ビルドファイターズ・レイヴン 作:コウサカさんちのコーヒー
決勝戦が終わるや速やかに表彰セレモニーが開かれた。
ステージ上に大会運営のMCとプレゼンターが上がり、三位入賞の『コーテックス』三人娘が案内される。
大型スクリーンに派手な映像が流れ、にぎにぎしい音楽が会場を満たし、ガンダム好きのインフルエンサーだか芸能人だかのプレゼンターとMCの仕切りで式が進む。
三位『コーテックス』、準優勝『聖鳳学園』、優勝『ガンプラ学園』の順で選手一人一人に記念メダルと大きさの異なるトロフィーが授与される――のだけれども。
ガンプラ学園の面子にアドウ・サガの姿はない。全力を出し切れぬまま敗北した彼はブチギレて勝手に会場から出ていった。結果、アドウの代わりにコーチのアラン・アダムスが代理受取人となり、カメラに引きつった笑顔を記録される羽目になった。
セレモニーが終わり、大会が閉幕しても、選手達は解放されない。ガンプラバトルやホビー、エンタメなどのメディア記者がインタビューや撮影を行う。
金髪碧眼の貴公子チックなイケメン、キジマ・ウィルフリットは囲み取材を受けている。なんせ公式戦無敗の学生チャンプがいよいよ国際大会へ挑戦することになったのだ。そりゃメディアの鼻息も荒い。
聖鳳学園もメディアの注目を集めている。スミオは会場を何度も涌かせる活躍を見せたし、フミナとエリは美人だ。また聖鳳学園が世界ランカーのイオリ・セイの母校だったことも、要因の一つだろう。
コーテックスの三人娘も注目度が高かった。三人とも相応に整った容貌であり、全国大会出場校や強豪校を蹴散らして表彰台へ上がったのだから。
かくして”お祭り”は終わり、選手達は帰路につく。
なんせ明日は月曜日であるからして。
・・・
・・
・
西東京勢は新幹線で帰る組と自動車で帰る組に別れた。
聖鳳学園はラルさんの愛車に乗り、高速道路で東京まで突っ走る。試合疲れのせいか後部座席のフミナとエリはすやすや。助手席のスミオもうとうとしつつ、ラルさんと会話を重ねていた。
車窓の外、高速道路から臨む駿東の夜景は暗く、富士山はまったく見えない。
「そういえば」
スミオは思い出したようにラルさんへ尋ねた。
「コーテックスの引率女性と話してましたよね? 知り合いなんですか?」
「いや、知己はないよ。君らが対戦したから挨拶をしただけさ」
ラルさんはさらりと答えた。
それは事実であるけれど、真実ではない。ラルさんは会場を後にする際、クロス・セラへ問うたのだ。
『貴女はかつてセレ・クロワールと呼ばれていた女性ではないか?』と。
クロス・セラは優艶に微笑み、反問した。
『仮に貴方の推測通りだったとしたら、どうなさるの?』
『あの少女達を良からぬ事に巻き込まれるのではないか、と案じることになる』
迂遠な表現だが、意図はしっかり伝わった。業界に広いコネクションを持つラルさんは当然ながら国際ガンプラバトル公式審判員―――ガンプラ関連の自警活動も担う組織とつながりがある。
暗に通報を示唆されたクロス・セラは、シェイラスカーフで髪を覆い隠したことで強調される端麗な顔に絶対零度の微笑を湛え、答えた。
『あの娘達は私が見出した”可能性”。良からぬこと、などという卑賎な物事に関与させるなどありえません』
魔女染みた雰囲気にラルさんをして気圧される中、クロス・セラは愛弟子である三人娘へ慈しむような眼差しを注ぎ、次いで愛弟子を倒した若者を見る。
『青い巨星。貴方も分かるでしょう? ”可能性”を自らの手で育むことの楽しさを』
『……それは、同意せざるを得んな』
仏頂面で応じるラルさんに、クロス・セラは笑みを消して踵を返す。
『それでは、またどこかの大会やイベントで。ごきげんよう、青い巨星』
ラルさんは小さく息を吐き、回想を切り上げた。ちらりと眠たげな顔の教え子を横目にし、言った。
「フミナ君もエリ君も成長著しいが、やはり君の成長に一番驚かされたよ、スミオ君。元々ファイターとして優れた素質を備えていたが……今年に入っての成長振りは驚きを禁じえん」
「小中と積み上げてきたものが実になり始めた、そんな感じです。それに、やっぱりエリのおかげです。ぼくの成果は全てエリあってのものですから」
スミオは追い越し車線を走っていくトラックを見送りながら続けた。
「あとは……ホシノさんが入部してくれたことも、大きいですね」
「フミナ君?」
「ええ」スミオは頷いて「後輩が出来ていろいろ教える過程で、自分の知識や経験を改めて振り返るきっかけを得ましたし、何より後輩に格好悪いところを見せたくないと思うと、これまでよりも真剣に取り組むようになっている気がします」
なるほど。ラルさんはハンドルを操りながら頷く。
「今回はいろいろな相手と戦った。全国大会出場校に強豪校、南米のチーム、有志チーム、そしてガンプラ学園」
「バラエティ豊かでしたね」
スミオはゆっくりと息を吐き、どこか冷めきった目つきで言った。
「ただし……大半は期待外れだった」
「ほう」思いのほか強気の言葉が帰ってきて、ラルさんは思わず前方から隣のスミオへ移してしまった。その凛々しい横顔は失望の一歩手前に近いものがあった。
「スドウさんが全国大会で為すすべなく一回戦負けした。それを知った時、ぼくは全国大会がそれはそれはレベルの高いものだと思っていました。ところが蓋を開けてみれば、なんてことはない。どいつもこいつも機体性能や初見殺しの装備でゴリ押すだけ。個人の操縦技術もチームワークも戦術もお粗末極まりない。電子戦対策すらしてないときた」
愚痴にもぼやきにも聞こえる吐露。
スミオは車窓の外で煌めくヘッドランプやテールライト、街灯を眺めながら苦々しげに続ける。
「このまま他所の実力が変わらないなら、来年の全国大会は予選でスドウさんを倒してしまえば、後はガンプラ学園くらいしか脅威がいません」
傲慢や増上慢と言いきれない。アリサワ・スミオは今月に催された二度の国際大会日本予選で実力を証明した。
学生ガンプラバトル界隈はその名をしっかり覚えるだろう。私立ガンプラ学園に次ぐ脅威として。
ラルさんはスミオがこれほどの実力を備えてもなお、最も脅威と認識している相手がスドウ・シュンスケという事実に面白みを覚える。
「スドウ君が最大の難関なのかね?」
「……今でも分からないんです。ぼくとエリのスーパーガンダムをどうしてスドウさんが抑え込めたのか。あの時のスドウさんは本当に神懸かっていた」
スミオはラルさんに微苦笑を向けた。ひどく男性的だった。
「事実として、スドウさんより強い選手は大勢います。けれど、スドウさんより怖いと思った相手はほとんどいませんよ。今日の試合で言うなら、コーテックスのカワイさんくらいだ」
「ガンプラ学園の選手達は怖くなかった、と?」
「あれは順当に強いだけです。素晴らしい才能を真摯に磨き上げている。強いです。圧倒的に強い。学生チャンプはもちろん、ぼくが倒したアドウ? とかいう人も実力はぼくより上だったでしょう。でも彼らは強いだけだ。怖くありません」
スミオは日本学生界最強の男を怖くないと切って捨て、バックミラーで寝息を立てている後輩をチラリと見た。
「ぼくは彼らよりホシノさんの方が怖いですよ。ホシノさんは無敗の学生チャンプ相手に競り合った。中二の時のぼくじゃ絶対に無理だったことを、成し遂げてる」
「確かにな」ラルさんはハンドルを操りながら頷き「フミナ君はアジアカップとこの大会で本当に大きく成長したよ」
「ホシノさんはもっともっと強くなりますよ」
スミオはどこか確信を込め、表情を和らげた。
「自慢の後輩です」
ラルさんとスミオは気づかない。眠っているはずのフミナの頬が照れ臭そうにほんのり桜色に染まったことに、気づかない。
〇
聖鳳学園の皆を乗せたラルさんの愛車が西東京を目指している頃。
パンパシフィック・チャンピオンシップのオフィシャルが早速日本予選の特別動画を配信した。
動画は全部で三本。
一本は日本予選の紹介と大会自体のダイジェスト動画。もう一本は優勝して本選出場権を勝ち取ったガンプラ学園の紹介動画。最後の一つは観客のスマホ投票で選出されたベストバウト・ランキング動画。
問題は最後のランキング動画だ。ベスト10から紹介される長尺動画のうち、上位三試合が聖鳳学園のバトルだった。特に大会ベストバウトに選ばれた聖鳳学園VSコーテックスの戦いは、動画がアップされてすぐさま注目を浴びる。動画サイトのコメント欄やSNSのガンプラバトル界隈が賑わった。
『このジェガンのファイター、マジつぇえええ!!』
『アジアカップで3位になった子やん。あのエグいMkVはどうした?』『>修理が間に合わなかったらしい。ダイジェストの方で言ってた』『>そうなんか。サンガツ』
『アリサワ・スミオ君、推します♡』『>あの冷たい目でとっつき打ち込んで欲しい……』『>分かり味深い』
『髪を掻き上げたホノカちゃん、可愛すぎてファンになった』『こてこてギャルのアキホちゃんとハメたい』『イツキとかいう女、ゴスロリ似合ってなさすぎ』『>童貞にはあの魅力が分からんか。憐れよのぉ』
『この黒い機体、格好良いな! ベースキットが何なのかさっぱり分からんけどw』
『ガンダム要素の無いオリ機が増えたよなぁ。ガンプラバトルの大会なのにさぁ』
『こまけえことはいいんだよ! ガンプラは自由だ!』
ここから先は些かの蛇足である。
『アキホってグリ下でパパ活してたクソマンじゃん』
『このカワイ・ホノカはクソヤベー奴です。小学生の時から万引きとかしてて中学ン時に逮捕されてます』
『カンナギ・イツキ? こいつ引きこもってると思ったらこんなイテェ格好してオタクイベに出てんのかよww』
チーム『コーテックス』の面々は素性が晒され、ネット上で炎上した。
「予想通りやね」ホノカはあまり動じていない。事実だから。
「どーでもえーわ。所詮はネット上でグダグダ抜かすしかないチンカス共や」
アキホも人から後ろ指差されることをしていた自覚があるため、SNSのコメントにいちいち反応しない。
「……」
ただイツキは俯いた。今も血を滲ませる心の傷を嘲笑され、深く傷ついていた。
「イツキちゃんに酷いこと書いてる奴、一人残らず見つけ出してぶっ殺して回ろう」
「目ェマジやん。絶対すんなよ?」
ガンギマリのホノカにアキホはドン引きした。
事態は急速に悪化していく矢先、クロス・セラが微笑んだ。
「目に余る言動をしている方は開示請求して名誉棄損で告訴しますから、じきに収まるでしょう」
認定NPO法人『インターネサイン』が専属弁護士を動員し、採算を完全に無視して有象無象のカス共を法的にビンタし始めると、三人に対する誹謗中傷は急速に減退し始めた。
特にカンナギ・イツキを嘲っていた連中はスラップ裁判だけでなく、SNS上の元いじめられっ子クラスタや社会正義を御旗にした私刑大好きな連中に目をつけられ、逆に大炎上した。むろん、そこには高度な情報誘導が行われていたが。
「先生、ひょっとしてめちゃくちゃ怒ってはる?」
「ふふふ」
アキホの問いかけにクロス・セラは優美に微笑むだけ。
話を戻そう。
「見に行けばよかった――――――――――――――ッ!!」
フナキ・サトミは動画を見終わった直後、ベッドに飛び込んで枕に顔を埋めて絶叫。長く麗しい両脚をじたばたじたばた。
「あのでっかいのとバトル、かっこよすぎ! 関西女達相手のバトル、ヤバすぎっ!! あんなの、あんなのナマで見たかったぁっ!!!!」
じたばたじたばた。
此度、サトミは静岡という遠方と週末のモデル仕事ゆえに現地観戦が叶わなかった。その結果、公式の配信した大会のダイジェスト動画を視聴して『準優勝!? すごい!』と喜んだのも束の間、ベストバウトのランキ動画を視聴してこのように悶絶。現地観戦勢が『いやぁ良いもん見れたぜ~』『会場はチョー盛り上がってたよ!!』とSNSやコメント欄でマウントを取る様を見せられ、悔しさのあまり、じたばたじたばた。
アリサワ・スミオの裏の顔――アングラバトルのファイター”レイヴン”を知っているだけに、サトミの苛立ちは余計に強かった。
ましてや近頃のサトミはファンガ精神が強火に回り、些か”危険な”想像を弄び始めてもいる。その状態でこんな『お預け』を受けようものならば。
「こうなったら、絶対にレイヴンの復帰戦は生観戦してやるんだから!」
握り拳で鼻息荒く宣誓するサトミ。
かくして深く”沼って”いる16歳のモデル少女は、以前まで保っていた自制心とリスクヘッジを放り出し始めていた。
フナキ・サトミがレイヴンの復帰戦の生観戦を誓っていた頃。その鍵を握る2人の美女は、マギーの工房でタブレットの画面に流れる配信動画を視聴していた。
「まさかセレ・クロワールとドーブの機体が出てくるとはな」
「設計図をどうやって手に入れたのかしら……」
かつてマスター・オブ・アリーナで戦ったセレン・ヘイズとマグノリア・カーチスの2人は”表”の大会に、それも少年少女達の大会に『怪物』の搭乗機体が現れたことへ困惑していた。
「他にもある」
非対称な前髪で右目を覆い隠しているセレンは、映像のシークバーを操作し、画面にサウスアメリカン・モデラーズクラブ・ジュニアが操った超巨大二脚機体ディバステイターガンダムを映す。露わになっている左の耳目を歪めた。
「この南米の超大型機。大分改変されているが、これ、クロームのデカブツだろ。あそこは倒産して久しい。設計図が出回っているなんて話は聞いたことがないぞ」
「流出したにしても、南米のジュニア・アマチュアの手に渡るというのは、ちょっとあり得ないわよね」
マギーは髪を掻き上げ、憂い顔で鼻息をついた。
セレンは電子煙草を取り出して空気清浄機の電源を入れる。『こんなもん機械仕掛けのおしゃぶりだ』と酷評しつつも電子煙草を一服し、桜の香りを広げた。
「死神といい、今回のこれらといい、マスター・オブ・アリーナの亡霊共が蠢いてるな」
「次は”主任”辺りかしらね。それともハスラー・ワン?」と鼻を鳴らすマギー。
セレンは目を細めて笑い「ハスラー・ワンが出てくるなら私が戦ってみたいくらいだ」
MoA最初の伝説。怪物達の原点ハスラー・ワン。
彼の操ったフルカスタム機ナインボールは数多くのファイターやビルダーが模倣した。アーマードコア系改造はハスラー・ワンとナインボールから始まったといっても過言ではなく。
「それにしても、レイヴンのバトルは良くも悪くもドラマチックね」
マギーはベストバウトのランキング動画を眺めながらしみじみという。
「私としてはもっと危なげなく片付けてもらいたいものだが……」
セレンは小言のようにぼやきつつ、電子煙草を吹かしてから紅い唇の端を薄く上げた。
「悪くはない。自然にドラマチックなバトルを行えるというのは、非常に有益だ」
「あんたって本当に陰険な笑みが似合うわね」
「誰が陰険だ」
悪友染みたやりとりを挟み、マギーは卓上に置かれた、スミオへ貸与中のEz8風改造ガンダムを一瞥し、眼鏡の奥の青い目を微かに細める。
「そろそろオールマインドからバトルの斡旋が入る頃ね」
〇
コウサカ・ユウマは手元の小さなディスプレイに流れる映像を目にし、凍りついていた。
去年、全日本選手権小学生の部を優勝後。無理矢理に勝負させられた。ダメージ設定Aによりガンプラを破壊された挙句、口汚く罵られ、嘲笑われたこの一件はユウマの心を酷く傷つけ、ガンプラバトルから離れる原因となり、年上の幼馴染を失望させてしまった。
その元凶たる下手人が、小さなディスプレイに映っていた。
「ガンプラ学園、アドウ、サガ……っ!」
脳裏から決して消えなかった仇敵の顔に、名前が付く。
同時に、ユウマは小さな画面の中で描かれた光景に驚愕する。
ズタボロに傷ついた赤黒のジェガンが一瞬の隙を突き、流れるような連続コンボでアドウの黒いガンダムを撃破してしまった。自分が手も足も出なかった相手が一瞬の攻勢で撃破される様に唖然となり、仇敵を倒した人物が幼馴染の先輩であることに愕然となった。
胸中に湧き上がった感情。それは――――怒りだった。
仇敵を自分に替わって倒してもらったなどという代償的喜びは皆無で、それどころか自分を容易く倒した相手が斯くもあっさり敗れたことに酷く憤慨していた。
「ふざけるな……ふざけるなっ!!」
お前を倒すのは、僕であるべきだろうがっ!!
その激しい感情を冷静に受け止め、客観的に認めるには、コウサカ・ユウマはまだ幼過ぎた。
この夜、ユウマはまったく寝付けなかった。
Tips
ラルさん
原作キャラ。1stガンダムに登場するランバ・ラルにそっくりな人。永遠の35歳。
ビルドファイターズでは謎のガンプラ愛好家だったけれど、トライでは聖鳳学園の外部コーチになっている。
クロス・セラ
オリキャラ。元ネタはACSLのセレ・クロワール、名前は英語版から流用。
認定NPO『インターネサイン』の理事の一人で、チーム『コーテックス』のコーチ。
三人娘達に『可能性』を見出しており、とても大事にしている模様。
実際には炎上を鎮静化させることは容易くないけれど……まぁ、嫌なところだけリアルにしてもね。
フナキ・サトミ
原作のネームドモブ。本作ではオリ主の強火ファンガになっている。
コウサカ・ユウマ
原作主人公の一人。
原作では仇敵アドウ・サガの素性を知ったのは、夏合宿で偶然出会った時だった模様。