「ドドンガドンドンドン!!はいやサッサ!!」
布団の上で仰向けになっている叶さんに跨って彼の胸板を叩いた。
ユサユサと腰を振ったせいか股に硬いものが当たっているが、当人から特に言及はない。
「マツリ、そのテンション疲れないか?」
叶さんはスマホを見ながらボソッと呟いた。
「そうですね。キャラが迷子になりました。」
彼らといると、どのような面で対面したらいいかが分からなくなる。
臆病で男性の力に怯える無垢な仔羊?
あどけなさを残しながら無意識に男を誘惑してしまう頭と股の緩い女?
暗い過去の影を感じさせるミステリアスな独り者?
それとも、ただ単に人生に疲れた口煩い農家?
はたまた、イカれた殺人鬼?
兎に角、恩人の村雨医師の機嫌だけは損なわれないように……。
「叶さんの隣、失礼します。」
そう言って叶さんの腕の中にスッポリと収まって強制的に腕枕を借りる形でスマホの画面を見た。
彼の腕は身に纏っているファンシーな服装からは想像がつかないほど男性然としている。
特に遮られることのなかった画面には叶さんがアップロードした『因習村』動画に関連するオカルト動画がつらつらと並んでいた。
「やっぱりオカルトに興味あるのか。」
叶さんが動画をタップするとテロップと効果音がびっしりと詰まったバラエティ番組のパチモンが再生され始める。
『今回は〜イジモにブッチされたので俺たちが単独でカルト教団集団怪死事件の謎に迫ってイキマ〜す!!』
若い男たちは死体の山が転がって血溜まりを作っていた山の麓に立ってVサインをしている。
『えっと〜なんか〜邪神を祀る神聖な山の地下にカルト教団が集団で殺し合いをして〜』
『ちがくね?神様を呼ぶために人を集めて飼ってて〜で、その教団が一夜にして壊滅して〜それで関係者の一部が行方不明だからソイツらがシリアルキラーじゃね?ってことで〜』
スタスタと手首が転がっていた石階段を降りていく。
『なんと!!建物の管理者から撮影許可がおりたんですよ〜』
許可?誰が許可をしたんだ?
『ここに………山を作るように教団関係者の死体が積まれてたって……ギャアっ!!なんちて』
その地下スペースに死体を置くわけがない。
通常は地下では血抜きとモツ抜き、骨抜きを行う。
肉と皮の部分も乾燥させなければ
「マツリ、顔。」
ハッとして画面に目を向けると真っ黒になった板の前で女が焦点の合わない目をしながら唇を噛んでいた。
「……あー……はい。」
女と目が合う前に大きな掌が瞼に重なった。
「熱っ……また高熱出てる。礼二くんに早く戻れって言うか?」
村雨先生と真経津さん達は4人揃って市営の大衆浴場にひとっ風呂浴びに行ってしまっている。
「えー……?折角の男女二人きり……なのに」
クラクラしてきた、目が回る。
このままだと、また意識を手放してしまう。
「二人きりだから……を許せよ……」
「あなたの好きな映画は何だ?」
珍しく村雨医師と二人きり、平屋の自宅、ソファの上。
そして日常会話をしている。
偏屈そうなのに村雨医師も映画とか観るんだ。
そりゃ観るか、元ワンヘッドでも人間だから。
「うーんと……wィッカーマン?あ……知らないですよね。」
よくいる『サブカル映画紹介&自分のセンス自慢』になってしまった。
「名前だけは聞いたことがある。その映画に触発されたのがmッドサマーではなかったか?」
あれ?意外とそういう映画、好きな感じ?
「あーはい。wィッカーマンのように人身供犠として生贄をスワンプバンクシア・ロブルの御神体である宿り木に、その使いである御子、ドルイデスに生命の血肉を捧げる儀式をする流れは同じですねー。ただ、形がセムノテオイか小屋かの違いってだけ。」
連連と呟いて再び村雨医師の方を見ると感情を消したような顔をしてまじまじと此方を見ていた。
「あなた、同じ映画の話をしているか?あの映画に具体的な名称は示されていなかったはずだ。」
どうして畏怖の目を向けるの?
「そうでしたっけ……?」
命の恩人には同情、共感、憐れみ、そして格下を眺める愉悦の眼差しを向けられないと耐えられないのに。
「確かにあの光景はアッテストゥパンとメイポールを彷彿とさせるが、あなたが言っているのは考察ではないだろう。」
可食可能な仔羊を捕らえたの獣の目で見てほしい。
自分ほど善良な小市民などこの世にいないのだから。
「私は小市民であって、可食可能な仔羊です。」
村雨医師の眉間に青筋が立った。
「話が噛み合っていないが。あなたは」
「村雨先生、私の検査結果を彼らに教えてないですよね?」
村雨医師が身体を寄せた。
自分は可食できそうですか?可食出来そうですか?
「……発熱している。治療方法を再度」
「村雨先生は患者が望んだ治療方法以外を無理に推し進めるんですか?医療倫理は持ち合わせていないんですか?」
ダメだ……仰向けに倒れてしまう。
「人の話に被せるなと言ったろう。あなたは」
「これって……床ドン?……ソファドン……?村雨先生……」
目が回る。
グルグルグルグルグルグルグルグルグルグル
「しっかりしろ、おい……あなた……」
「マツリさん、この穴なあに?」
真経津さんと山を散策している途中、木の葉があまりなく土が剥き出しになっている場所を見つけると、真経津さんは興味深げにしゃがみ込んだ。
「あー……虫の穴です。」
仕方がないので一緒にしゃがみこんで適当な枝を穴に入れた。
「虫の穴?棒を入れちゃっていいの?」
言葉を無視して枝でザクザクと穴を掘り返す。
「シュレディンガーの虫。虫がいるか、居ないか、違う何かか、分かりません。」
違う。
「それってシュレディンガーの猫でしょ?観測した時点でってやつ。」
違う。違う。
「この穴のなかにいるのがニイニイゼミかスズメガかスカシバかは分かりません。種類の話ではない場合。」
違う。違う。違う。
「サナギがいるか居ないか?」
違う。違う。違う。違う。
「サナギが本来の虫であるか、死産で溶けているか、キノコに寄生されて支配されているか、寄生蜂に卵を産み付けられているか、ヘビに食われてヘビの巣になっているか、空っぽか、羽化に失敗して白になっているか、そして」
「マツリさん、大丈夫?」
パッと顔を上げると真経津さんの心配そうな顔が目の前にあった。
「大丈夫ですけど……?」
グサッと何かが刺さる音がして枝を引き上げると、カエルが串刺しになっていた。
「うわ……カエルだね。」
「そうですね。」
枝を穴のなかに戻してゆっくりと立ち上がった。
「あ!ハチドリがいるよ!」
真経津さんが指をさす方向にはクチナシの花の周りをオオスカシバがホバリングをしながら飛んでいた。
「……あれはオオスカシバです。……スズメガの、もしかしたらこの穴の元持ち主かもしれませんね。」
そろそろ長雨の季節も終わる。
「そっか、穴の中の虫は自由になったんだね。」
違う。違う。違う。違う。違う。
「空を飛び回ることだけが、自由を指し示すならそうでしょう。」
吐き気がする。
「……ねえマツリさん、どうして梅の木の下に首吊り紐を吊り下げていたの?お守りって」
「前に話しました。」
顔を見たくない。
「ちゃんとした理由を聞いてないから。」
話したくない。
「言いましたよ。」
話しかけるな、目障りだ。
「聞いてないよ。ボクはマツリさんと友達に」
「すみません、私体調が優れないので戻ります。」
煩い。五月蝿い。
「マツリさん、どうして逃げるの?」
「娘が……裸の写真を送ってしまって……。」
天堂さんの留守中の告解室の番を任されてしまった。
この部屋が告解室なのか建屋が教会なのかよく分からないけれど、シスターみたいな女性が居るのは確かだ。
さっき見た。
プロテスタントというよりはカトリック寄りではあるが、神を指し示す装飾がない。
偶像崇拝禁止ではなく御神体が歩き回っているからか。
「娘さんはPP高校卒でしたね。」
ボイスチェンジャーで声をかけると格子の窓から疑念の声が漏れ出てくる。
「神父様?うちの娘はBB高校ですが……ちゃんと聞いてくださっていますか?」
BB高校か、近いな。
「バイトも飲食で頑張っていたでしょうに。」
疑念の声が苛立ちを隠せずに壁を爪で引っ掻いている。
「うちの娘はシャーベット・フェムトの店員です!!」
あっそう、シャベフェムのアパレル店員ね。
スマホで検索をかけると該当する女子が引っ掛かった。
高校デビューしたようなあどけない笑顔をした少女がご自慢のコーディネートと個人情報を連連と掲げてリール上を飛び跳ねている。
「で、送り先が彼氏の友人だったと言うことで……娘さんに厳重注意、その友人に写真の取り消し指示で終わったと。」
フォロワーから彼氏と友人を引き上げるが、どう見ても不適切な意味でヤンチャをしているグループに所属している。
「ですから!!警察は何もしてくれないんです!!神父様!!」
まあネットにアップロードしたものは消えないし追うだけ無駄だ。
ただ、このままだと策を講じるまでもなくこの少女は輪わされるか風俗に沈められるだろう。
「貴方は母親として娘さんのそばで身の安全を見守りなさい。そばに居ることが重要です。」
自分の身を按じる親族がいる。
それを感じられるだけで多少なりとも救いの代わりにはなるから。
「何なのよ!!なんの助けにも……ちっとも救いにもならないじゃない!!」
当たり前だろ、ここは告解室。
身辺警護を保障し罪の裁きを行う場所ではない。
「そのうち天恵がありますよ。」
「すみませぇん……本当に泊めてもらえるんですかぁ?」
例の彼氏に裏垢で『泊めてくれる人ぼしゅー』と絡んだら普通にチン凸があり、会う流れになった。
本当に頭海綿体で助かるなぁ。
「いーよ。何泊でも……。」
舐めるように視線が上下する。
「……わたし……コレしかできないよ?」
手を上下に動かして口を開けた。
「ん……いいよ。全然いい。」
彼氏くんは腕を掴んできたためそのまま歩いていくとバンが道端に止まっていた。
私は可食できそうか?
「わーお!もしかしてあの車に」
「乗るんだよ!!」
車の扉が開いて友人たちに身体をお神輿のように担がれる。
「ワッ……ショ……い!」
ジタバタする合間にスマホを座席のシート裏に投げ捨てた。
「おとなしくしろ!」
そうなんだよな、最近ではタチンボやホームレスになった女になら何してもいいとする輩が……いや、昔からか。
「乱暴はやめて……」
という拒否の発言は煽りになるから、男女の体格差による犯罪に立ち向かうのは難しい。
拒否してもダメ、されるがままなら同意にされる。
股を開いた女が貞操観念が緩いと断じられ、コイツらは無罪になるのだ。
「ハハハ!脱がせろ!」
ならどうする?
「や……」
、、、
「山だ!!」
車窓からは山林が見えた。
「なあ早く交代しろって……」
狭い車内で揺られるたびに吐きそうになる。
「待てよ……今いいところなんだから……」
プレハブ小屋が近づくと車は停止した。
「次……」
肩と胴体を3人に抱えられる。
運転手、彼氏くん、彼氏の友人くん。
小屋の扉を開けるために一旦肩を支えていた腕が解かれた。
鍵はシリンダー錠と普通の錠で、鍵束には他にも同じような鍵がジャラジャラあるので他にも同じようなヤリ部屋があるんだろう。
扉が開くと汚いマットレスに放り投げられてホコリが舞った。
「じゃあ次……」
運転手がベルトを外す間に彼氏と彼氏の友人くんに脚を抑えつけられたが腕がフリーのままなので袖に通してあったワイヤーで彼氏くんの首を絞めた。
「ギャ……ぐ……ご」
運転手と彼氏の友人くんは何が起こったか理解できないようで、ポカンとだらしなく口を開けていた。
「な……て、はあ!?」
「クソあ」
顔が赤紫になった彼氏くんを突き飛ばしてワイヤーを彼氏の友人くんに巻いて引いた。
「ぎ……」
運転手はすっかり萎えてしまったモノをプラプラさせながら殴りかかろうとしたので思い切りそれを蹴飛ばすと絶叫してうつ伏せに倒れた。
「キチガ」
彼氏の友人くんのワイヤーを緩めながら運転手の首にもワイヤーを巻いて手首のスナップを使って思い切り引いた。
「放送禁止用語!!キブリと呼んでくださいよ。」
彼氏くんの脈を計って生きていることに安堵して全員のワイヤーを緩めた。
「はい!ここで問題です。男3人に対してターゲットは一人だったのに、なぜ男3人が死ぬことになるのでしょう、か。当てたらいいことしてあげます。」
カヒューカヒューと荒い息をしながら首を掻きむしっている彼氏くんから蚊のような声が漏れる。
「あぅ……俺たちが犯」
「ブッブー!!違いますよ?ちゃんと考えてます?脳みそついてます?」
彼氏の友人くんのワイヤーをピンと指で跳ねるとビクッと身体が跳ねた。
「正解は『躊躇いがない方が勝つから』ですね。勉強になりましたか?」
うつ伏せになっている運転手のワイヤーを引いた。
「スマホを出してください。」
彼氏くんは自分のスマホと友人くんのスマホ、運転手のスマホを取り出して渡した。
「あの、すみません。全部出すに決まってますよね?舐めてるんですか?もしかして五体満足で帰れるとでも思ってますか?」
運転手と彼氏くんはバンを指さした。
「はい。偉いですね。フォルダを拝見。……わー非同意性交!!盗撮!!ハメ撮り!!リンチ!!不同意性交!!盗撮!!盗撮!!パンツがお好きなんですか?」
写真と動画、連絡先やらなんやらをDLさせた自作アプリからクラウドにアップロードしたが、繋がる反社は王罰組と威狩組しかないようだった。
「えっと……これ上は知ってるんですかね。王罰組と威狩組は今組織編成してる最中でデリケートな時期。それに立ち上がった対策本部の対応のために性犯罪は今するなって……最近それで裁判官を……」
3人とも酸欠で頭が回っていないのか口を鯉のようにパクパクさせて頭をゆらゆらと揺らしている。
「話聞いてますか?お仲間の首が落ちるところをそんなに見たいんですか?」
……車が止まった音、それに足音。
2人……3人か?
仲間に合流されたら流石に不利だ。
ドンッという扉を蹴破る音がすると見慣れた顔があった。
「マツリちゃん、神が来ました。」
そこには土埃から顕現した天堂さんの姿があった。
「な……は、はあ?神?」
一体どういう事だ?
スマホのGPSデータを共有している者は居ないはず。
服にでもタグを忍ばされた?
それはない、確認した。
「マツリ、間に合ったか?」
「それ、間に合わなかった時の台詞ですよね。」
いけない。
ナチュラルにツッコんでしまった。
「マツリさん……怖かった?大丈夫?もう安心だよ。天堂さん達がいるからね。」
真経津さんが近づいてきて背中を擦った。
「えっと……あの、この惨状を……。」
どこからどう見ても3人を半殺しにしているのは自分のはずだ。
「マツリちゃん、一人でよく耐えましたね。ここからは私が引き受けます。」
……何を、言っている?
「マツリ、股を洗ったらオレのパーカー着て。」
何を言っている?何を言っている?何を言っている?
体の中の悪意が渦を巻くように内臓を掻き乱して運転手に向けて嘔吐してしまった。
「……警察には」
既に警察を呼ばれていたら、終わりになってしまう。
終わりはダメ、死ぬのは村雨医師に介錯してもらう。
命の恩人の村雨医師に介錯してもらうんだもん。
殺してもらうんだ。
そうじゃなきゃダメ。
やだ、ヤダ、嫌だ。
「あ……あ!この人、カラス銀行の通帳持ってるよ!」
だからなんだ。
「なら呼べるか。」
誰を?
「0課の天狗のおじさんを呼ぶの?」
0課?特別債権管理課が……何?
「必要ない。」
頭が割れるように痛い。
「3人同じ部屋に入れるのも面白いかも。」
なんの話をしている?
「話をするな話をするな話をするな」
自分は樂舵の会始まって以来の御子、
災いと祟りを司る
家畜共、頭を垂れて我に平伏せ。
畜生、畜生、畜生。
皆の首は皆の首は切った切った全て切った。
「マツリ?」
自分は無垢な仔羊です。
憐れみを。慈悲を。
「マツリさん?しっかりして……」
「伊藤吉兆……どういう事だ……なぜ叶黎明は特別債権管理課を呼んでいる……。」
「叶には債務者を譲り渡しているだけだ。0課の業務は債権」
「そんなことは分かって聞いてるんだよ!!なぜ小間使のように……」
髪を振り乱し、錯乱したように目の焦点が合っていない。
「あくまで債権が絡んでいる件について関与するのみ」
「畜生共が皆債務者だったら……特別債権管理課を使えたのか……?」
顔から首筋までぐっしょりと汗をかいて、シャツまで濡らしてしまっている。
「債務者であればの話だ。」
「伊藤吉兆……自分は己の飼う畜生共を全て自らの手で可食した、可食したのだ……」
首筋に伝う汗を掬い取るとガクンと頭を下げた。
「そうだ。」
雫が滴り落ちる毛束を撫でると頭を擡げ、
「様々なコミュニティを転々とし、ついに全ての家畜を夷らげたのだ……自分自身が、自分自身で……」
下腹部の傷を指でなぞると、膿が出ている。
「
「終の棲家、安寧、楽園、ユートピアを見つけ、静かに……ただ静かに……」
頭が肩に乗り、唸るように呪いは続いた。
「誰かの手を借り……借りるなど……自分……自分で……間違いは正された……正した……正した」
鎖骨を手で押すと手首を両手で掴まれ、涙の雫が止めどなく伝ってくる。
「伊藤吉兆……目の前にいるのは何者であるか?」
くぐもった悲痛な声で
「目の前にいるのは、女でも人間でもなく、ただの
「そうです。自分は善良な小市民であり、仔羊であり、無垢で……」
汗がこちらのシャツにも染み込んで、互いの汗が溶け合うのをただ見ていた。
「
「伊藤吉兆、自分を彼らと戦わせて……村雨医師以外の彼ら……必要ない……必要ないから……」
対戦のカードを決められるとして。
そうだな。
「確かに受け取った。