「マツリさんはこの家の前の持ち主と知り合いだった?」
真経津さんに「駅に着いたから迎えに来て」と連絡があり軽トラを走らせた。
自分はタクシーじゃないんだけど。
「いいえ、知り合いでは……あ、たしか一族からワンヘッドが出たらしいですね。もしかして真経津さんと対戦して死んだんですか?」
彼を助手席に乗せてギアを入れると排気ガスの出力音が鳴った。
「戦ったことはあるよ。……あのさ、ボクが質問してるんだけど。」
真経津さんは苛立ったように前髪を弄りながら窓の外を見た。
「三十代の女なら、たしか一度会いましたかね。」
バックミラーを見ると彼はあからさまに不機嫌そうな顔をしている。
「ボクさ……その人のこと、好きだったかもしれないんだ。」
思わず吹き出してしまった。
「プッ……なんですかそれ。『かもしれない』って。」
丁度赤信号につかまって一時停止をすると、彼は手動式のレバーを回して窓を空けた。
「……マツリさんってボクのこと嫌いだよね。」
はぁ……こういうタイプだと予想してはいたが。
「嫌いですね。ハードトゥゲットで牽制して認知の支配権をもぎ取ろうとするタイプは。あ、真経津さんのことではないですよ。」
赤信号が青に変わってアクセルを踏んだ。
「その人とは」
「その女、たしか三十代だったでしょう?真経津さんとは年齢差があります。多分恋愛感情ではなく、憐れみの同情だったんじゃないですか。男性は本能的に若い女に惹かれるんで。」
柔和な顔がみるみるうちに曇っていく。
「話を遮らないでくれない?」
おっと、失礼しました。
「あ、スミマセン。」
暫く車道を走ると生ぬるい熱風が吹き込んできた。
「その人とずっと一緒に遊びたかったんだ。」
彼は顔を窓から出して風を浴びて目を瞑っている。
「へぇ……かまってくれる相手が居なくなったから次を狙ってるんですか。」
真経津さんは顔を引っ込めてこちらを向いた。
「マツリさんじゃ役不足だよ。」
彼は最初から自分を白けた目で見ていたが、既にワンヘッドの女と遊んだ経験があるからだったのか。
「それは誤用の方の意味ですか?」
砂利道に入ると車体の揺れなのか頷きなのか分からない状態になった。
「どっちだと思う?」
「まあそのうち分かります。ワンヘッド戦にかち合ったら自分が真経津さんを殺して引導渡してあげますよ。」
「もう疲れた……。痛っ!」
なよなよと漏らす真経津さんの頭に梅の実が続けて落ちた。
「痛いっ!」
それを横目にブルーシートに落ちた梅の実を背負い籠に放り投げる。
「いい梅酒を飲むにはそれ相応の苦労をしなければなりません。」
自分のことをよく思ってないにも関わらず、律儀に農作業を手伝うのはどういった心境なのだろうか。
「梅酒を作ったりして酒税法に引っ掛かったりしないの?」
彼は梅の木の下に力無く座ってこちらを見ている。
「梅酒はいいんですよ。法の下の例外ってやつです。」
粗方を収穫し終えると彼の隣に腰掛けた。
「マツリさんはどうしてギャンブラーになったの?」
長い睫毛が影を落とし、あどけない表情から一変して色気のある伏し目がちな所作で問いかけられる。
成る程、そういうやり口か。
「大金が手に入るからですけど?ワンヘッドになれば特権もオマケでついてくる……。逆にそれ以外の理由ってありますか?」
真経津さんはこちらを見ずに涼風に身を委ねた。
「ボクの前でもぶりっこするんだ。てっきり村雨さんの前でだけ猫を被るのかと思ってた。」
……何が言いたい。
「そりゃ、他人には良く思われたいですからね。」
、、、
「マツリさんってずっと一人暮らし?」
真経津さんは風呂から上がると台所の椅子に腰掛けた。
「そうですね。成人してからはずっと一人です。」
入れ替わるように台所と繋がる風呂場の間仕切りカーテンを引いた。
「……一人が淋しいから首吊り紐を結わえておいたの?」
質問を無視して簡易的な脱衣場になった床に脱いだ服を落とす。
「お守りって」
「すみません、いまから風呂に入るので。」
会話のボールを受け取るのを拒否して浴室に入ってシャワーを浴びた。
「マツリさん、今も淋しい?」
物理的な壁が無いので引き戸から問いかけが投げられ続ける。
「それは夜のお誘いですか?自分は間に合ってます。」
湯船に使って水面に映る女と目を合わせる。
「ボクはマツリさんと友達になれるのかな。」
女の顔つきが変わった。
「友達はなれるかではなく、なっているものでは?」
水面を思い切り手で叩いて歪ませると、女はたちまち姿をくらました。
「そうだね。」
「マツリさん、また押し入れで寝るの?ボクも上の段で寝てもいい?」
仕方がないので真経津さんを敷布団が敷いてある上の段に上げて、自分は下の段に入った。
「わぁ……真っ暗。何だか秘密基地みたい。……あ!そうだ、山に秘密基地を作ってもいい?」
彼の声の高さは一定で、起伏がない。
「構いませんよ。」
つまらないならそう態度に出せばいいのに。
『あなたには人の心が無いから』
……誰かに昔言われた言葉が脳裏をよぎった。
「シッ……今、物音しなかった?」
真経津さんが真面目な声色を出したため耳を澄ますと勝手口の方から微かに音が聞こえる。
「あー……闇バイト強盗ですかね。真経津さんはここで隠れていてください。多分相手は刃物を持ってる。」
襖を開けて押し入れから這い出ると肩を引かれた。
「危ないよ!今天堂さんを呼んだから」
「いや、そこは警察でしょう。丁度いい、警察は呼ばないでください。」
腕を振りほどいて襖を無理やり閉じて深呼吸をする。
久しぶりだな。
柱に立てかけてある竹竿の付け根を穿り出して刃が付いたアタッチメントを取り出して付け根に嵌め込むと台所に向かった。
強盗は男二人で、覆面をしていなかった。
まあ闇バイトだから仕方がないか。
「な、人がいたのか!?」
いるに決まってんだろ。馬鹿なのか。
固まった二人は顔を見合わせて台所の包丁を取り出して向かって来たため、付け根部分をヒュンヒュンと空を切り槍のようにして首、脇、二の腕を切った。
「痛え!こいつ、刃物を持ってる!?」
竹竿を持ち上げて二人の首の間を潜らせると、天井の金具に通して思い切り引いた。
「ギッ……首が……」
「助け……たす」
二人は罠にかかった猪のようにジタバタ藻掻いて首に巻き付いたワイヤーを掴もうとするが、皮膚を抉るほど食い込んだ釣り糸を指で掻き取ることは容易ではないらしい。
「すみません、略奪していいのは略奪される覚悟がある者だけですよ?自分を殺そうとしましたよね?」
男達の顔色は赤黒くなっている。
「し、しません……殺人なんて……」
「脅し……脅しで……」
張り詰めたワイヤーを竹竿の刃で切るとドサドサッと大きな音を立てて二人は息を荒くして首を掻き毟った。
「歩けそうですね。一緒に来てもらえますか?」
男達は青ざめて這って逃げようとするので二の腕を再び切った。
「たっ……じ、じしゅ」
「命だけは……たす」
床を這い回る姿は8日目を迎えた蝉のようだ。
「来てくださいとお願いしてるんですよ。」
「いやー強盗は久しぶりですね。リストに名前があったんですか?」
最悪だ。
ただタタキの仕事で入っただけなのに、その家の主がスプラッタ映画の殺人鬼なことあるか?
「リスト?……わからないです。ただ上からの指示で」
「スマホ出してください。……あー……これ預かりますね。」
女はもう一人からもスマホを奪うと血なまぐさい地下牢に似つかわしくないモニターに向かってなにか操作をしている。
「ほんの出来心で……命を奪ったり」
「えー?でも犯したりくらいはしません?」
女はケラケラと笑って背中と腕を縛り上げられている俺たちの周りを歩いた。
「警察に全部話しますからどうか」
「話されたら困ります。」
まさか、本当に殺されたりしないよな?
「そうだ、これ見てください。」
女は立ち止まったかと思うと大きい水槽のような機械を指さした。
「す……水槽」
「きれいですね……」
水槽で何をするつもりだ?水責めか?
「ブッブー!不正解です。これは大型製氷機です。」
製氷機……?
「お二人とも、ホラー映画の殺人鬼の殺人について『理由』があった方がいいタイプですか?例えば『行き過ぎた復讐』や『穿った正義』のためとか。」
何を言ってんだ?
「は、はい」
「理由があったほうが」
「意見が合いませんね。自分は理由など『気に食わない』からで十分だと思います。不条理ってやつです。」
そういうと女は製氷機の扉の前に立った。
「強盗をしてしまう善の涙を羊水に流して持ち合わせていないお二人に朗報です。既に製氷済みのものがこちらになります。」
ガコンと音がして扉が開くと立方体の氷が滑るように溢れ出て足元にぶつかった。
その中には生命だったものの欠片が
「オェェェ」
「助け助け助け助け助け」
「羊ですよ。」
隣り合って座る足に生暖かい液体が伝う。
お互いに失禁してしまった。
誰か……助けてくれ。
ピシャッと雷が落ちた音がして、扉に目を向けると白髪の神父がこちらを見ていた。
「「ギャァァァ!!」」
「ちょ、天堂さん邪魔しないでくださいよ。失神しちゃったじゃないですか。」
、、、
「マツリちゃん、警察の人が困っていたからあんまり無茶すんなよ。」
獅子神さんが呆れたようにこちら眺める。
せっかく気が触れてしまった押し入り強盗を警察に突き出したのに、感謝状の一つもよこしやしない。
「彼らは職務怠慢ですよ。まったく……ヤのつく自由業にでも渡せばよかったかな。彼らが闇バイトの元締めでなければ島を荒らしたことになるから。」
梅の実を漬けた瓶を眺めながらため息をこぼした。
「あなたは加減というものを知れ。」
そう言われても……まあ命の恩人の話はちゃんと聞こう。
「はい。頭をヒヤシンス……なんちゃって。」
叶さんから勢いよく頭を叩かれた。
「マツリ、調子に乗りすぎ。」