# 第三章 絶望の観劇 ――友情と愛の砦
## 3-1 副長、檻の外から檻の中へ(Day 14)
アルテミスの、中央ユニットの、通気ダクトの最奥は、冷たく、暗く、そして――予測より、浅かった。
ナタル・バジルール副長は、三時間かけて、アークエンジェルの格納庫から、この要塞の中枢まで、ダクトを這い進んできた。制服の肘と膝は、金属の内壁に擦れて、無数の小さな汚れを作っていた。肩には、暗視装置と、短距離通信機と、そして――念のための、小型の拳銃。
眼下に、小さな、四角い、金属の蓋が見えた。
蓋の向こうは、司令官室。
副長の頭の中には、この要塞の旧図面のコピーがあった。寄港初日、彼女はアルテミスの防衛設計資料に、通信士の権限で一度だけアクセスし、通気ダクトの経路を、記憶していた。三時間。それが、彼女の見積もりだった。
艦長を、取り戻す。
それが、彼女の、全てだった。
この十三日間、彼女はマリュー・ラミアス艦長の、日を追うごとに深くなる、目の奥の「空白」を、黙って観察し続けていた。副長として、艦長の公務は粛々と支えた。キラ・ヤマトにも、クルーの誰にも、艦長の異変を悟らせなかった。そうしながら、彼女は、この日のための経路を、調べ続けていた。
蓋のヒンジに、指をかけた。
――ここで、声が、した。
「ようこそ、バジルール副長」
ナタルの背筋の、全ての毛が、一瞬で、立った。
低く、落ち着いた、医師のような声。ジェラード・ガルシア中将の声。
その声は、ダクトの下から、聞こえてきたのではない。
ダクトの、両側の壁に埋め込まれた、小さなスピーカーから、同時に、聞こえてきた。
「貴官の忠誠心に、敬意を表する。――しかし、このダクトのルートは、当要塞の設計段階から、警報経路のバックアップに指定されている。副長、貴官がこのダクトに入った時点で、私のモニターには、三時間前から、貴官の位置情報が表示されていた」
「――!」
ナタルは、咄嗟に、拳銃に、手を伸ばした。
その瞬間、彼女の下の、司令官室の天井パネルが、音もなく、下方向に、外された。
そして――
上からダクトを覆うようにして、四本の太いロープが、降りてきた。ロープの先端には、ワイヤー入りの拘束具がついていた。それは、四方から同時に、ナタルの手首、足首、胴体を、一気に絡めとった。
「っ!」
声を出す暇もなかった。彼女の細い身体は、引きずり出されるようにして、ダクトから、司令官室の空中へ、吊り下げられた。
眼下に、広がったのは、血のような深紅の絨毯。重厚な、暖色の間接照明。そして、椅子の奥で、葉巻を咥えて、悠然と、副長の空中の姿を、見上げているガルシア中将の、濁った灰色の瞳だった。
「よく来た、副長」
ガルシアは、葉巻の灰を、ゆっくりと灰皿に落とした。
「貴官が、今夜、このダクトを使って、この部屋に来ることを、私は三日前から、知っていた。なぜなら、私は貴官を、アークエンジェルの副長として、最も有能であると、評価しているからだ。――有能な副長は、艦長の異変を、必ず察知する。そして、必ず、単独で、行動を起こす」
ナタルは、歯を食いしばった。
ロープで、身体の自由は、奪われていた。しかし、彼女の紫紺の眼差しの奥の、規律の光は、まだ、消えていなかった。
「艦長を――」
「艦長を、救いに来たのだろう?副長として、忠実な行動だ」
ガルシアは、立ち上がった。
「だが、貴官は、ひとつ、誤算をした。――救いに来る者は、救えない。救われる者に、なるだけだ」
彼は、部下に合図を送った。
天井のロープの滑車が、ゆっくりと、ナタルの身体を、絨毯の上へ、下ろしていった。
絨毯に、足がついた瞬間、ロープの拘束が、瞬時に、付け替えられた。今度は、壁際に用意された、重厚な木の椅子へ、彼女の四肢が、金具と帯で、完全に固定された。
椅子は――ベッドに、正面から、向き合う位置に、置かれていた。
ナタルの目の前に、シルクのシーツの敷かれた、大きなベッドが、スポットライトのように、照らされていた。
「ここから、何が起きても、貴官は、目を逸らせない」
ガルシアは、ナタルの顔の横を、葉巻の煙を吹きかけながら、ゆっくりと、歩いた。
「貴官が今夜見るべきものは、貴官の旧友が――いや、もう旧友と呼べる姿ではない――**ただの雌の肉塊に、成り下がる様**だ」
ナタルの、両目が、燃えた。
「貴様……!」
「お言葉遣いが、よろしい。――さて、主役を、呼ぼうか」
ガルシアは、机の上の通信端末に、短く指示を出した。
「少佐。お入りなさい」
ドアが、開いた。
---
マリュー・ラミアス少佐は、昨夜と同じ時刻に、同じ制服を着て、同じ扉をくぐって、入ってきた。
そして――
ナタルが、椅子に縛られて座っているのを、見た。
マリューの表情から、一切の色が、引いた。
「――ナタル」
「艦長」
ナタルの声に、初めて、明らかな震えが混ざった。
十三日ぶりに、近距離で、マリューの目を、見た。
――目の、光が。
遠い。
寄港初日の、あの光が、目の奥の、遥か遠いところに、ほぼ消えかけている。
代わりに、目の周りには、十三日間、誰にも悟らせなかった、疲弊の痕跡が、濃く、落ちていた。
「何を、されていたのです、艦長」
「ナタル……あなたは、ここに、来てはいけなかった」
ガルシアが、二人の会話に、割って入った。
「感動の再会は、そこまでだ。少佐、今宵の予定通り、進めよう。――脱ぎなさい」
マリューの、両手が、制服のボタンに、自動的に、かかった。
その動作の、滑らかさに、ナタルは、気づいた。
艦長は、もう、この動作を、数十回、繰り返している。ためらいも、拒絶も、ない。十三日間で、ここまで、身体が、命令に、馴らされていた。
マリューが、自分で、軍服を、脱いでいった。
ジャケット。ブラウス。タイトスカート。シルクの下着。
ナタルの視界に、白磁の裸体が、段階的に、露出された。
整えられて――いや、**一本も残されていない、つるりとした恥丘**。
ナタルの、喉が、鳴った。十三日前、ブリッジで仕事をしていたあの艦長は、こんな身体では、なかったはずだ。この十三日間で、何がこの人に起きたのか。その全てを、ナタルは、今夜、見せられる立場にいた。
「ベッドへ、少佐」
マリューは、全裸で、ベッドに、横たわった。
「ちが――艦長、私を、見ないで」
マリューが、ナタルに、囁いた。
ナタルは、その意味を、最初、咄嗟には、理解できなかった。しかし、マリューの瞳の奥の、残った光のありかを、紫紺の眼差しで探ったとき――
彼女は、気づいた。
艦長は、まだ、副長の前で、「艦長である」ことを、守りたがっている。
この十三日間で、ほぼ、全てを、奪われた。しかし、「ナタルの前でだけは、艦長でありたい」という、最後のひとかけらの意地が、マリューの瞳の奥に、まだ、灯っていた。
そのひとかけらを、ガルシアは、今夜、奪いに来ているのだ。
ナタルは、歯を、噛んだ。
そして、目を、逸らさなかった。
副長として、艦長の、最後の尊厳の、崩壊の、証人であり続けることが、今、彼女にできる、唯一のことだった。
ガルシアは、ゆっくりと、自らの礼装を、脱ぎ、ベッドに上がった。
---
「あ――」
ガルシアの指が、マリューのたわわな乳房を、両手で掴んだ瞬間、彼女は、ナタルに背を向けて、ベッドの上で、横を向いた。
せめて、顔を、見せたくない。そう、彼女の肉体が、咄嗟に判断した動きだった。
しかし、ガルシアは、彼女の顎を、手のひらで優しく掴んで、ナタルの方向へ、顔を、向けさせた。
「逃げるな、少佐。副長も、貴官の顔を、見たがっている」
「――っ」
マリューの、視線の先に、椅子に縛られたナタルの、痛いほど真っ直ぐな、紫紺の眼差しがあった。
その瞳から、逃げられなかった。ガルシアの手が、顎を固定していた。
ガルシアは、マリューの、朱色に色を変えた乳首を、唇で、捕らえた。軽く、噛んだ。
「ひ……ッ」
マリューの、喉が、震えた。彼女は咄嗟に、視線を閉じようとした。
「目を、閉じるな」
ガルシアが、低く言った。
「貴官の瞳の光を、副長に、見せておきなさい。――貴官が、快楽に崩れる瞬間、副長の視界の中で、その光が、消える瞬間を。それが、副長に、捧げる、最後の一撃だ」
マリューの目尻から、涙が、ひとつ、流れた。
しかし、彼女は、目を、開け続けた。
ナタルの視線の先で、マリューの、Gカップの双丘が、ガルシアの手と唇に、揉まれ、吸われた。指が脚の間にすべり込み、一本、二本と、彼女の内側を、探った。彼女のつるりとした恥丘の下の、剥き出しの秘裂から、ちゅ、くちゅ、と、粘った水音が、規則的に、部屋に響きはじめた。
マリューの呼吸が、浅く、速くなっていった。
「艦長――」
ナタルの声に、初めて、副長らしからぬ、弱い音が混ざった。
「わたし、は……ナタル、ごめんなさい……」
マリューが、唇の端から、そう、呟いた。
それが、この夜、マリューが発した、最後のまともな日本語だった。
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## 3-2 子宮を知る夜(Day 14・後半)
ガルシアは、二週間かけて、マリューの身体の、ある一点を、正確に探り当てていた。
子宮口の、すぐ手前の、膣壁の前面の、小さな、わずかに膨らんだ部分。
そこを、親指の腹で、丸く、撫で続けるように、ピストンしながら、繰り返し、刺激する。そうすると、マリューの身体は、彼女の意思とは完全に無関係に、必ず、ある一定の反応を示した。
ガルシアは、この夜、その一点だけを、徹底的に、攻めた。
「――あっ、あっ、あ……!」
マリューの口から、昨夜までとは違う、質の、声が、漏れた。
拒絶の、声ではない。自制の、声でもない。
ただ、快楽を、逃がすための、無意志の、声。
ガルシアの雄は、二週間で既にマリューの身体が覚えきった形と、深さと、リズムで、彼女の最奥を、ひたすら叩き続けた。マリューの秘裂から、とめどなく、蜜と、先ほど注ぎ込まれた白濁が、混ざりあい、太腿の内側を、シルクのシーツへと流れていた。
彼女の瞳は、ナタルの、紫紺の眼差しから、逃げられなかった。
「見ないで、ナタル……」
マリューが、甘い、息混じりの声で、言った。
「お願い、だから、見ないで……」
その声の甘さに、ナタル自身が、一瞬、息を呑んだ。副長として、親しい上官として、十日以上、側にいた彼女は、マリューのこんな声を、聞いたことが、なかった。
艦長の、こんな声を。
それは、誰かの、恋人が、寝室で、出す声だった。
そして、それを、この男が、この十四日間で、引き出したのだ。
ナタルの拳が、椅子の肘掛けの上で、白くなるほど、握りしめられた。
「ナタル、副長」
ガルシアが、ピストンを止めずに、こちらへ、視線を、向けた。
「よく、見ておきなさい。――これが、貴官の、旧友だ。もう、艦長でも、女でも、ない。ただの、**俺の雌**だ」
そして、彼は、マリューの、敏感な一点に、親指を、押し当てた。
マリューの、白い身体が、弓のように、反った。
「あっ、あ、だめ――そこ、は――!」
「貴官は、自分でも知らなかったろうが、ここが、貴官の、本当の弱点だ。ヘリオポリスでは、誰も、ここを、発見していなかった。二十四年間、誰にも、触られることなく、眠っていた。私が、初めて、起こした」
それが、ガルシアの、この夜の、本当の狙いだった。
二十四年間、マリュー自身ですら知らなかった、彼女の身体の、最も深い、最も弱い場所。それを、十四日間かけて探り当て、この夜、初めて、徹底的に、攻める。その一点で引き出す「最初の快楽」は――他の男には、二度と、到達できない。
「貴官の身体は、私に、教わった場所で、私に、初めて、快楽を、知る。快楽の、最初の記憶が、すべて、俺の形に、刻まれる。これが――調教だ、マリュー」
名前を、呼ばれた。
ガルシアが、初めて、行為の最中に、彼女を、ファーストネームで、呼んだ、その声が――
奇妙なことに、マリューの、身体の奥の、ある一点を、さらに、甘く、煮えたたせた。
自分でも、気づかないうちに、だった。
「あ、あ、あ――!」
マリューの視線が、焦点を失い、天井の、一点を、見上げた。その一点に、彼女の二十四年間の軍歴の全てが、夕暮れの海に沈むように、静かに、吸い込まれていく感覚があった。
呼吸が、短く、浅く、速く、浅く、速く、なっていった。
身体の内側の、奥の、袋の、そのもっと奥から――マリューの、これまで知らなかった、何かが、せり上がって、きていた。
体の、温度が、急速に、内側から、上がった。
指先、足先、頭皮、耳たぶ、全ての末端の毛細血管が、一斉に、拡張した。
そして――
マリューの、腰が、大きく、跳ねた。
「――あああああああ――!」
長い、長い、今までで最も長い、悲鳴に似た喘ぎ。
ガルシアが、最後の、深い、一突きを、入れた。
マリューの、両足の間から、**熱い、透明な、勢いのある液体**が、弧を描いて、ほとばしった。
シルクのシーツ、そして、床の絨毯の縁まで。
水音の、尾を引く、瀑布のような、噴出。
同時に、ガルシアが、最奥で、彼女の子宮口に、密着した。
どくん、と。
どくどく、どくどく。
白濁が、マリューの子宮へ、直接、注がれた。
体の内側で、熱い液体が、噴き出して、同時に、熱い液体が、注ぎ込まれた。
二つの流れが、彼女の内側で、ぶつかり、混ざり、そして、どちらが、どちらか、分からなくなった。
マリューの瞳の、焦点が、戻らなかった。
黒目が、ゆっくりと、上方向に、裏返った。
白目が、見えた。
唇が、半開きのまま、下唇の端から、涎が、ひと筋、ゆっくりと流れた。
頬から、「艦長」としての表情が、完全に、脱落した。
その、表情の、脱落の瞬間を――
椅子の正面で、ナタルは、紫紺の眼差しで、一ミリも逃さず、見届けた。
マリュー・ラミアス少佐の、指揮官としての顔が、ガルシア・ジェラードの前で、**一人の雌の顔**に、書き換わる、その、境界線の、瞬間だった。
副長の、胸の中で、何か、もう二度と元に戻せないものが、音もなく、折れた。
そして――
マリューの、意識は、そこで、切れた。
ベッドの上で、彼女の豊満な身体は、全ての力を失い、人形のように、四肢を、弛緩させて、横たわった。
---
ナタルの、紫紺の眼差しから、熱い液体が、一筋、頬を伝って、流れた。
自分の意思では、なかった。
副長として、規律の人として、彼女は、涙を、流したことが、ほとんど、なかった。今夜、十四日ぶりに、マリューの目の中の、最後の光が、消えるその瞬間を、至近距離で、目撃した。
その一撃で、ナタルの、規律という名の、内側の、何かが、砕けた。
「――艦長」
声が、震えた。
ガルシアは、マリューの意識のない身体から、ゆっくりと、雄を、引き抜いた。
濁った栗の花の匂いが、栗の花とも、尿とも、違う、何か別のものの匂いと、混ざって、部屋の空気を、占拠した。マリューの秘裂から、白濁と、先程の透明な液体が、混ざり合い、だらしなく、シーツの上へ、広がっていった。
彼女は、気絶したまま、両足を、半開きに、した姿勢で、横たわっていた。
「これが、貴官の、旧友の、真の姿だ、副長」
ガルシアは、ナタルの方に、振り返った。濁った灰色の眼が、副長の、涙を流した顔を、愉悦とともに、眺めた。
「副長――いや、そろそろ、貴官も、呼び方を変えよう。バジルール、と」
ガルシアは、ゆっくりと、ナタルに、近づいてきた。
「次は、貴官の、番だ」
ナタルの背筋が、一瞬、凍った。
しかし、ガルシアは、彼女に、触れなかった。
彼は、ナタルの椅子の前で、足を止め、そして、低く、笑った。
「――とは、言わない。貴官には、別の、役目がある。毎夜、この部屋で、貴官の旧艦長が、雌として、堕ちていく様を、証人として、見てもらう。それが、貴官に与えた、新しい、任務だ」
彼は、ナタルの涙を、葉巻を咥えた指で、顎ごと、持ち上げた。
「拒んでも、いい。だが、その場合、アークエンジェルの百名のクルーの未来は、保証しない」
ナタルの瞳に、絶望の色が、濃く、差した。
そして、彼女は、歯を、食いしばって、頷いた。
副長が、規律を、守るための、最後の、敗北。
ガルシアの手が、ナタルの涙を、指の腹で、ひと撫でして、彼女の頬から、ぬぐった。
「よろしい。よい副長だ、バジルール」
彼は、意識のないマリューの、裸体の、脇に、立って、その光景を、ナタルが見ていることを、確認した。
そして、二人の女を、同じ視界に収めて、葉巻を、咥え直した。
部屋の空気は、白濁と、透明の液体と、マリュー自身の涙と、ナタルの涙と、栗の花と、シガーの煙とで、重く、澱んでいた。
窓の向こう、要塞の外殻の遥か先、無機質な宇宙光の中で、アークエンジェルの艦影が、静かに、浮かんでいた。
あの艦の、ブリッジには、今夜、副長は、いない。
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## 3-3 通信、その指輪の終わり(Day 21)
七日、挟んだ。
その七日間、マリューは、毎夜、司令官室に「出勤」した。
昼の艦長としての公務は、既に、ほぼ形骸化していた。キラ・ヤマトは、ブリッジで艦長を見かけるたび、少年らしい直感で、何かの違和感を、感じ取っていた。しかし、その違和感を、誰にも、言葉にすることが、できなかった。副長のナタルは、最近、頻繁に「機密任務」と称して、艦を離れる。キラは、それを、訝った。訝った、その先までは、思考を、進められなかった。
そしてDay 21。
マリューは、その夜も、司令官室で、ガルシアに、組み敷かれていた。
彼女の身体は、もう、十四日目のあの夜のような、激しい反応を、連夜、起こしはしなかった。ガルシアも、毎夜、絶頂を引き出しに行きはしなかった。彼は、今や、マリューの身体を、「道具として、機能させる」こと以上の、ゆっくりとした、支配の、配管工事を、日々、行っていた。
椅子に縛られたナタルは、その全てを、見続けていた。瞳の光は、日に日に、細くなっていた。
――そのときだった。
机の上の、通信端末が、鋭く、鳴った。
ガルシアが、腰の動きを、止めた。
彼は、ゆっくりと、マリューの身体の上から、退いた。白濁を纏った、濁った色の雄が、まだ、屹立したまま、夜気の中に、さらされた。
彼は、自らの礼装用ガウンを、手早く羽織ると、通信端末を、確認した。
画面を見た瞬間、ガルシアの眉が、ごく僅か、動いた。
「ほう」
低い、感心と、嘲笑の混じった、一音。
「――連合軍、エンデュミオンの鷹。当要塞に、入電、か」
マリューの、身体が、ベッドの上で、びくりと、跳ねた。
ムウの、名前を、聞いたのは、十四日ぶりだった。十四日前、まだ「マリュー・ラミアス」がかろうじて自分の中で立っていた頃、彼女は、ムウの声を、耳の奥で、度々、呼び出していた。しかし、この七日ほど、ムウの声を、呼び出すことが、できなくなっていた。呼び出そうとすると、喉の奥が、痛んだ。
ガルシアが、振り向いた。
「少佐――マリュー」
彼は、初めて、彼女を、ファーストネームで、呼んだ。その呼び方の、親密さが、この夜の、罠だった。
「貴官の、婚約者殿から、通信だ。要塞周辺を通過中、貴艦の寄港期間が長いことに、違和感を覚えたそうだ。――貴官の声で、応答したいそうだ」
マリューの、胸の谷間の、銀の環が、一気に、熱を、失った。
冷たく、なった。
「――ムウ……」
「音声のみだ。映像は、当要塞の通信設備の、故障ということにしてある。彼は、貴官の姿を、見ない」
ガルシアは、椅子の、向きを、変えた。机の通信端末を、マリューの、ベッドから、見える位置に、据えた。
「貴官の、台詞は、私が、書く」
彼は、一枚のメモを、マリューの、震える手に、渡した。
マリューは、そのメモを、見た。
```
「ムウ、私は無事。任務に専念している。心配しないで」
「補給は順調。あと一週間で出港する」
「あなたも、気を付けて。また、会えるから」
```
三行。
たった、三行。その三行を、マリューは、自分自身の、声で、愛する男に、告げなければならなかった。
「嫌です」
マリューの、唇が、動いた。十四日ぶりに、彼女は、自分の意志で、拒絶の言葉を、絞り出した。
「嫌です、ガルシア……どうか、それだけ、は」
「拒むか」
ガルシアは、悠然と、葉巻を、咥え直した。
「では、こちらから、真実を、告げてもよい。『貴艦の艦長は、現在、当要塞の司令官室で、私と性的関係にある。この関係は十四日前から継続中であり、合意の有無は、我々の間で、問う意味を、失っている』。――その声を、彼が聞けば、どうなる?」
マリューの、頬から、血の気が、退いた。
「彼は、エンデュミオンの鷹と呼ばれる、連合軍最高のパイロットだ。恋人の屈辱を、黙ってはいないだろう。単機で、要塞へ、突入してくるかもしれない。――そして、当要塞の対空防御網で、確実に、撃墜される。貴官は、彼の死を、何のために、選ぶのか?」
マリューの、手の中で、メモの紙が、音を立てて、震えた。
「読め」
ガルシアは、通信端末の、応答ボタンに、指を、かけた。
マリューは、目を、閉じた。
――ムウ、ごめんなさい。
喉の奥で、声が、呟いた。
――わたし、は、あなたを、守るために、これから、嘘を、つきます。
ガルシアが、応答ボタンを、押した。
通信が、繋がった。
――機影の、かすかなエンジン音の、背景ノイズが、スピーカーから、聞こえた。
『……マリュー? 俺だ、ムウだ。聞こえるか』
十四日ぶりに聞いた、ムウの声。
マリューの、目から、音もなく、涙が、流れた。
声が、出なかった。
ガルシアが、顎で、彼女を、促した。
マリューは、メモを、見た。見ながら、声を、絞り出した。
「――ムウ、……わたし、は、無事よ」
声が、震えた。震える声で、読み続けた。
「任務に、専念している。……心配、しないで」
通信の、向こうで、一瞬、ムウの、息が、止まった気配が、した。
『……マリュー。声が、少し、いつもと、違う、気がするんだが』
マリューの、心臓が、一瞬、本当に、止まった。
「――ムウ、あなたが、心配しすぎ、なのよ」
彼女は、自分でも、驚くような、明るい声を、作った。作れてしまった。十四日間の、調教で、身につけた、「仮面の声」の、技術だった。
「補給は、順調。あと、一週間で、出港する。……あなたも、気を付けて。また、会えるから」
『…………』
通信の、向こうで、沈黙が、長く、続いた。
ムウは、迷っていた。
その迷いの、沈黙の、秒数の長さを、マリューは、自分の呼吸で、数えた。一秒、二秒、三秒、四秒、五秒。
六秒目。
『……そうか。分かった』
ムウの声は、いつもの、飄々とした、軽さに、戻っていた。――その軽さが、マリューには、逆に、痛かった。ムウは、疑いを、自分で、飲み込んだのだ。恋人が、自分に嘘をつくはずがない、と、愛を、理由に。
『すまん、心配しすぎだな、俺も。任務、ご苦労さん、艦長殿。あと一週間、お互い、無事でいような』
「……はい」
『通信、切るぞ。――君を待っている、ラミアス少佐』
ぷつん、と、通信が、切れた。
それは、十四日前、ヘリオポリスから発った夜、ムウが格納庫で口にした、同じ台詞だった。
彼は、あの日のままの愛を、十四日後の、この夜にも、そのまま、保っていた。
しかし、その愛を、受け取る側のマリュー・ラミアスは、もはや、十四日前の、あの女では、なくなっていた。
同じ一言が、十四日の時差を挟んで、二人の間に、絶望的に、**すれ違った**。
そのすれ違いの、切なさに、ムウは、永遠に、気づかない。
要塞の外、遥か遠くで、メビウス・ゼロの、エンジンノイズが、小さく、小さく、消えていった。
マリューは、ベッドの上で、震える手で、通信端末を、机の方に、戻した。
そして、胸の谷間の、銀の環に、手を、かけた。
鎖の留め金を、外した。
銀の誓いの印が、彼女の手のひらの上に、落ちた。
マリューは、それを、絨毯の上に、自分の意思で、ぽとりと、落とした。
十四日前、初夜の夜に、彼女は、これを、自分の意思で、胸から外すことは、考えもしなかった。ムウの名前を、耳の奥で、何度も、繰り返し、救いの呪文のように、唱えていた。
しかし今夜――
「ムウ」という名前は、彼女の口の中で、既に、「嘘をつくためだけに発音される音」に、変わっていた。
その音を、これ以上、自分の胸の谷間で、鎖越しに、温めておく意味が、なくなっていた。
ガルシアが、葉巻を吸いながら、ゆっくりと歩み寄り、磨かれた軍靴の踵で、その銀の環を、絨毯の毛並みに、ゆっくりと、踏み込んだ。
革と金属の、静かな、接触。
絨毯の毛並みの下で、銀の輪が、ぐしゃ、と、小さく、潰れた。
ヘリオポリスの、ドック陰の、小さなカフェで、ムウが、マリューの左手の薬指に、そっと、嵌めてくれた、あの夜の、約束の印が――
ジェラード・ガルシアの、軍靴の、踵の下で、物理的な形を、永遠に、失った。
マリューは、音を、聞いた。
聞いて、そして、一切、何の、反応も、しなかった。
彼女の、目尻から、最後の一滴の涙が、音もなく、流れた。
そして、その涙以降、彼女の瞳は、乾いた。
---
*
椅子に縛られたナタルは、隣の部屋の、ガラス越しに、その全てを、目撃していた。
マリューが、ムウに、嘘をつく声を。
マリューが、自分の手で、指輪を、外す、その指先を。
ガルシアが、軍靴の踵で、それを、踏み砕く、その音を。
彼女の、頬を、涙が、伝って、流れた。
副長として、言葉にできる感情は、もう、残っていなかった。
---
*
翌朝。
マリューは、ガルシアの部屋の、共用ユニットを、横切って、洗面所に、向かっていた。
バスローブの、裾を、引きずりながら、彼女は、生物としての最低限の機能を、淡々と、処理していた。
そのとき――
彼女の視界の、端に、薄く開いた、隣室のドアが、入った。
普段は、固く、閉じられているはずのドアが、今朝だけ、十センチほど、半開きに、なっていた。
マリューは、足を、止めた。
立ち止まる理由は、なかった。しかし、十四日前までの、「艦長」の本能の、最後のひとかけらが、彼女を、立ち止まらせた。
彼女は、ドアの隙間から、中を、覗いた。
十センチほどの、縦の隙間から、見えたのは、隣室の、薄暗い、暖色の照明に照らされた、小さな一角。
そこに――
中に、少女が、いた。
十六歳ほど。
燃えるような、赤毛の、ロングヘア。
全裸。
首に、革の、細い首輪。
両の、乳首に、銀のリングの、ピアス。
床に、両膝と両肘をついて、蹲った姿勢。
太腿の内側から、透明な液体が、シャワー直後のように、糸を引いて、垂れていた。
秘裂は、半開きで、閉じていなかった。アナルも、同様だった。どちらも、幾度も、幾度も、開発された後の、形を、していた。
そして、その少女の、瞳は――
焦点が、合っていなかった。
マリューが、覗いたことに、少女は、気づいていた。
しかし、気づいても、少女は、動かなかった。ただ、あの耳に慣れた、ガルシアの足音を、別室で聞いた気がしたのか、彼女は、蹲ったまま、さらに深く、尻を、無言で、高く持ち上げた。
受け入れるための、姿勢。
条件反射の、姿勢。
マリューの、喉が、ひゅっと鳴った。
「――フレイ」
声が、震えて、漏れた。
「フレイ、アルスター……?」
少女は、ゆっくりと、顔を、上げた。
焦点の合わない、緑色の瞳が、マリューの、顔の、右肩のあたりを、見た。マリューの顔は、見ていなかった。
「……だい、じょうぶ……」
少女の、唇が、動いた。
声は、かすれて、細く、ほとんど、聞こえなかった。
「……だいじょうぶ……」
それが、「自分は大丈夫」なのか、それとも、「あなたも、じきに、大丈夫になる」なのか――
マリューには、判別が、つかなかった。
彼女の膝が、ゆっくりと、絨毯の上に、折れた。
フレイ・アルスターは、アークエンジェルの、大西洋連邦副大臣令嬢。マリューが、寄港三日目に、キラを通じて、「療養中」と聞かされていた、民間人の、少女。
十六歳。
彼女は、マリューより、早く、この部屋で、調教されていた。マリューが、十四日間で、ここまで削られたのと、同じ工程で、さらに長い期間、削られていた。
マリューが、守るべきだった、クルーの――乗客の、一人。
その少女が、マリューよりも、先に、完全に、壊れて、この部屋の、端に、置かれていた。
マリューは、半開きのドアの前で、絨毯の上に、膝をついた。
膝をついた彼女の姿勢は、奇しくも、フレイと、同じ、蹲った形に、なった。
ふたりの、無毛の恥丘が、等しく、朝の光の下で、無防備に、さらされた。
マリューは、フレイの、赤毛の横に、静かに、頭を、傾けた。
彼女の、頭の奥で、声が、ひとつ、呟いた。
(――私も、あそこへ)
その言葉は、どの部分の、マリュー・ラミアスが、呟いたのか、本人にも、分からなかった。
しかし、呟いた瞬間、彼女の内側で、何か、最後の、細い、糸のようなものが、ぷつんと、音もなく、切れた。
それは――希望、という名前のついた、糸だった。
守るべき者は、守られる前に、既に、壊されていた。
守るべきだった者の横に、守ろうとしていた自分が、同じ姿勢で、蹲っていた。
「守る」という動詞が、マリュー・ラミアスの辞書から、静かに、ひとつ、削除された。
窓の外、要塞の外殻の遥か先、無機質な宇宙光の中で、アークエンジェルの艦影が、今朝も、静かに、浮かんでいた。
あの艦には、もはや、帰りたい場所としての意味が、マリューの中で、静かに、消えかけていた。
補給完了まで、残り、三日。
しかし、彼女にとって、もう、その数字は、意味を、持たなかった。