※この作品はR-18です。

悪癖   作:ummt

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フランケンシュタインの花嫁 - 誰が彼女を殺したか -
Kagome


 

「今日は葬式に行くと言ったろ。切る。じゃあな。」

 

 そう自称友人の通話を乱暴に切って喪服に袖を通した。

 

 葬儀は至って普通のもので、大人たちは顔を落とし啜り泣く者、嗚咽する者、放心している者、喜びを隠しきれない者達がいた。

 その中に一人だけ真剣に涙を流しペンダントを握りしめている若い女性がいた。

 あの席にいるのは職場、教育関係者……だろう。

 彼女が彼の番候補だったのだと一目見て分かった。

 

 献花をした後、女性から声をかけられた。

「すみません、眞鍋先生のお知り合いの方ですか?」

 普通、葬式には知り合いが来るものであるが、まあいいか。

「はい。新聞のお悔やみ欄を見て、懐かしい名前だったもので馳せ参じました。」

 

『眞鍋瑚太郎』

 

 彼と初めて出会ったのは17歳の時だった。

 私は豚小屋……離れで暮らしていたので、他の学生よりも生活費が必要だった。

 通っていた通信制高校はほとんど教育機関のていを成しておらず、数日の出席を確保し、テストを受けた後はもっぱらバイトに明け暮れていた。

 

 たしか22時くらいだったか、バイト帰りで街灯の少ない暗がりを歩いていた時、空き缶の音とくぐもった声が竹藪から聞こえた。

 そのまま茂みに足を進めると、乳房が剥き出しになった女性に男が馬乗りになって下半身を露出していたので、不法投棄されているビール瓶を竹に当てて割り、男を後ろから殺害しようとした時に後ろから手首を掴まれた。

 それが彼とのファーストコンタクトだった。

 

「教育実習先のうさぎが子どもを産んだから、一羽引き取ってもらえないか。」

 そこで出会ったのが、私が愛したうさぎだ。

 眞鍋さん、……彼は「瑚太郎さん」と呼べと言っていたので、瑚太郎さんと呼ぶ。

 瑚太郎さんは「うさぎを適切に飼っているか」という名目で、離れに、そして一人暮らしのときに年に一度は訪れた。

 

 家族にも新しい連絡先を教えていなかったのに。

 

「彼女は自傷しなかったか?嘔吐をしたか?」

 うさぎは瑚太郎さんを見ると私の後ろに隠れて足をダンダンと鳴らしてブーッと威嚇した。

「お茶は出しませんよ。たんぽぽをください。」

 彼は無表情になり、立ち上がって玄関に置かれたレジ袋からたんぽぽを一つ一つ取り出して床に置き、また立ち上がって持参したティーパックをマグカップに入れて勝手にお茶を飲んでいた。

 

 瑚太郎さんがおかしいことも、私がおかしいことも、環境がおかしいことにも社会に出たら直ぐに理解り、思い知らされてはいたが、今となってはどうでもいいことだ。

 

「もしかして、まだ分からないのか?」

 

 目をやると、彼は自分の鼻に手を当てていた。

「飼い主はボロかな?そうだな、君はメス?そうだな、君は幸せ?そうか。」

 うさぎの鼻を見るとヒクヒクと動かす回数で「はい/いいえ」を答えているらしかった。

「飼い主がこれじゃ、苦労しただろ。」

 うさぎは何も答えなかった。

 

 瑚太郎さんは私の午後ロー録画コレクションからDVDを抜き出し、映画を何本か観て帰っていった。

 

「私、眞鍋先生のような立派な教育者になりたいんです。」

 

 成れないよ、あなたは。

 あなたみたいな人は。

 立派な教育者には成れるだろうが。

 


 

「賭博場?何のことでしょうか。」

 

 銀行の人……御手洗さんは首を傾げて知らないフリをした。

「私知ってるんですから!ギャンブルやってますよね!?」

 ポンポンと肩を叩かれて振り向くと警備員さんが立っていた。

 

「はぁ……私の第六感なら絶対に負けないのに……。」

 トボトボと銀行をあとにすると、学生カバンに付けたお守りの鈴がチリンと鳴った。

 

「痛ってぇなブス……うわ、バケモンじゃねえか!」

 

 声のする方を見ると、道路を挟んで向かい側の歩道で女性が男性に絡まれていた。

 

「バケモンは私だが、ブスというのは私に言っているのか、瞳に映った自分に言っているのか判断に困るな。」

 厨二病を拗らせたオバサンがオーバーリアクションで手を広げていた。

「アイタタタ、ババアいくつだよ、あんまり調子こいてると……あ」

 男性はオバサンに詰め寄ると、オバサンと距離を置いて立ち止まっている男性たちに気付いてすごすごと帰っていった。

 

「見つけた……!村雨礼二だ……!」

 

 慌てて横断歩道を走った。

 

「なぜ私に助けを求めない。」

「医者は煽りカスだからな。……医者と私の煽り合いの喧嘩になってしまって、相手を置いてきぼりにしてしまうだろう。」

「なら殴ればいいんじゃない?」

「殴ったらボロが捕まるだろうが。」

 

「すみません!」

 

 彼らに注目された……のが、すごく不快な感じがする。

 けど、これが天啓、チャンスなんだから!

「あの、村雨礼二さんですよね!?私の父をご存知ありせんか?夢野、夢野章……。」

 微かに村雨さんの眉が動いた。

「……知らん。」

「そんなはずありません!私の父はあなたを尊敬していて」

 話をし終わる前に方向転換してスタスタと歩き始めた。

「待ってください!!」

 

「獅子神、医者が女子高生に手を出してるぞ、未成年淫行だ、現行犯だな。」

 オバサンが村雨さんの腕を引っ張った。

 今がチャンスだ。

「私!!夢野愛美って言います!!」

「誤解を招くことを言うな。ただ道を聞かれただけだ。」

 違う、道なんて聞いてない。

「鼻の下を伸ばしてたように見えたが?」

「伸ばしていない。」

 こっちを向いてよ!

「私!!愛美!!まなみって言います!!」

「やーいむっつりスケベ、スケベ医者。」

「ボロ大先生、緊急メンテナンスが必要か?」

 もう!

 

「カラス銀行の賭博場を案内してください!!村雨礼二さん!!」

 

 場が静まり返った。

「……君、カラス銀行に賭博場などないよ、帰ったほうがいいよお嬢さん。その制服、君はまだ高校生だろう。」

 オバサンが猫撫声であやす様に声をかけてきた。

「賭博場はあります!知ってますから!父はギャンブラーでしたから!!私は天才ギャンブラーの血筋です!!」

 場に緊張感が走り、身を切るように視線が痛い。  

 

 数秒の沈黙があった後、レンガ色の髪のイケメンのお兄さんがニコッと笑って銀行の方角へ指を差した。

「君を賭博場に入れてもらえないか、御手洗くんに頼んであげる。」

 やっぱりあるんだ……賭博場。

 すかさずオバサンがその腕を掴んで下げさせた。

「仮にあったとしてだ……ギャンブルは成人になってから公営のものをしたほうがいい、法に反する。」

 なんでそんなに邪魔するの!?

 いつもそうだ……周りの女子はみんな……。

「うぅ……邪魔してくる……酷いよ。」

 思わず涙がこぼれた。

 

「君……かわいいね、どこから来たの?お名前は?」

 なんでオバサンが食いついてくるわけ!?

「ボロ……お前ナンパ師かよ……。」

 金髪のイケメンのお兄さんが呆れたように声を出した。

「みんなに愛される美少女になるように、と書いて愛美です。」

 ……みんなに、愛される。

「私はボロボロだからボロ、家まで送るよ。」

「嫌です。」

 私はギャンブラーにならなくちゃいけないの!

 だから、村雨礼二とコネクションを作らないといけない。

 そして、天才ギャンブラーとして君臨しないと……。

「ボロさん嫌われてるね。」

 

 ボロさんというオバサンは一瞬考えた後、口を開いた。

「ならば、うちで天才ギャンブラーとしての実力を見せてくれないか?」

 

 いいよ、乗ってやろうじゃない!

 

「あ、そうだボロ、忘れものをしたみたいだ、先に帰ってくれ。」

「いや獅子神の家には行かないから。」

 金髪の……獅子神さんは村雨さんたちと何処かに歩いていった。

 

「……これが現実、仲間はずれだ。……じゃあ行こうか、愛美ちゃん。」

 


 

オリジナルギャンブル『かごめ』

 

 ペナルティは特になし。5スロット〜4リンク相当。

 

 プレイヤーはお互いの手元にある『籠』の中の鳥のオブジェを先に解放した者が勝者となる。

 

『籠』

プレイヤーにつき1つ。

 鍵が「7段階」かかっており、解除することで勝利となる。

 

『鶴』

 以下の2つの状態に変形する。

立つ:足2本

飛ぶ:足0本

 

『亀』

 以下の2つの状態に変形する。

立つ:足 4本

籠る:足 1本

  ※首と手足を収納した状態、尻尾1つと数える

 

『鯛』

場外に1つの共有のオブジェ。

 「めでたい=同点=均衡」示す。

 

『足の数の合計』

 プレイヤーは、相手が設定した「鶴」と「亀」の足の合計数を予想する。

 組み合わせは以下の4通りとなる。

 

 A.飛ぶ(0)+籠る(1) =1本

 B.立つ(2)+籠る(1) =3本

 C.飛ぶ(0)+立つ(4) =4本

 D.立つ(2)+立つ(4) =6本

 

【ターンの流れ】

 

「朝・昼・夕・宵・夜明け」の5ターンを1セット(1日)として進行する。

 

 先攻後攻を1ターン毎に交代する。

 

『しゃがむ(先攻)』

 セットフェイズ。

 先攻プレイヤーは、自分の『鶴』と『亀』の状態を相手に見えない状態で設定し、場に伏せて蓋をする。

 

『うしろの正面(後攻)』

 コールフェイズ。

 後攻プレイヤーは、「うしろの正面だあれ」と必ず口頭で唱えながら、合計の足の本数を宣言する。

 

 このフレーズを言い忘れた、または言い間違えた場合、そのターンの得点は即座に0点となる。

 

『だあれ』

 オープンフェイズ。

 鶴と亀の状態を公開し、答え合わせを行う。

 

 正解:宣言した本数が正解だった場合、「その本数分の点数」を獲得する。

(例:合計3本を当てたら3点獲得)

 不正解(ミス):得点は入らない。

 

 攻守を交代し、次の時間帯(朝→昼→……)へ移行する。

 

【特殊ルール】

 

『鯛(タイ)』の使用

 後攻はコールフェイズ時、プレイヤーは「合計本数」を宣言する前に、場外の『鯛』を使用することができる。

 鯛を使用するには『鶴』か『亀』のどちらか一方を指定して手元にある電子ボードにその足の数を予想して記入する。

 『鯛』は的中(数字タイ)すると跳ねる。

 

 ただし、獲得できる点数は「予測した動物の足の数」になる。

(例:鶴の「立つ(2本)」を当てた場合、亀が何であれ2点獲得。合計点の6点などは貰えない)

※「飛ぶ(0本)」を当てた場合、正解しても0点となる。

 『鯛』は同じ使用者に3回連続で使われたくない。

 

『宵の怪異』

 4ターン目の「宵」の時間帯に限り『鯛』を使用せずに、合計本数を的中させると以下が発動する。

 

『鶴と亀が滑った』

次の「夜明け」のターン、本来の点数獲得に加え、「籠の鍵を無条件で1段階解除」できる。

 

【鍵の解除条件】

 

 籠の鍵「7段階」は、以下の2つの方法で解除される。

 

 得点の蓄積:獲得した累計点数が「7の倍数」に達するたびに、鍵が1段階解除される。

(7点、14点、21点……でそれぞれ解除)

 宵の怪異:

前述の「宵」のターンで正解した場合、ボーナスとして1段階解除される。

 


 

「ところで愛美ちゃん、歳はいくつだい?」

 

 はいはい、集中力を削ごうとしてるの丸見え。

「17歳です。オバサンはいくつですか?」

「いくつに見える?セットしたよ。」

 女性に年を聞くのは失礼。

 でもね、私はギャンブラーだから。

「36歳でしょ。」

 オバサンが目を伏せた。

 ……間違いない。

 鶴が立つ(2)+亀が立つ(4) =6本だ。

「後ろの正面だあれ、合計本数は6本でしょ?」

 下敷きの下に隠された紙に書かれた数字は0本と4本だった。

「な、なんで……?私、人との読み合いゲームで負けたことないのに……。」

 オバサンはまたオーバーリアクションで呆れたというポーズをした。

「どうだ?あまり自惚れない方がいい、社会に出たら泣きを見るぞ。」

 

 ……私のことを、なにも知らないくせに。

「まだ勝負は終わってないよ!鳥を解放した方が勝ちでしょ!?」

 思わずテーブルを手で叩きつけてしまった。

「愛美ちゃん、一人暮らしか?」

 ……だから何よ。

「そうだけど?オバサンみたいにぐうたらしてないから!」

 お父さんはお母さんが浮気して家を出ていって長い離婚裁判をした後、私を引き取って育ててくれた。

 私が高校に上がってすぐ、お父さんは蒸発した。

 多額の借金という負の遺産を残して。

 それでもヤクザ屋さんは取り立てをしてこなかった。

 「猶予をやる」

 だから私は家事をして、勉強をして、他の女子たちよりも……何倍も……。

「う……。」

 涙がこぼれて、テーブルに落ちた。

「……お父さん、ギャンブラーだったの……でも失踪して……だから私が第六感で賭博場に君臨しなきゃいけないの……。」

 なんで見知らぬオバサンにこんな愚痴を吐かなきゃいけないの?

 

『愛美はみんなから愛されるヒロインになれる、主役になれる素質がある、愛美は自信を持ちなさい』

 

 なら、どうして愛美を置いていったの?

 私が邪魔だったの?

 我儘言ったから?

 成績が良かったら違ったの?

 

『少し顔がいいからって調子に乗るなよブス』

『ねー、あたしたちをバカにしてる』

『男子に媚び売ってない?色目使ってるよね』

『私かわいいでしょ〜♡って、ウッザ』

『マジで男好きなんじゃね?片親だから』

 

 お父さんを悪く言わないで。

 

「私は天才高校生ギャンブラーとして華々しくデビューしなきゃいけないの!!」

 

 自分でもビックリするくらい大声で叫んでしまった。

 

「愛美ちゃん……。」

 

 オバサンの同情なんていらない。

 

「ここ、賃貸で壁薄いからあんまり大声ださないでくれるかな。」

 


 

「ボロ、いるか?」

 

 獅子神さんが玄関を開けて入ってきた。

「おいおい、何泣かせてんだよ、相手は女子高生だろ。」

 そう言ってハンカチを差し出してくれた。

「彼女はギャンブラーと名乗った。手加減は無礼だろうが。……獅子神」

 オバサンが鎖骨あたりを指で指すと、獅子神さんは慌てて近くにあったタオルで手の甲と鎖骨あたりを拭き取った。

 雨……?降ってないよね。

「あー……悪いな、えっと……愛美ちゃん……だっけ?」

 タオルをオバサンに投げると、オバサンは洗濯機にタオルを入れた。

「はい、夢野愛美です。高校2年生です。」

 

 獅子神さんはあぐらをかいてこちらを向いた。

「愛美ちゃんは、どうやってギャンブラーとしてやっていくつもりなんだ?」

 ……どうやってって。

 ギャンブルにどうもこうもないでしょ。

「私には父譲りの第六感があるので。」

 空気が冷たくなった。

 私、何かした?

「えーと、第六感というのは……勘……です。ゾーンに入るっていう表現の方が分かりやすいかな。」

 獅子神さんの目が、目つきが変わった。

 

「愛美ちゃん、私と友達になってくれないか?」

 

 オバサンが獅子神さんと私の間に割って入った。

「なんで私がオバサンと……。」

 ……でも、このオバサンは村雨礼二と顔見知りのようだった。

 仲良くなれば、村雨礼二に近づける……そしてカラス銀行の賭博場に入れるかもしれない。

「……仕方ないなー。ボロさん……だっけ?……知り合いになってあげてもいいよ。」

 オバサンは変な顔をして笑った。

「ありがとう愛美ちゃん。」

 

 その後、村雨礼二とレンガ色の……真経津さんが部屋に入ってきてお互いに自己紹介を済ませた。

「あなたは私に好意を持っているようだが、私には妻と大切な人がいると断りを入れておく。」

 え、別に恋愛対象としての好きとかじゃないけど。

「あー……未成年だからオレたちと二人っきりだと未成年淫行でオレ達が捕まるからな。ボロがクッションにならないと。」

 確かに大人の男の人と二人っきりは……怖い。

 ボロオバサンに間に入っていてもらったほうが正解かも。

「ボロさん、放っておこう?」

 真経津さんはボロオバサンを引っ張ってズルズルと引きずり始めた。

「年上の変なおじさんに騙されたらダメだぞ、愛美ちゃん。財力や容姿より人間性をみないと。」

 ボロオバサンは玄関に引きずられながら説教を垂れた。

「誰がおじさんだ。」

「誰が変だって?」

「あはは、ボロさんガミガミオバサンみたい!」

 

 またお守りの鈴がチリンと鳴った。

 

 ……運が巡ってきたんだ。

 絶対に……ギャンブラーになってみせる。

 


 

「御手洗さーん!学校終わりに来ちゃいました!今日こそはギャンブラーにしてください!」

 

 御手洗さんはカラス銀行で働いているはずなのに、表にでない。

 ……絶対に賭博場に関わってるはず。

「はは、ギャンブラーは18歳になったらね。」

 また、のらりくらりと交わされてしまう。

 キッカケを探さないと。

「ひどーい!高校生じゃなくなっちゃう。はぁ……ギャンブラー以外の進路を考えないとボロオバサンみたいになっちゃうし……。」

 

 急に重力が重くなった?

 何?プレッシャー?頭が痛い。

「……今、ボロって言った?」

 怖い、怖くて御手洗さんの顔が見えない。

 あのオバサン、ブラックリストに入っていたの?

「……は、はい、あのオバサン……なんかこう……逆ハー気取ってる……みたいな」

 いきなり肩を強い力で掴まれた。

「……真経津さんに……色目使ってた?」

 色目?あのオバサンが?

「え……えと……使ってなかった、かな。」

 そう答えると、ふっ……と重力が軽くなった。

 深呼吸しないと窒息しそう。

「……そっか、また真経津さんのことで何かあったら僕に連絡して?……あ、進路相談に乗るよって意味。」

 御手洗さんは何かをメモしたあと、名刺を渡してくれた。

「ありがとうございます!」

 これがゴールへの片道切符になるはず。

 裏を見ると携帯番号が書いてあった。

「……連絡、待ってるね。愛美ちゃん。」

 


 

「ボロ、愛美ちゃん、囲碁やろうぜ?」

 

 獅子神さんがテーブルに手招きしてきた。

 最近は知り合い……まあ友達でいっか!

 友達のボロさんと獅子神さんの家で勉強を教えてもらったり遊ぶことが増えた。

「あっ……いや、私は……散歩してくる。愛美ちゃんどうぞ。」

 ボロさんが部屋を出ようとすると村雨さんが腕を引いた。

「ボロ大先生、私と将棋をしよう。」

 そのまま引きずろうとすると真経津さんが声を上げた。

「ボロさん、チェスしよ?あはは!ボロさんってお馬鹿さんだからルールがわかんないんだよね!」

 ……え、そうなの?

「博識なボロ大先生にも分かるように手取り足取り教えてやろう。」

 ボロさんが怒りでわなわなと震えだしたのが分かった。

「……お、教えてください……あとで。」

「フッ……ハーフライフを勝ち残った者がこんなマヌケだったとは。」

 村雨さんが頭を撫でるとボロさんが今にも噛みつきそうな剣幕になった。

 

「ボロさんは暗算出来ないからいじめないであげて。」

 

 ……え?え?暗算ができない人っているの?

「……え、バカじゃん。」

 つい口に出してしまった。

 

「主任技術者、高度情報処理、総合通信等の国家資格とベンダを複数所持している……」

 ボロさんは聞いてもいない情報を高速で呪文詠唱のように話し始めた。

 獅子神さんは絶句して、庶務机のノートパソコンから何かを出力してボロさんに渡した。

「ならこの問題を解いてみせろ、あとCABテストもだ。」

 ボロさんはテーブルに座ると物凄い速さで紙を突き返し、獅子神さんは答え合わせをしていた。

「合格点以上、CABは満点だな……。」

 獅子神さんは何とも言えない表情をしていた。

 

「獅子神……暗算ってどうやってる?」

 どうやってって……もしかしてボロさん、病気の人?

「どうって言われてもな……。」

「あはは、ボロさんはお馬鹿さん。」

 村雨さんが口を開いた。

「頭に数字を出せ、あなたが紙に書くように。47×89。」

「4183。」

「出来てんじゃん。」

 なんだ、真経津さんが意地悪しただけか。

「やり方忘れる……とっさにできない……。」

 ……やっぱり病気?

「あなた前職は工場パートだと言っていたが……。その前は何処で働いていた?」

 村雨さんがずいと詰め寄って圧をかけた。

「大手通信グループ会社だって!顧客対応と暗算できなくて左遷されたから辞めたみたい!」

 真経津さん……。

 流石に堪えたのか、ボロさんは泣くのを我慢していたようだった。

「真経津、言い過ぎだ。」

「なんで?ボロさんはボロさんだよ?」

 それが追い打ちになったのか、ボロさんは部屋から飛び出していった。

「……彼女はマルチタスクが苦手だったのだろう。だが、ロジック……論理に強いことに間違いはないのだが。」

 そういいながらソファに腰掛けて、真経津さんと囲碁を始めた。

 

「えー、私もやりたい!」

 

 獅子神さんは囲碁の解説をしてくれた。

「馬鹿な子ほど可愛いとはよく言ったものだ……。」

 村雨さんに言われるよりは、真経津さんか獅子神さんに言われたいかな……。

 


 

「私の好きな映画だ……iレイザーヘッド。」

 

 彼女はしょっちゅう映画を観たがった。

「意味わかんねえな、分かるか?」

 獅子神がそう述べるのも無理はない。

 これは意図して意味を持たないように作られている。

 視聴者が解釈をしろ、という暴論を盾にして。

「抽象的過ぎる。ただインパクトを残したいだけだろう。」

 真経津は既に寝ており、叶がDVDを取り出した。

 

「この映画は一人の男の人生だ。」

 

 隣を見ると彼女は天堂の隣に座り、ソファの肘掛けにもたれながら解釈語りを始めた。

 

「あの奇形の子供は自分の一晩の過ちが未来の負担になるメタファーであり、あの歌う女性は来たる、いや来てほしいと願う審判の時を示し、あの木は人生の再生を意味するが枯れたままだ。」

 

 叶と獅子神は席を立ち部屋から出ていった。

 

「男の首がはねられて消しゴムになり鉛筆の一部になっただろ?それこそがテーマだ。鉛筆は間違いを犯したら自分の消しゴムで尻ぬぐいをするしかない、つまり、過ちを犯せば犯すほど消しゴム、つまり自尊心や尊厳は無くなり、過ちを消せず、鉛筆は減り続け書けなくなる、つまり人生が終わるのだ。」

 

 映画の語りだけは雄弁になる。

 

「過ちは他の力では消せない。自分でしか消せないのだ。」

 

、、、

 

「ボロ、どうした?」

 

「チューハイ缶間違って飲んじゃったみたい。」

 自分で呑ませておいてよく言ったものだ。

「まさか酒乱とか怒り上戸……性に奔放になったりしないよな。」

 彼女は沈痛な面持ちで言葉を漏らした。

「すみません……私みたいな社会底辺のゴミクズは消えます、馬鹿で役立たずのカス、死んで詫びます。」

 やはり病状が深刻になっている。

「成る程、このタイプか。……私が送っていこう。」

 

 彼女は未だに賃貸暮らしをやめないつもりらしい。

 あれほど莫大な財産を得ているというのに。

「私はなんの価値もないゴミ。役立たず。死ぬべきだ。」

 口を塞いだ。

「あなたはマヌケだが……少なくとも役立たずではない。」

 背中を撫でると金切り声を上げた。

「うわぁぁもう死んでやる!!死なせろ!!」

 ベランダから飛び降りようとする身体を抱き寄せた。

「落ち着け、あなたは私に必要な存在だ。あなたはフランケンシュタイン博士の怪物だろう?私とあなたは離れられない。」

 その後も彼女は嗚咽しながら自分を呪い続けた。

 

、、、

 

「あぶない、酒を飲んでしまった。自力で帰れてよかったよかった。私は意識を保てるタイプだからな。」

 どうやら、彼女は飲酒するとブラックアウトを引き起こすようだ。

「……あー、な。」

 呼吸の乱れや発汗が普段の強がりによる偽りではないことを証明している。

 ……彼女は飲酒で記憶が欠落するのだな。

「ベロンベロンだったよ?ボロさんお酒弱いんだね。」

 真経津に苛立ったのか、冷蔵庫の扉を開けて中身を確認し始めた。

「私は酒に弱くはない。……ただ、間違わないように注意する。」

 

「……注意しろ。」

 

 

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