※この作品はR-18です。

悪癖   作:ummt

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Black Coffin

 

「ねえねえ天堂、クリームソーダとホットケーキを食べに行こう?パンケーキじゃないぞ!バターとハチミツの喫茶店ででるやつ!」

 

 彼女は彼らが姿を消すと、子どものように私を慕った。

「ですが、ボロさんは甘い物が苦手では?」

 確か甘い物が苦手で嘔吐すると、誰かから聞いた覚えがある。

「クリームソーダとホットケーキは食べられるのだ。気持ち悪くなっても我慢できる。」

 痩せ我慢をしてまで……。

「では、予定を合わせて行きましょうか……私は丁度時間が空いています。」

 彼女はニコッと笑って「私もだ」と言った。

 

 喫茶店までの道中、彼女は絶え間なく話し続けた。

「クリームソーダとメロンソーダ、パンケーキとホットケーキ、サンデーとパルフェ、似て非なるもの。意味は通じるが、詳細は異なる。」

 思いついた言葉をただ単に取捨選択無く発している様だ。

「今の職場はどうですか?」

 そう問いかけると、ピタッと歩みを止めて真顔になった。

「それが最高なんだ。厳しくも優しい。皆が親切。牙頭オーナーの手腕が素晴らしく」

 またマシンガンのように話を始め、歩みを進めた。

「良いことですね。」

 

 喫茶店で軽食を済ませると「用をなした」と家路につこうとする彼女の手を引いた。

「せっかくですし、遊園地にでも行きませんか?」

 

、、、

 

「わー……観覧車だ!あれ乗りたい!」

 

 彼女は突然走りだして、また転びそうになったのを腕で支えた。

「う……ごめん、天堂……。申し訳ないな。」

 今にも消え入りそうな声で謝罪を述べた。

「いえ。」

 

 広場を歩いていくと大道芸人がパフォーマンスをしていた。

「ジャグラーか。案外上手いな。」

 丁度パフォーマンスが終了したようでお捻りがトランクの中に入れられていた。

「才能が見出されない者も世の中には五万といるからな。」

 彼女が動き出そうとした瞬間、大道芸人が切羽詰まった声で語り始めた。

「……実は病気を患って入院している子供がいまして……『早く治って元気になって』と、皆さんも祈ってくれませんでしょうか……。」

 観客はお捻りを重い物から軽いものに変えてトランクに置いていった。

 人が疎らになった頃、彼女はスタスタと大道芸人の者に近づいていき声をかけた。

「おお、あんたんとこのガキ、もうこんなになるだろ?」

 彼女は手を上下させ、大道芸人は舌打ちをした。

「チッ……同業なら察しろよ、邪魔すんな化け物。特殊メイクか?ここを使いたいなら上を通せよ。」

 バキッと音がして下を見ると、彼女がトランクを蹴飛ばしたようだった。

「軽犯罪法第1条第22号、拘留か科料、お前は業をなしている。乞食、物乞い風情が偉そうな口を叩くな。」

 男が殴りかかろうとした時、財布で手を遮った。

「……で、子供が実在した場合、幾らあれば足りるんだ?」

 

、、、

 

 隣接する水族館に入っても、彼女はただ無言のままだった。

 

「マグロですね。」

 そう話かけると、ポツリと言葉を取り戻した。

「マグロはラム換水だ、止まったら呼吸できない。」

 

 その後、マグロのぬいぐるみを買って観覧車に乗った。

 

「私といても楽しくないだろ……いつも面倒をかけてごめんなさい。天堂ばかりに負担をかけている……自覚はあるんだ。」

 彼女はぬいぐるみを抱きしめながら震えていた。

「ボロさんはアイスクリームなら平気なのですか?」

 そう問いかけると虚を突かれたような顔をして、しばらく考えたあとコクっと頷いた。

 

 観覧車から降りると売店でチューブアイスを買って真ん中で割り、二人でベンチに腰掛けて食した。

 彼女は氷菓を頬張るその小さい唇で、夜な夜な男達に奉仕をしている。

 頬張り、舐め、吸い取り、そして……

「天堂?私、変な食べ方しているか?」

「いえ、小動物みたいだと思っただけですよ。」

 みるみると表情が暗くなり、また押し黙った。

 彼女にとっては「対等に見られていない」というニュアンスを他者から評される事自体が自死へのトリガーになり、銃に弾を装填する事と同義となる。

 希死念慮を持つ自殺志願者という咎人だからだ。

 

「うさぎ……みたいという意味ですよ。」

 


 

 

 医者がおかしくなった。

 

 私の身体はツギハギで、医者にしか治せないとされており、週に3回ほどのメンテナンスが行われていた。

 至って真面目な医療行為だった。

 ……今までは。

 

「な……ん、」

 露出させている肌を指の腹でなぞったり、性感帯の周りを何度も擦ったり、明らかに……前戯にあたる行為をされている。

 医者の指が乳房の先端をスリスリと撫で、仰け反りそうになるのを必死に堪える。

「医者……お前、お前には奥さんがいるだろ……。」

 私は医者の奥さんである可乃さんと、彼らの結婚式で一度会っている。

 儚げで、瞳のなかに芯の強さを覗かせた女性だった。

「いるが。」

 いるが……って、なんだ。

 これは浮気ではなく、「フランケンシュタイン博士と怪物」の延長線上にあるから、不貞ではないとして?

 それとも浮気だが、女をこますのが男のステータスだとでも言いたいのか?

 

 考えを巡らせている間に、スカートをめくり上げられた。

 メンテナンスの日はズボンではなくスカートで、と。

 だから、履きたくもないスカートを。

「や、やめ……。」

 下着の中に指が入れられて、割れ目にピタッと沿った。

 思わず医者の腕にしがみついてしまった。

 どうしたら……、私の重心はずれている。

 体勢を少しでも動かしたら前のめり、または後ろに転げて……指が当たってしまう。

 ……なによりも、この光景は「妻帯者の医者にすがりつく勘違いをした女患者」にしか見えない。

 いやだ、誰の迷惑にもなりたくないのに。

 これでは、不倫女、略奪女、泥棒猫、ビッチ、売女、尻軽、アバズレ

「前にも言ったはずだ。……あなたはもう一人の女性だと。」

 耳元で囁かれて、前のめりになってしまった。

 その反動で医者の手が陰核に触れて、汚い声が漏れ出てしまった。

「あっ……はぁっ。」

 医者にしがみついた状態の手に力が籠り、白衣を強く握りしめてしまう。

「随分と反応が初心で愛らしいが、私に媚びているのか?」

 頭が痛い、やめてくれ。

 なぜ、なぜこんな馬鹿なことを……。

 過ちだ、気の迷いだ、ただの間違い。

「奥さんに……可乃さんに申し訳」

 生温かい感触が耳をなぞった。

「あぅ……あっやだ……やぁ。」

 自分の喘ぎ声で吐きそうになる。

 気持ち悪い。

 自分への嫌悪と、奥さんへの罪悪感。

 そして医者に対する言いようのない暗い感情が胸の中で暴れ出した。

 

「真経津との性交渉をどのようにしているか、具体的に答えろ。」

 質問の意図がわからない。

 産婦人科の範疇で?パートナーとの頻度の話?

 ……私は真経津のパートナーではない。

 恋人ですらないないのだから。

 医者もそれを理解しているはずだ。

「……責めてほしいのか。」

 もう、分からない。

 

『礼二叔父さん浮気だー!』

『可乃ちゃんかわいそう!可乃ちゃんをいじめるな!」

 

 だれかたすけて。

 


 

「ねえねえ天堂、この土地の地形図年表を見よう?図書館で借りてきた。」

 

 彼女は分厚いリングファイルを抱えて隣に座った。

「……隣だと細かいところがよく見えませんね。」

 そう言って腰を掴んで膝の上に乗せると、すっぽりと腕の中に収まった。

「え、天堂、嫌じゃないのか?」

 不安気にこちらを見上げる姿は……

「ええ、かまいません。どの辺りが気になるのですか?」

 腹部に手を回して抱き寄せると、ふわりとリンスの香りと……彼らの匂いがした。

「まず三角洲、いや三角江か、これが昔と違ってて」

 柔らかく温かい。

 首筋に目をやると、真新しいマーキングが施されていた。

 ……誰とした?

「……用事を思い出しました、すみません、失礼します。」

 膝の上から下ろすと彼女は虚を突かれた顔をして、また表情が曇った。

「ごめんなさい……。付き合ってくれてありがとう、天堂。」

 

 あのままの状態が続いては、鈍い彼女であっても流石に勃起したことを感づいただろう。

 彼女は欲情を察した場合、必ず私から離れて行く。

 

、、、

 

「少しは控えなさい。」

 

 彼らの前に立ち、神の神託を告げる。

 この言葉に反応したのは……

 

、、、

 

「天堂……怖い夢を見た……申し訳ないが……性的意図はありません添い寝してだけませんか……。」

 

 彼らが全員不在になった日の夜、マグロのぬいぐるみを持って彼女が立ちすくんでいた。

 泣き腫らして充血した目、太刀打ちできない脅威に怯え震える脚。

「はい。……あなたが眠るまでそばで見守ります。」

「……助かります。」

 

 彼女は客室のベッドに潜り込むとカタカタと震え始めた。

 ベッドに腰掛け、布団越しに身体を撫でると身躯はさらに縮こまった。

「怖い夢とは?」

 自分が淫魔となり、男たちの精気を奪う現実。

「怖い夢だ……思い出したくない。」

 乱れた髪を指で梳き、絡め取る。

「手伝えますか?」

「……いいや。」

 私に罪を明かすことを恐れている。

 罪を認めることが出来ない。

 彼女にとって、私しか心を許せる男が居ないからだ。

「……怖いな、歳を重ねることも、衰えることも、力が弱いことも、社会の目も、みんな怖い。」

 頭を撫でると、彼らにするような反抗はせずに愛でられることを受け入れた。

「天堂……私なんかに時間を割いてくれて……ありがとうございます。感謝しています。」

 小一時間ほどすると、寝息を立て始めた。 

 

「……懺悔しなさい。」

 


 

 翌朝、彼女は起きたと同時に服を脱ぎ始めた。

 

「……天堂は私を抱けるか?」

 

 肯定でも否定でも自分の中の決意は変わらないのに、神に責任という名の罪を被せようとする。

 ……愚かな咎人。

「……だよな、そうなんだよ、これが本来なんだ、間違っているんだ、すべてが過ちで正さねばならない、機械に挟まった蛾は取り除かねばならない、社会秩序を守らねばならない。」

 必死に自己暗示を掛けている姿は、朝日の木漏れ陽に照らされて眩いほど美しかった。

「……ボロさん、風邪をひきます。」

 脱いだばかりの上着を肩に被せて背中を擦る。

「あ、ああ、そうだよな、この事実こそが正であり私の観測は正しいのだ、私の歩む道も正しいのだ。」

 完全なる自壊まで、最早一年も持たないかもしれない。

 

、、、

 

「天堂、遅かったな。」

 

「懺悔してきた咎人の処理に手こずった、不倫略奪など神は許さない……」

 ライオンの影に隠れていたのですね、うさぎさん。

「……お疲れ様。」

 彼らがいる時は、私も彼らと同じ扱いになる。

「ボロさん、いらっしゃったとは……今日はジョイキッチンのシフトがある日ではありませんでしたか?」

 彼女は手元の辞典に目を落としたまま無愛想に答える。

「……店の都合で休みになったんだ。」

 苦しそうに声を絞り出す。

 私に見限られたら、貴方は一体どうなるのでしょうか。

 

、、、

 

 彼らが離席した頃合いを見計らって隣に座った。

 

「ボロさん、不貞は罪ですが、あなたは」

「咎人。」

 よく理解していますね。

「天堂、蛾と蝶ってさ、区別がつかないんだって、つくよな、つくのにな、おかしい話だ。ちゃんと今は分類が出来る。でもセセリチョウは昔蛾だったんだ、前は、わかるのにな、今はわかるのに。」

 私に裁かれると誤解したのか、早口で捲し立てて無表情を取り繕うのが精一杯の様だ。

「蝶も蛾も、等しく美しいですよ。」

 パタンと辞書を閉じてこちらを視た。

 精気の無い、魂が乖離しているような濁った瞳。

「そうか?一般的にみて、蛾は害虫だ。」

 駆除して欲しいのですか?

「あなたは以前『すべての物に意味がある』とおっしゃいました。」

 罪を暴いて欲しいのですか? 

「虫媒介なら意味があるかもしれないが、血肉や糞尿を啜るウラギンシジミに意味はあるのか、今は分からない、確かに分解ならば生物界において意味はあるが、これは概念の話だ。」

 汚された魂を清めて欲しいのですか?

「ボロさん、矛盾しています。」

 彼女の手を握ると、氷のように冷たかった。

「何がだ。」

「セセリチョウも蛾だったと、あなたは生物に詳しいでしょう?区別がつかない者がいると知っているからこそ『セセリチョウ』を出した。」

 あなたは善悪の二極で自分を定義されたくない。 

「いや、区別はつくと判断したからだ。」 

「人間は曖昧なものです。」

 唇を軽く噛み締めている。

 怖いですか?

 神に突き放される事が。

「いいや、善か悪か、美か醜か、二択だ。」

「ボロさん、あなたは善き人です。」

 彼女はゆっくりと席を立ち、部屋から出ていった。

 


 

「またボロに酒を、いい加減にしろよ!」

 

 彼女はまた騙されてアルコールを摂取した。

「変なこと言うかもしれないよ?誰が嫌いとか!」

 きっと「神以外の男は嫌い」……そう言うでしょうね。

「本当に酒に弱いんだな。コイツ……オレら以外に持ち帰りされてヤラれてたりしない?」

 注意深く観察していると、唇が動いた。

 

「性格は冷静きんちゃくでかにに流されない。誕生日は12月5日血液型はえび型好きな言葉は下剋上だ……。」

 

 場が静まり返ったあと、数名が笑い声をあげた。

「そうだったのか、ボロは自分のことを話さないからな……。誕生日には何かサプライズでプレゼントしてやろうぜ」

 笑い声はさらにエスカレートしてテーブルを激しく叩く音が響いた。

「これ、何かのスラングじゃない?」

 

 彼女の痴態を酒の肴にしたあと、頃合いを見て抱き寄せた。

「今晩は私が送り届けます。」

 数名の表情が引き攣った。

 「えー、これからが面白いところなのに。」

 

 ただ、これと言って特に遮られることはなく、彼女を連れ出すことができた。

 

、、、

 

「うー……好き、うさぎ。」

 

 彼女は千鳥足になりながら、私の腕にしがみついてよろよろと家路への歩みを進めた。

「ボロさんは本当にうさぎが大好きなのですね。」

 しばらく歩くと地べたに座り込んでしまったので、抱きかかえて部屋まで連れていき、ベッドに降ろした。

「ふふ、無防備過ぎますよ、もし私が狼ならば」

 ……狼ならば。

 手を離し終える前に彼女がマットレスに沈みながら両手を広げ、甘い吐息を吐いた。

「だっこして。」

 

 頭の中でカチッとピースがハマった音がした。

 

 彼女は最初から神である私を誘惑していた。

 姦淫という罪を犯させるため。

 私を堕落させ、淫魔の支配下とするべく。

 自らが罪を犯したから。

 証拠として私にのみ擦り寄り、甘え、無防備な姿を晒した。

 結果として生理現象として勃起したことを「知っていながら」愛を強請り続けた。

 私にだけ甘えた声を出し、本音を話した。

 私とだけ、散歩という名の逢瀬を重ねた。

 私を愛しているから。

 私に愛されたいから。

 神に愛を差し出した。

 

「はい、抱いて差し上げます。」

 

 彼女の舌は肉厚で酒のせいか甘酸っぱく、何度も舌を絡めて味わった。

「ふっ……ふ、ふ……うさ」

 唇を離すと糸が引き、以前覗き見た時よりも厭らしく淫らで蕩けた顔をしていた。

 理由は、私を愛しているからに他ならない。

 

「はい。あなたは私のうさぎです。」

 服をめくり上げると真っ白な肌が現れ、絹のような触り心地で何度も手を滑らせた。

 あの日、グローリー・ブルームで瓦礫の下敷きになった時、うつ伏せの状態で、さらに機械薔薇に肩を貫かれたことでかえって機械薔薇が傘のようになったおかげか、乳房や腹部、太ももや性器の周辺はほとんどが美しいままだ。

「あん……くすぐったい……だめぇ」

 彼らとの性交渉では、ほとんど悲鳴に近い呻き声だったが、今は違う。

 ただ純粋に快楽を貪り、快感に溺れ嬌声を上げている。

 隠されていた下着に指をかけると豊満な乳房がこぼれ落ちて、口に含んで先端を転がすとビクビクと身体を震わせた。

「あっ……なめなめ……しちゃぁ…だめ……うさぎ……ああん」

 その媚態に全身がゾクリと震えた。

「……もう一度おっしゃってください。」

 彼女は喘ぐだけで、自ら正しい答えを出せない。

 ……ならば、神が導く他にない。

 ジーンズと下着を一緒に膝まで下ろして開脚させ、太ももを押さえつけて蜜壺を啜った。

「あああっ、だめ、そこなめなめしちゃだめぇ」

 太ももの付け根にはマーキングがしてあった。

 その痕をなぞりながら舌先で陰核をねぶり吸い上げると、愛液を流しながら弓なりに身体を反らした。

「いっ……ああっあっ、だめ、なめぇ」

 何度も舌を腟内に出し入れし、そのたびに溢れる愛液を舐め取った。

 

「……そろそろ、いいでしょうか。」

 ズボンを脱がせて太ももを持ち上げ、秘部の入り口をなぞっていく。

「あっや、や、あ、あ」

 腟内に侵入すると、中は熱くうねってキツく締まり私を求めた。

「まだ少しも入っていませんよ?……力を抜いてください。」

 鎖骨を舐めると隙ができ、緩やかに割り進む事が出来た。

「や、やだ、なに、あ、あっ、ああっ」

 苦悶の表情を浮かべ快感に悶える様子は

「情欲を唆りますね。……ふふ、名器です。」

 激しく動かない……というのも難しいほど、具合がいい。

「あっあっああ……あ、あっあああっ」

 彼女は縋りつきながら懇願し、私に腰を振らせた。

「ボロさん、気持ちいいですか?」

 腰を打ち付けるたびに何度も痙攣し、絶頂した。

「き、きもち……あああっ」

 マーキングされている場所を唇で喰む度に声が大きくなる。

「ボロさんはうさぎです。私が責任を持って飼って差し上げますから……。」

 射精すると彼女は失神してしまったようで、しばらく膣痙攣でモノを引き抜く事が出来なかった。

「焦らなくてもいいですよ。必ず愛する者を授けます。」

 頬を優しく撫でたあと、口吻を交わすことを繰り返し、愛を上書きする行為に耽った。

 


 

「う……うおっ。」

 

 いつの間にか湯船に浸かっていた。

 頭が痛い……また酒を飲んでしまったのか。

 浴槽で溺死する事故は交通事故の3倍多いのに、迂闊だった。

 水死体は膨れてしまい遺体清掃業者の手間になる。

 

「お目覚めになりましたか?お体は大丈夫ですか?」

 ……天堂?

 もしかして私が風呂に入ったあと、ずっとついていてくれたのか?

 送ってくれたのか……。

 ブラックアウトだとしたら

「彼らには後でキツく言っておきますね。」

 ……はぁ、酔って記憶を無くすとは。

 何杯飲んだんだ?後でゴミ箱から本数を……。

 いや、さすがに無理だな。

 私一人が飲んだわけではあるまいし。

「天堂、変なこととか言ってなかったか?何かやらかしたか?」

 吐いたりとか、叩いたりとか……。

 どうしてこうも人に迷惑をかけるんだろうか。

「いえ、これと言って、特には。……お体に不調はありますか?酔い覚めの薬を買ってきましょうか。」

 本当に優しい奴だ。

「うーん……気持ち悪いだけ。酔い覚めは自分で買いに行ける。」

 でも久しぶりにうさぎの夢をみた気がする。

 ……うさぎには、なかなか夢でも会えないから。

「それなら、一緒に買いに行きましょう。」

 また天堂の時間を奪ってしまう。

「天堂は良い奴だな、ありがとう。気持ちだけ受け取っておくよ。」

 

、、、

 

 また医者と天堂と居残りか。

 

 ……正直、どちらとも時間を共有したくない。

 医者は……挿入以外のありとあらゆるセクハラをするようになってしまったから、気をそらせる方法が映画鑑賞しかない。

 そして天堂の前では善人を演じ続けなければならない。

 息苦しい、息が詰まる。

 

 この場を「もう帰る」として逃げてもいいが、「なぜこの組み合わせの時にだけすぐ帰宅するのか?」と問答をされた場合、このカードが切りにくくなる。

 切り札として残しておきたい。

 最終手段だ。

 

 DVDコレクションを再生プレイヤーに差し込む。

 

「『kッコーの巣の上で』か。名作の部類ではあるな。」

 医者は映画鑑賞の時にまでセクハラをするような人間ではない。

 これがせめてもの救いだ。

「ああ、いいよなタイトルが、これ邦題だけだぞ?」

 フッと鼻で笑われた。

 まあ誰でも知っている話だからな。

「あなたが語る映画論を先に語ってやろう。カッコーは托卵をする。カッコーの卵は管理社会で紛れ込んだ偽物というメタファー。その卵が精神病床に入った異物のマクマーフィを示す。」

 得意げに脚を組んでこちらを見た。

 天堂は微動だにしない。

 

「いや、私の解釈は少し違う。最後に外に出たのはチーフ、しかし患者たちはマクマーフィが逃げた、目標を達成したと喜んだ。」

 医者は静かに耳を傾けた。

「カッコーの巣の上。つまり、卵は下に落とされていない。カッコーは前の卵を落とす、と言われるがそうでもないらしい。自分の卵も誤って落とすこともあるらしい。」

 最後に残ったものが真か偽かの話でもない。

「……つまり、あなたは何が言いたい。」

 食い気味に指をさされる。

 人に向かって指をさすな。

「卵……つまり中身の正体がマクマーフィかチーフかは分からない。卵の正体が分からなくていいんだ。希望でも絶望でも死産でも。卵が孵った時に化け物出るとしても。想定外の話でもない。卵は落とされていない。それが事実でテーマだ。」

 私の語りが終わると、医者が冷蔵庫から卵を取り出してきてボウルに当てて割って中身を出した。

 

「……おや、珍しいな。二黄卵か。」

 

、、、

 

「なあ叶、天堂、悪いんだけど……土日にうちに襲撃に来るのやめてくれないか?」

 

 叶は名指しされた事に腹を立てたのか青筋を立てた。

「あ?オレに指図するつもりか?」

 参った、殺されるかもしれない。

「友達が来るかもしれないんだ。まだ未成年の女の子だから……。ガタイが良くて……ガラが悪い叶と神がいると彼女を怖がらせてしまうと思ってな。」

 叶に顎を掴まれた。

「……友達?オレ以外を見る必要あるか?ヨソ見してまで視界にゴミを入れる価値あるか?」

 ……。

「勝手に人の友達をゴミ呼ばわりするな!!」

 身体の一部を拘束された状態で声を張り上げたせいか、肺がヒューヒューいって苦しい。

「……あっそ、後で穴埋めしろよ。」

 ……想像以上にアッサリと引いてくれた。

 天堂の方を見るとニコッとしていたので、彼も了承してくれたのだろう。

 

「……とりあえず今からゲーセン付き合え。ぬいぐるみ取ってやるから。」 

 


 

オリジナルギャンブル『黒い棺』

 

 敗者は死亡する可能性がある。ハーフライフ〜ワンヘッド相当。

 ペナルティは毒ガス。

 

【概要】

 ガラスパイプに閉じ込められたプレイヤー同士が、7人の小人を用いたカード配置と役職の読み合いで競う対戦型ギャンブル。毒ガスによる窒息、あるいは「物語の完遂」による勝利を目指す。

 

【基本ルール】

 

ガラスパイプ:

 プレイヤーはそれぞれ巨大なガラスパイプの中に入る。

 ゲームの進行やペナルティにより、パイプ内には致死性の毒ガスが充填・浄化される。

テーブル:中央には黒い箱『ブラック・コフィン』と、カードを配置するレーン『ロッジ(小人の小屋)』が設置されている。

 

ドワーフスタチュー(各プレイヤー7個):

『先生』『おこりんぼ』『ごきげん』『てれすけ』『くしゃみ』『ねぼすけ』『おとぼけ』の7種類。

役職カード(表裏1枚):

『白雪姫/魔女(プリンセス ウィッチ)』

『王子/狩人(プリンス/ハンター)』

 

【セットアップ(役職の設定)】

 

 プレイヤーは7枚のスタチューの中から、以下の役職を割り当てるカードを秘密裏に決定する。

 

【プリンセス枠】カード表裏1枚:

 初期状態を「白雪姫」か「魔女」のどちらにするか決定する。

【プリンス枠】カード表裏1枚:

  初期状態を「王子」か「狩人」のどちらにするか決定する。

【小人(ドワーフ)枠】7個:

これらはカード固有の能力(ドワーフ効果)を持つ。

 効果持たない2個の役職(プリンス枠、プリンセス枠)があるが、スタチューに紐づいたカードの状態は相手は確認できない

 

※重要

 役職(プリンセス/プリンス枠)に設定されたドワーフは、『本来のドワーフ効果を失い』、設定された役職としてのみ機能する。

 対戦相手は、どのドワーフがどの役職を持っているか分からない。

 

【ゲームの進行】

 

 このゲームは「7ターン」を1セットとして進行する。

 

【ターンの流れ】

 

1. 配置フェイズ:

プレイヤーは手持ちの7つのスタチューを、『ロッジ』の入り口(1番目)から出口(7番目)に向けて、1枚ずつ配置する。

 

2. オープンフェイズ:

入り口(1番目)から順に、お互いのスタチューを表にする。

 

3. 判定フェイズ:

対面したスタチュー同士の相性を確認し、効果を適用する。

 役職 vs 役職:「対面効果マトリクス」に従い処理。

 小人 vs 小人/役職:「ドワーフ効果」を発動。

 

4. 終了処理:

すべての効果処理後、次のカードへ進む(1番目→2番目…)。

7枚すべて処理し終えたら、カードを回収し、再びセットアップ(役職の再設定)を行う。

 

【敗北条件】

 

1. 毒ガスによる死亡:

パイプ内の毒ガス濃度が致死量に達する。

 

2. 『毒の口づけ』による即死:

自分が「白雪姫(毒リンゴ状態)」の時に、相手の「王子」と対面してした場合、致死量の毒ガスがパイプ内に流れる。

 

【勝利条件】

 

1. 『物語の成就』による勝利:

特定の条件下で、相手または自分の呪いを解いた場合、その時点で勝利となる。

 

自分が王子vs相手が白雪姫:相手が一度「毒リンゴ状態」になり、その後「解除(救済)」された状態であれば勝利。

自分が王子vs相手が魔女:自分が一度「毒リンゴ状態」になり、その後「解除(救済)」された状態であれば勝利。

 

【ステータス異常】

 

1.毒ガス:

プレイヤーの空間に発生する物理的なペナルティ。

 蓄積すると死亡する。

 

2.毒リンゴ状態:

「プリンセス枠」に付与されるステータス。

通常は無害だが、「王子」と対面した際にこの状態だと即座に敗北する。

「狩人」や特定の効果によって解除が可能。

解除された履歴(一度毒になり、解毒された事実)は「物語の成就」の勝利条件に関わる。

 

【対面効果】

 

 自分と相手が共に「役職(プリンセス/プリンス枠)」だった場合、以下の表に従って効果を適用する。

 

■王子

『自分が王子、相手が姫状態』

→【勝利】相手の白雪姫が毒リンゴ状態を一度経験したあとに毒リンゴ状態が解除されていれば自分が勝利

『自分が王子、相手が魔女状態』

→【勝利】自分の白雪姫が毒リンゴ状態を一度経験したあとに毒リンゴ状態が解除されていれば自分が勝利

『自分が王子、相手が王子状態』

→【対立】両者に少し毒ガス

『自分が王子、相手が狩人状態』

→【シースルー】相手から毒リンゴを渡される(最後の効果適用)のをスキップ

『自分が王子、相手が姫状態』

→【勝利】相手が毒リンゴを渡された状態を経て解除状態なら王子が勝利

 

■白雪姫

『自分が白雪姫、相手が狩人状態』

→【救済】自分の毒リンゴ状態を解除

『自分が白雪姫、相手が王子状態』

→【毒殺】自分が毒リンゴ状態なら負け

『自分が白雪姫、相手が白雪姫状態』

→【共鳴】両者毒ガス少し浄化

『自分が白雪姫、相手が魔女状態』

→【毒殺】自分が毒リンゴ状態になる

 

■狩人

『自分が狩人、相手が狩人状態』

→【平和】両者の「白雪姫/魔女」を両者「姫」にする

『自分が狩人、相手が王子状態』

→【シースルー】自分が毒リンゴを渡す(最後の効果適用)のをスキップ

『自分が狩人、相手が白雪姫状態』

→【解呪】相手の毒リンゴ状態を解除

『自分が狩人、相手が魔女状態』

→【毒矢】自分の白雪姫を毒リンゴ状態

 

■魔女

『自分が魔女、相手が狩人状態』

→【解呪】相手の姫を毒リンゴ状態を解除

『自分が魔女、相手が王子状態』

→【自滅】自分の毒リンゴを渡された状態(次に王子と対面したら負け)

『自分が魔女、相手が白雪姫状態』

→【毒付与】相手の姫を毒リンゴ状態に

『自分が魔女、相手が魔女状態』

→【混乱】両者の「王子/狩人」を両者「王子」にする

 

【ドワーフ効果】

 

 「プリンセス/プリンス枠」に設定されなかったカードは、以下の効果を発動する

 

1. 先生(Doc):

対面した相手が「本来のドワーフ役職」と異なる場合(=相手がそのカードを役職枠にしている場合)、シグナルで通知される。

※何に変えているかまでは分からない。

2. おこりんぼ(Grumpy):

対面した相手が「狩人」だった場合、相手のパイプに少し毒ガスを送る。

3. ごきげん(Happy):

対面した相手が「王子」だった場合、自分のパイプの毒ガスを少し浄化する。

4. てれすけ(Bashful):

対面した相手が「白雪姫」だった場合、自分の手元の「王子/狩人」の役職を反転(スイッチ)させる。

5. くしゃみ(Sneezy):

対面した相手が「魔女」だった場合、自分の手元の「白雪姫/魔女」の役職を反転(スイッチ)させる。

6. ねぼすけ(Sleepy):

対面した相手のカード効果(役職効果またはドワーフ効果)をコピーして発動する。

7. おとぼけ(Dopey):

対面した相手が役職持ちだった場合、その役職を強制的に反転(スイッチ)させる。

白雪姫⇔魔女、王子⇔狩人

 


 

「え!?これって自分が白雪姫で相手が王子なら、毒リンゴを食べたままキスされたら死ぬってこと!?悪趣味〜」

 

 白雪姫ってそんな陰険なお話じゃなかったと思うけど。

 大人の考える「シビアにしましたよ?現実はつらいですね」といういかにもなゲームだ。

 

 村雨さんが審判役になってセットして渡した役職表から効果を結果表に出してくれることになった。

 

「じゃあ始めようか、愛美ちゃん。」

 

 まずは「姫」「王子」を7ターン中に確実に探して対抗策を取ること。

「白雪姫が勝つには、一度毒に冒された後で他者からの救済を受けねばならない。愛美ちゃん、人は汚れないと生き残れない。」

 もう!いまセットアップを考えてるんだから邪魔しないでよ!

「はい!セットした。オープンフェイズ!……紙と鉛筆だと効果加算が見えるようで……いまいち見えないな。」

 第六感が言ってる。

 ボロさんは「先生」と「おとぼけ」をあえて潰している。

「愛美ちゃんはまだ純粋だ。私が毒を与えて苦しめて、狩人として解毒し、最後に何食わぬ顔で王子として迎えに行くよ。」

 だから!話しかけないで!

 渡された結果表、村雨さんがボロさんに贔屓して細工してるとかは無いよね?

「それこそマッチポンプ慈悲ではないか。」

 えっと、意味わかんない言葉を使わないでほしい。

 

 結局、7ターン中に勝敗は決まらなかった。

 

「はぁー疲れた!!休憩していい?」

 そう席を立とうとすると村雨さんに腕を引かれた。

「勝負中だ、逃げるな。」

 ……はあ!?休憩だってば!!

 甘いものを取らないとパンクしちゃうよ!

「……そうだな、休憩にしよう。」

 

 ボロさんは立ち上がって台所に立った。

 

「あのー……村雨さん、一つ聞いてもいいですか?」 

 村雨さんはチラリとこちらに視線を移してボロさんを見ていた。

「賭博場についてではなくて……ボロさんって御手洗さんと喧嘩してるの?……もしかしてブラックリストに入ってたりする?」

 すると人差し指を立てて唇の前に置いた。

 ビークワイエット?

「御手洗は真経津を担当している。」

 ……えっと、答えになってない。

「真経津さんが原因ってこと?」

 ボロさん、真経津さんに借金でもしてるのかな。

 距離感一番近かったし。

「結果として、彼女はフランケンシュタイン博士の怪物になった。」

 ……もしかして話通じないのかな。

 村雨礼二って、写真で見たときと実物の印象が……。

 天然?

「ふつーにボロさんに失礼だから怪物っていうのやめなよ!」

 

 そのタイミングでお茶とお菓子が運ばれてきた。

「え!?これデパ地下の有名なお店のやつじゃん!!別に見栄はらなくてもいいのに……。」

 前に「ボロさんと違って私はぐうたらしてないから」と言ったのがマズかったかな。

 こんなオンボロ賃貸に住んでいて、服も適当な人に大金を使わせちゃったのか……。

「えへ、愛美ちゃんが遊びに来るのが嬉しくて奮発しちゃった。」

 そう変な顔をして笑って頭を掻いた。

 

、、、

 

 結局、決着をつけずに時間までボロさんとおしゃべりをして、近くのバス停まで送ってもらった。

 

「私は天才ギャンブラーの血筋……今のところ順調……」

 いきなり強い力で肩を掴まれて、振り向くと御手洗さんが立っていた。

「やあ愛美ちゃん、どうだった?」

 え?な、なに?

「御手洗さん……どうしてここに?」

 私、通学路について教えた?

 それより、「どうだった?」って、何が?

「たまたま用事があって……君を見かけたからつい声をかけちゃった……。それより最近はどう?」

 目が……笑ってない。

 御手洗さんは「真経津さんについて」を知りたいんだよね。

 太い顧客の情報を握るため……だよね。

 ……それっていいこと……なのかな。

「べ、勉強頑張ってます!」

 それくらいしか答えられない。

 本当に真経津さんの新しい情報を持っていないし。

「勉強……家庭教師つけてるの?」

 勉強は村雨さんと獅子神さんが宿題をみてくれている。

 家庭教師代がかからなくて済むけど、村雨さんはマウントを取ってくるし、獅子神さんはちょっと厳しすぎるからボロさんに見てほしいんだけど、暗算事件から私の宿題にはノータッチになってしまった。

 一番丁寧でわかりやすかったのに。

 でも、村雨さんと獅子神さんの名前を出して良い雰囲気じゃないよね。

「たまにボロさ」

 重力がまた重くなる。

 ここだけ空間が歪んでいるみたいだ。

 あの人、借金そんなにあるの?

「……ボロさんが一人で勉強を教えてくれてますけど、あの人教えるの下手だから……」

 肩を掴まれた。

「……本当に一人で教えてるの?……他にも男がいない?」

 怖い、なんなのこの人……。

 借金取りならボロさんに直接話せばいいのに。

「は、はい。ボロさんと私だけです。」

 タイミングを見計らったようにバスが到着した。

「……そっか、勉強頑張ってね!」

 手を振る御手洗さんに軽く手を振り返えして慌ててバスに乗り込んだ。

 

「……私、間違ってないよね。」

 

 それに応えるように、お守りの鈴がチリンと鳴った。

 

 

 

 

 

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