あのあと、村雨さんは酷く狼狽えていた。
「まだ生きている、まだ、まだ彼女は生きている。」
どう見ても、ボロさんは息をしていなかったし瞳孔が開ききって死んでいた。
心停止を確認した0課が遺体袋に入れようとした瞬間、村雨さんがそれを突き飛ばした。
「触るな!! まだ温かい……そうだ、脳死判定がまだだ……蘇生措置を続行する……アドレナリンを持ってこい!!」
何度も何度も心肺蘇生を繰り返した。
「おいボロ、起きろ。マヌケめ……こんなところで寝るな。……私の声が聞こえないのか? ボロ大先生……あなたは……死ぬな……。」
結局、獅子神さんたちに羽交い締めにされて引き剥がさて諭されるまで村雨さんの「無駄な足掻き」は続いた。
、、、
その後、村雨さんは冷静さを取り戻し、ボロさんの遺体を引き取った。
そして獅子神さんの彼女に「お願い」して、ボロさんはボロさんのままになった。
「ボロさん、神林さんのパンの新作!かわいいよね?食べさせてあげない。」
ボロさんは村雨さんの家の地下に預けていて、よくみんなと会いに行く。
そのせいで村雨さんと奥さんは離婚寸前にまでなったんだよ?
ボロさんは人の人生を壊した悪い子だね。
ボクと同じで、ボクのもの。
ね?ボロさん。
end.A『剥製』
あのあと、村雨は静かだった。
全てが終わってしまた静寂の中で、村雨は淡々と死亡診断書を書いた。
そして最後に一度だけ、ボロの氷のように冷たくなった手を握った。
「……挙式で言ったろう?『永遠に愛を誓う』と。」
ゆっくりと手の甲に口づけをした。
「……愛している。そう言っただろう、マヌケめ。……だが、あなたの意思を尊重してやるのが医者……フランケンシュタイン博士としての最後の務め……。『あなたを愛していた』」
村雨は振り返らずに会場を後にした。
、、、
遺体は火葬され、その遺骨を引き取りブレスレットのパーツに加工して、オレたち皆で身につけた。
「ボロ、オレたちはお前を忘れてやらないからな。」
end.B 『装飾』
あのあと、礼二くんは穏やかだった。
「彼女の遺体を引き取りたい。」
そう言ってボロを引き取った。
、、、
「なあボロ、コイツ弱すぎね?」
そうゲームしながらカプセル水槽にあの日のままで浮かぶボロに話しかける。
ボロはオレを無視して眠っている。
「また無視かよ、縊り殺すぞ。」
たまに礼二くんがメンテナンスに訪れる。
「今日も美しいな、ボロ大先生。腐敗も老化もない。あなたが気にしていた年齢という時間もここでは止まっている。」
ボロは馬鹿だから、まだ年齢とか気にしてるんだ。
「今日は獅子神が彼女とパフェを食べたそうだ。あなたは甘いものが嫌いだったな……画像で見せてやろう。」
礼二くんがボロにスマホを見せてやる。
「えー、礼二くんヒドイな!友達のイチャラブを見せつけるとか……」
ボロなら笑って冷やかすだろうな。
「ボロ、お前はオレがずっと見ててやるから。」
end.C 『標本』
あのあと、彼は必死だった。
「彼女はまだ助かる!!早く救急車を呼べ!!」
耳から血を流している彼女の心肺蘇生を繰り返し、観客達はその様を観て余興を楽しんだ。
、、、
「おはようございます。ボロさん。」
病室のカーテンから木漏れ日が差し込み、神聖な場であると示すかのようだ。
彼女は穏やかな表情を浮かべたまま、眠っている。
口吻をすると、温かい体温を感じる。
さながら、王子のキスで再び目覚めることのない眠り姫。
「今日は虹が掛かっていました。二重の虹、ダブルレインボーですよ。」
窓から敷地内に植わっている桜の花弁がひらりと舞い込み、彼女の手の甲に乗った。
「綺麗ですね。」
end.D『植物』
私は彼女を抱き上げた。
『バルビツール酸誘導体』をあえて投薬した。
ワンヘッド戦、どちらかが死ぬしか決着はない。
私は医者だ。ギャンブラーではない。
医者が死んではいけない。
彼女もそれを望んでいる。
彼女は、もう長くない。
自決をする彼女を「安らかに」逝かせてやりたい。
バルビツール酸誘導体で痛みを和らげ、残るのは『聴覚』だ。
彼女がハートの抜け道で死のうとしているのは明らかだった。
最後まで彼女の鼓膜を守り、最後に「あなたは独りではない」と伝えればいい。
最後でなければ、彼女は「死にたくない」と未練を残す。
彼女は、酷く傷付きやすく、脆い。
悔やむべきは「死を与える咆哮」が「あなたは私の大切な人」という言葉を完全にかき消すほどの威力だったことだ。
「あ、あの、遺体の処理は……こちらで……。」
行員が静止しようとするのを一蹴した。
「遺体ではない。彼女は私の最高傑作だ。……帰るぞ。メンテナンスが必要だ。」
愛しい私だけの怪物。
、、、
家に連れ帰ると縫合し直して天堂に死化粧を施させた。
「ようやく私のものになったな。」
そして、皆で棺のない葬儀を挙げた。
「やはりマヌケだな、こんなにもあなたとの別れを惜しむ人間たちがいることに気づかないとは。……あなたらしい最期だ。」
end.E『所有』
迎えが来るまで路地裏に隠れていると、突然腕を引かれた。
「この大バカヤロウ!!」
牙頭オーナーが怒りを帯びた剣幕で立っていて、
いきなり頬を漆原先生にビンタされた。
「ボロちゃん!!死ぬことで気を引こうだなんて見損なったよ。」
なんで……場所。
「村雨から『ボロに仕込んだペット用マイクロチップからこの路地裏に隠れている』と垂れ込みがあった時は心臓が止まるかと……。まさか本機でワンヘッド戦に挑むつもりか……お前なあ……。」
すみません。
でも私は
……ん?
マイクロチップ?
「ボロちゃん、ジョイキッチンのハロウィンイベントで『フランケンシュタインの花嫁』として客寄せするって書類にサインしたでしょ?放棄するなら諸々上乗せして損害賠償等を請求するよ?大人として責任を持って!!」
今の私になら払える……。
……。
「ごめんなさい……うぅ……ごめんなさい……。」
涙が溢れて止まらなかった。
「でもギャンブラーになる時に……基本的人権の……書類……サインしたから……。」
「カラス銀行は伊月と言いくるめるさ。どんなことをしても従業員は守り抜くからな!!」
豪快に牙頭オーナーは笑った。
「……はい。……ありがとうございます。私なんかのために……。」
「『私なんか』は禁止。ボロちゃん、自己卑下は全面禁止!」
漆原先生にたたかれた頬を撫でられる。
ぼ、暴行罪……。
なんて、考えるのをやめてみよう。
初めて、人から『叱って』貰えた気がする。
こんな私でも、まだ希望はあるかもしれない……。
そう思えた。
「じゃあ退職届は取り消しだな!!バリバリ働けよ!!」
end.F『退路』