貴族転生で俺は好きにする(予定) 作:ノープ
翌日からの授業は、まあ普通に授業って感じだった。
最初こそ「天下の王立学園、いったいどんな高度な内容を教えるのか」と多少は身構えていたのだが、蓋を開けてみれば、初日の授業から早速こっくりこっくり船を漕ぎかける子もいて、なんだ普通の学校じゃん、という感想に落ち着いた。
教師の話は確かに高度で密度が濃いものの、午後の暖かい教室で長時間講義を聞いていれば、貴族の子弟だって眠くなるのは前世も今世も変わらないらしい。
平和なものである。
そして必修クラスとは別に、専攻別の選択クラスも本格的に始まった。
俺が選んだ魔法学の専攻クラスには、入学式の名簿で見た顔ぶれが揃っていた。
セレスティアは別の時間枠の魔法学を取っているらしくこのクラスにはいなかったが、代わりに──
「お久しぶりですわね、誕生日のパーティ以来でしょうか。ご機嫌麗しゅう──」
すっと俺の隣に滑り込むようにして、淡い金髪の令嬢が微笑みかけてきた。
誕生日パーティで挨拶に来た、元・許嫁候補の伯爵家の令嬢。
あの時セレスティアにバチバチの視線を飛ばしていたお嬢さんだ。
「──やっぱこの口調、めんどくさいわ。普通に喋るわね」
声を潜めて、彼女はガラッと口調を変えた。
ぽかんと俺が見つめると、彼女はにやりと意地悪く笑って続けた。
「魔力制御のコツ、教えなさいよ。あんた、入学試験の魔法部門でも上位だったでしょ。──今なら、おっぱい見せてあげるわよ。後でね」
「……いきなりだね?」
「だってあんた、魔法得意でしょ? うちの実技指導はあんまり優秀じゃなくてさ、家庭教師選びに失敗したのよね。──それに、ね」
彼女は教室の奥の方を意味ありげに見やってから声を潜めた。
「セレスティアとかいう、あの公爵家のお淑やかぶった女のあてつけにもしたいわ」
「直球だなぁ……」
「あんな澄まし顔の女に優良物件を取られたままなんて、悔しくて夜も眠れないのよ」
うわ、本音が出たな。
しかも、許嫁が決まった後でも諦めていなかったらしい。
「ねぇ、今からでも遅くないと思わない? 私と許嫁にならない? おっぱいよ、私のおっぱい。上向き、形綺麗、敏感」
「い、いや、あの……自分にはもう、まさにそのセレスティアっていう許嫁が居て、両家でちゃんと取り交わされた婚約があるわけで──」
元許嫁候補とはいえ、よくもこんなに強気に押せるものである。
縁談は完全に終わっているくせに、いまだに諦める気配がない。
むしろ「せっかく再会したのだからもう一度仕掛けないと損」くらいの勢いだ。
強かな女、という言葉がこれほど似合う相手も珍しい。
……そして俺は、母上に約束したのだ。
ハニートラップには絶対に引っかからない、と。
いや、これは別にハニートラップというわけではないと思う。
彼女は彼女自身の意思で動いていて、政治工作というよりは個人的な執着の方が強い気がする。
けれど、油断は禁物である。
「まあ、許嫁の話はとりあえず置いておいてもいいわよ」
彼女は流石に少し諦めたように、肩をすくめてみせた。
「魔力制御に関しては、本当に頼りにしてるつもりよ。あんたが上位の合格者だってのは、ちゃんと敬意を持って認めてる。だから、ちゃんと真面目に教えてくれる?」
「別に、 胸なんて見せてもらわなくても普通に教えるよ。同じ専攻クラスのよしみだし」
「あら、じゃあいいのね? じゃあやめておきましょうか。──そうそう、思い出した。私ねぇ、人生で初めて同い年の男の子に胸を見せて触らせてあげたの、あんただったのよ。覚えてる? ほら、私たちが許嫁候補に挙がっていた頃、あんたの屋敷の庭でこっそりと──」
「──」
「あの時から、また少し発育したのよ? もう一回見せてあげようかと思ってたんだけど。やめておきましょうかね、本当に」
「是非とも教えさせてください」
俺が、ハニートラップに引っかかるわけがないだろうが。
「ふふっ、じゃあ授業終わったら、少しだけお話ししましょ。私の寮の部屋でもいいし、空き教室でもいいし、お庭の人気のないところでもいいわよ」
「お庭で頼む、密室はちょっと危ない」
「あら、健気な許嫁持ちの男の子ね」
彼女はくすくす笑って、自分の席に戻っていった。
早速友達らしき女子たちもいて、さっきまでの強気な感じを巧妙に隠して取り繕う瞬間を見た。
そんなこんなで授業も終わり、その日やるべき予定も無くなったので、約束通り、俺と彼女──ヴァネッサは中庭に集まった。
王立学園の中庭は、噂以上に立派な造りだった。
手入れの行き届いた芝生と、季節の花が咲き乱れる花壇、そしてあちこちに貴族街のカフェに置いてあるような白い鋳鉄のテーブルと椅子のセットが配置されている。
日除けのために真っ白な日傘が立てられ、遠目には小さな花が刺繍されたクロスが風になびく。
こういう調度がそこかしこに当然のように置いてあるあたり、流石は王立学園、貴族の通う学校だなぁと改めて思う。
他にも校舎の二階や三階のあちこちにバルコニーが張り出していて、放課後の生徒たちが手すりに身を寄せて談笑していた。
エモい。
少し離れたテーブルでは、上級生らしき学生たちが、三段重ねのケーキスタンドからお茶請けをつまみつつ、優雅にティーカップを傾けていた。
あの構図、何かオシャレっぽくて真似したい。
前世のSNSにあげたら確実に映える光景である。
俺とヴァネッサは、敢えて中庭の端の方、人目から少し外れた木陰のテーブルを選んで腰を下ろした。
「──つまり、身体中の魔力というのはね、ただ流せば良いってもんじゃなくて、循環の経路を意識して、要所要所で絞る感覚を持つのが大事なんだよ。蛇口の捻りみたいに、強弱をつけながら流すと──」
「うんうん」
「──こうして指先で発動させる時には、ぐっと一点に集めて、それから一気に解き放つ感覚で──」
「あら、ほんとだ……私、なんか変なところで詰まってたのかしら? 今までは魔力が指先に届く前に、途中で散らばっちゃってる感じだったんだけど」
「かもね。たぶん『絞る』を意識してなかったから、流す途中でロスしてたんだと思う」
「なるほどねぇ。やっぱり、あんたの教え方、家庭教師より分かりやすいわ」
ヴァネッサは感心したように頷いた。
最初こそ、こうして真面目な感じで、彼女もちゃんと魔法のレッスンとして付き合ってくれていた。
ところが。
ふと、彼女が周囲をぐるりと見渡して、近くの席に他の学生がほとんど居ないこと、こちらに視線が向いていないことを確認すると。
するっ──
「……」
彼女は涼しい顔のまま、自分の制服のボタンを一つ、二つと外し、そして胸元を僅かに緩めた。
露わになる谷間と淡いピンクのレースのブラジャー。
しかも彼女は俺と目を合わせて、にやりと笑い、人差し指を口元に立てて「しーっ」とジェスチャーしながら、わざと胸元を俺の方にぐっと寄せて見せてくる。
「……おい」
「あらら? どうしましたぁ? お顔、赤いですわよぉ?」
「……勃起した」
「あらら、あらあら……許嫁がいらっしゃる侯爵家の嫡男様が、それでよろしいんですの? お庭の真ん中で、元・許嫁候補の胸元を見て勃起なさるなんて、ご立派な貴族のお振る舞いには、なかなか見えませんけれど」
俺たちは、周囲に聞こえないよう、声を潜めて小声でやり取りを続ける。
「なんかデカくなった? 以前見た時より明らかに」
「だから言ったでしょ。あの時より、二つくらいはサイズアップしてるかもね?」
「いや、確かに……前見せてもらった時は、まだなんていうか、第二次性徴も来きってない頃だったけど、それでもしっかり膨らみがあったじゃん? あの時点で同年代の子よりずっとお姉さんっぽくて、これは将来とんでもないことになるな〜って、子供心にしっかり予感してたんだよね」
「あら、ずいぶん早くから女の品定めしてたのね、あんた」
「まだまだ伸びしろありそうだけど、現時点でも完全に立派なおっぱいだよ。ほら、ブラのカップから上の方の肉がちょっとはみ出して谷間作っちゃってるじゃん。あの頃と全然違う」
「失礼ねぇ、人の昔をそうやって振り返らないでくれる? 成長過程を観察されてるみたいで恥ずかしいんだけど」
「いやそんな悪い意味じゃないって。むしろ褒めてるんだよ。ていうか、その歳でこの大きさって、もっと成長するんじゃない? うちの料理長クラスまで行きそうな勢いだよ、これ」
「あら、料理長さんってそんなにおっきいの?」
「まあ、伝説級だよ」
ヴァネッサはくすりと笑って、それからさらに胸元を緩めた。
ブラジャーのカップが少しずれて、その隙間からほんのり薄ピンクの乳輪とぷっくりと尖った乳首の先端が、ちらっと覗く。
ブラのレースの縁に張りのある若い乳房の白さがむぎゅっと押されて、しっかりとした弾力で形が変わっていた。
子供の膨らみとはもう完全に別物の、女としての胸。
「マジか……乳首まで見せてくれるなんて……なんかぷっくりしてるね、その先っぽ」
「──はい、ここまで」
「あ」
彼女はぱっと胸元を整えて、ボタンを元通りに留め直した。
「ま、私もちゃんと成長してるってことよ。おほほ」
「絶景を見た気分だよ」
「ふふん、ありがたく思いなさい」
ヴァネッサは満足げに胸を張ってみせた。
それだけでまた谷間がぐっと深く刻まれて、視線が吸い寄せられる。
「……本音を言うと結構恥ずかしいんだから。だから、何かあったらちゃんと助けてよね」
ヴァネッサは少しだけ視線を逸らして、頬をほんのり染めながら呟いた。
「そりゃもちろん。これが俺の命と貞操を狙うハニートラップじゃなかったら、全力で助けるよ」
「し、失礼なんだから……私がそんなことするわけないでしょ!」
ぷっ、と頬を膨らませて、彼女は俺の方に手を伸ばし、人差し指の腹で俺の頬をつんっ、と軽くつついてきた。
可愛い。
好きになりそうだ。
「まあでもあんたがどうしてもまた見たいって言うなら、見せてあげてもいいけどねぇ? あんた、どうせ私のおっぱい好きでしょ? 顔に書いてあるわよ?」
「鋭いね。バレてた? 大好きだよ、ヴァネッサのおっぱい。あの頃から目が離せなかったし、今も完全にロックオン中」
「あら、初耳だわ。あの頃から狙ってたの? 最低ね」
「最低かもしれないけど、本能だから許して」
「ふふん、許してあげない」
「ちなみに今は? もう一回見せてくれない?」
「だ、ダメだって! 調子に乗るな〜!」
彼女はぱしぱしと俺の手の甲を軽く叩きながら突っ込んできた。
──こうして、俺たち二人が世間話とお互いへの軽口で完全に没頭していたせいで。
俺は、気付かなかった。
いつの間にか、近くまで誰かが歩み寄ってきていたことに。
ヴァネッサも、俺と二人だけの空気に呑まれて、全く気付いていなかった。
「お二人とも──」
ふと、頭上から、聞き慣れた声が降ってきた。
涼やかで、上品で、けれどどこか温度が低い、銀の鈴を転がすような声。
「随分と、楽しそうですね?」
俺たちは、揃ってぴしっと固まった。
ゆっくりと、本当にゆっくりと、おそるおそる視線を上げると──
そこに立っていたのは、もちろん、セレスティアだった。
完璧な公爵令嬢仕様の微笑みを浮かべて、両手を前で組み、腰まで届く銀髪を午後の風になびかせて、こちらを静かに見下ろしている。
その口元は確かに微笑んでいる。
だけど、瞳の奥が全く笑っていなかった。