていた。
なんせガンプラ学園は『ガンプラバトルの鬼』こと故・二代目メイジン・カワグチが開いたガンプラ塾が前身であるため、ガンプラバトルに対して過剰なまでの勝利至上主義に突っ走っており、生徒達はおろか講師すら『強さこそ唯一無二の絶対正義』という振舞いをしている。
そんな彼らが自分達を抜きに盛り上がる大会の存在を放っておけるわけもない。自分達こそが真に最強であることを証明すること。それはガンプラ学園生の習性といって良い。
かくして、学園側の強い強い熱意に負けたかたちで、ヤジマはとりあえずパンパシ日本予選大会へ出場を認めたわけだ。
「反応に困る話ですね」
エリは何とも言えない面持ちを作る。学生に企業のビジネス戦略の話は実感が難しい。し、ガンプラ学園の事情は単純に『がっついてるなぁ』としか思わない。
が、スミオは違ったらしい。
「……強すぎるプライドとエゴか。たしかに欠点だ。精神的な隙とも言える」
隙があるなら、喉笛を掻き切る機会を作れる。
愛おしい恋人が”雄”の顔になったことにときめきつつ、エリはセレンへ水を向けた。
「随分お詳しいですけど、どうやって詳しい内情を?」
「悪い大人は耳と手が長いのよ。真似しないようにね」マギーがカップを手にしながら皮肉っぽく言う。
悪い大人なセレンはスミオとエリへ意地悪な微笑を向けた。
「ガンプラ学園や強豪校ばかりに目を向けると、足下をすくわれるぞ」
「というと?」興味を刺激されたスミオが目を細める。まるで狩人のように。
「パンパシはオープン大会だ。公式の大会は多くの学生競技に倣って全国連盟に加入した学校の部活動、サークル、生徒しか参加できないが、パンパシは違う。学校を介さず参加出場できる。つまりだな、学校や個人の事情から公式大会へ参加できない連中もパンパシに挑戦できるわけだ。アジアカップのように全国大会に出てこない強者や猛者が出てくるかもしれない」
「そもそも貴方達が無名の猛者みたいなものだしね」とマギーが楽しげに微笑む。
「まぁ、なんだ」
セレンは電子タバコをふかし、紫煙をくゆらせてから、言った。
「土産はうなぎパイ以外で頼むぞ」
Tips
サトウ先生
原作モブ。最序盤にだけ登場した聖鳳学園ガンプラバトル部顧問。
主人公の転校手続きと練習試合を組んだ時だけ登場した。顧問なんだから全国大会にも連れて行ってあげて・・・
パンパシフィック・チャンピオンシップ日本予選大会。
オリ設定。
モデルはeスポーツ。
私立ガンプラ学園。
原作設定。ただし本作ではオリ要素がかなり強め。
二代目メイジン・カワグチ(アニメ版でこの人をよく言っている人間が誰もいないという事実)が創設したガンプラ塾と旧PPSE社の一部が母体となって興された学校法人。
Wikiなどで調べると、ガンプラバトルのファイターとビルダーの養成機関みたいな学校。
キジマ・ウィルフリッド
原作キャラ。日本国内で最強の学生チャンプ。金髪碧眼のイケメン。
アドウ・サガ
原作キャラ。ウィルフリッドと互角の腕前を持つ猛者。アニメでは初回登場と以降の登場で顎の形が違うと公式でネタにされた。