貴族転生で俺は好きにする(予定) 作:ノープ
「だいたいお前は性欲が強すぎる。──いったいぜんたい、なぜその歳でそこまで女に欲情できるんだ? 貴族の嗜みとして、ある程度の性欲があるのは当然だが、お前のそれは限度を超えている。よりにもよって、屋敷のメイドに『パイズリ』などと、そんな下卑た要求を真っ昼間から大声で頼むものではない!」
部屋に響き渡る説教の声。
俺の目の前で腕組みをして仁王立ちしているのは、家庭教師の先生──エリーザ先生。
なんかもう、めちゃくちゃ強そうな体格をした美人さんである。
身長は俺よりずっと高く、女性としても明らかに長身の部類で、すらりと伸びた手足には剣豪のシルヴィアとはまた違う、力強さと女らしさが同居している。
服越しでも分かる、しっかりとした胸の張りと、引き締まった腰。
背筋がぴんと伸びた姿勢は軍人のようで、こちらを見下ろしてくる切れ長の瞳には全く隙が無い。
長い銀色の髪は後ろで一つに編み込まれて、背中をきっちりと垂れていた。
眉はりりしく、鼻筋は通り、唇は薄く引き締まって、いつも何かに不満そうにきゅっと結ばれている。
そして家庭教師という職業のくせに、口調はやたらと荒い。
説教はもう慣れっこになって久しいけれど、初めて屋敷に来た時はそのギャップにかなり驚いたものだ。
なんでも、エリーザ先生は元々は王立騎士団の女騎士で、剣術と魔法と兵法の達人として名を馳せた英傑なのだとか。
引退後に「貴族子弟の教育」という第二の道を選んだ際、口調までは矯正しきれなかったらしい。
貴族の家庭教師というよりは、もはや軍曹である。
「す、すみません、先生。でも、本当にムラムラしたら集中できなくて……授業の前にちゃんと処理しておこうと思っただけで……」
「言い訳をするなッ! 貴様の屁理屈などいちいち聞いてられるか! いいか、よく聞け、何度でも言ってやる──女の胸はなぁッ! 性処理の道具ではなぁぁいッ!」
ドンッ──!
エリーザ先生が、机に拳を勢いよく叩きつけた。
重厚な木の机が、ガタンと音を立てて揺れる。
怖すぎる。
「は、はいぃっ……!」
「全くお前は、いったい誰に似たんだ。あの紳士的な侯爵閣下の御子息とは、とても思えん振る舞いだぞ……」
いや、それに関してはたぶん父上にしっかりと似ているのだが、口に出すのはやめておこう。
エリーザ先生は屋敷の家風を頭ではある程度理解していても、心のどこかでは絶対に許容していないタイプのお堅い女性だ。
彼女は深々と溜息をつき、こめかみを揉みしだきながら、ぎろりと俺を睨みつけた。
「……まさかとは思うが、そんな調子で、だ。──公爵家の、お前の許嫁の、あのご令嬢の前でも、そんなみっともない素振りを見せていないだろうな?」
「ち、違いますよ、先生。流石に許嫁の前では、ちゃんと紳士的に振る舞ってますって。あの方、本当にお淑やかな方ですから──」
「……本当かよ? 目を逸らすな、こっちを見ろ」
「ほっ、ほんとですってば」
そう、一応のところ、この俺にも許嫁がいる。
我が侯爵家がこの地方領地の経営において代々非常に優秀な成果を上げ続け、ついに上位の公爵家からも一目置かれるほどの実績を積んだことで、件の公爵家の御令嬢との婚約が正式に取り交わされたのだ。
外面のスケベさだけでなく、しっかりと領地経営の腕も超優秀という、我が父・侯爵閣下の偉大さがよく分かる結果である。
スケベと有能を両立できる男こそが真の貴族なのだ、と父はよく晩餐の席で語っているが、これは流石にエリーザ先生の前では言わない方が良い気がする。
「許嫁の話が出たついでに言っておく。──いいか、お前、もう少し我慢とか、自制心というものを覚えろ。今のお前のままでは、結婚の話が本格的に進んだ時、絶対に問題を起こすぞ。あのお淑やかなご令嬢が、お前の本性を知ったら、即座に婚約破棄を申し出るのは目に見えている」
「は、はい、すみません……これからはもっと節度を持って暮らします。先生にもうオナニーを覗かれるようなことも、気をつけますんで」
「ぐっ──こ、このガキぃッ! そ、それはッ、わざわざ私に思い出させるなッ!」
エリーザ先生の顔が、かぁっと真っ赤に染まった。
鋭い眼光が一瞬だけ動揺で揺らぎ、口元がきゅっと噛みしめられる。
そう──以前、俺は一度、エリーザ先生にオナニーを目撃されたことがある。
その時はそれはもう、めちゃくちゃに怒られた。
「ぎゃおおお」と本気で叫ぶ女騎士相手に説教を半日喰らった。
ちなみに、それはわざとだ。
俺は割とクズで、自他共に認めるセクハラ体質の自覚はある。
本当はちゃんと鍵をかけられたし、彼女が来る時間を間違える俺ではない。
あの厳格で強気で美しい先生が、俺のオナニーを見て狼狽える顔を見たかった、というだけの理由で、わざと授業前のタイミングで自室で扉を半開きにしてシコっていたのだ。
結果、半日説教を喰らったわけだが、あの時の先生の真っ赤になった顔は、今でも何度も鮮明に思い出せるくらい完璧な保存映像として俺の脳内に保管されている。
当然オカズにもしている。
最低の生徒である。
「お前はなぁ……ッ! そういう、生徒として絶対にやってはいけない一線というものをだなッ……!」
「先生、顔真っ赤ですよ」
「うるさいッ! 黙れッ!」
ドンッ、と再び机を叩く先生。
あぁ、今日も先生が怖くてカッコイイ。
そうして、ぐだぐだの押し問答の末に、ようやく授業が始まった。
机を挟んで向かい合い、エリーザ先生は教本と問題集を広げる。
説教モードからきっちり教師モードに切り替わった彼女は、いつも通り厳しい目つきで俺の解答を見ていく。
羽ペンが走る音、ページをめくる音、先生が時折「ふむ」と呟く声。
しばらく経った頃、先生は俺の解答用紙を一通り眺めて、深々と溜息をついた。
「……妙に優秀なのが、困るな」
「そうですかね? 褒めてもらえると素直に嬉しいんですけど」
「お前は本当に困った生徒だ。──四則演算は完璧、それ以上の高等な算術もほぼ完璧。他の概念の飲み込みも早い。下手な商人組合の会計係よりも、よっぽど数字に強いだろう。歴史の年号と人物の暗記も悪くない、むしろ良い。古典文学の解釈も……まあ、年齢の割には筋が通っている。語学の発音もかなり良い」
淡々としながらもしっかりと褒めてくる先生。
エリーザ先生はお世辞というものを生涯一度も口にしたことがない女性なので、彼女が褒めるということは、本当にその科目がまっとうに出来ているということだ。
「正直なところ、貴様の頭脳は、下半身以外は素晴らしいと言える出来だ」
「ありがとうございます! 先生の教え方が上手なおかげですよ。本当に毎週分かりやすくて、頭にすっと入ってくるんです」
「……そうか? 今、なんとなくだが……逆に皮肉を言われているような気さえしてきたんだが」
「そ、そんな、まさかそんな!」
まあ、半分くらいは皮肉なのかもしれない。
というか、エリーザ先生の説明は確かに分かりやすいが、本当のところ俺がここまで優秀なのは、前世の記憶のおかげも大きい。
基礎的な算術や四則演算なんかは前世の小学校レベルの算数で完全にカバーできるし、歴史の暗記も「物語として聞けば覚えられる」という大人の脳みそが残っているからだ。
それに加えて、この世界には魔法と剣聖と魔物が普通に存在する。
歴史の話には「百年前の魔王戦争で勇者一行がどう動いたか」とか、そういう前世なら絶対にお目にかかれない超ド級ファンタジーエピソードが普通に出てくるので、退屈とは無縁である。
むしろ授業が面白すぎて毎週楽しみにしているくらいだ。
そういう諸々の事情で、俺の成績は割と良い。
「ただ、まぁ、優秀なのは認めるとしてもだ」
エリーザ先生は教本を閉じて、机の上に両肘をついた。
指を組んで、こちらを睨む。
「お前、さっきから問題を解いている合間に、あまり私の胸をじっと見てくるのはやめろ、エロガキ」
「あ、バレてました?」
「ああ、当然のごとくバレている。私を誰だと思っている。気配を読むのは元騎士団の十八番だ。お前ごときの不躾な視線なんぞ、後ろを向いていても丸わかりだ」
うーん、流石は元女騎士。
俺もそれなりに巧妙に、ノートを取るふりをしながらチラ見していたつもりだったのだが、完全に見抜かれていたらしい。
「でも先生、解答を考える合間にちょっと顔を上げると、そこに先生の素敵な胸元があるじゃないですか。やる気が出てしまうのは、もう男の本能というか、生理現象というか……」
「黙れ。胸を見てやる気が出るな。問題集を見てやる気を出せ」
「でも先生の胸を見てると、もっと頑張って勉強して、いつか先生に認めてもらえる立派な男になりたいなって、不思議とやる気が湧いてくるんですよ。これも教育効果の一つでは……?」
「お前は本当にッ──!」
エリーザ先生は何か言いかけて、けれど言葉に詰まり、片手で額を押さえた。
「……なぜこいつは、こんな不真面目な動機で、妙に優秀なんだ……」
ぼそりと呟いて、頭を抱える先生。
彼女としては、お小言を言って真面目に取り組ませたい。
けれど、結果として俺はちゃんと優秀な成績を出してしまっている。
怒る正当な理由が見つけにくい、というジレンマ。
できる生徒に文句は、言えないよね。
「……まあ、よろしい。次の問題に進むぞ。集中しろ。胸を見るな」
「は〜い。先生の胸じゃなくて目を見ます」
「目もそんなにじっと見るな! ……というか、なぜどちらかしか選択肢がないんだ貴様は……」
エリーザ先生は、もう半ば諦めたような顔で、次のページを開くのだった。