貴族転生で俺は好きにする(予定) 作:ノープ
とうとうこの日が来た。
誕生日を迎え、実は前々から予定していた王立学園への入学もぐっと現実味を帯びてきた、節目の年齢である。
侯爵家の大広間で開かれた誕生日パーティの会場には、色んな人達が集まっていた。
大広間の天井からは豪奢なシャンデリアが幾つも吊られて、磨き上げられた大理石の床を黄金色に照らす。
長テーブルには色とりどりの料理が並び、給仕のメイドたちがあちこちで忙しなく立ち働いており、あちこちで貴族同士が談笑しながらワイングラスを傾けている。
すごいよね、この世界。
ある程度の年齢になったら、こうしてあちこちの貴族が集まる立派なパーティを家ぐるみで開くんだもんなぁ。
前世だったら、せいぜいちょっとしたケーキを囲んで終わりだったのに、こちらでは社交界デビューの一環として、お抱えの楽団まで呼んでフルコースの晩餐会である。
父上の財力と人脈の凄さがよく分かる。
そして、こういう晴れがましい場であっても、貴族という生き物は貴族らしく、しっかりと腹の探り合いをしている。
料理を口に運びながらも、彼らの視線は色んなところに飛んでいるのだ。
誰がどの派閥の誰と話しているか、どの家とどの家が今夜接近したか、どの令嬢がどの嫡男にどれくらい長く話しかけたか──そういうものを、笑顔の裏でしっかりと観察し、記録している。
貴族って生き物、本当に怖いね。
前世の感覚で気軽に振る舞っていると、あっという間に派閥に巻き込まれて足元をすくわれそうだ。
俺のところにも当然のごとく、色んな貴族からの挨拶が来ていた。
名を上げ、公爵家から認められて令嬢を許嫁に迎えた──そんな侯爵家の嫡男に挨拶をしておこうという腹積もりは誰もが共通している。
中には、明らかに俺と直接の繋がりを持ちたい思惑が見え透いていて、ちょっと笑ってしまうほど露骨な家もあった。
そして、その挨拶の流れの中では何件か──
「お初にお目にかかります。ささやかではございますが、こちらの娘をお見知りおきいただければ……いずれ将来、何らかのお役に立てればと存じますので」
みたいな調子で、明らかに「将来の側室候補」「愛人候補」として娘を引き合わせてくる家が、何件かあった。
紹介される娘の方も、ちゃんとそれを理解した上で来ているのが分かる。
緊張した面持ちで、けれど抗うこともなく深々とお辞儀をして俺に微笑みかけてくる。
可哀想に、と思う。
彼女たちの中には、俺と歳が近い娘もいれば、明らかに俺より年上の大人の女性も混じっていた。
立派な貴族令嬢として教育を受けてきた女性たちが、家の利益のために「侯爵家の嫡男の側室候補」として商品のように差し出される。
現代日本の倫理観からすると、なかなかにヤバい光景である。
とはいえ、まあ、こちらの世界ではこういうものなんだろう。
貴族の家督を継ぐ嫡男が、正妻の他に複数の側室を持つのは別に珍しいことでもないし、むしろ家の格を示すために必要な側面すらある。
我が父上にも、表向きには出ないところで何人かの愛人がいるという噂はなんとなく俺の耳にも入ってきている。
……父上ならいるだろうな、絶対。
むしろ何人いるのか正直怖くて聞けない。
まあ、こんな世界の倫理観に慣れていくのも貴族として生きていく以上は避けられない作法なのだろう。
少なくとも今日の俺は、笑顔で挨拶を受けて、相手に失礼にならない程度のお礼を返して、それから次の挨拶へと流していく──そういう作業を、もう何十回となく繰り返している。
……あ、この肉、めちゃくちゃ美味い。
口の中で蕩けるように崩れていく感じ。
脂の甘みと赤身の旨味のバランスが完璧で、ソースの香草の使い方も絶妙。
きっと我が屋敷の料理長が頑張ってくれたんだろうな。
誕生日のメイン料理に手を抜く女ではない。
この間まで俺の寝室であのドスケベドレスピースフェラをしていた女が、今日は厨房で完璧なローストビーフを焼き上げている。
職業人としての切り替えの見事さよ。
給仕のために大広間に少しだけ顔を出した彼女と一瞬目が合った時、彼女はすっと優雅にお辞儀をして、ふっと意味ありげに微笑んでみせた。
あれは絶対あの日のことを思い出させる目だ。
あの人、ほんと食えない。
それから会場の一角、合間を縫って許嫁のセレスティアもしっかりと俺の元へ祝いに来てくれた。
今日の彼女はいつもにも増して念入りに装って完璧な公爵令嬢の出で立ちで、会場中の視線を集めていた。
こりゃありがたい。
許嫁が綺麗だと誕生日の主役として鼻が高いから。
「お誕生日おめでとうございます、あなた様。本日は、心ばかりではございますが、私からのささやかなお祝いの品をお届けに上がりました」
「セレスティア、ありがとう! わざわざ来てくれて嬉しいよ」
貴族の場での彼女はいつも通りの完璧な公爵令嬢仕様。
先日のバキュームフェラをかましてきた女と同一人物とは、誰も思うまい。
その完璧な切り替えの見事さに、毎度のことながら感心する。
「そういえば、あなた様も──いよいよ王立学園にご進学のご予定でいらっしゃいますわよね?」
「うん、そうなるね。試験はこれからだけど、たぶん何とかなるよ。セレスティアもでしょ?」
「はい、私も同じく。合格した暁には、より長く一緒に過ごせる時間が増えればよろしいのですが」
セレスティアは伏し目がちにほんのり頬を染めて呟いた。
ふむ。
学園で許嫁同士が一緒に過ごす時間が増える──というのは、確かに俺としても歓迎すべき話なのだが。
「うーん、まあ、許嫁とはいえ、あんまりずっと一緒に居すぎても、それはそれで問題が出ちゃうんだよなぁ。学園内で派閥とかも出来ちゃうだろうし、俺たちが四六時中ベタベタしてると、変な詮索もされそうだしさ」
「ええ……それは、仕方のないことですね」
セレスティアもさすがに公爵家の娘らしく、その辺の事情はちゃんと理解しているらしい。
寂しそうではあるけれど、すぐに気持ちを切り替えて上品に頷いてくれた。
……まあ、俺としては学園内のどこかの空き教室や、寮の物陰で二人きりになった瞬間に──なんてことは、決して考えていない。
決して、考えていないったら、考えていない。
考えていないが、もし長期休暇に二人きりで過ごせる時間がたっぷり取れたなら、それはたぶん確実に、本当に確実に、一線を越えてしまう自信が俺にはある。
あのセレスティアの完璧な礼儀作法と二人きりになった時のスケベの落差を前にして、若い俺の理性が保てるはずがない。
ある程度立派な大人になって、然るべき時期が来たら思う存分に盛らせていただこう。
それが正解な気がする。
「では、私はそろそろ父のところへ戻ります。また後ほどお話しいたしましょう?」
「うん、ありがとうセレスティア!」
彼女はお辞儀をして、すっと俺から離れていった。
長い銀髪が、移動に合わせてさらりと揺れる。
遠ざかっていく彼女の背中を見送っていると、入れ替わるようにしてまた別の一団が俺の前にやってきた。
「お誕生日おめでとう存じます。本日はお招きいただきまして、誠にありがとうございます──」
今度は年配のご夫人と、その娘らしき令嬢の二人連れ。
あぁ……とすぐに思い出した。
彼女は俺の許嫁候補として一時期名前が挙がっていたものの、最終的にセレスティアとの婚約が成立したことで縁談が立ち消えになった、地方伯爵家のご令嬢である。
以前の社交シーズンで何度か顔を合わせたことがあった。
「お久しゅうございますわね……どうかこれからも、何かの折にはお見知り置きを」
「あぁ、こちらこそ、よろしくお願いいたします」
令嬢の方はぺこりとお辞儀をしながら、その視線をちらりと──遠ざかっていったセレスティアの背中の方へと向けた。
ほんの一瞬の視線の動きだったけれど、そこに含まれていた感情は、明らかに穏やかなものではなかった。
なんというか……バチバチ、と表現するのが一番しっくりくる火花の散るような視線。
うちの許嫁じゃなくなった件、思っていたより根に持たれている気がする。
そして遠くの方では、セレスティアもこちらの一団に気付いたらしく、向こうもまた、すっと意味ありげな視線を返していた。
何か言葉を交わしているわけではないが確実に何かが交差している、
令嬢同士の無言のやり取り。
うわぁ……
貴族の女同士のこれ本当に怖い。
単純な恋愛感情というより、家同士の格の問題、過去の縁談の経緯、現在の派閥的な立ち位置、そういうものが全部混ざった上での「気持ち」だから、一筋縄じゃ解けないのだ。
うん、改めて思う。
貴族って怖い。
学園に進んだら、こういう貴族同士の見えない戦争が、たぶん毎日のように繰り広げられるのだろう。
生き抜くためには俺もそれなりに気を引き締めないといけないな。
その後も、似たような調子で各家からの挨拶は途切れなく続いていった。
以前に許嫁候補として名が挙がっていた家のご令嬢が、もう何人来ただろうか。
それぞれが微妙に意味ありげな視線をセレスティアの方に飛ばしていたあたり、本当に「縁が切れた」と言いつつも完全には切れていないのが、貴族社会というものなのだろう。
そして、そんな空気の中で。
セレスティアと今夜こっそり二人きりで合流して、テーブルの下や物陰で例の如くこっそりと──なんて流れにはどう考えてもならなさそうな雰囲気である。
これだけ周りの目があれば、彼女も流石に動きづらいだろう。
今夜の彼女のドレスはきっちり下まで覆っていて際どい軽装でもないし。
残念だ。
本当に残念だ。
彼女のあの上品な顔と完璧な所作の下に隠れているスケベをたまには社交の場の真ん中で引きずり出してみたい欲求があるのだが、今夜は流石に我慢するしかなさそうである。
俺はローストビーフをもう一切れ口に運びつつ、騒がしい大広間の人波をぼんやりと眺めるのだった。