「目覚めたか。」
目を開けると、そこには見覚えのある庭園の景色にそぐわないレースカーテンとベッドの金属フレームと真っ白な掛け布団と、無愛想な村雨医師の白衣姿があった。
「……あー……はい。」
平屋の和室であった所が改造されているのか?
……それより、天堂さんはどうなったんだろう。
水素ガスの爆発では無事では済まない。
「……ご友人は亡くなってしまいましたか。」
始めに最悪のケースを提示した方が、後々いいからな……。
銀行でのハーフライフ戦とはいえ、村雨医師の友人を間接的に殺害してしまったのだから……。
村雨医師は自分を怨んで介錯をしてくれなるかもしれない。
……嫌だ、やだ、ヤダけど……。
「何を言っている。彼は生きているが?あの時、やはり意識が無かったか。あなたはあの後、時刻札を選択し数字札と算術札を出して『紫』を取得し、天堂は何もしなかった。つまり、『両者が同じ状態』であったが『勝利条件』にはならず『3分以上の遅延』『継続不能』で天堂とあなたの両名が敗北した。」
……敗北のペナルティは風船の爆発で、そもそもなぜ『自分も敗北』になっている?
「……なんで自分まで負けうんですか?」
自分のターンが終了したなら、天堂さんだけが負けるべきで。
「あなたは『紫』を取得したが、その後の『効果選択』を行わなかった。」
……なら、自分だけで良いはずだ。
「なぜ、天堂さんも負けたのですか。」
花を持たせるために『両者失格』とするなら、とんだ恥をかかせてくれたな……伊藤吉兆。
「天堂がガラスパイプを破壊してあなたの救護にあたったからだ。『暴力行為』に反するとして『両者失格』だ。」
ガラスパイプを破壊してって……あれは水素ガス爆発を耐えうる強度なんじゃないか?
「……天堂さんは風船の爆発に巻き込まれていないんですね……良あった……。」
ああ、負けてしまったから悔しくて涙が出るんだ。
ワンヘッドの
ワンヘッドクラスがハーフライフクラスに敗北するなど……。
「……ところで、この家屋を診療所に改築したので……しばらくここを拠点とすることが多くなる。」
家屋の乗っ取りか。
そうだ、家屋と畑に山林、管理物件の引き継ぎを誰かにしないといけないな……。
「村雨先生、デスノートを書くので待っていてください。」
村雨医師は下を向いてしまった。
「そんなもの……あなたに書かせたりはしない。」
「ねえマツリさん、薄いラベンダー色のお花畑があったよ。」
目を開けると、真経津さんがベッドの上に上半身を乗せてこちらを覗き込んでいた。
「ラベンダーは繁殖力が弱いからローズマリーか?ストックかリナリアのこぼれ種?」
ベッドから起き上がろうとすると背中に手が置かれ、手を緩く引かれた。
「足元に気をつけてね。」
気をつけるも何も、ここは自分の家。
「大丈夫ですけど……?」
ゆっくりと足を下ろすと中途半端にフローリングが敷かれたせいで足元を取られ、真経津さんに抱きつく形になってしまった。
「もー、気をつけてっていったのに!」
真経津さんはそのままの体勢でそろりそろりと歩き出した。
「……あー、一人で歩けますから。」
そんな呼びかけも無視されて、土間の段差まで来るとひょいとお姫様抱っこのように持ち上げられて座らされた。
「マツリさん、靴を新しく買ったから。」
そう言うと真経津さんはバリバリするマジックテープ式のラメが光る靴を無理やり履かせた。
「……天堂さんを負かしたから嫌がらせですか?小学生みたいな……罰ゲームならそう言ってくださいよ。」
真経津さんはニコっと笑うと左手を繋いだ。
「マツリさんってオシャレに疎いんだね!ベロクロススニーカーは最先端の流行りなんだよ!」
……嫌いなら……そう言えばいいのに。
「そうでしたか……靴、ありがとうございます。」
履き心地に重きを置いた靴は、とても軽かった。
、、、
「これはマツバウンランですね……。」
村雨医師が代理で剪定除草業者を雇ってくれたらしいが、畑の一部が『所有者が植えた花かもしれない』として刈り残された部分があった。
「風にそよいでキレイだね!あっちのポピーもキレイ!」
クローバーの上に二人並んで座り、指差された方を見る。
「……あれはナガミヒナゲシ。早く刈り取らないと土地を侵略してしまう。」
自分が説明している間にも真経津さんは下を向いて手慰みを探している。
……一緒に居るのが退屈なら、無理に付き合わなくていいのに。
「あった!四つ葉のクローバー!」
見つけるにしても早すぎる。
「これあげる!」
全然、嬉しそうな顔をしてないじゃないか。
「女性に四つ葉のクローバーを贈るのはオススメしません。特に自分のような者の場合には。……ただ、ありがたく頂いておきます。」
「マツリ、何の本を読んでたんだ?」
目を開けると、叶さんがベッドにいつの間にか添い寝する形で手を自分の頭と読みかけの本を押さえる手に乗せていた。
「……『ギリシア哲学者列伝』です。」
身体を起こそうとすると、腕により制止されてしまった。
「ふーん。それがドルイデスの本?」
……違う。
「いいえ。『樂舵の会』はもっと短絡的な寄生植物信仰と繁殖行為という性交の……あ。……ドルイデスではなく、七賢者と呼ばれる哲学者達の話が主です。」
手元を動かすが、ツルツルとした材質にたどり着かない。
「ああ、探してんのコレだろ?」
頭に置かれた手がゆっくりと顔に向けて下ってくる。
「あ!それ……です。」
叶さんの手にはラミネート加工をした押し花の栞があり、いつの間にかパウチで穴が空けられ鈴とリボンが結わえてあった。
「せっかく晨くんが摘んだんだから無くさないようにして。」
手渡された栞を握りしめて大きく深呼吸する。
「話は変わりますが……自分、まだ学生だった頃、エキストラをやっていたことがあって。」
……御子として演技と扇動力を学ぶ為に。
「で、俳優に恋をしたとか?」
「お願いします……頭を撫でないで……」
また涙が伝った。
ハーフライフ戦での心の傷が癒えていないんだろう。
「その日は冬で、極寒の撮影現場でした。しかも時代劇の撮影でエキストラ達は皆野外に出されて凍えていました。」
叶さんは手を動かさず、ただ聞いているようで耳に呼吸の吐息がかかった。
「俳優さんやスタッフさん達は当然暖房にあたれていて、エキストラの分の暖房などなくて。俳優さんたちと同じ場所にエキストラなんかが入ったら彼らが機嫌を損ねてしまうから……当然で。」
手元が緩くにぎにぎと握られているようだ。
「そんなとき、ある俳優さんが肩を叩いて『僕たちと一緒にあたりなさい。寒いでしょう。手が悴んでいる。他の人たちも呼んでおいで』と言ったんです。」
彼の頭が肩に擦り付けられているようだ。
「スタッフさん達は仕方がなく、その俳優さんの暖房エリアだけをエキストラに解放して、それで……。」
……彼の手は、温かかった。
「で、初恋?名前は?」
首を振った。
「……ニュースで再び名前を目にしたとき、彼が麻薬取締法違反で逮捕されたテロップが流れたんですよ。あはは……。」
「えーっと、伊藤さんからの言伝だ。」
目を開けると、元伊藤班であった昼間が蔵木と共にベッド脇に佇んでいた。
「『ワンヘッドとして名だたる戦績を誇りながらハーフライフ戦で敗北するなどギャンブラー[[rb:禍根 > カース]]としてのお前は死んだ』だそうです!!」
……そうだろうとは思った。
銀行のシステムが変わった直後だというのに、ワンヘッド戦ではなく無理やり『羞恥を晒すだけの道化』としてハーフライフ戦を願い通り『村雨医師の友人』と組まされたのに。
結果は期待通りの『愚かな道化』としての役割しか果たせず、ワンヘッドの[[rb:禍根 > カース]]としての矜持を示さなかった。
……もう用済みの使えない捨て駒となったのか。
あれだけ熱を入れられていると勘違いするほどの扱いを受けていても、所詮は銀行員とギャンブラー。
金を生み出せなければ、縁の切れ目。
「あ、伊藤さんからの手土産は黎明達に運ばせてるから。」
……そうなれば権限や賭博口座の契約を再度改めて確認しないといけない。
「そうそう!スイカ割りをしてもいいですか?」
蔵木は口元だけを笑みに変えた。
「え?いいけど……。」
ギャンブラーを引退するとして今までの権利を精査しないと混乱するからな。
「カブトムシ獲りに行ってもオーケー?」
……もうそんな季節か。
「待って、案内するから。」
そう言って立ち上がろうとすると昼間と蔵木が慌てて止めた。
「黎明ー!!抱っこして大丈夫かー?あ、いいって。」
謎の確認が終わると蔵木に軽々とお姫様抱っこされてしまった。
、、、
「そう、あのクヌギの木の下が茶色くなっているでしょ?あれが樹液だからカブトムシやクワガタは居ると思う。……オオスズメバチもいるかも。」
蔵木はクヌギから離れた場所で自分を抱えたまま、昼間がそーっと木の下に近づくのをただ見ていた。
「デケェ!!めちゃくちゃ種類いる!!」
大きな声を上げると、昼間は手に何かを捕まえて走り寄ってきた。
「チョウチョもいるんだな!!」
……それは
「オオムラサキ、オオスズメバチとも争うくらいのプライドが高い蝶で……絶滅危惧種の国蝶だから放してあげて。」
パッと手を離されたチョウはフラフラと森のなかに消えていった。
「あのチョウがオオスズメバチに勝てるか賭けません?」
「マツリちゃん、ここの夏祭りでは独特な花火をするんだろ?」
目を開けると、獅子神さんが浴衣を何着か手に掲げて持っていた。
「……はい。なんたって国の重要無形民俗文化財ですからね……。」
そうはいっても、住み着いてから祭りに行ったことがないから見たことはないけれど……。
「今晩はどっちの浴衣にする?」
……どっちと言われても。
「……どっちでもいいです。」
獅子神さんは真顔になって背中に腕を回して自分の身体を抱き寄せた。
「確かにな。全部の浴衣を別日に着ればいい。」
彼のなかでは納得したようで、スルスルと作務衣の紐を解くと着せ替え人形の服を替えるように浴衣袖を通させてしまった。
「あのー……。」
前がはだけて下着が見えてる状態のところにテキパキと肘や背中に手が回され、形が整えられていく。
「ちょっと待っててくれ。」
太ももを持ち上げられると簡単に背中からベッドに倒れてしまい、シュルリとズボンが脱がされてしまう。
「えっと……。」
再び背中に手が回り起こされると、抱き寄せられる形で立たせられ、腰に帯が巻かれていく。
「これでよし。キツイとかゴワゴワしてるとかあるか?」
ないとは思うけど……。
「いえ……ありがとうございます。」
、、、
「敬一くん、次はオレが抱くから。」
そこまで大きくない祭り会場で、男5人に代わる代わるお姫様抱っこされている女という組み合わせは否が応でも目立ってしまう。
「マツリちゃん、何か食べたい物とかあるか?」
……見世物で、お荷物だ。
「自分よりご友人たちとの歓談を優先されては?」
……帰りたい。
「は?だからお前に食べたいものを聞いてんだよ。」
キレている叶さんにりんご飴を口に入れられ、反論が出来ない。
「マツリ、チョコバナナとイカ焼きを買ってきました。」
天堂さんの方を見るとカラフルな綿あめをパクパクと食べながら大判焼きを頬張る真経津さんと、焼きそばを無心で食べている村雨医師の姿があった。
「……皆さんが楽しんでいるならよかったです。」
、、、
「おー……綺麗だ。」
打ち上がる花火を皆で見上げた。
花火なんて、ただの火薬であって……。
見ても何も心に残らなかったのに。
「キレイだね。花火って鎮魂のために上がってるんでしょ?」
……もうこれ以上は
「……苦しみがあった証拠になりますね。」
「なーんか自分、最近『溺愛ハーレムで複数人から庇護されて寵愛される系』のムーブしてません?天堂さんが負けから罰ゲームでもしてるんですか?」
打ち終わった注射針を始末している村雨医師に発破をかけるとコクリと頷いた。
「寵愛か……まあその認識も間違いではないだろう。」
……違う。
「……元ワンヘッドを追放して懐柔するのは楽しいですか?」
……違う、そんな事。
「あなたが受けた苦しみ、犯した罪、治療に係る不安を肩代わりすることは出来ない。……私に出来ることは診断し治療すること。時間がかかっても」
「村雨先生……」
わけがわからない。
どうして村雨医師に抱きついているんだろうか。
なんでこんなに涙が溢れて止まらないんだろう。
「あなたの側にいる。」
苦しい。苦しい。苦しい。
「村雨先生なんて大嫌い……みんな……みんな大嫌いだから……顔も見たくない……どっかに行ってしまえ……」
、、、
目を開けると、天堂さんが自分の手を握っていた。
「マツリちゃん、天体望遠鏡が届きましたから一緒に空を見ましょう。」
何もかも見透かす瞳と渦巻いた空気に耐えられない。
「天堂さんが生きててくれて……」
涙と嗚咽が止まらない。
「マツリが生きていてくれて、私は心から安堵しました。」
辛い。苦しい。耐えられない。
これ以上、楽しい思い出を作りたくない。
幸せな希望を見せられれば見せられるほど、絶望はより色濃くなるから。
「これ以上優しくしないでください……もっと天堂さん達と一緒にいたいと……叶わない望みを抱いてしまうから……。」
「気分はどうだ。」
目を瞑ったまま、頷いた。