ビルドファイターズ・レイヴン 作:コウサカさんちのコーヒー
赤黒のMk2が黒煙の漂う荒野の戦場を駆ける。
ガンプラバトル・ステージ『オデッサ5』。
戦いの舞台はオデッサのあるウクライナの広大で平坦な原野。オデッサ作戦中で破壊された連邦軍やジオン軍のモビルスーツ、車両、航空機などの残骸が黒煙を昇らせ、戦禍に蹂躙された集落や野戦陣地が見られる。
ちなみに原作において連邦軍のオデッサ作戦は11月に実施されたそうだが、11月のウクライナは秋の
果たして主力戦車ですら運動困難なラスプティツアの泥海を、数十トンに及ぶモビルスーツがまともに動けるのか。まあ、野暮な話であろう。
話を戻す。
戦火のウクライナ平野部を、赤黒のガンダムMk2が泥土を跳ね上げながら躍動していた。
敵はホバー推進機構を持つ重MSドムの発展形、ドムトローペンが3機。データモデルで実際のガンプラではない。
ドムトローペン達は平野部を文字通り高速滑走し、ジャイアントバズやマシンガンをぶっ放してくる。
Mk2は推進煙を曳きながら飛んでくる大型擲弾を跳躍でかわし、飛来するマシンガンの弾幕を左腕のシールドで防ぐ。赤熱色に染まったヒートサーベルを抜いて突っ込んでくるドムトローペンにビームライフルを撃って牽制。
「くぅっ!!」
フミナはMk2を操作しながら、呻き声を漏らす。
思い通りに動かせない。優れたビルダーであるエリが制作したMk2は挙動が非常に滑らかだ。一方で過剰なまでの推力と神経質なほどの反応性はコンバットマニューバにおいて、あまりにもストレスフル。おまけに運動と機動に全振りしているせいで、安定性が低い。真っ直ぐ飛ぶだけで一苦労。
FCSなどシステムのセッティングは索敵と捕捉処理へリソースの大半が割かれ、オート照準が鈍い。偏差射撃を試みるなら自分で未来位置を予測しないといけない。動きが滑らかな分、ピーキーに過ぎる操縦系と制御系が余計に扱いのシビアさを強調する。
このMk2が荒れ道をぶっ飛ばすラリーマシンとしたら、自分のパーフェクトダガーは街乗り用のファミリーカーだ。
「こんな難しい機体であれほどの高速機動戦闘をしてたなんて……部長は変態だわっ!」
『唐突な変態扱いはやめてくれ』
苦しげな感嘆にスミオのツッコミが入るが、フミナはそれどころではない。
『推力を7割まで下げて、ブースターではなくスラスターで機体を振ってください。それで回避運動が取り易くなるはずです。射撃はFCSに委ねず、自分が動いて敵を射線に捕らえるよう意識してください』
「やってみます!」
エリのオペレートが届き、フミナは文字通りMk2に振り回されながらなんとか操縦し、ジャイアントバズを避け、反撃でドムトローペン1機を撃破。ビームライフルで狙い当てたというよりばら撒いた弾に当たった、という感じだが、撃破は撃破だ。
ドムトローペンの一機がヒートサーベルを構えて突っ込んでくる。フミナはライフルを捨ててビームサーベルを抜刀。切り結――べない。見事なまでの空振りを晒す。
「あああもうっ! 過敏すぎるっ!!」
『操縦応答性と機体反応性が高いからな。コマンド入力が速すぎても遅すぎてもそうなる。ジャストタイミングでやると良いぞ』
「簡単に言わないでくださいっ!」
スミオの助言に噛みつき、フミナはきめ細やかな肌に汗を滲ませながらMk2の手綱を握り、ドムトローペンに斬りかかり、結果として体当たりをかまして泥土へ押し倒す。不格好だが、サーベルを突き刺して撃破成功。
最後のドムトローペンがマシンガンを連射しながら突撃してきた。
「まずいっ!」
対応が間に合わない、とフミナが細面を強張らせたところへ、上空でサポートに回っていたエリがミサイルで撃破。
『最後にボス敵を出す。ホシノさん、エリとドッキングしてくれ』
「了解です」
フミナは疲れ声で了承し、Mk2にエリのGディフェンサーがドッキング。原作ではGディフェンサーのコアファイターが分離されたけれど、エリ製のGディフェンサーはコアファイターごとMk2に合体する。
ドッキングを終えてスーパーガンダム化を終えると、“ボス敵”が現れた。
グフとドムを足して割ったような姿のそいつは、初代ガンダム――一年戦争シリーズのスピンオフ作品に登場したジオン軍のイフリート改。EXAMなる特殊システムを搭載して驚異的な戦闘性能を発揮するモビルスーツだ。
初代ガンダム――一年戦争のマルチメディア化は膨大で、世界観の拡張と設定の後付けが繰り返された結果、“こういう”機体が珍しくない。
『ホシノさん、索敵系と火器管制はこちらで制御して、射撃タイミングを伝えます。操縦に専念してください。格闘戦の判断と操作は一任します』
「わかりましたっ! 行きますっ!!」
エリの落ち着いた声のオペレートに、フミナは士気を新たにする。
も、待っていたのは先ほどまで以上に暴力的な推力と言うことを聞かない操縦性だった。
明らかに性能を持て余して無駄な動きとズレた操縦を披露するスーパーガンダム。最もやきもきしているファイターが悲鳴のように不満を叫ぶ。
「なんでこんなに極端なんですかっ! もっと素直なガンプラを作ってくださいっ!」
『スー君の要望と好みを叶えてあげたんです。私、尽くす女なんですよ』
「尽くしてばかりじゃダメです! もっと自己主張してっ! 自分の意見を通してください!」
ふふふと楽しげに喉を鳴らすエリへ、フミナの熱い意見具申。
ガンプラバトルの会話じゃないみたいだなぁ……とスミオが思う。
コンピュータが操るイフリート改は人間達のやり取りと状況を無視し、EXAMシステムを稼働させた。強烈な敏捷性と反応性を発揮し、スーパーガンダムの放つ強力なビームライフルの銃撃を軽やかに避け、両腕の連装グレネードランチャーをぶっ放し、脚部のミサイルを撃ち、距離を詰めてヒートソード二刀流の斬撃を繰り出してくる。
苛烈なイフリート改の攻撃を大推力で強引に振り切って逃げ回るスーパーガンダムは、傍目にも情けない。が、操っている当人は必死だ。
「うぅううう! 全然イメージ通りに動けない動かないっ! ジャジャ馬すぎますよっ!!」
『落ち着いて。応答性が高い分、ギリギリまで引きつけてもかわせます。当たると思ったタイミングで左右にスラスターを吹かしてください。なんなら一気に急上昇して距離を取っても構いません。相手は陸戦モビルスーツです。手出しできない高度まで引いて仕切り直しましょう』
『コーヒーブレイクというやつだ。殴り合うだけが戦い方じゃない』
「りょ、了解です」
フミナはエリとスミオの助言に従い、強力なブースターを活かして
HUD上ではイフリート改の位置を捕捉しており、超射程を誇る強力なビームライフルがロックオン通知を表示している。イフリート改側にもロックオン警告が出ているのだろう、乱数機動でロックオンを外そうとしていた。
『状況観察、決断、攻撃、
「最適解……」
フミナがスミオの言葉を噛みしめているところへ、エリが質す。
『ホシノさん。ここからどうすればいいか、分かりますね?』
「遠間から一方的に撃って仕留める、ですね」
推力と射程が完全に優っているのだ。わざわざ相手の手が届く場所に立ってドンパチチャンバラをする必要はない。アニメならつまらない戦い方と視聴者の批判を買うだろうが、勝ちに徹するならこの最適解を選ばない理由はない。
フミナは最適解を実行した。
3発目で、イフリート改は沈黙した。
・・・
・・
・
「勝手が違うって言葉の意味を体験した気分です」
バトルが終わり、フミナは汗ばんだ体を冷やそうと適当な厚紙をパタパタと扇ぐ。襟元からスポブラが見え隠れしているが、本人は無自覚。
「凄く良い経験になりました。ガンプラを貸してもらって、ありがとうございました」
丁寧に一礼する後輩へ面映ゆそうに微笑を返す先輩2人。
「それで、先輩達はどんなガンプラにするか決めてるんですか?」
扇ぐ手を止め、フミナが興味津々な調子で尋ねる。
「私はスー君とホシノさんほどバトルが上手くないから、サポートに全振りしたものにするつもり」
「ぼくはこれまで通り高速機動戦型するけど、ベースMSはまだ決めてないな」
エリとスミオの回答に、フミナは思案顔を作る。
「エリ先輩が後方支援で、部長が前衛アタッカーなら、わたしは中衛にした方が良いかなぁ」
「いや、役割分担とか気にせず好きに作ってみなよ。今年の秋冬はホシノさん自身の成長を目的に頑張ってみると良い。なんなら自分が聖鳳のエースになったつもりでね」
スミオの提案にフミナは可愛い顔を難しくして唸る。
「わたしがエース……」
「ま、考えてみてよ」
大雑把な言葉を掛け、スミオは「あ」と思い出すように眉を下げた。
「収支報告書、まだ書き上がってないや……」
○
「次のガンプラはともかく」
スミオは凛々しい顔をいくらか険しくし、隣を歩くエリへ言った。
「10日後、オールマインドの
「それだけあれば、サイコゲルググは間に合います。アップデートも済みます」
隣を歩くエリも太縁眼鏡の奥で二重アーモンド眼を鋭くして答えた。
「頭部センサーの増設とジェネレーターの更新か。エリの手でチューニングが要るな」スミオは少し悩ましげに眉をひそめ「とはいえ、アングラな連中にエリを関わらせられない」
いまところ負けなしのランカー“レイヴン”が女性ビルダーを連れてアングラの場に姿を見せたら、害虫と鼠が目を付けるに違いない。大事な恋人にそんなリスクは負わせられない。
大切にされていることに女性的自尊心が満たされ、エリは表情をいくらか和らげつつ、スミオへ言った。
「でも、一般店のユニットだと人目に触れますね」
少し思案した後、スミオは妥協的な解決策を出す。
「前にやったようにバトルしながら調整するしかないな。まぁ何とかなるだろう」
「学校のユニットを使う手もあります。オフラインにしてチューニングしたらログをユニットから消す。放課後だとホシノさんの目に触れますから、朝一で済ませれば」
「いや、リスクは冒せない。賭博試合で負ければ金とサイコゲルググを失うが、取り返しはつく。でも、ホシノさんにバレたら取り返しがつかない」
ガンプラとバトルにどこまでも直向きで率直なフミナがサイコゲルググを見つけたら、間違いなく食いつく。そして気づく。あれがどこかで実戦――ダメージモード『A』のバトルを経験したガンプラだと。そうしたらもう、生半な言い訳や嘘は通じまい。
スミオはエリの提案に首を横に振り、気分を変えるように話を別方向へ切り替える。
「ホシノさんと組んでみてどうだった?」
「思ったよりも楽しかったですね。スー君は自分のスタイルに合わせてガンプラを扱うタイプですけど、ホシノさんはガンプラに合わせようとします。あと」
エリは艶っぽい唇をほのかに歪めた。街灯を浴びた太縁眼鏡が妖しく煌めく。
「私のガンプラを必死に扱おうとする様子がいじらしくて大変可愛かったですね。なにかこう、ぞくぞくっとするものを感じました」
「エリ……?」スミオは怪訝顔になり。
「私、スー君以外の男性と交わるとか想像するだけでも気持ち悪くなるんですが……女の子はけっこうアリなのかも」
「エ、エリ……?」スミオは啞然顔になり。
「そうだ。私とスー君にホシノさんを加えて3人でするのはどうでしょう?」
「エリ……っ?!」スミオは悲鳴染みた吃驚を上げ。
「冗談です。ホシノさんは可愛い後輩ですからね。イケナイことに誘ったりしませんよ」
「エリィ……」スミオは疲れ顔で安堵の息をこぼす。
恋人に掌で転がされて百面相をするスミオは気づかなかった。
エリはフミナを加えることは否定したけれど、女子を加えた逆3Pの案自体を否定したわけではないことに。
街灯を反射する太縁眼鏡の奥で、二重アーモンド眼に色欲が蠢いていたことに、スミオは気づかなかった。
○
サイコゲルググ・Ver1.5。
ゲルググJベースの本体は顔にAOZ版バーザムに用いられたような増設センサー群――黒いマスクみたいな装備を被り、背面の機体バックパックを大型化。両肩にスラスターを追加したため、元々の尖がった肩アーマーは原型から大きく逸脱。背に装着する大型ブースター&ウェポンキャリアはより洗練された形状に更新された。
メインアームは右手の銃身の伸長可能なロングライフル。左手に箱型弾倉を付けた実弾型マシンガン。盾は持たない。スカートにはライフル用に予備のエネルギーパック。
ウェポンキャリアにザクマシンガン2丁、ジャイアントバズーカ2門、バズーカの予備弾倉。短距離ミサイル3発入りポッド2門。
高速機動戦闘の権化みたいなバケモノモビルスーツ。
スミオはベッドに背を預けて床へ座り、目を瞑る。瞼裏に克明なHUD映像を思い浮かべ、宙へ伸ばした手はバトルシステムのホログラムコンソールを扱うように動かす。
脳内に描いた戦場で紅いサイコゲルググを翔けさせる。
相手が推力と速力で劣る場合。巴戦は行わない。一撃離脱に徹する。
相手が推力と速力で伍する場合、巴戦を行うが、相手を高速機動戦闘に引きずり込む。
相手が推力と速力で優越する場合。巴戦に引きずり込む。射撃戦では埒が明かないと思わせる戦略が必要になる。
ファンネルなどの全周囲攻撃用兵器を扱う相手は戦い易い。ファンネルなどの稼働速度に合わせた動きをせざるを得ないからだ。大推力を活かして相手のファンネルを置き去りにすれば良い。
強い相手を避け、弱い相手を叩き、相手の短所を攻めて苦しませ、相手の長所を潰して心を折る。
戦術の基本。
スミオにとって、アングラの賭博試合は自己実現の場でも戦いのスリルや快楽を求める場でもない。金を稼ぐためのビジネスの場だ。
理想は処刑のような一方的な狩り。アニメで描かれるようながっぷり四つのドンパチチャンバラは愚策。一切の損傷も損害も追わず、ただ狩り殺したい。
もちろん、相手のあることだ。こちらの想定通りにも狙い通りにもいかない。だが、イメージした状況から完全に逸脱しない限り、対処は苦ではない。
スミオは天才ではない。全日本選手権や世界大会で頂点を競うような連中が備える、瞬間的な閃き、刹那に最適解を発見するセンスといったものを持ち合わせていない。同じ土俵で戦ったら、決して勝てないだろう。
芸術の場や競技の場では凡人や秀才は天才に勝てないかもしれない。けれど、戦いの場では凡人や秀才は天才を殺せる。
凡人や秀才でも努力することは出来る。思考することは出来る。想像することは出来る。準備することは出来る。
努力し、思考し、想像し、準備を整えたならば、凡人は勝利の女神に愛されてはいなくても、英雄を倒せる。秀才は幸運の女神に慈しまれていなくても、勇者を負かせられる。
戦いは実際に銃火を交える前に勝敗の大部分を決するから。
ゆえに、スミオは備える。
勝つために。
勝って、稼ぐために。
Tips
状況観察~決断~攻撃~離脱または反転再攻撃
第二次大戦最高の撃墜王エーリヒ・ハルトマンが確立した戦術。ハルトマンはこの戦術で350機以上撃墜したが、戦後にハルトマンが誇ったことは一度も僚機を落とされなかったことだった。
イメトレ
イメトレを重ねることで試合中の思考と決断が速くなるとかなんとか。現代スポーツではかなり重要らしい。詳しくは身近なアスリートに聞いて。
サイコゲルググVer1.5
AOZ(ホビー誌のグラフィックノベル企画『アドヴァンスド・オブ・ゼータ』)に登場する拡張装備で機体を強化するアイデアを参考に、各種改良を施した。