※この作品はR-18です。

アルテミスの傘   作:カイト__

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第三章

# 第三章 絶望の観劇 ――友情と愛の砦

 

## 3-1 副長、檻の外から檻の中へ(Day 14)

 

アルテミスの、中央ユニットの、通気ダクトの最奥は、冷たく、暗く、そして――予測より、浅かった。

 

ナタル・バジルール副長は、三時間かけて、アークエンジェルの格納庫から、この要塞の中枢まで、ダクトを這い進んできた。制服の肘と膝は、金属の内壁に擦れて、無数の小さな汚れを作っていた。肩には、暗視装置と、短距離通信機と、そして――念のための、小型の拳銃。

 

眼下に、小さな、四角い、金属の蓋が見えた。

 

蓋の向こうは、司令官室。

 

副長の頭の中には、この要塞の旧図面のコピーがあった。寄港初日、彼女はアルテミスの防衛設計資料に、通信士の権限で一度だけアクセスし、通気ダクトの経路を、記憶していた。三時間。それが、彼女の見積もりだった。

 

艦長を、取り戻す。

 

それが、彼女の、全てだった。

 

この十三日間、彼女はマリュー・ラミアス艦長の、日を追うごとに深くなる、目の奥の「空白」を、黙って観察し続けていた。副長として、艦長の公務は粛々と支えた。キラ・ヤマトにも、クルーの誰にも、艦長の異変を悟らせなかった。そうしながら、彼女は、この日のための経路を、調べ続けていた。

 

蓋のヒンジに、指をかけた。

 

――ここで、声が、した。

 

「ようこそ、バジルール副長」

 

ナタルの背筋の、全ての毛が、一瞬で、立った。

 

低く、落ち着いた、医師のような声。ジェラード・ガルシア中将の声。

 

その声は、ダクトの下から、聞こえてきたのではない。

 

ダクトの、両側の壁に埋め込まれた、小さなスピーカーから、同時に、聞こえてきた。

 

「貴官の忠誠心に、敬意を表する。――しかし、このダクトのルートは、当要塞の設計段階から、警報経路のバックアップに指定されている。副長、貴官がこのダクトに入った時点で、私のモニターには、三時間前から、貴官の位置情報が表示されていた」

 

「――!」

 

ナタルは、咄嗟に、拳銃に、手を伸ばした。

 

その瞬間、彼女の下の、司令官室の天井パネルが、音もなく、下方向に、外された。

 

そして――

 

上からダクトを覆うようにして、四本の太いロープが、降りてきた。ロープの先端には、ワイヤー入りの拘束具がついていた。それは、四方から同時に、ナタルの手首、足首、胴体を、一気に絡めとった。

 

「っ!」

 

声を出す暇もなかった。彼女の細い身体は、引きずり出されるようにして、ダクトから、司令官室の空中へ、吊り下げられた。

 

眼下に、広がったのは、血のような深紅の絨毯。重厚な、暖色の間接照明。そして、椅子の奥で、葉巻を咥えて、悠然と、副長の空中の姿を、見上げているガルシア中将の、濁った灰色の瞳だった。

 

「よく来た、副長」

 

ガルシアは、葉巻の灰を、ゆっくりと灰皿に落とした。

 

「貴官が、今夜、このダクトを使って、この部屋に来ることを、私は三日前から、知っていた。なぜなら、私は貴官を、アークエンジェルの副長として、最も有能であると、評価しているからだ。――有能な副長は、艦長の異変を、必ず察知する。そして、必ず、単独で、行動を起こす」

 

ナタルは、歯を食いしばった。

 

ロープで、身体の自由は、奪われていた。しかし、彼女の紫紺の眼差しの奥の、規律の光は、まだ、消えていなかった。

 

「艦長を――」

 

「艦長を、救いに来たのだろう?副長として、忠実な行動だ」

 

ガルシアは、立ち上がった。

 

「だが、貴官は、ひとつ、誤算をした。――救いに来る者は、救えない。救われる者に、なるだけだ」

 

彼は、部下に合図を送った。

 

天井のロープの滑車が、ゆっくりと、ナタルの身体を、絨毯の上へ、下ろしていった。

 

絨毯に、足がついた瞬間、ロープの拘束が、瞬時に、付け替えられた。今度は、壁際に用意された、重厚な木の椅子へ、彼女の四肢が、金具と帯で、完全に固定された。

 

椅子は――ベッドに、正面から、向き合う位置に、置かれていた。

 

ナタルの目の前に、シルクのシーツの敷かれた、大きなベッドが、スポットライトのように、照らされていた。

 

「ここから、何が起きても、貴官は、目を逸らせない」

 

ガルシアは、ナタルの顔の横を、葉巻の煙を吹きかけながら、ゆっくりと、歩いた。

 

「貴官が今夜見るべきものは、貴官の旧友が――いや、もう旧友と呼べる姿ではない――**ただの雌の肉塊に、成り下がる様**だ」

 

ナタルの、両目が、燃えた。

 

「貴様……!」

 

「お言葉遣いが、よろしい。――さて、主役を、呼ぼうか」

 

ガルシアは、机の上の通信端末に、短く指示を出した。

 

「少佐。お入りなさい」

 

ドアが、開いた。

 

---

 

マリュー・ラミアス少佐は、昨夜と同じ時刻に、同じ制服を着て、同じ扉をくぐって、入ってきた。

 

そして――

 

ナタルが、椅子に縛られて座っているのを、見た。

 

マリューの表情から、一切の色が、引いた。

 

「――ナタル」

 

「艦長」

 

ナタルの声に、初めて、明らかな震えが混ざった。

 

十三日ぶりに、近距離で、マリューの目を、見た。

 

――目の、光が。

 

遠い。

 

寄港初日の、あの光が、目の奥の、遥か遠いところに、ほぼ消えかけている。

 

代わりに、目の周りには、十三日間、誰にも悟らせなかった、疲弊の痕跡が、濃く、落ちていた。

 

「何を、されていたのです、艦長」

 

「ナタル……あなたは、ここに、来てはいけなかった」

 

ガルシアが、二人の会話に、割って入った。

 

「感動の再会は、そこまでだ。少佐、今宵の予定通り、進めよう。――脱ぎなさい」

 

マリューの、両手が、制服のボタンに、自動的に、かかった。

 

その動作の、滑らかさに、ナタルは、気づいた。

 

艦長は、もう、この動作を、数十回、繰り返している。ためらいも、拒絶も、ない。十三日間で、ここまで、身体が、命令に、馴らされていた。

 

マリューが、自分で、軍服を、脱いでいった。

 

ジャケット。ブラウス。タイトスカート。シルクの下着。

 

ナタルの視界に、白磁の裸体が、段階的に、露出された。

 

整えられて――いや、**一本も残されていない、つるりとした恥丘**。

 

ナタルの、喉が、鳴った。十三日前、ブリッジで仕事をしていたあの艦長は、こんな身体では、なかったはずだ。この十三日間で、何がこの人に起きたのか。その全てを、ナタルは、今夜、見せられる立場にいた。

 

「ベッドへ、少佐」

 

マリューは、全裸で、ベッドに、横たわった。

 

「ちが――艦長、私を、見ないで」

 

マリューが、ナタルに、囁いた。

 

ナタルは、その意味を、最初、咄嗟には、理解できなかった。しかし、マリューの瞳の奥の、残った光のありかを、紫紺の眼差しで探ったとき――

 

彼女は、気づいた。

 

艦長は、まだ、副長の前で、「艦長である」ことを、守りたがっている。

 

この十三日間で、ほぼ、全てを、奪われた。しかし、「ナタルの前でだけは、艦長でありたい」という、最後のひとかけらの意地が、マリューの瞳の奥に、まだ、灯っていた。

 

そのひとかけらを、ガルシアは、今夜、奪いに来ているのだ。

 

ナタルは、歯を、噛んだ。

 

そして、目を、逸らさなかった。

 

副長として、艦長の、最後の尊厳の、崩壊の、証人であり続けることが、今、彼女にできる、唯一のことだった。

 

ガルシアは、ゆっくりと、自らの礼装を、脱ぎ、ベッドに上がった。

 

---

 

「あ――」

 

ガルシアの指が、マリューのたわわな乳房を、両手で掴んだ瞬間、彼女は、ナタルに背を向けて、ベッドの上で、横を向いた。

 

せめて、顔を、見せたくない。そう、彼女の肉体が、咄嗟に判断した動きだった。

 

しかし、ガルシアは、彼女の顎を、手のひらで優しく掴んで、ナタルの方向へ、顔を、向けさせた。

 

「逃げるな、少佐。副長も、貴官の顔を、見たがっている」

 

「――っ」

 

マリューの、視線の先に、椅子に縛られたナタルの、痛いほど真っ直ぐな、紫紺の眼差しがあった。

 

その瞳から、逃げられなかった。ガルシアの手が、顎を固定していた。

 

ガルシアは、マリューの、朱色に色を変えた乳首を、唇で、捕らえた。軽く、噛んだ。

 

「ひ……ッ」

 

マリューの、喉が、震えた。彼女は咄嗟に、視線を閉じようとした。

 

「目を、閉じるな」

 

ガルシアが、低く言った。

 

「貴官の瞳の光を、副長に、見せておきなさい。――貴官が、快楽に崩れる瞬間、副長の視界の中で、その光が、消える瞬間を。それが、副長に、捧げる、最後の一撃だ」

 

マリューの目尻から、涙が、ひとつ、流れた。

 

しかし、彼女は、目を、開け続けた。

 

ナタルの視線の先で、マリューの、Gカップの双丘が、ガルシアの手と唇に、揉まれ、吸われた。指が脚の間にすべり込み、一本、二本と、彼女の内側を、探った。彼女のつるりとした恥丘の下の、剥き出しの秘裂から、ちゅ、くちゅ、と、粘った水音が、規則的に、部屋に響きはじめた。

 

マリューの呼吸が、浅く、速くなっていった。

 

「艦長――」

 

ナタルの声に、初めて、副長らしからぬ、弱い音が混ざった。

 

「わたし、は……ナタル、ごめんなさい……」

 

マリューが、唇の端から、そう、呟いた。

 

それが、この夜、マリューが発した、最後のまともな日本語だった。

 

---

 

## 3-2 子宮を知る夜(Day 14・後半)

 

ガルシアは、二週間かけて、マリューの身体の、ある一点を、正確に探り当てていた。

 

子宮口の、すぐ手前の、膣壁の前面の、小さな、わずかに膨らんだ部分。

 

そこを、親指の腹で、丸く、撫で続けるように、ピストンしながら、繰り返し、刺激する。そうすると、マリューの身体は、彼女の意思とは完全に無関係に、必ず、ある一定の反応を示した。

 

ガルシアは、この夜、その一点だけを、徹底的に、攻めた。

 

「――あっ、あっ、あ……!」

 

マリューの口から、昨夜までとは違う、質の、声が、漏れた。

 

拒絶の、声ではない。自制の、声でもない。

 

ただ、快楽を、逃がすための、無意志の、声。

 

ガルシアの雄は、二週間で既にマリューの身体が覚えきった形と、深さと、リズムで、彼女の最奥を、ひたすら叩き続けた。マリューの秘裂から、とめどなく、蜜と、先ほど注ぎ込まれた白濁が、混ざりあい、太腿の内側を、シルクのシーツへと流れていた。

 

彼女の瞳は、ナタルの、紫紺の眼差しから、逃げられなかった。

 

「見ないで、ナタル……」

 

マリューが、甘い、息混じりの声で、言った。

 

「お願い、だから、見ないで……」

 

その声の甘さに、ナタル自身が、一瞬、息を呑んだ。副長として、親しい上官として、十日以上、側にいた彼女は、マリューのこんな声を、聞いたことが、なかった。

 

艦長の、こんな声を。

 

それは、誰かの、恋人が、寝室で、出す声だった。

 

そして、それを、この男が、この十四日間で、引き出したのだ。

 

ナタルの拳が、椅子の肘掛けの上で、白くなるほど、握りしめられた。

 

「ナタル、副長」

 

ガルシアが、ピストンを止めずに、こちらへ、視線を、向けた。

 

「よく、見ておきなさい。――これが、貴官の、旧友だ。もう、艦長でも、女でも、ない。ただの、**俺の雌**だ」

 

そして、彼は、マリューの、敏感な一点に、親指を、押し当てた。

 

マリューの、白い身体が、弓のように、反った。

 

「あっ、あ、だめ――そこ、は――!」

 

「貴官は、自分でも知らなかったろうが、ここが、貴官の、本当の弱点だ。ヘリオポリスでは、誰も、ここを、発見していなかった。二十四年間、誰にも、触られることなく、眠っていた。私が、初めて、起こした」

 

それが、ガルシアの、この夜の、本当の狙いだった。

 

二十四年間、マリュー自身ですら知らなかった、彼女の身体の、最も深い、最も弱い場所。それを、十四日間かけて探り当て、この夜、初めて、徹底的に、攻める。その一点で引き出す「最初の快楽」は――他の男には、二度と、到達できない。

 

「貴官の身体は、私に、教わった場所で、私に、初めて、快楽を、知る。快楽の、最初の記憶が、すべて、俺の形に、刻まれる。これが――調教だ、マリュー」

 

名前を、呼ばれた。

 

ガルシアが、初めて、行為の最中に、彼女を、ファーストネームで、呼んだ、その声が――

 

奇妙なことに、マリューの、身体の奥の、ある一点を、さらに、甘く、煮えたたせた。

 

自分でも、気づかないうちに、だった。

 

「あ、あ、あ――!」

 

マリューの視線が、焦点を失い、天井の、一点を、見上げた。その一点に、彼女の二十四年間の軍歴の全てが、夕暮れの海に沈むように、静かに、吸い込まれていく感覚があった。

 

呼吸が、短く、浅く、速く、浅く、速く、なっていった。

 

身体の内側の、奥の、袋の、そのもっと奥から――マリューの、これまで知らなかった、何かが、せり上がって、きていた。

 

体の、温度が、急速に、内側から、上がった。

 

指先、足先、頭皮、耳たぶ、全ての末端の毛細血管が、一斉に、拡張した。

 

そして――

 

マリューの、腰が、大きく、跳ねた。

 

「――あああああああ――!」

 

長い、長い、今までで最も長い、悲鳴に似た喘ぎ。

 

ガルシアが、最後の、深い、一突きを、入れた。

 

マリューの、両足の間から、**熱い、透明な、勢いのある液体**が、弧を描いて、ほとばしった。

 

シルクのシーツ、そして、床の絨毯の縁まで。

 

水音の、尾を引く、瀑布のような、噴出。

 

同時に、ガルシアが、最奥で、彼女の子宮口に、密着した。

 

どくん、と。

 

どくどく、どくどく。

 

白濁が、マリューの子宮へ、直接、注がれた。

 

体の内側で、熱い液体が、噴き出して、同時に、熱い液体が、注ぎ込まれた。

二つの流れが、彼女の内側で、ぶつかり、混ざり、そして、どちらが、どちらか、分からなくなった。

 

マリューの瞳の、焦点が、戻らなかった。

 

黒目が、ゆっくりと、上方向に、裏返った。

 

白目が、見えた。

 

唇が、半開きのまま、下唇の端から、涎が、ひと筋、ゆっくりと流れた。

 

頬から、「艦長」としての表情が、完全に、脱落した。

 

その、表情の、脱落の瞬間を――

 

椅子の正面で、ナタルは、紫紺の眼差しで、一ミリも逃さず、見届けた。

 

マリュー・ラミアス少佐の、指揮官としての顔が、ガルシア・ジェラードの前で、**一人の雌の顔**に、書き換わる、その、境界線の、瞬間だった。

 

副長の、胸の中で、何か、もう二度と元に戻せないものが、音もなく、折れた。

 

そして――

 

マリューの、意識は、そこで、切れた。

 

ベッドの上で、彼女の豊満な身体は、全ての力を失い、人形のように、四肢を、弛緩させて、横たわった。

 

---

 

ナタルの、紫紺の眼差しから、熱い液体が、一筋、頬を伝って、流れた。

 

自分の意思では、なかった。

 

副長として、規律の人として、彼女は、涙を、流したことが、ほとんど、なかった。今夜、十四日ぶりに、マリューの目の中の、最後の光が、消えるその瞬間を、至近距離で、目撃した。

 

その一撃で、ナタルの、規律という名の、内側の、何かが、砕けた。

 

「――艦長」

 

声が、震えた。

 

ガルシアは、マリューの意識のない身体から、ゆっくりと、雄を、引き抜いた。

 

濁った栗の花の匂いが、栗の花とも、尿とも、違う、何か別のものの匂いと、混ざって、部屋の空気を、占拠した。マリューの秘裂から、白濁と、先程の透明な液体が、混ざり合い、だらしなく、シーツの上へ、広がっていった。

 

彼女は、気絶したまま、両足を、半開きに、した姿勢で、横たわっていた。

 

「これが、貴官の、旧友の、真の姿だ、副長」

 

ガルシアは、ナタルの方に、振り返った。濁った灰色の眼が、副長の、涙を流した顔を、愉悦とともに、眺めた。

 

「副長――いや、そろそろ、貴官も、呼び方を変えよう。バジルール、と」

 

ガルシアは、ゆっくりと、ナタルに、近づいてきた。

 

「次は、貴官の、番だ」

 

ナタルの背筋が、一瞬、凍った。

 

しかし、ガルシアは、彼女に、触れなかった。

 

彼は、ナタルの椅子の前で、足を止め、そして、低く、笑った。

 

「――とは、言わない。貴官には、別の、役目がある。毎夜、この部屋で、貴官の旧艦長が、雌として、堕ちていく様を、証人として、見てもらう。それが、貴官に与えた、新しい、任務だ」

 

彼は、ナタルの涙を、葉巻を咥えた指で、顎ごと、持ち上げた。

 

「拒んでも、いい。だが、その場合、アークエンジェルの百名のクルーの未来は、保証しない」

 

ナタルの瞳に、絶望の色が、濃く、差した。

 

そして、彼女は、歯を、食いしばって、頷いた。

 

副長が、規律を、守るための、最後の、敗北。

 

ガルシアの手が、ナタルの涙を、指の腹で、ひと撫でして、彼女の頬から、ぬぐった。

 

「よろしい。よい副長だ、バジルール」

 

彼は、意識のないマリューの、裸体の、脇に、立って、その光景を、ナタルが見ていることを、確認した。

 

そして、二人の女を、同じ視界に収めて、葉巻を、咥え直した。

 

部屋の空気は、白濁と、透明の液体と、マリュー自身の涙と、ナタルの涙と、栗の花と、シガーの煙とで、重く、澱んでいた。

 

窓の向こう、要塞の外殻の遥か先、無機質な宇宙光の中で、アークエンジェルの艦影が、静かに、浮かんでいた。

 

あの艦の、ブリッジには、今夜、副長は、いない。

 

---

 

## 3-3 通信、その指輪の終わり(Day 21)

 

七日、挟んだ。

 

その七日間、マリューは、毎夜、司令官室に「出勤」した。

 

昼の艦長としての公務は、既に、ほぼ形骸化していた。キラ・ヤマトは、ブリッジで艦長を見かけるたび、少年らしい直感で、何かの違和感を、感じ取っていた。しかし、その違和感を、誰にも、言葉にすることが、できなかった。副長のナタルは、最近、頻繁に「機密任務」と称して、艦を離れる。キラは、それを、訝った。訝った、その先までは、思考を、進められなかった。

 

そしてDay 21。

 

マリューは、その夜も、司令官室で、ガルシアに、組み敷かれていた。

 

彼女の身体は、もう、十四日目のあの夜のような、激しい反応を、連夜、起こしはしなかった。ガルシアも、毎夜、絶頂を引き出しに行きはしなかった。彼は、今や、マリューの身体を、「道具として、機能させる」こと以上の、ゆっくりとした、支配の、配管工事を、日々、行っていた。

 

椅子に縛られたナタルは、その全てを、見続けていた。瞳の光は、日に日に、細くなっていた。

 

――そのときだった。

 

机の上の、通信端末が、鋭く、鳴った。

 

ガルシアが、腰の動きを、止めた。

 

彼は、ゆっくりと、マリューの身体の上から、退いた。白濁を纏った、濁った色の雄が、まだ、屹立したまま、夜気の中に、さらされた。

 

彼は、自らの礼装用ガウンを、手早く羽織ると、通信端末を、確認した。

 

画面を見た瞬間、ガルシアの眉が、ごく僅か、動いた。

 

「ほう」

 

低い、感心と、嘲笑の混じった、一音。

 

「――連合軍、エンデュミオンの鷹。当要塞に、入電、か」

 

マリューの、身体が、ベッドの上で、びくりと、跳ねた。

 

ムウの、名前を、聞いたのは、十四日ぶりだった。十四日前、まだ「マリュー・ラミアス」がかろうじて自分の中で立っていた頃、彼女は、ムウの声を、耳の奥で、度々、呼び出していた。しかし、この七日ほど、ムウの声を、呼び出すことが、できなくなっていた。呼び出そうとすると、喉の奥が、痛んだ。

 

ガルシアが、振り向いた。

 

「少佐――マリュー」

 

彼は、初めて、彼女を、ファーストネームで、呼んだ。その呼び方の、親密さが、この夜の、罠だった。

 

「貴官の、婚約者殿から、通信だ。要塞周辺を通過中、貴艦の寄港期間が長いことに、違和感を覚えたそうだ。――貴官の声で、応答したいそうだ」

 

マリューの、胸の谷間の、銀の環が、一気に、熱を、失った。

 

冷たく、なった。

 

「――ムウ……」

 

「音声のみだ。映像は、当要塞の通信設備の、故障ということにしてある。彼は、貴官の姿を、見ない」

 

ガルシアは、椅子の、向きを、変えた。机の通信端末を、マリューの、ベッドから、見える位置に、据えた。

 

「貴官の、台詞は、私が、書く」

 

彼は、一枚のメモを、マリューの、震える手に、渡した。

 

マリューは、そのメモを、見た。

 

```

「ムウ、私は無事。任務に専念している。心配しないで」

「補給は順調。あと一週間で出港する」

「あなたも、気を付けて。また、会えるから」

```

 

三行。

 

たった、三行。その三行を、マリューは、自分自身の、声で、愛する男に、告げなければならなかった。

 

「嫌です」

 

マリューの、唇が、動いた。十四日ぶりに、彼女は、自分の意志で、拒絶の言葉を、絞り出した。

 

「嫌です、ガルシア……どうか、それだけ、は」

 

「拒むか」

 

ガルシアは、悠然と、葉巻を、咥え直した。

 

「では、こちらから、真実を、告げてもよい。『貴艦の艦長は、現在、当要塞の司令官室で、私と性的関係にある。この関係は十四日前から継続中であり、合意の有無は、我々の間で、問う意味を、失っている』。――その声を、彼が聞けば、どうなる?」

 

マリューの、頬から、血の気が、退いた。

 

「彼は、エンデュミオンの鷹と呼ばれる、連合軍最高のパイロットだ。恋人の屈辱を、黙ってはいないだろう。単機で、要塞へ、突入してくるかもしれない。――そして、当要塞の対空防御網で、確実に、撃墜される。貴官は、彼の死を、何のために、選ぶのか?」

 

マリューの、手の中で、メモの紙が、音を立てて、震えた。

 

「読め」

 

ガルシアは、通信端末の、応答ボタンに、指を、かけた。

 

マリューは、目を、閉じた。

 

――ムウ、ごめんなさい。

 

喉の奥で、声が、呟いた。

 

――わたし、は、あなたを、守るために、これから、嘘を、つきます。

 

ガルシアが、応答ボタンを、押した。

 

通信が、繋がった。

 

――機影の、かすかなエンジン音の、背景ノイズが、スピーカーから、聞こえた。

 

『……マリュー? 俺だ、ムウだ。聞こえるか』

 

十四日ぶりに聞いた、ムウの声。

 

マリューの、目から、音もなく、涙が、流れた。

 

声が、出なかった。

 

ガルシアが、顎で、彼女を、促した。

 

マリューは、メモを、見た。見ながら、声を、絞り出した。

 

「――ムウ、……わたし、は、無事よ」

 

声が、震えた。震える声で、読み続けた。

 

「任務に、専念している。……心配、しないで」

 

通信の、向こうで、一瞬、ムウの、息が、止まった気配が、した。

 

『……マリュー。声が、少し、いつもと、違う、気がするんだが』

 

マリューの、心臓が、一瞬、本当に、止まった。

 

「――ムウ、あなたが、心配しすぎ、なのよ」

 

彼女は、自分でも、驚くような、明るい声を、作った。作れてしまった。十四日間の、調教で、身につけた、「仮面の声」の、技術だった。

 

「補給は、順調。あと、一週間で、出港する。……あなたも、気を付けて。また、会えるから」

 

『…………』

 

通信の、向こうで、沈黙が、長く、続いた。

 

ムウは、迷っていた。

 

その迷いの、沈黙の、秒数の長さを、マリューは、自分の呼吸で、数えた。一秒、二秒、三秒、四秒、五秒。

 

六秒目。

 

『……そうか。分かった』

 

ムウの声は、いつもの、飄々とした、軽さに、戻っていた。――その軽さが、マリューには、逆に、痛かった。ムウは、疑いを、自分で、飲み込んだのだ。恋人が、自分に嘘をつくはずがない、と、愛を、理由に。

 

『すまん、心配しすぎだな、俺も。任務、ご苦労さん、艦長殿。あと一週間、お互い、無事でいような』

 

「……はい」

 

『通信、切るぞ。――君を待っている、ラミアス少佐』

 

ぷつん、と、通信が、切れた。

 

それは、十四日前、ヘリオポリスから発った夜、ムウが格納庫で口にした、同じ台詞だった。

 

彼は、あの日のままの愛を、十四日後の、この夜にも、そのまま、保っていた。

 

しかし、その愛を、受け取る側のマリュー・ラミアスは、もはや、十四日前の、あの女では、なくなっていた。

 

同じ一言が、十四日の時差を挟んで、二人の間に、絶望的に、**すれ違った**。

 

そのすれ違いの、切なさに、ムウは、永遠に、気づかない。

 

要塞の外、遥か遠くで、メビウス・ゼロの、エンジンノイズが、小さく、小さく、消えていった。

 

マリューは、ベッドの上で、震える手で、通信端末を、机の方に、戻した。

 

そして、胸の谷間の、銀の環に、手を、かけた。

 

鎖の留め金を、外した。

 

銀の誓いの印が、彼女の手のひらの上に、落ちた。

 

マリューは、それを、絨毯の上に、自分の意思で、ぽとりと、落とした。

 

十四日前、初夜の夜に、彼女は、これを、自分の意思で、胸から外すことは、考えもしなかった。ムウの名前を、耳の奥で、何度も、繰り返し、救いの呪文のように、唱えていた。

 

しかし今夜――

 

「ムウ」という名前は、彼女の口の中で、既に、「嘘をつくためだけに発音される音」に、変わっていた。

 

その音を、これ以上、自分の胸の谷間で、鎖越しに、温めておく意味が、なくなっていた。

 

ガルシアが、葉巻を吸いながら、ゆっくりと歩み寄り、磨かれた軍靴の踵で、その銀の環を、絨毯の毛並みに、ゆっくりと、踏み込んだ。

 

革と金属の、静かな、接触。

絨毯の毛並みの下で、銀の輪が、ぐしゃ、と、小さく、潰れた。

 

ヘリオポリスの、ドック陰の、小さなカフェで、ムウが、マリューの左手の薬指に、そっと、嵌めてくれた、あの夜の、約束の印が――

ジェラード・ガルシアの、軍靴の、踵の下で、物理的な形を、永遠に、失った。

 

マリューは、音を、聞いた。

 

聞いて、そして、一切、何の、反応も、しなかった。

 

彼女の、目尻から、最後の一滴の涙が、音もなく、流れた。

 

そして、その涙以降、彼女の瞳は、乾いた。

 

---

 

*

 

椅子に縛られたナタルは、隣の部屋の、ガラス越しに、その全てを、目撃していた。

 

マリューが、ムウに、嘘をつく声を。

マリューが、自分の手で、指輪を、外す、その指先を。

ガルシアが、軍靴の踵で、それを、踏み砕く、その音を。

 

彼女の、頬を、涙が、伝って、流れた。

 

副長として、言葉にできる感情は、もう、残っていなかった。

 

---

 

*

 

翌朝。

 

マリューは、ガルシアの部屋の、共用ユニットを、横切って、洗面所に、向かっていた。

 

バスローブの、裾を、引きずりながら、彼女は、生物としての最低限の機能を、淡々と、処理していた。

 

そのとき――

 

彼女の視界の、端に、薄く開いた、隣室のドアが、入った。

 

普段は、固く、閉じられているはずのドアが、今朝だけ、十センチほど、半開きに、なっていた。

 

マリューは、足を、止めた。

 

立ち止まる理由は、なかった。しかし、十四日前までの、「艦長」の本能の、最後のひとかけらが、彼女を、立ち止まらせた。

 

彼女は、ドアの隙間から、中を、覗いた。

 

十センチほどの、縦の隙間から、見えたのは、隣室の、薄暗い、暖色の照明に照らされた、小さな一角。

 

そこに――

 

中に、少女が、いた。

 

十六歳ほど。

 

燃えるような、赤毛の、ロングヘア。

 

全裸。

 

首に、革の、細い首輪。

 

両の、乳首に、銀のリングの、ピアス。

 

床に、両膝と両肘をついて、蹲った姿勢。

 

太腿の内側から、透明な液体が、シャワー直後のように、糸を引いて、垂れていた。

 

秘裂は、半開きで、閉じていなかった。アナルも、同様だった。どちらも、幾度も、幾度も、開発された後の、形を、していた。

 

そして、その少女の、瞳は――

 

焦点が、合っていなかった。

 

マリューが、覗いたことに、少女は、気づいていた。

 

しかし、気づいても、少女は、動かなかった。ただ、あの耳に慣れた、ガルシアの足音を、別室で聞いた気がしたのか、彼女は、蹲ったまま、さらに深く、尻を、無言で、高く持ち上げた。

 

受け入れるための、姿勢。

 

条件反射の、姿勢。

 

マリューの、喉が、ひゅっと鳴った。

 

「――フレイ」

 

声が、震えて、漏れた。

 

「フレイ、アルスター……?」

 

少女は、ゆっくりと、顔を、上げた。

 

焦点の合わない、緑色の瞳が、マリューの、顔の、右肩のあたりを、見た。マリューの顔は、見ていなかった。

 

「……だい、じょうぶ……」

 

少女の、唇が、動いた。

 

声は、かすれて、細く、ほとんど、聞こえなかった。

 

「……だいじょうぶ……」

 

それが、「自分は大丈夫」なのか、それとも、「あなたも、じきに、大丈夫になる」なのか――

 

マリューには、判別が、つかなかった。

 

彼女の膝が、ゆっくりと、絨毯の上に、折れた。

 

フレイ・アルスターは、アークエンジェルの、大西洋連邦副大臣令嬢。マリューが、寄港三日目に、キラを通じて、「療養中」と聞かされていた、民間人の、少女。

 

十六歳。

 

彼女は、マリューより、早く、この部屋で、調教されていた。マリューが、十四日間で、ここまで削られたのと、同じ工程で、さらに長い期間、削られていた。

 

マリューが、守るべきだった、クルーの――乗客の、一人。

 

その少女が、マリューよりも、先に、完全に、壊れて、この部屋の、端に、置かれていた。

 

マリューは、半開きのドアの前で、絨毯の上に、膝をついた。

 

膝をついた彼女の姿勢は、奇しくも、フレイと、同じ、蹲った形に、なった。

 

ふたりの、無毛の恥丘が、等しく、朝の光の下で、無防備に、さらされた。

 

マリューは、フレイの、赤毛の横に、静かに、頭を、傾けた。

 

彼女の、頭の奥で、声が、ひとつ、呟いた。

 

(――私も、あそこへ)

 

その言葉は、どの部分の、マリュー・ラミアスが、呟いたのか、本人にも、分からなかった。

 

しかし、呟いた瞬間、彼女の内側で、何か、最後の、細い、糸のようなものが、ぷつんと、音もなく、切れた。

 

それは――希望、という名前のついた、糸だった。

 

守るべき者は、守られる前に、既に、壊されていた。

守るべきだった者の横に、守ろうとしていた自分が、同じ姿勢で、蹲っていた。

「守る」という動詞が、マリュー・ラミアスの辞書から、静かに、ひとつ、削除された。

 

窓の外、要塞の外殻の遥か先、無機質な宇宙光の中で、アークエンジェルの艦影が、今朝も、静かに、浮かんでいた。

 

あの艦には、もはや、帰りたい場所としての意味が、マリューの中で、静かに、消えかけていた。

 

補給完了まで、残り、三日。

 

しかし、彼女にとって、もう、その数字は、意味を、持たなかった。

 

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