「みなさま、ごきげんよう。」
アッシュグレイの巻髪ツインテールを揺らして学園内を歩くと、モーゼの海割りのように人混みが割れた。
皆、私を見て怪訝そうな顔をしたり、顔をしかめてヒソヒソと小声で内緒話を始めた。
当然だ。
私は転生者として記憶を取り戻すまで、我が儘で周囲を困らせていた。
普通なら、資産家の令嬢は社交界のマナーを叩き込まれ、誰よりも清廉潔白のどこに出しても恥ずかしくないように家庭教師がつく。
……でも、ママが亡くなってからパパは気を塞ぎ籠りがちになり家から一歩も出なくなってしまったから。
『我が儘で躾になっていない箱入り娘』として振る舞い、迷惑を掛けて無理やりパパを『保護者の監督責任』として外に引きずり出した。
そのクセがなかなか抜けず、パパが外向的に活動するようになっても、ふとした瞬間に性格の悪さが滲み出てしまから。
一人ぼっちになるのも……当然の報い。
放課後になると、裏門に黒塗りの高級車が横付しており、見慣れたニヤケ面が軽く手を振った。
その背中に蹴りを入れると後部座席の扉を開けられ、座るようにジェスチャーされた。
それに応えるようにボスっと座り、シートベルトをしめられながら担当行員をまじまじと見る。
松本班の松本茶色……たしか特四は全六班で、原作で出てきた班は宇佐美班、伊藤班、片伯部班、白金班の四班だった。
モブ班……ほかに行員、居るのよね?
「アンタが時雨みたいなネームドと対戦を組んだせいでミミズ腫れの跡が残ったじゃないの!!お嫁にいけなくなったらどうするのよ!!」
前に回り、シートベルトを何食わぬ顔でしめてハンドルを握る松本の座る運転席を蹴飛ばした。
「そのときは……僕がお嫁さんにもらってあげようか。」
……はあ?
「ふざけんじゃないわよ!!松本はただのモブ行員じゃない!!アタシはレイメイみたいなイケメンで金持ちじゃなきゃ嫌!!」
せっかくジャンケットバンクの世界に転生したのよ?
「あはは、リンネさんにふられちゃった。」
元いた世界よりも、よっぽど良い身分で、美しく生まれて、……私は恵まれている。
「当たり前でしょ!?身の程を知りなさいよ!!運転に集中なさい!!」
アタシはアタシとして、[[rb:天塚 燐子 > あまつか りんね]]としての新しく輝かしい人生を歩む、そうレールが敷かれているように。
「ところでリンネさん、次のハーフライフ戦前に食事をしませんか?」
松本が食事に誘うなんて……食事……まさか、ジャックポット・ジニー!?
あれなら負け続ければいいという攻略法を知っている。
……でもアタシはモノクロの蝶で時雨賢人に初戦で負けた。
いいえ!初戦で負けるなんてよくあることよ!!
アタシはフレンズ入りしてレイメイの彼女になるんだから!!
彼女になって……。
「付き合ってあげてもいいわ。……その代わり、ちゃんとレイメイに会えるように手筈しなさいよ!!」
「約束は出来ないかな。ごめんね、リンネさん。」
「ここ……ジョイキッチンじゃない!!」
ジョイキッチンといえば、牙頭猛晴オーナーのお店……!!
ピーキー・ピッグ・パレスで漆原伊月弁護士と牙頭猛晴オーナーの親友ペアが天堂弓彦と村雨先生と戦った回は村雨先生の覚醒回としても天堂弓彦の自認神が証明された神回だったわ!!
……実際のところ、場所を調べてはいたけれど訪れる勇気が無かった。
だって、訪れてしまったら……。
「リンネさん、あまり好みではなかったですか?」
車を駐車場に置いてきた松本がヘラヘラしながら走り寄って来る。
「……別に。ただ、庶民的なレストランよね。」
だって、牙頭オーナーが『老若男女のために開いた店』なんだから。
「入ろうか、リンネさん。」
店内に入るとメイドさんがにこやかに席に案内してくれた。
たしか、このメイドさんはキレたら怖いタイプだったわね。
「あら、随分と良心的なお値段ね。」
メニュー表を開いてみると、漆原弁護士が食べていたであろうパルフェを見つけて指を指す。
「ご注文がお決まりになりましたら、お声がけください。」
顎で合図を送り、決まったと目配せする。
「すみません、このパフェと……僕はステーキを一つずつ下さい。」
松本が注文をするとメイドさんは調理場に戻っていった。
「リンネさんが外食をなされるとは。たしか、以前は『お抱えシェフ』が作ったものしか口にしないと会食中におっしゃっていたと伺いましたので。」
……そうね、確かに記憶が戻るまではしていたわ。
ただ無愛想にしていれば、他者からの関心が無くなると思っていたから。
でも、今ならわかる。
それがどれだけホスト、もてなす側に対して無礼だったか、用意した食事に手を付けてもらえないという屈辱を味あわせたか。
私のマナーの無さや態度の悪さだけでなく、パパの責任問題や信用損失、ビジネスチャンスを逃す結果にも発展していたこと。
謝っても済む問題ではないことも。
「……気が変わったのよ。食わず嫌いはいけないわ。」
若かったから、未熟だったからでは許されない。
「昔から好き嫌いあんまり無かったですからね。」
昔から?記憶が戻るまでは食べたいものしか……。
顔を上げると、真顔の松本と目が合った。
「何よ、嫌味のつもり?」
キッと睨見つけてテーブルの下で足を踏んだ。
ただのモブキャラのくせに。
……それは、
「お待たせいたしました。」
タイミングを見計らったようにパルフェとステーキが運ばれてきて、目の前に置かれた。
「ご注文は以上でお揃いでしょうか。」
どうしよう、態度の悪さを罵られるかしら。
「はい、ありがとうございました。」
松本がニコッと笑うと「ごゆっくりどうぞ。」と、またメイドさんは調理場に戻った。
辺りを見回すが、雪村くんは居ないし牙頭オーナーも漆原弁護士も居ない。
そうそう都合よくネームドは現れないわよね。
「ところで、どうしてこの店を選んだのよ。価格帯が高い店は選べなかったのかしら。」
近くには同じ価格帯の飲食店が無数にあるのに。
「リンネさんが気にいるかな、と思って。」
「ごちそうさまでした。」
食事を終えて車に乗り込み、ため息をつく。
「窓……開けてちょうだい。」
窓が下がって冷ややかな風が入り込んで髪を揺らした。
……この空の下にレイメイは居る。
実際にレイメイの配信を観てみたし、グッズも買った。
気持ちが昂ぶったし、実際に会えるチャンスがあると確信した。
……ただ……チャンネル登録はしなかった。
そもそも対戦ゲームの実況プレイを観ない方だったし、レイメイが口が悪いのも含めて好きだった。
それでも、実際に観たレイメイは本物だった。
言い方がおかしいけれど、……。
「手に届かないから……憧れが成立するのかしら。」
プライベート配信も観ていないから、レイメイがフレンズ入りしているのか、フレンズがあの5人に揃っているか分からない。
……知る勇気が無いから。
ならどうして……。
「憧れは……手に入れても憧れのままですよ、リンネさん。」
、、、
「頑張ってね、リンネさん」
またハーフライフ戦が始まるのね。
ギャンブラーとして登録を済ませ、賭博口座に振り込みが入金されたあの日から、もう後戻りなんて出来っこないんだから。
松本が廊下の扉を開き、意を決して足を踏み出す。
……私はフレンズ入りして、レイメイの……
目の前には大型ディスプレイの前に六角形のテーブル、それを挟んで対面するように椅子が置かれていた。
相手の行員は土屋田……まさか対戦相手は三角誉!?
ワンヘッド相手じゃ死んじゃうじゃない!!
恐る恐る近づいて立ち止まる。
「……よろしく。」
土屋田の影から姿を現したのは雛形春人だった。
「よ……よろしくお願いいしますわ、雛形春人さん。」
……やっぱり私、違う世界線にいる。
ライフ・イズ・オークショニアで時雨が既に勝敗を喫しているのなら、雛形春人はジャックポット・ジニーで既に死亡しているはず。
ただ、原作では「対戦相手が死亡したため真経津震を勝者とする」としか描かれていなかった。
あの後、餓死せずに囲われた?
なら、どうしてまた暗黒金持ちの前にいる?
まさか、真経津くんが亡くなった!?
それだけはどうか……。
「本日の司会は榊が務めさせて頂きます。」
オリジナルデスギャンブル『ハニカムコンボ』
『Honeycomb Combo』
プレイヤーはビーになり先攻後攻を決める。
仲間を先に3匹羽化させる、または先に陣地を7ヶ所取得、蜜P82Pを先に取得の何れかをすると勝利。
ペナルティは粘着質のジェル投下。
【プレイヤー】
蜜P:初期値0P、82Pで勝利
羽化P:初期値0P、3Pで勝利
【ターンの流れ】
ターン始まりに先攻と後攻には蜜P+3P
『行動選択』
A:蜜入れ、蜜Pを1P消費して巣穴に蜜を入れる
同じ巣穴にはターンにつき1回しか蜜入れ不可
※例 3P消費し1〜3に蜜入れ
B:卵産み、蜜Pを3P消費して巣穴に卵を入れる
巣穴には蜜が入っていないことが条件
また、同じ巣穴に卵があるときは卵産み不可
C:掻き出し、蜜Pを2P消費して巣穴の蜜を掘り出す
掘り出した蜜P分のPを獲得
D:共食い、蜜Pを6P消費して卵を掘り出す
掘り出した卵の状態分の蜜Pを取得
E:蓋、蜜Pを7P消費して巣穴に蓋をする
ただし、Cを3回、Dを2回同じ巣穴に対して行われると蓋は破壊される
F:巣立ち、蜜Pを5P消費して蓋を開ける
この時に4段階、羽化であればその『蓋を空けた』プレイヤーの羽化Pが+1
G:縄張り争い、蜜Pを9P消費して次のターン相手の行動をスキップさせる
H:羽休め、何もしない
【卵】
ターン毎の始めに状態が変化する
羽化させる場合、蓋を羽化のタイミングで開ける必要がある
1段階:卵、蜜P1P
2段階:幼体、蜜P3P
3段階:蛹、蜜P5P
4段階:羽化、蜜P7P
5段階:ロイヤルゼリー、蜜P9P
ロイヤルゼリーになったらそのまま、つまり羽化失敗とみなす
【巣穴】
正六角形が以下の順に正六角形になるように並んでいる。
同じ巣穴に蜜入れを合計3回入れると、そのプレイヤーの陣地になる
1st:1〜3の段
2nd:4〜7の段
3rd:8〜10の段
『対角』
1、3、8、10は一度そのプレイヤーの陣地になればどのような状態になってもそのプレイヤーの陣地と見なす
先攻は雛形、後攻は私にアタシなった。
座席につくと、雛形はつまらなそうに下を向いた。
「あら雛形さん、随分と余裕みたいね。」
蜜Pを1Pずつ1、3、8に指定すると、モニターと六角形のテーブルにの角の色が三箇所変わった。
「そうでもありませんよ。」
雛形は2に卵産みを指定し、モニターの2の箇所に卵の映像が映される。
このダウナーモード、まだ土屋田に本性を明かしていない?
「そうかしら?アタシのことを子供だと思って甘く見ていないかしら?」
このゲームは陣取り合戦。
……勝てるわ。
先攻が雛形に代わり、雛形は蜜Pを1Pずつ1、3、8に指定した。
……えっ!?同じ場所に別々の蜜Pを入れていいの!?
「どうしました?」
雛形が薄ら笑いを浮かべてこちらを見た。
「……いえ、アナタもアタシと考えることは同じなのね。」
先に蜜Pを同じ巣穴に入れたほうが陣を取れる。
アタシは同じく蜜Pを1Pずつ1、3、8に指定した。
これでもう一度入れれば3箇所はアタシの陣地になる。
先攻がアタシになって、蜜Pを1Pずつ1、3、8に指定すると、モニターとテーブルに『リンネ陣地』と表示された。
あと4つ陣地を取ればアタシの勝ち……!!
「では……掻き出しを1に行う。」
雛形がそう宣言すると雛形の蜜Pが4Pになり、1の色が『リンネ陣地』のまま元に戻った。
陣地取りを諦めた?
……違う、何かある。
後攻が雛形になると蜜Pが4P+3P……7Pとなって6に対して卵産みをした。
なんで2を羽化させない……?
「オマエ、もしかしてルールを理解できていないのか?」
低い声を放たれて背筋が凍った。
「まさか……理解しているわ。」
……動揺しちゃだめ。
アタシの『相手の1分以内の行動を知ることができる』能力は今回は役に立たないけれど、勝てる、勝てるわ!!
アタシは蜜Pを1Pずつ4、5、10に指定した。
先攻がまた回ってきて、蜜Pを1Pずつ4、5、10に指定した。
これであと1回蜜入れしたらアタシの陣地。
「分かり易い色だ。」
……え?
雛形は5に蓋をした。
……羽化狙いなら分かっているわ、でも巣立ちをアタシが使えば……。
使え……アタシは蜜Pを使い切ったから次のターンで巣立ちを選択できない。
雛形が先攻になると羽休めを選択した。
「安全な黄色しか出ていない。オレが相手で良かったな。」
蜜Pを温存して次ターンで6の羽化をアタシが奪う?
……そうよ、これだわ。
「アタシが先攻として6を羽化させるわ!!」
そう宣言すると、モニターの羽化Pがリンネ1Pに変化する。
「……期待できそうにない。」
雛形は3P+3P……6Pとなり、2に対して共食いを行って9Pになった。
「そう?アタシが陣地を3つ持っているの、お忘れかしら?」
雛形が先攻になると9P+3P……12Pとなり4、5、10に対して掻き出しを行い、アタシが溜めた2Pずつ計6Pを取得してプラマイゼロの12Pのまま2、4、5、6 、9、10に対して蜜入れを行った。
……アタシの蜜入れが全部盗られた!?
「それで完成したのが、このバカみたいな状況だ。」
、、、
結局、『リンネ陣地』1、3、8『雛形陣地』2、4、5、6 、7、9、10となって、アタシは負けてしまった。
「オレは始めから羽化狙いではなかった。」
椅子を囲うようにプラスチックがせり上がってきて、粘着質なジェルが天井から振り注いだ。
「嫌!!死にたくない!!もう死にたくなんかない!!」
誰か助けて……
「うう……気持ち悪い……」
目を覚ますと、バスローブ姿になって見知らぬベッドで寝ていた。
「リンネさん、大丈夫ですか?」
驚いて顔を上げ身体を起こすと松本が距離を置いて立っている。
「アンタ……まさかアンタが脱がせたわけじゃないでしょうね!?」
キッと睨むと、頭をかいた。
「まさか、救護班が洗浄して控室に連れてきたんですよ。」
辺りを見渡すと服や下着類がカゴの中に入っていて胸をなで下ろす。
「……また負けてしまったわね。」
……想像以上に、ジャンケットバンクの世界は厳しかった。
『相手の1分以内の行動を知ることができる』能力があっても、なぜそうなるのかが分からなければ意味がない。
「誰だって、負けることくらいありますよ。」
いつになく真剣なトーンになった。
「はぁ、そうよね。……無敗なんてありえないから。」
窓ガラスの光が反射して眩しい。
「……リンネさんは僕が守りますから。」
……子供のお守りは大変ね。
「アンタに守ってもらう筋合いはないわよ!!アタシは白馬に乗った王子様……レイメイがいるもの。」
レイメイに会えれば……私は。
「そうでしたね。」
、、、
しかし、あんなヘラヘラした行員が主任クラスとは驚きました。
加えて実力を伴わない高校生の小娘までギャンブラーにするなど、カラス銀行も落ちたものです。
「宇佐美主任、松本主任にあなたからも言ったほうがいいのでは?軽薄な態度をとる者を叱るようにと。」
廊下ですれ違った宇佐美主任に声をかけると、怪訝そうな顔をした。
「……松本主任?誰のことでしょうか。」
彼も食えない人だ。
「リンネという高校生ギャンブラーを担当している彼ですよ。」
場に沈黙が流れる。
「リンネ……?ああ、あの専門学生の担当なら白金班の……失礼……名が、白金班の行員が担当しておりますが。」
専門学生?
「ならば、平行員に主任を名乗らせないほうがよろしいかと。」
「主任と名乗りましたか?困りましたね……よく言い聞かせます。」
、、、
時雨から指摘を受けて録画を確認すると白金班の行員が映っていた。
彼は……最近名前が出てこない、行員として認知機能の衰えは看過しがたいですね。
「こんにちは宇佐美さん。」
振り向くと見知らぬマスク姿の男性が立っている。
「……あなたは?ここは部外者が立ち入れる場所ではありません。」
セキュリティを突破した……この男。
「……嫌だなぁ、白金班の松本ですよ。」
……そうでした、彼は白金班の松本。
「……松本、主任を名乗るのは言語道断ですよ。処罰を受けることになりますからね。」
「はい、宇佐美さん。」