置き去りの果実
「美魅さーん!お疲れ様でーす!」
後輩にあたる女性社員が馴れ馴れしく腕に縋り付くように上目遣いをしてくる。
「お疲れ様。どう?仕事の方は。順調?」
10代の若者がするような付け睫毛をパチパチとさせ、涙袋を誇張するように描いたアイメイクを施した目元と目が合った。
「順調じゃないですよぉ!!美魅さんとのOJTが懐かしいです……また美魅さんの下につきたいなぁ。」
冗談じゃないわよ。
なんで私が貴女みたいな『男性社員のお嫁さん候補』として腰掛けで入ったような人間を相手にしなきゃいけないのよ。
「そうねぇ……流石に人事のことまでは分からないから。」
一刻も早く振りほどきたくてコツコツと鳴るヒールの音を早めた。
「あのお……もし良かったら……合コンに来てくれませんかぁ?」
また?……懲りないわね。
「あっ……でも、美魅さんが来ちゃったらぁ……バリキャリでシゴデキのクールビューティーの黒髪美女の美魅さんに男たちの視線がみーんな持っていかれちゃいますから……。」
貴方はそうやって私を『ラベリング』して煙たがって、本当に誘う気もないのに誂うのが好きね。
「フフッ……そうね。私は参加しないわ。では、さようなら。」
微笑みながら当てつけのように長い黒髪を肩に流して従業員通用口から退勤のICカードをピピっと認証装置に当てて外に出た。
「はぁ……マジウザ……年増……アラサーのくせして。モデルやってたからっていい気になって……。」
、、、
「今日の相手は誰かしら。」
カラス銀行の待合室で足を組みながら窓の外を見る。
私はもう直ぐ三十路になる。
他の同期入社の女性社員達はセクハラパワハラに嫌気が差してサッサと転職か離職、寿退社をしていった。
「私もギャンブラーとして……息の長い方になったわね。」
深いため息をつき、ワイシャツの下に手を入れてペンダントトップのドッグタグのプレート二枚を手慰みにする。
「これも……近いうちに……。」
カチャリと扉が開く音がして振り返ると宇佐美君がニコリと微笑みを携えていた。
「お待たせして申し訳御座いません。美魅さん。」
宇佐美君と会ったのは数年前に先輩社員に連れられて訪れた5スロットの賭場で、先輩社員に対して『特別融資』を持ちかけたのが彼だった。
先輩社員は600万の特別融資を受けたものの、返済が出来ずに地下に落ちてからは『行方不明』という扱いになっているが、代わりに私は連勝を重ねて『賭博口座』を持つまでに至った。
「私が貴方の担当行員になります。」
まもなくして4リンクに昇格した私の担当を宇佐美君が受け持つ事になり『勝確の美魅』と無敗により畏怖を込めて呼ばれるようになった。
「この銀行のギャンブルのルール設計のクセ、何となく掴めたわ。リソース管理型ではなく対相性パズル型が多いわね。」
特二のゲーム開発班が偏っているのかしら。
「設計のクセを指摘されてしまうとは。いやはや、美魅さんは末恐ろしいお方だ。」
そんな事、微塵も思ってもいない癖に。
直ぐに宇佐美君は人を煽てて飼い慣らして、人心掌握で場を制しようとする。
「……あの噂、何処まで蔓延っているのかしら。」
ドックタグを指で撫でながら目を伏せる。
「噂……どの噂についてでしょうか。なにぶん、膨大な噂を抱えておりますので。」
彼は対面するようにソファに座ると、眼鏡を取って眼鏡拭きでレンズの汚れを擦り始めた。
「……嫌味な人。……貴方と情が通じているから、八百長で無敗なまま勝っているという噂のことよ。」
宇佐美君は立ち上がると扉の鍵を閉めた。
「八百長など行員が仕組むわけがないでしょうに。そんな事をしようものならVIPの顧客たちが勘付いて場が冷める。」
そう言ってネクタイを緩め、私をソファに押し倒した。
彼の長い前髪が首筋を擽り、声が漏れる。
「あ……だから、私が実力で勝っていないと他のギャンブラーや行員達に思われているかどうかの……」
スーツのジャケットのボタンが外され、シャツのボタンに指が掛かった。
「無知な輩にはそう思わせていたほうが宜しいかと。貴方は実力で上り詰めたのだから。それは敗北を喫した名のある対戦相手達が証明しているでしょう。」
すべての留め具が外されて、しなやかな指が肌をなぞる。
「っ……そうね……私は自分の能力でこの場にいる……。」
柔らかい唇が鎖骨に落ちた。
「はい。貴方の血の滲む努力は私がこの目で見ています。」
、、、
「……ん、それで……対戦相手は誰かしら。」
ズボンのファスナーを上げ、シャツのボタンを留めながら話を戻した。
「今回ばかりは流石の貴方でも苦戦するかと。」
宇佐美君もネクタイを締め直しながら立ち上がった。
「あら、私が苦戦するなんて……まさか……。」
彼は手を差し伸べて笑みを浮かべた。
「そのまさかです。」
オリジナルデスギャンブル『置き去りの青果』
『The Fruit Left Out』
ペナルティは負けた分の果実ジュースがプレイヤーを閉じ込めるガラスパイプ内に降り注ぐ。
プレイヤーはまず、1つの品種を『チェリモア』としてバラ科ではない『仲間はずれ』に設定し、8つの品種にそれぞれ0点、1点、3点、5点を最低1つは被りなく設定する。
※0点、1点、3点、5点があれば他が0点が4つでも構わない。
先攻は相手プレイヤーの表示してある品種から2つを選択し、その分のポイントを取得できる。
このときにチェリモアが含まれていれば、チェリモア以外の点数を4回だけ知ることができる。
※選択したチェリー(チェリモア)が5点、ウメが3点であれば8点のうち片方が3点だと把握出来る
※このとき、どちらが3点かは明示されない
後攻は任意のタイミングで『リバース』を2回発動できる。
リバースをすると、チェリモアの点数のみが先攻に知らされる。
2回目のリバースのあとはチェリモア以外の点を通知するに戻る。
後攻がリバースするかを選択し、先攻が2つを選択して点数を獲得するのを繰り返す。
一度選んだものは再度選択可能。
先攻後攻を1セット毎に変更し、55点を先に獲得したものが勝利となる。
『価格調整』
プレイヤーは2回、親の品種『桜梅桃李』ごとに価格を一律変更できる。
ただし、0点、1点、3点、5点が必ず場になければならない。
例、桜を一律0点と桃を0点など。
『8つの品種』
①桜、チェリー
②桜、サクランボ
③梅、アプリコット
④梅、ウメ
⑤桃、ピーチ
⑥桃、ネクタリン
⑦李、プラム
⑧李、プルーン
「……村雨礼二……。」
私と同じく無敗を誇る彼がワンヘッドクラスなのにあえて4リンクに降格したとは聞いていたけれど、もうハーフライフ戦に投入されているなんて。
「あなたが『勝確の美魅』か?そうは見えんな。」
彼は医者、呼吸や発汗などの表層を見て相手の反応を診断する。
「あらぁ、あなたも無敗には見えないわ。陰気臭いもの。」
美魅の『8つの品種』
①桜、チェリー →チェリモヤ 5点
②桜、サクランボ 3点
③梅、アプリコット 0点
④梅、ウメ 0点
⑤桃、ピーチ 1点
⑥桃、ネクタリン 0点
⑦李、プラム 0点
⑧李、プルーン 5点
私が先行、彼が後攻になった。
「私はチェリーとサクランボを選ぶわ。」
得点が4点加算された。
点数の内訳が開示されないということはこの二つにチェリモヤはない。
結局のところ、順番に品種を指定していって5点を引き当て他方が勝ちになる単純なもの。
「そうか、なら私もチェリーとサクランボを選ぼう。」
彼の得点に8点が加算された。
そしてチェリーはチェリモヤだから片方の点数が3点と通知された。
勝ったわ。
私は次のターン後攻に回る。
つまりリバースをすればチェリモヤ以外の点数が返される。
チェリーを選んでもサクランボを選んでも5点以外が返される。
彼はどちらが5点であるかを調べる前に『ほかの品種にある5点の可能性』を探るしかない。
先行後攻が入れ替わった直後、リバースを発動した。
「では私はチェリーとサクランボを再び選ぼう。」
また彼に8点入り16点となった。
……なんでよ。
どっちが5点か分からないし、普通は他にも5点があるか探るでしょ。
「私はアプリコット、ウメを選ぶわ。」
私の得点は10点が加算され14点となった。
……この場合、次のターンで親の梅を価格調整して0点にしてくる可能性が高い。
でも、他の品種の点数を見ていない……私と同じように0点をつけているとしたら。
先行後攻が入れ替わった。
「……私はアプリコットとウメを選ぶわ。」
私には6点入り20点になり、既に先手を打って価格調整で親の桜を0点つまりチェリモヤ5点サクランボ0点、李を5点にしてある。
「そうか、ならば私はプラムとプルーンを選ぼう。」
……彼に10点が加算され26点になった。
なんでピンポイントでわかるのよ……。
「あなたは『なぜピンポイントで分かったのか?』と焦ったように見えるが。」
眼鏡の奥の陰険な目とあった。
「まず、貴方は価格調整をするのが早すぎた。」
……まだ勝敗が決まったわけではないわ。
「口上は勝ってからにしたほうがいいわよ……。」
先行後攻が入れ替わった。
「引き続きプラムとプルーンを選ぼう。」
彼の得点が36点になった。
彼のアプリコットとウメは親の梅の価格調整で3点、つまり5点は他の品種になっている。
それを一から探し直すにして、ターンが足りない。
……というのを見越していたのね。
「ありがたく頂くわ……私はアプリコットとウメを選びます。」
私の得点が10点加算され、30点となった。
「ほう、2回目の価格調整で梅を5点にしたとよく気付いたではないか。」
……男っていうのはいつもそう。
女に情けをかけてやろうと手心を加えるから。
「……これ以上やっても無駄ね。私の負けだわ。」
ガラスパイプ内にフルーティーな香りとともに大量の液体が流れ込んできた。
「これで終わりじゃないわ……今に見てなさい……村雨礼二……。」
。。。
「美魅ちゃんはよくやってるねぇ。」
課長は残業をしている私に近づいて尻を撫でた。
「すみません、私は資料をまとめなくてはならないので。」
手を払いのけようとすると手首を掴まれた。
「君も『婚活』のために腰掛けで入社したクチだろう?」
手が太ももに伸びてスカートの中を弄られる。
「止めてください!私は仕事をするために……」
押し返そうとすると腰を持ち上げられ、デスクの上に乗せられ、脚を開脚させられた。
「最近の子は『バリキャリ』だの『リケジョ』だの男女参画を謳う政府に毒されているようだけど、実際に君は『顔採用』だよ?モデルやってたんでしょう?」
ブラウスのボタンを外そうとする腕を必死に引き剥がそうとしても力負けしてしまった。
「社内のオジサン連中が『誰が先にお手付きする』かで盛り上がってるの、本人は知らないからねぇ。可哀想に。」
私は……私は仕事で。
「私の業務態度で評価を……」
脚が上がり、パンプスが脱げてしまった。
その日から、勤務服としてスカートを履き、ブラウスを身に着けるのをやめた。
。。。
「美魅さん、大丈夫ですか?」
目が覚めるとバスローブ姿で見知らぬベッドの上で寝ていたようだった。
ベッドに腰掛けた宇佐美君が私の髪を指で絡め取りながら優しい声色を出す。
「大丈夫じゃないわよ……医療班による治療と洗浄なんて初めてされたわ。」
私は初めてハーフライフ戦で敗北した。
「貴女にもまだ『初体験』が残っていたんですね。」
宇佐美君の冷たい手が頬を撫でた。
「失礼な言い方。本当に嫌味な人ね。」
その手を撫でるように手で包んだ。
「相手はあの村雨礼二でしたから。……泣く必要はありません。」
どうして私の感情を先回りして答えてしまうの?
「……う、……うう……私……負けたんだわ……。」
大粒の涙が頬を伝って彼の手を濡らす。
「はい……。しかし、貴方はまだギャンブラーです。」
彼に抱き寄せられ、嗚咽を漏らしてしまった。
「私……絶対に……絶対に宇佐美君の……」
そこまで言いかけて唇を塞がれた。
「それは言わない約束ですよ……。美魅。」
、、、
「美魅さ〜ん、あたし……婚約しましたぁ!」
あんたはアラサー。
いつまでも綺麗所で居られないのよ。
管理職連中に尻尾振って股開いて『管理職』の座を得ても女の幸せは得られないのに、可哀想な女。
「そう……良かったわね。お幸せに。」
美魅さんは微笑むとコツコツとヒールを鳴らして立ち去ろうとする。
私に負けたのが悔しいのね?
若い私に先を越されたから恨めしいんだ。
「仕事は辞めないので、まだまだ美魅さんにはお世話になりますからぁ!」
腕を掴むと彼女は立ち止まって私を見下げた。
「そう?そろそろ人事があるでしょう?」
だから何よ。
「あなたが私の部下になる可能性は限りなくゼロ。これでさよならね。」