「マツリ、障子を壊したこと怒ってる?」
叶さんはバーベキューの煙をうちわでこちらにパタパタと扇ぎながら挑発をした。
「いえ、特には。煙い。壊れたガラスは研磨して何かに使いますから。」
まさか初対面の人に障子を破壊されるとは思っていなかったけど。
「神が補修してやろう。」
天堂さんが微笑んだが、多分彼に障子を修繕することは出来ないだろう。
「それはそれでいいですけど、弁償してください。えっと……1枚2万円として8枚壊したので16万円ですかね。」
まあ支払われることも無いだろうから。
「ちゃんと見積もり出せよ。」
獅子神さんが真剣な顔をして何かの肉を食べている。
「マヌケ、よく得体のしれないものを口にできるものだ。」
村雨医師は牛肉の塊を食べながら獅子神さんに次の肉を焼くように目線で合図している。
「みんなで食べると何かの肉も美味しいね!」
真経津さんがキラキラした笑顔を向けた。
「そもそもなんでバーベキューセットを持参してるんですかね。」
、、、
「野菜が足りない。マツリちゃんの畑から採ってきてもいいか?」
獅子神さんが立ち上がって裏山に足を運ぼうとするので咄嗟に追いかける。
「収穫していい野菜を教えますから、ちょっと待ってくださいよ。」
彼は足が長いから歩幅が広く、追いつくのに一苦労だ。
「無農薬でやってんのか?」
スタスタと先を行くので腕を掴んだ。
「待ってくださいと……言って……ハァハァ。ふう、農薬は普通に使ってますよ。何のための農薬だと……ハァハァ。」
しゃがみ込むと彼の冷たい目線が振り注ぐ。
「運動不足だ。」
そんな殺生な。
「開腹したばかりだからですよ……ハァハァ。」
「マツリちゃんの野菜、美味いな。」
獅子神さんはベビーリーフを摘んで食べた。
「ヘヘッ……自家製の野菜は美味いんですよ。」
とりあえずベビーリーフを刈り取ってビニール袋に詰めていると地域の人達がこちらの様子を伺って井戸端会議的な本人の前でする噂話をはじめた。
「頭がおかしくても男ができんだなぁ……ようやく子供が……ああ、確かあのアマは『子供が産めない片輪』だからなあ。」
「可哀想に、だから男に土地を貢いでんだ。」
この地域は凄いところは何故か病歴や個人情報が筒抜けなところ。
「マツリちゃん、言われてるけど。」
獅子神さんは眉を動かさずにこちらの出方を伺っている。
「まあ一部事実ですからね。獅子神さんに不利に働く『男が出来た』については訂正しておきましょう。」
畑に成っている[[rb:枇杷 > びわ]]をもぎ取って地域の人達に声をかけた。
「こんにちは!今年も枇杷が成りましたよ〜。あの人はソーラーパネルの営業の人ですよ〜。」
全員に枇杷を数個配って頭を下げた。
もう今年の出来栄えは知っているはずだけれど。
「おお、虫食いだな。蓼食う虫も何とやらだで。」
、、、
「マツリ!スーパーに買い出しに行こう!」
もうクーラーボックスの食材を食べ尽くしたのか。
「地元のスーパーでいいんですか?」
大人しく野菜を焼いて食べていてほしい。
「マツリは地元スーパーだと都合が悪い?」
叶さんに覗き込まれた。
都合が悪いわけではなく、噂が立つからなぁ。
「いえ、大丈夫ですよ。」
、、、
「頭がおかしい女が頭がおかしい男を連れてるぞ、さっきの男と違う、ふしだらだに。」
スーパーでも役所でも同じ市内で広く分布が分かれるはずなのに、同じ住人とのエンカウント率が異様に高い。
まるでRPGの最初の村だ。
「観測者の諸君!因習村のスーパーから配信してるぞ!こっちは友達のマツリ!後ろは因習村のジジババ!」
叶さんは自撮り棒を向けて話はじめた。
「大袈裟ですよ。なにもそこまでしなくても……それより私の顔にモザイク入れてくれませんか?」
頭を叩かれた。
撮影中のランプが点灯していないからフリなんだろうけど。
「これでいいんだよ。」
いつの間にか地域の人達は蜘蛛の子を散らすように消えている。
「では、買い出ししてしまいますか。」
「マツリちゃん、梅の木の下に祠を建てましょう。」
バーベキューが無事に終わったと思えばいつの間にか軽トラに木材が積んであった。
買い出し中に目を盗んで運転したわけではないと思いたい。
「な、なんて?祠?」
天堂さんは太陽を背にして目を細めた。
「神を祀るのです。木材は地産地消で、マツリちゃんの森から切り出しました。」
嘘をつけ、加工可能な木材にするまでが早すぎる。
それに伐採した木くずがないし、そもそも伐採をする斧がない。
「まあいいですけど……。ノコギリとトンカチだけで大丈夫なんですかね。」
、、、
「頭がおかしい、畑に小屋を立てているぞあの女……それに男たちを仰山引き連れて……アバズレだぎゃ。」
地域の人達が野次馬のように遠巻きで囁やき合っている。
「何も反論できませんね。これ養蜂用に使ってはダメですか?」
天堂さんがむっとした顔をしてペンキを取り出して叫んだ。
「これは神を祀る神聖な祠である!!」
そう言って真っ白のペンキを塗り始めた。
「あ!天堂さん蜂さんが来てるよ!」
真経津さんが指さすとニホンミツバチが祠の中に入っていった。
「ニホンミツバチですね。ハチミツが取れるかもしれません。」
一匹が入ると複数個体がペンキを避けて出入りをし始めている。
これは本当にハチミツにありつけるかもしれないな。
「あなた、カルミアやシャクナゲなどを植えていないか?」
、、、
「すみません、冷蔵庫に食材が入ってるんですけど。帰る時にクーラーボックスで持って帰ってくださいね。」
彼らはまるで自宅で過ごすように風呂に入り居間でロクヨンを始めたり畳でヨガをしたり勝手にPCをいじっている。
「叶さん、PCはやめてください。」
椅子に座る叶さんを遮るようにキーボードを叩く。
なんでパスワードを昨夜変えたはずなのにまた突破されてるんだ?
「マツリってモデリングもやるんだ。モーションキャプチャーはどうやってんの?設備ないじゃん。」
配信者なだなけあって目敏いな。
「アニメはタイムラインで手付」
腕を引かれて体勢が崩れた。
「アセットも無いし、縛りゲーが好きなのか。」
椅子に座る叶さんに抱きとめられる形になっているが、ちゃんと腰に手が置いてある。
「ヘヘッ……全部自作縛りですよ。」
なんとか体勢を立て直してタイムライン編集を見せた。
「ちまちました作業が好き?対戦ゲーのキルモーションを作れるか?」
就職の面接みたいだ。
「出来らぁ!足払い斬撃モーションを作りますぜ!」
おちゃらけて場を回避することしかできない。
「……見てるから。オレを魅せてみろ。」
「祠なぞ壊しちまえ!気持ち悪い。」
彼らが何泊かして帰ったあと祠は破壊された。
「な!祠を壊したんですか……どうなっても知りませんよ。」
とりあえず器物破損で通報したが、おざなりな対応でどうやら現地には来ないらしい。
「なにが祠じゃ!邪神でも祀っとるんだべ!」
地域の人達をよそにミツバチが少し作り始めていた蜜蝋を発見して笑顔になる。
「確かに邪神かもしれないですね。あ!蜂蜜だ。」
それを指さすと地域の人達は蜜蝋がついた板を剥がして持って帰ってしまった。
「よし!作り直そう。木材はまだあったはず。」
、、、
「最近祟りがあったらしいね。マツリさん何か知ってる?この地域で集団錯乱があったんでしょ?」
小さな集落の出来事としては珍しく新聞沙汰になった。
普通なら地主の権力で揉み消すのに、その当人が錯乱して奇行を働いたとあっては臭いものに蓋をする者が居ない。
「春の陽気にあてられたんじゃないですか?」
直した祠に天堂さんがまた白いペンキを塗った。
「天は必ず咎人に罰を与える。」
するとニホンミツバチがふらっと寄ってきた。
すごいな、天堂さんはミツバチを呼びこめるんだから。
「あなた、彼らに……まあ構わないが。触らぬ神に祟りなしとはよく言ったものだ。」