※この作品はR-18です。

悪癖   作:ummt

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なかなおり

 

「目覚めたか。」

 

 目を開けると、村雨医師がベッド脇の付書院であった机部分に腰を掛け、文庫本に目を落としていた。

「村雨先生、おはようございます。」

 ……何だか体が軽くなったようで、グッと伸びをした。

「おはよう。」

 一言だけ呟くと、また顔を伏せた。

 無言の静寂が続くかと思えば、鈴虫達の鳴く声が雑にフローリング化された和室に響いている。

「村雨先生、もし診療所化を本格的にするならこの奥座敷ではなく、手前の部屋を使ったほうがいいですよ。なんせ100畳もありますからね。」

 パタンと本が閉じられて、村雨医師は眉間を押さえた。

「……ならばあなたが指示した通りにする。……くだらないノートを書くより有意義なことに時間を使え。」

 ……くだらないは酷い。

「じゃあ、くだるものってなんですか?」

 村雨医師はため息をつくと本を置いて首すじに手を伸ばした。

「意味があることだ。……熱は下がったか。」

 彼の手は冷たくも温かくもない。

 置かれたその手の親指はゆっくりと頬を撫でた。

「村雨先生、私としたいんですか?いいですよ、しても。」

 彼の眉も瞳も唇も、何の反応も示さない。

 手のひらは頬を包んだままだ。

「あなたはしたいのか?」

 ……質問を質問で返すとか。

「したいって言ったら私としますか?」

 ……上半身が動いた、顔が近い、性交が始まる。

 ……額にキスされた?

 ……そうか、前戯に重きを置くタイプか、徐々に下がって

「しない。あなたが私の患者である限り。」

 唇が触れそうな距離で目と目が合った。

 眼鏡のレンズに女が映りそうで映らない。

「えー?なら村雨先生とお近づきになるには健康な人じゃないとダメなんですか?」

 ……上半身が下がった。

 ガラスには泣きそうな顔をした女がこちらを見て責め立てている。

 女が自分に向かって叫んでいる。

 焦点の合わない女が

「あなた、本当に私を見ているか?」

 ふと目を瞑り再び開くと裸眼の瞳と目が合った。

「見?見て……見てますけど?」

 村雨医師は何を言ってるんだろう。

 どうしてまたしても泣いていてしまっているのか分からない。

 

「あなたはあなただ。他の誰でもない。分かるか?」

 


 

 2匹のコウガイビルの頭と尾をを切って、胴体を繋ぐ。

 


 

「じゃーん!!秘湯だぞマツリちゃん!!」

 

 やたらとテンションが高い獅子神さんにお姫様抱っこをされて降りた場所は山奥にあるこじんまりした温泉旅館だった。

「あー……はい。なんか下駄の音が聴こえてそうですね。……降ろしてください。」

 ゆっくりと腰から降ろされて整地されていない道を獅子神に抱きつきながらそろそろと歩く。

「晨くんあれ言ってあれ!!」

 叶さんが真経津さんの肩を叩くと少し照れくさそうに旅館を指さした。

「う〜ん、そうさ。ご名湯。……うう。」

 意味が分からない。

 無視して旅館の玄関に足を踏み入れると女将さんが恭しく出迎えてくれ、従業員が出荷物を部屋に運びに行った。

「じゃ、入るか。温泉。」

 ……あんまり温泉は好きじゃない。

 浸かったからといって罪が洗い流される訳でもないし。

 フラフラと脱衣場に向かうが、彼らも同じ場所にいる。

「すみません、流石に温泉でまで一緒にいるのは過保護というか……乱交じゃないんですから……。」

 

「は?ここは混浴風呂だぞ。」

 

、、、

 

「マツリさん、どうして入ってこないの?」

 

 ……おかしい。

 自分は身体を使って畜生どもを切り取ってきた。

 それに、自宅でも風呂を一緒に入って背中を流し合いをしている。

 自分は自分の身体を他者に見せることを何とも……。

「恥ずかしいんじゃねーか?」

 ……なぜ?なぜ彼らに裸を見せることが恥ずかしい?

 おかしい、理屈が通らない、自分は自分は

「マツリ、風邪を引くからまず身体だけ洗うから。」

 裸に腰巻きをしただけの叶さんにお姫様抱っこされて椅子に座らされる。

「あ、いや、恥ずかしいとかじゃなくて……」

 発言を無視するように柔らかいタオルで泡立たせた石鹸が全身を撫でる。

「あっそ。顔真っ赤だぞ。」

 そんなわけがない。

 羞恥を感じるわけがない。

 自分はたくさんの畜生どもと

「マツリも恥じらう乙女です。からかってはいけません。」

 違う。違う。違う。

 自分は自分は

 浴室に備え付けられた鏡にに目をやった。

 鏡に映る女がこちらを蔑んだ目で見ている。

 自分は女から

「マツリ、俺を見ろ。」

 顎を掴まれて叶さんの裸眼と目が合った。

「……は、は?はい……見ました……けど」

 その隙に前側もササッと洗われ、髪の毛にぬるいシャワーがあてられる。

「ここのシャンプー、けっこう泡立つな。」

 そう言って泡立った泡が鏡に塗られると、女は姿を現さなくなった。

 

「……そうみたいですね。」

 


 

 人間大の藁人形を御神木から剥がして持ち帰り、女型と男型を結び合わせ、梅の木に括り付ける。

 


 

「マツリちゃん、熱すぎたりしねーか?」

 

 獅子神さん達は流石に混浴のため、一定の距離を保ってい……いない。

「マツリさんみてみて!クラゲさん!!」

 真経津さんが近寄ってくるとタオルを温泉に漬けて空気を包んで浮きのようにしている。

「……共用の温泉でタオルを湯船に浸けるのはどうかと思います。」

 そう言って膨らんだタオルを握ろうとして……やめた。

「マツリさんって好きな人の注意を引く為に意地悪するタイプ?」

 頬を膨らませてムッとしている顔から視線を落とした。

「そっくりそのまま返しますよ。真経津さん。」

 目に映るのは二つの乳房。

 自分は紛れもなく女であるが、女としての機能はない。

 いや、男にとっての女であるなら機能はしている。

 緑がかった湯船に女がゆっくりと現れた。

 哀れみの目を向けて口汚くこちらを罵っている。

 女は自分

「意地悪するならこうするからね!!」

 バシャッと顔面にお湯をかけられた。

「……は?真経津さんはやっぱり自分のことが嫌いなだけの」

「ボクを見てよ、マツリさん。」

 肩を掴まれて前後に揺すられる。

 目の前の男は裸だ、自分も裸だ、つまり性交。

「湯船での性交は雑菌……う……うぇ……う」

 気持ちが悪い。

「え。のぼせちゃった?大丈夫?」

 頭が痛い、頭が痛い、頭が痛い。

「貸せ。……あなた、私を見ろ。」

 目が回る。

 唐傘お化けの眼鏡のレンズは曇っていて、何も

「マツリちゃん、オレを見ろ。」

 獅子神さん?

 

「私だけを見ろ。」

 

、、、

 

「目覚めたか。」

 

 目を開けると、浴衣姿の獅子神さんの腕の中で座っていた。

「……らい?」

 頭がぼーっとする。

「マツリちゃんは何が食べたい?先ずは刺し身にするか。」

 獅子神さんは左腕に自分を抱きながら箸を取って刺し身を口元に運んだ。

「……はい。」

 いつの間にか客室の畳の間には御膳が並べられている。

 刺し身を一切れ口にしたが、咀嚼できない。

 古い魚なんだろう。

「……マツリちゃん、口開けろ。」

 口を開けると指が入って舌を撫でた。

 背面座位?

 指は刺し身を掻き出すと獅子神さんが口から出した刺し身をねじ込み入れた。

「汚い……ばっちい……美味しくない……」

 刺し身を噛み切ることが出来た。

「敬一くんアシタカみたいだな。」

 アシタカ?蜘蛛のことかな。

 

「じゃあ湯豆腐を食べような。マツリちゃん。」

 


 

 蔵にある花蜜と色水の入った壺、繋ぎ合わせた動植物と蛹の入った箱を藁人形の中に入れる。

 


 

「マツリ、天体望遠鏡持ってきたから星を見よう。」

 

 御膳はちっとも美味しくなかった。

「星ならいつも見えてますから。」

 出窓に出たくない。

 怖い。

「旅行先で見るから楽しいのに!せっかく獅子神さんが運んだのに!」

 獅子神さんは村雨医師の友達だから。

 あれ?

 村雨医師って誰だっけ。

「うーん、はい。」

 望遠鏡を覗くと星がたくさんあった。

 星っていうより埃のゴミみたいだ。

「ちゃんと見えてるか?マツリ。」

 マツリ?お祭り?

「だーれ?お祭りには行かない。寒いからもう寝んねしたい。」

 フクロウの声、怖い。

 狼がいるみたい。

「マツリ、私の布団で寝ましょうね。」

 キラキラしたお兄さんがぎゅっとしてくれた。

「うん!寝んねする!たっとね?今日も頑張ったの!えらいえらいして!」

 たっとのこと、知らないお兄さんたちがなでなでしてくれた。

 うれしい。

「おいで、[[rb:尊 > たっと]]。」

 キラキラのお兄さんに抱っこしてもらった。

「あのねあのね?おかあさまには内緒にして?たっと、好きな人が出来たの。」

 あったかい。

「ふふ、秘密にしますよ。」

 秘密だから内緒にしなかったらだめ。

「じゃあ約束だよ?ゆびきりげんまんして!」

 キラキラのお兄さんがゆびきりしてくれた。

「[[rb:尊 > たっと]]は誰が好きなんですか?」

 えへへ、好きな人のことを考えると笑顔になっちゃう。

「お友達のみんなが大好きなの!どら猫に悪うさぎにカラスのみんな。それにライオンさん、怖いお兄さんにお医者さま。あとはね、意地悪してくるふかふかも。それに神様!」

 あれ、なんで泣いてるの?

「そうですか……。きっと彼らもあなたを愛していますよ。」

 愛?うふふ、笑っちゃう。

 愛って、なんかくすぐったいから。

「あ、神様っていっちゃいけないんだった。たっとが神様なんだから。絶対に絶対に内緒だよ?」

 お布団の中に潜ってヒソヒソする。

「ええ。……[[rb:尊 > たっと]]。」

 キラキラのお兄さんの目におかあさまが現れた。

 おかあさまが来るとおかあさまに

「[[rb:尊 > たっと]]、もう眠りなさい。」

 ぎゅーっとされてなでなでされたら眠くなってきた。

 

「おやすみなさい。」

 


 

 その者の遺骨と、遂行者全員の共通する知人の女の遺骨または髪、爪、皮膚等を白い祠に入れる。

 


 

「……といった内容が彼女のエンディングノートの一番最後に記載があった。」

 

 村雨さんが持っている白いペンでデスノートと書かれた黒いノートを覗き込むと温室や畑の管理方法等の雑務が書かれた見慣れた筆跡が残されていた。

 ただ、それとは異なる教科書のような丁寧な字で『愛の証明』なる方法がしたためられている。 

「なんつーか、本当にオカルトだな。」

 結局、樂舵の会の経典だとか団体に関する資料は何も残されていなかった。

「タタリ神を信仰する……例の廃墟凸したUtuberも行方不明になってるからな。」

 叶さんに見せてもらった動画も権利者削除になっていて消息が掴めないでいる。

「共通の知人女性となると彼女しか居ませんが……。」

 ……場は重い空気に包まれた。

「本当にこの地域に等身大藁人形を2体使う祭りがあったとはな。とりあえず拝借してきてはみたが。」

 とりあえず1日くらい大丈夫かなって町外れの木に括られた藁人形を借りて儀式を再現してみたけど。

「遺骨……。」

 流石に、彼女のものを探し出して入れたりはしなかった。

「まあこれで気が晴れたろう。ただのまじないに過ぎない。帰るぞ。」

 村雨さんが手を叩いてみんなを追い立てた。

「そうだな。オカルトはもういい。」

 そのどさくさに紛れて天堂さんが藁人形の中に一瞬手を触れた。

「……天堂さん、何か入れた?」

 一斉に振り返ると、天堂さんはニコリと微笑んだ。

 

「爪痕を残した彼女に後ろ髪を引かれただけですよ。」

 


 

『梅の木が燃えちまった!!』

 

 儀式を再現した翌日、獅子神と叶達が藁人形を元の場所に戻そうと梅の木がある畑に足を運ぶと雷が落ちて梅の木と藁人形が祠ごと勢いよく燃えてしまったらしい。

「まったく……何をやっている。」

 あの藁人形は勝手に期が過ぎて朽ちるのを待つものであるらしく、大事にはならないだろうが。

 ……もし、天堂が彼女の遺骨だけでなく、もう一人の彼女の遺品 を入れていたのだとしたら。

「フッ、考え過ぎだ。」

 スマホに映った待ち受けの彼女を黒にして消した。

「すみません、次の患者さんをお呼びしますね。」

 看護師に声をかけられ、改めて問診票を見るが『胸にトゲが刺さったよう』との内容で、病歴が一切ない金宮 両華という名の若い女性だった。

 ……一切ない?

 この個人紐づけ番号で管理されている中で?

 トントンと扉をノックする音にハッとして目をやると、ガラガラと互い違い扉が開かれた。

 

 その一瞬で目を奪われた。

 一挙手一投足に、声に、表情に、姿形に。

 彼女は、

 金宮 両華は、

 私の心を奪い去った。

 

楳の樹の下には

 

「あれ?もう何もないみたいですね。」

 

I was cured all right.

 

 

 

 

 

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