待ち合わせの時間、15分以上オーバーしているが。
真経津はともかく、他は何をしているんだろうか。
彼と一緒に遅刻か。
私はあのまま自宅を越したりせず、ジョイキッチンで働いている。
牙頭オーナーや漆原弁護士は「セキュリティのいい部屋に越せ」と会うたびに挨拶代わりとして諭したが、セキュリティのいい部屋に越したとてラフメイカー……もとい真経津をまける自信がない。
私がハーフライフで裕福になったことはギャンブラー、行員、観客以外に知るものはおらず、身なりもパーカーにジーンズというラフな出で立ちのままで特に買い物もしないので「募金してくれ」という者や居ない親戚が増えたりもしなかった。
もし強盗が押し入ったとて私を見たら腰を抜かすし、私は自然に包丁に手を伸ばせる。
これでもハーフライフのギャンブラーだ。
ハッタリくらいかませる。
そうやって鼓膜を破り右手に穴を開け血反吐を吐いて、大火傷と裂傷を無数に負い、トドメのグローリー・ブルームに左肩を貫かれ大量出血して生死の境を彷徨い……生きている。
宗教勧誘は既に来ないからな。
毎回小一時間「あなたの信仰する神について教えてほしい」と玄関先でディベートもどきをするとどの宗教も布教に来なくなったからだ。
お前の信仰心はその程度か。
友人に神がいるし、信仰心……強い意思くらい持てよな、と不思議な気持ちになる。
腕時計を見ていると、知らない男性が近づいてくるのが足音で分かった。
歩き方から軽薄で尊大な態度を取る男だとわかる。
「お、胸デカっ」
現代において人の容姿、特に身体的特徴……更に性的な側面を口に出したということは。
「ねえ彼女、お茶し……」
男が固まった。
胸に気を取られて俯いていた顔のツギハギに気が付かなかったか。
「ゲェ……化け物……フランケンシュタインじゃん……」
見上げると汚物を見る目と合った。
「フランケンシュタインは博士の方だ。俗には作られた方の化け物を指すようだが、正しくは『フランケンシュタイン博士が作ったような化け物』になる。」
男は宙を見て、何かを見て固まった。
「ヒィッ……な、なんでも……ないです、失礼しました。」
踵を返して走って逃げてしまった。
畏怖のオーラってやつか……ついに化け物に相応しいプレッシャーを放てるようになったか。
「……私のルックスもなかなか便利だな。」
私の全身はツギハギだ。
化け物として、怪人としての容姿は花丸だろう。
「ボロさんはかっこいいからね。」
振り向くと真経津がニコニコして立っていて、獅子神、叶、天堂、医者が佇んでいた。
「ボロ、早く行くぞ。」
いや、お前達を待っていたんだが。
そして今、電車のボックス席に座っている。
この面子がボックス席にいると他の客が……。
まあいいか。
「ファンの女から夢小説が送られてきた。」
そう言って叶はスマホを皆に見せた。
「なるほど、ナマモノってやつか。本人に送るとは良い根性してるな。」
夢小説は一度読んだくらいの知識しかないが、ジャンルくらいはわかる。
医者は顔をしかめた。
「くだらん。」
そういいつつ私の肩に伸し掛かるな、重い。
嫁に他の女を意識させ嫉妬心を抱かさせることで夫婦の営みを盛り上げる匂い付け……というか、距離感を間違えている、ただの弟だろう。
「夢を見るのもいいものだぞ。」
夢も案外、悪くはない。
今はそう思えるからだ。
すると目の前に座る真経津がニコニコして言った。
「ボロさん、目的地に着くまでに夢小説書いてみて。読みたいな。」
夢小説……題材がな。
「私とあなたをテーマにしろ。」
医者……。
いや、医者と私なら案外テーマになりそうだ。
「書くか……仮タイトルは『私のフランケンシュタイン博士』だ。」
。。。
私は『グローリー・ブルーム』で華々しく散った。
そう思っていたのに、彼は私の命を救ってくれた。
__村雨礼二
彼は冷徹無慈悲な男。
私は彼のオペ室で目を覚ました。
「目覚めたか?私の最高傑作。」
最高傑作……?私は死んだんじゃ……。
鏡には全身に縫い目をつけた私の姿があった。
「そんな……私、お嫁にいけない。」
涙をこぼすと、彼は口元を緩め、こう言った。
「私が嫁にもらってやろう。作品として。」
。。。
医者に腕を掴まれて組まれた。
「あなたはマヌケか?リアリティをだせ、あなたは性悪なギャンブラーだろう。」
……。
悪口だ。
あまり怒りは湧いてこないな。事実だからか。
「ハーレムを書いて?」
真経津は無茶な要求をしてくる。
仕方ない。なんとか捻り出せう。
。。。
私は獅子神さんと真経津くんと村雨先生と共に過ごす時間が増えた。
。。。
「なんでオレとユミピコをハブるんだよ。」
真経津の隣に座った叶がキレている。
「夢小説で複数人は厳しいんだ。とりあえず待ってくれ。」
。。。
「ごめん、なんて言った?」
耳に手を当てて獅子神に訪ねる。
私はサウンド・オブ・サイレンスで聴力が格段に落ちた。
「お前、オレ達以外の男に絶対に同じ事するなよ。」
獅子神はムスッとした顔で呟いた。
「聴力が落ちた、致し方ない。」
すると医者がポツリとこぼした。
「なら私達と同伴以外では外出をするな。」
よく聞こえない。
「なんて?」
そう聞き返すと真経津は笑った。
「あはは、ボロさん鈍感系ヒロインみたい。」
「どうやら悪口のようだな……。」
。。。
「お前サウンド・オブ・サイレンスで鼓膜やってたのか。オレ、お前に無視されてんのかと思って何回か縊り殺しそうになってたからな。早く言えよ。」
叶は真顔で殺害未遂を報告した。
まさか、夢小説を書いていて命が助かるとは……。
。。。
「……だから、なんて言ったんだ? よく聞こえん。」
医者は深いため息をついた。
「……診せろ。まだ滲出液が溜まっている可能性がある。」
そう言って耳を優しくなぞった。
「おい村雨、オレの家で耳の中覗こうとすんな! 絵面がエグい!」
獅子神がすかさず止めに入る。
「ボロさん、ボクが村雨さんの代わりに伝えてあげようか?」
真経津はニコニコと無邪気な顔で笑った。
「『ボロさんのことが心配でたまらないから、ボクのそばから離れないで』……だって。」
医者は顔を赤らめて震えだした。
。。。
叶は「全部書けたら声をかけろ」と私の頭を叩いてボックス席を隣に移動して神と獅子神と医者でトランプを始めた。
「真経津もトランプしてきたらどうだ。けっこう時間がかかるぞ。」
真経津は医者が座っていた隣に腰掛けた。
「ボクは見てたいから。」
。。。
「……美しい。頸動脈を避けて入ったガラス片の処置、我ながら完璧な縫合ラインだ。」
医者は私の首筋の傷を、まるで美術品を鑑定するように指でなぞる。
「おい、まだか。」
指先が耳たぶをひっかく。
「……あなたは自分の価値が分かっていない。この傷こそが地獄からから生還した証であり、私が死神に勝った証明であるのだから。」
恍惚した笑みを浮かべる医者は実に不気味で、彼こそが死神ではないかと錯覚する。
「で、もう風呂は入っていいのか?」
医者は何度も傷口を触る。
衛生的にに触らないほうがいいのでは?
「……許可する。ただし、少しでも赤みが出たら即座に連絡しろ。夜中でも、必ず連絡をよこせ。」
張り詰めた空気に変わった。
「大げさだなあ。」
おどけてわざと歯を見せて笑うと、低い声で耳元で囁かれた。
「勝手なことをしたら殺すぞ。 私が処方した薬を使え。」
。。。
「ねえ、村雨さんと定期的に二人っきりになるとき、メンテナンスっていうけど、裸を見せたりしてるの?」
真経津は首を傾げた。
「ああ。全身ツギハギだからな。背中などを自分では確認できないから診てもらっている。」
そう答えると立ち上がって四人でトランプをしている最中の医者に「村雨さんってむっつりスケベなんだね」と喧嘩を売りに行った。
落ち着いて続きを書ける。
。。。
「真経津、野菜を私の皿に入れるな。ちゃんと食え。」
私は自分の皿に移された野菜をみて呟いた。
「えー、苦いのやだ。ボロさん食べて。」
子供か。
「良薬口に苦し。ほら、口を開けろ」
真経津に向かってアーと口を開いて、同じように開かせようとする。
「むー……。」
その隙に隣の村雨がフォークを伸ばし、ハンバーグを横取りした。
「悪くない焼き加減だ。獅子神の腕も少しは上がったか。」
こちらを振り向きもせず、さも当然であるかの如くハンバーグをたいらげた。
「……うわぁぁん獅子神ぃ!! 医者が!! 医者がハンバーグをとったぁぁ!! うわぁぁん!!ひどいよぉ!!」
絶叫した。
はたから見たら頭がおかしい。
いや、既に頭はおかしいが。
「おいコラ村雨ェ!!! お前なに大人のくせに人のオカズ盗んでんだよ!!!」
キッチンから獅子神が飛んできた。
「待て獅子神、これは彼女の演技だ。涙腺の収縮も見られないし、声のトーンも計算された……。」
医者は私の嘘泣きを指摘し訂正するのではなく、盗んだ事実を謝罪するべきだった。
「泣かした事実があんだろうが!! まったく……ボロ、泣くな。今新しいの焼いてやるから、デカいの作ってやるから待ってろ!」
獅子神はポンと頭を撫でた。
「……悪いな。」
デカいハンバーグを待つ。
「……あなたは俳優か? ハンバーグごときで、マヌケめ……。」
医者はバツが悪そうに野菜を食した。
「真経津。野菜を食べろ。アレルギーか?」
真経津は首を横に振った。
「こらこら、大きくなれ……もう大きいな。今回だけだぞ。」
そう言って野菜を食べた。
残飯処理係は現役だ。
「おい、私を無視するな。」
。。。
「ねえ、どうして前にあった出来事を書くの?夢小説ってイチャイチャでしょ?」
いつのまにか真経津が隣に戻っていた。
「こういう日常パート、イチャイチャには導入が必要なんだ。」
しらんけど。
。。。
「真経津が職場を訪ねてきたからホスト呼んだと勘違いされてクビになったぞ。」
真経津は首を傾げた。
「なんでクビになったんだろうね?」
無垢な表情をしている。
彼がキラキラスマイルで私に接したからである。
「三十路の未婚だからだろ。」
そう答えると医者が噛みついてきた。
「それを引き合いに出された場合、私はどうなる?私はあと数カ月で三十路だ。」
ムッとした顔でこちらを睨む。
「そうか。」
そうか、としか言えない。
。。。
「え、ボクのせいでボロさんクビになったの?だから怒っていたの?ごめんね。」
真経津に顔をのぞき込まれる。
「違う。これは夢小説の起承転結の起だ、ただトリガーとして書いただけだ。」
そういうと真経津はダラリと体を預けてきた。
「イチャイチャまだ?」
。。。
「弁護士を紹介する。」
医者はスマホで誰かに連絡をはじめた。
「いや、ハーフライフで数十億あるから別にいい、新しい職を探す。」
無職には、あまりなりたくない。
ただ、外見からして雇先を見つけるのは難しい。
元の職場もこの外見だったら真経津が来る前にクビに……。
真経津と会ったから……。
「落とし前はつけさせろよ。」
獅子神も同調に傾いた。獅子神がキーパーソンなのに。
「漆原か?今時間あるか?村雨だ。仕事を頼みたい。不当解雇だ。」
止めようとすると獅子神に手で制された。
「……相手は中小企業だが、私の『友人』が侮辱された。……ああ、そうだ。徹底的にだ。骨の髄までしゃぶり尽くしてもらってかまわない。」
「へぇ……あの『グローリー・ブルーム』の彼女ですか? それはそれは……。 慰謝料、会社都合退職への切り替え、未払い賃金の請求、名誉毀損……。」
。。。
真経津に耳を噛まれた。
「痛い。どうした。」
頬を膨らませている。
「ボク、早くイチャイチャがみたい。」
せっかちだな。
「まあまて、せっかくだから飛び切り甘くするから待っていろ。」
。。。
テレビで婚活のニュースが流れた。
『アラサー以上はキツいって』
獅子神がスッとチャンネルを変えた。
「別に気にしなくていいぞ、怪物は恋をしないものだ。」
すると医者がこちらの顎を引いた。
顎を引かれると、ふつうは怒りがこみ上げるが……。
恩人なので……落ち着こう。
「あなたはマヌケだな、美女と野獣など怪物が恋する作品は無数にある。」
ため息をついた。
「マヌケは医者の方だ、『美女と』怪物は『美男子になる』前提だ。」
膝枕をしている状態の真経津が呟く。
「結婚しないの?恋しないの?ボクのこと嫌い?」
疑問連打か。
「結婚しない、恋しない、真経津はいい子だな。」
頭を撫でるとニコニコした。
素直でよろしい。
「フランケンシュタイン博士と怪物。」
医者が嗜めるにように呟いた。
「恋愛ものじゃないだろ。」
獅子神が振り向いて笑った。
「これからもずっと仲良くしてくれってさ。」
。。。
真経津は狭いボックス席で寄り添うように寝息を立てた。
。。。
「元職場の人からお見合いしろと言われた。相手の人フランケンシュタインをみてみたいらしい。」
元職場は潰れてしまったらしいが、世話焼きな人がプータローの私を気にかけてくれたようだ。
「そうか、私はついていく。」
「ボクもいく。」
「まあ行くか。」
なんでだよ。
「なんで友達の男を見合いに連れてくんだよ。」
それこそ見世物小屋の管理人たちと化け物だ。
「なら断れ。」
医者……。
「あのな、人を立てないとダメだ。私なんかを気にかけてくれたんだから。」
私は価値のない人間で、外見までもが化け物になった。
それを表立って侮辱しないだけでもいい人だ。
「なら恋人ができたと伝えろ。」
そんな嘘を誰が信じるというのか。
「……役。」
サウンド・オブ・サイレンスで鼓膜をやった。
聞き取れない。
「なんて?」
耳に手を置いて顔を近づける。
「恋人役。」
医者は声が小さい。
「デカい声で話せ。」
「恋人になってやらんこともないが。」
なるほど、そうきたか。
「……悪い、聞き取れなかった。」
医者は口をつぐむと、真経津が抱きつきながら囁いた。
「村雨さん、ボロさんのこと大好きだって。」
そう意地悪く微笑んだ。
「あっそう。」
真経津をいなしていると、獅子神にソファの後ろから肩をつかまれた。
「見合いはいつだ?」
「来週の日曜日だったな。」
肩をつかむ指の力が強くなる。
「なら服を買いに行くか。」
ポンと頭を撫でられる。
「センスがないから助かるよ。」
こうして、お見合い準備が始まった。
「見合いなんだから、こう……清楚なワンピースとかどうだ? ピンクベージュとか。」
獅子神は真剣に選んでいる。
「私にはどれも豚に真珠だな。」
ツギハギなんだから露出はない方が……。
むしろフランケンシュタインをご所望なのだから露出高めの方が良いのか。
「……これにしろ。」
医者が提示したのは肌の露出が一切ない黒いロングスカートワンピースだった。
「……喪服か。」
医者は顔をしかめた。
「傷を見世物にする必要はない。」
医者………。
フランケンシュタインを見せに行くんだよ。
「じゃあこれ!」
真経津が提示したのは、胸元がバックリ開いたワンピース。
マリリンモンローか。
「ああ、すまない。獅子神の選んだやつにする。一番まともだ」
。。。
真経津に首筋を噛まれた。
起きているのか?
まあいいか。
。。。
獅子神が家政夫さん達と真経津を連れて何処かに出かけた。
「あなたは三十路だ。」
おっと、いきなり。
「お、どうしたいきなり、年齢ディスか。」
医者はいつになく真剣な顔をする。
「私もあと数カ月もたてば三十路になる。」
大変だな。
人は年を取る。つらいことだ。
「同い年だ。」
「そうだな。」
場は静かだ。
「……同い年で結婚すると夫婦仲が良くなるらしいな。」
おっとエビデンスはあるのか?
「具体的根拠がない。」
私は土屋田に『次のハーフライフ戦はいつだ』と連投メールするのに忙しい。
「私も身を固めろと周囲の医師仲間がうるさくて敵わんのだ。」
「大変だな。」
土屋田……まだ御手洗の方が『あなたを抹殺します』と憎しみマシマシでよかったぞ。
「身を固めるには、つまり結婚するしかない。」
あ、そうだ、医者はとある理由でまだ未婚なのだ。
「どうした?アホになったのか?熱でもあるのか?」
医者の熱を測りやすい首筋と脇に手差し込んだ。
「熱はないが、呼吸が荒い。疲れてるな、寝ろ。」
手首を掴まれた。
「あなたわざとやっていないか?」
目が合った。
「発汗してるぞ。自律神経が乱れてるんじゃないか?」
そのタイミングで獅子神達が戻ってきた。
「……おいボロ、やめてやれ。」
「あ!ボロさんが村雨さんにセクハラしてる!」
真経津はわあっとわざとらしく驚いた。
「検温、いつも村雨がやってるようにやっただけ。」
場が凍った。
「……いや、いつもではない。彼女は全身に縫い目と創傷があるから膿や赤みがないかを確認するために接触することはあるが医療的に適切な行為であってセクシャルハラスメントではない。」
突然早回ししたレコードのようになった。
「めちゃくちゃ早口だが大丈夫か。」
「……おいボロ。お前、普段どこ触られてんだ?」
獅子神がずい、と詰め寄ってきた。
「傷がある場所全て。背中の縫い目の引きつれがないかとか、太ももの内側の皮膚の再生具合とか確認してくれる。拘縮予防で風呂上がりにマッサージもしてくれる名医だ。」
獅子神が医者の肩に手を置いた。
真経津は満面の笑みを浮かべた。
「へえー! ボクもマッサージしてほしいな。」
。。。
「ねえ……マッサージってどんなことされてるの?エッチなやつ?」
やはり起きていたか。
「ふつうに背中とか太ももとか二の腕にツッパリがないかとか、神経が張っていないかの確認だよ。」
真経津は脇腹の肉を揉んだ。
「ボロさん、村雨さんとエッチしてないよね?」
するわけがないが。
「していない。」
そう答えるとまた頭を寄せてきた。
掴みどころのない男だ。
。。。
また医者と二人きりになった。
「なあ村雨、あまり気に病むな。」
医者から殺気が漏れる。そういうところだ。
「何がだ。」
「私を救ったことだ。恩人の村雨先生は現代医療で出来うる最高の技術で私を縫合した。それでこのツギハギで済んでいる。……私はこの体が愛おしい。そもそも以前から恋などに興味はないのだ。強がりではないこと、医者ならば偽りないと分かるはずだ。」
医者はふぅ、とため息を漏らした。
「……そうらしいな。」
「だから私を負い目にして『嫁にもらってやろう』などという心配りは必要ない。」
医者の目が眼鏡のガラスに反射して見えなくなる。
「……マヌケめ。あなたは。もう少し賢いと踏んでいたが。」
声が二段階低くなった。
「マヌケはお前だ。成果物への執着を恋慕と勘違いしている。」
医者はこちらを見てハッキリと言った。
「それを恋慕と言わずに何を恋慕というのだ。」
「……まて、考える。」
「考えろ。」
しばらくすると真経津と獅子神が帰宅した。
「ボロさんどうしたの?」
「思考モードで停止中だ。 」
「何時頃解除される見込みなんだ?」
「知らん。」
私は意識を取り戻した。
恐ろしい。
「獅子神、執着は恋慕なのか?こわい。」
「村雨、ボロに何した……。」
場が冷えつく。
「愛の告白をした。」
恐ろしくて、確認に回る。
「真経津、お前は私のこと好きじゃないだろ?」
「わかんない!」
「獅子神は?」
「人間として好きだ、よしよし、怖かったな。」
獅子神はポンポンと頭を撫でてくれる。
「……ふう、落ち着いた。まったく近頃の医者はとんでもないな。」
医者が手を握って呟いた。
「あなたが好きだ、愛している。」
恐ろしくて、咄嗟に獅子神の裏に隠れてしまった。
「ゆっくり距離を詰めてやれ。ボロ、とりあえず見合いは断りの連絡いれよう。オレが選んで買った服はオレと二人きりで出かけるときに着ような。」
何度も頷いた。
「おい。」
。。。
「ねえ、もし村雨さんに奥さん捨てて結婚しないかって言われたら。」
「愚問だ。断る。」
真経津はニコッと笑った。
「獅子神さんにだけワンピース姿みせたりとか、した?」
……。
。。。
ジョイキッチン
「牙頭オーナー、漆原先生、こんなおかしいことがあったんですよ。斯々然々。」
牙頭オーナーはピンと来ていないようだった。
「何もおかしくねぇ。」
「ボロちゃんは自己評価低いから。」
漆原先生はトンチキファッションの先駆者だが、弁護士としての腕は確かだ。
「ビンテージのツギハギクッション、新品のベロアのクッション、どちらがいいですか?私は若くなくツギハギです。」
若さ、これに勝るものなどない。
「「ビンテージのツギハギクッション。」」
「年代物の方が高値がつくこともある。」
「パッチワークはオシャレだよ。」
いや、漆原先生のファッションセンスからして例えが悪かったな。
「例えが悪かったですね。変な見た目だけど中身は精密パソコン、綺麗な見た目だけど中身はワープロ。」
「「変な見た目のパソコン。」」
失敗した。
自分は別に頭がいいわけでも優れているわけでもない。
パソコンとワープロって。
「例えば今流行の転生系。あれは悪女に清い魂がとかなんとかいっているが、結局は悪女が美女だから成立するのです。」
そうなのだ、いくらシンデレラでも醜女なら成立しないのだ。
「ボロちゃんは彼らがツギハギになって見てくれが悪くなったら評価を変えて付き合いをやめるのかい?」
漆原先生が鉛筆を手慰みにしながら問いかけた。
「なぜそのようなことをする必要があるのですか?」
牙頭オーナーは私の背中をバシッと叩いた。
痛い。めちゃくちゃ痛い。
「お前は『自分の価値を無し』と定義することで『自分を外的要因から守っている』臆病者か?本当にあのグローリー・ブルームをかい潜ったギャンブラーか?」
ぐうの音も出なかった。
。。。
「ボロさん、ぐうって言って?」
「ぐう」
。。。
「真経津と付き合うことになった。」
「「は?」」
場が北極になった。
そう、フランケンシュタインの舞台も最終的には北極に行き着くのだ。
「真経津となら7歳差で姉弟みたい……というかホストとホストに入れ込む女というか、『ああ、女避けか』になるって、そうだよな?真経津。」
「うん!」
真経津は腕を組んでニコニコしている。
「医者が数カ月後に三十路になっても私を愛してるというなら好きにしてくれていい。その時は愛してみるよ。今日は帰る、おやすみ。」
私が帰宅した後、真経津は淡々と語り始めた。
「村雨さんも獅子神さんもなにか勘違いしているみたいだけど、ボロさんを『初めに見つけて』『最後にトドメを刺した』のはボクだよ?最初からボロさんはボクのものなのに、二人とも浮かれてどうしたの?もちろん別れないよ。」
「……お前。」
「村雨さんがボロさんのこと『愛してない』って認めたら別れる必要ないし、もし愛してたとしてもボロさんがボクから離れられなくなれば問題ないよね?」
デスギャンブルでもしているかのような殺気を放つ。
「……彼女を騙すつもりか。」
「騙す? 違うよ村雨さん。これは『契約』だよ。ボロさんはボクを選んだんだ。他の男じゃ満足できなくなるとしても、ボロさんの自己責任だよね?」
真経津はソファに座り直して無邪気に笑った。
「それにさ、村雨さん。『治療しただけの医者』が『壊した当本人』に勝てると思ってるの? ボロさんの体に刻まれた傷は全部ボクとの思い出だよ? 悔しかったらボロさんをもう一回殺してみれば?」
。。。
「ボロさんって、恋愛に疎いフリしてる?」
恋愛などしたことがないが。
。。。
それからは真経津の過干渉が始まった。
「ボロさん膝枕して。」
「よしよし。」
「耳かきして。」
「よしよし。」
「ボロ、ちょっと手伝ってくれ。」
私が立とうとすると腕を引っ張られた。
「耳かきが先でしょ?」
「……真経津、待っててくれ。」
「待ったらご褒美くれる?」
真経津は目を見つめて問いかける。
「……ボロ、やっぱりいい。」
「定期的なメンテナンスをする。」
「ボクも彼氏だからいるね。」
「……施術中は出ろ。」
「村雨さん、ボロさんにセクハラするの?」
。。。
「ボロさん、束縛されたいの?」
「いいや。」
。。。
「獅子神はなんでギャンブラーになったんだ?」
獅子神と夜のベランダで二人きりだ。
「……強者への憧れ、つってもわかんねえよな。オレ、昔は貧乏で……いじめ」
「過去の話ではじめから『私、貧乏で昔いじめられてて』というヤツは、たいてい『あなたは私を攻撃するな』というカードを切る臆病者だよな。」
獅子神が怒りを帯びたのが分かる。
「貧乏でいじめられてたからなんだ?ハングリー精神が身についたとでも?私もド貧乏でネグレクトされ暴力はたらかれていじめられてたが、いちいち他者に『私は弱い、だから丁重に扱え』と提示しない、今提示したということは『お前を格下だと認識した』という挑戦と受け取るぞ。」
彼は裕福そうなのに、家政夫への態度や友人への言動、物持ちの良さからするに庶民じみている。
つまり、元から裕福だったわけではないのだろう。
「……明日の晩飯、何食いたい?」
怒りは一時的に鎮まったようだ。
「獅子神の食べたいもの、ないならハンバーグがいい。」
ポンと頭を撫でられる。
「ん……ハンバーグな。次の日曜日、真経津をまいてデートするか。」
「お、彼氏をまくとは悪いことだな?報酬は?」
獅子神はニカッと笑った。
「オレとのデートで十分お釣りが来るだろ。」
。。。
「ねえ、前に部屋に居なかった時、獅子神さんとデートしてたの?獅子神さんもいなかったし。」
真経津に指を噛まれた。
「痛い。獅子神と獅子神の彼女と三人で食事に行った。」
また指を噛まれた。流石に痛い。
「ふーん。……そうなんだ。」
。。。
「真経津をまけたみたいだな。」
「……で、今日はどこ行く? 」
獅子神に車を出してもらった。
「果てのない場所。……帰りに真経津にパンを買っていっていいか?」
流石に彼氏の真経津をまいたのだ、詫びを入れたい。
「色気ねえデートだな……ま、いいけど。」
獅子神と戻ると真経津が笑顔で出迎えてくれた。
「獅子神と見つけたパン屋でパン買ってきた。」
「浮気して買ったパン美味しそうだね。」
満面の笑みだ。
「あはは、少しの時間まいたくらいで真経津は焼き餅か?次は餅を買ってこような、村雨。」
「今私に話題をふるな。」
誤解があるな。
「真経津は契約彼氏だろ?いつもべったりじゃないか。一人にしてくれないから……私から獅子神に連れ出してくれって頼み込んだんだ。……いや、言い訳だな。確かに不貞で不義理だった、ごめんなさい。」
頭を下げた。
「……どうしてウソを付くの?」
「ウソ?」
不貞が?実際に不貞は働いていないが、不貞として見られるから。
「ボロさん、獅子神さんのこと本気で好きになったの?」
「いや」
一瞬場が固まったように見えたが、緊張はすぐに解けた。
「……ならいいや。」
「悪いな。」
「今度から気をつけるね。あんまり束縛しないようにするから。」
。。。
「ねえ……あのパン、浮気パンだったの?」
耳元で囁かれる。
「これは夢小説。夢小説の起承転結の転。」
真経津にまた耳を噛まれた。痛い。
本当に痛いから止めてほしい。
。。。
ジョイキッチン
「友人たちが来ました。いらっしゃいませ。」
三人は店内をキョロキョロと見回した。
「ボロ、上手くやれてるか?いじめられてないか?」
「あなたの権利は守られているか?」
「わーボロさんがメイド服きてるー!」
それぞれ反応が多彩だ。
「あはは、『フランケンシュタインのババアメイド』といえば私のことだ、けっこう面白がられている。」
漆原先生は鉛筆を落とした。
「なんてことだ。ボロちゃん……これは君の言うありえない夢小説の逆ハーレムだよ。」
「あはは、ババアメイドが逆ハーレムなんてありません。ご注文はいかがいたしますか?」
「世の中、人間関係ってもんはわからないもんだな、伊月。」
牙頭オーナーは肩をすくめて両腕を開いて「ヤレヤレ」というポーズをした。
「……その制服はなんだ。スカート丈が膝上……大腿部の縫合痕が見えている。保温の観点からも不適切だ。」
「店の規定だ。」
「分かった分かった。明日からボロだけロングスカートのユニフォームに変える。」
客のクレームに合わせる必要はない。
「ボクにスマイルください!」
「いいぞ、はい」
「それ、笑ってんのか?」
。。。
「書けたな。」
「書けたぞ。」
叶にスマホを渡すとサッサッと流し読みされた。
「夢小説だぞ?なんでセックスしてないんだよ。」
……。
「かしなさい。神が書いてやろう。『村雨先生……あっ♡……そこは……傷口ではなくっ……あんっ♡だめえっ♡♡せんせ……ああっ♡そこに指入れちゃらめぇ♡♡♡せんせぇ♡♡』」
……。
「私に抱かれたいのか、不貞になるが。どうしてもというのなら……。」
医者……。
「あんまりボロをいじめてやるなよ。」
獅子神、希望はお前だけだ。
「不自然だよね。」
真経津がポツリと零すと注目が集まった。
「知らねーけど、夢小説って愛されるもんだろ?」
獅子神に頭を撫でられる。
「不自然だよ、どうして獅子神さんも村雨さんも『ボロさんはボクのもの』って気づいてないの?」
ギョッとして真経津の顔を見る。
「書いてある通り、ボクとボロさんは命がけのゲームをした。ボクがボロさんを最初に見つけてトドメをさした。ボクがハンティングしてボロさんを仕留めたんだ。獅子神さんが餌付けしても、村雨さんが治療しても、ボロさんがボクのものという事実は変わらないよ?それを最初に獅子神さんと村雨さんが気づかないのは無理があるかなって。」
……。
「結婚とか恋人とか彼女以前に、ボロさんはボクのものなんだから、夢小説書くなら他の女の人で書きなよ。」
やはりタイトルは『私のフランケンシュタイン博士』……だな。