「オイ……大丈夫か。」
教科書とノート、保護者への連絡用紙が靴跡で踏み荒らされてグチャグチャに汚れている中、影が落とされた。
「ししし、獅子神くん……だだ、大丈夫……。」
金髪に青い瞳をした少年の細い腕が伸ばされ、細ばった指が広げられているのを横目で見ながら鞄の中に拾い上げたものを無理やり詰め込んだ。
「あっそ……。」
彼は手を引っ込めて逆光の中を歩いていった。
眩しくないのかな。
光の下に行くことが、怖くないんだ。
「あああ、ありが……と。」
、、、
「なあラグちゅう、お前んとこでAVのモザイク消し出来ねえの?出来るだろ?やれよ。」
またクラスの男子に囲まれてしまった。
「ももも、モザイク消しとか……じ除去ツールとかいいインチキでっ……でででできないっ!」
身振り手振りで説明しようと腕を上下にさせると、男子達はケラケラ笑って真似をし始めた。
「『でででできないっ!』アハハ!!オタクキッショ!!」
周囲までもがドッと笑ってポーズを真似た。
チラリとクラスの端に目をやると獅子神くんは肘をついてただ時計を見ていた。
そうだよね、あの時はたまたま近くにいたから声を掛けてくれただけ。
「だだだ、だから、AVのモザイクはちち直接書き込みをしてるから、きき消えたりしない」
必死に説明を続けようとすると男子達の目つきが変わった。
「聞いたか!?ラグちゅうがAVについて詳しく解説してくれるってよ!!」
男子の一人が大声で叫ぶと女子達の悲鳴が聞こえた。
「最低!!変態じゃん!!死ねよ!!」
ボスっと顔に硬いものがぶつかった。
「ナイスヒット!!あーあ、俺の教科書が汚れちったなあー。汚えドブネズミを追い払うのも大変だ。」
国語の教科書の背表紙の角が額に当たって目の前が赤く濁った。
「キャー!?血!?汚い!!ヤダーはやく消えてよ!!」
目を擦ると目の前には生徒会長が立っていた。
「怪我したんなら保健室に行けよ。」
口角を上げて汚物を見るような目つきで廊下を指さす。
「……わかったよ。鳳くん。」
「またなの?ラグちゅうくん、病気とは言え不注意が過ぎるわ。」
保健室に足を運ぶと保健医の先生からのお説教が始まった。
「そそ、その……」
「提出する紙くらいクリアファイルにいれるようになさい。社会に出て相手に渡すのがしわくちゃの書類だったら雇ってもらえないわよ。」
クリアファイルに入れていても『キモオタの証拠』として盗られてしまったし、無地にしても踏み躙られるから……。
「すみません……気をつけます。」
頭を下げると絆創膏を手渡された。
「あのね、厳しいことを言うようだけど世の中には障害を抱えて生きている人など五万といるの。みんなが大変で君だけが苦労しているわけではないから。覚えておいて。」
……そんなこと、僕が一番よく知っている。
「先生、次の体育……見学になるので。」
ガラッと音がして振り返ると獅子神くんが無表情で立っていた。
「まったくもう……仕方が無いわね、来週はちゃんと忘れずに水着を持ってくるのよ。」
獅子神くんは何も言わずにパイプ椅子を広げて座った。
「丁度いいわ、先生は用事があるの。あなた達、留守番お願いね。」
保健医の先生はそう言うと携帯を開き煙草のケースを弄りながら伸びをして、ツカツカと部屋を後にした。
「あ……のー……獅子神くん。」
膝に肘を当てて宙を見ている彼に恐る恐る声を掛けた。
「何。」
たった一言だけだった。
「えーと、えっと……と、しし獅子神くんってハーフなの?」
その言葉が虎の尾を踏んでしまったようで空気が張り詰め、息ができなくなる。
「ハァ?」
やってしまった、相手に触れられたくない部分に触れてしまった。
「ごごごごめんなさいごめんなさい。」
床に這い蹲って土下座をして何度も頭を下げた。
「……謝らなくていい。お前も『病気か?』と聞かれたくないだろ。」
頭を上げられない。
「……ぼぼ僕は病気じゃない……きき吃音が……おお落ち着けばしゃしゃ喋れる……。僕は障害なんか持ってない……。」
自分で『障害"なんか"』と表現してしまったことに無性に腹が立って、拳を握りしめて床を叩いてしまった。
「ふーん。」
また一言だけだった。
「……そうだよね、僕みたいな奴……どうでもいいよね。」
何を言ってるんだろう。
彼に当たったって何も解決しないのに。
「そうだな。今のお前のままなら、どうでもいい。」
思わず頭を上げて彼を見上げると、上位種が下位種を見る包容力と圧倒的な暴力性を宿した瞳に見下げられていた。
あの日よりも、あの時よりも生温く空気が絡まり汚泥に足が嵌ってしまったかのように身動きが取れない。
「……うん。そうだよね。」
「鳳が獅子神を締めてるって!」
放課後に男子達が笑いながら校舎裏に走っていった。
「っ……獅子神くん!!」
慌て彼らと距離をおきながら校舎裏に木の陰を使いながら歩みを進めた。
「この貧乏人がっ」
草陰から顔を出すと鳳くんと取り巻きが獅子神くんをリンチしていた。
「せせ、先生を呼ばなくちゃ」
焦りから足がもつれて雨を含んだ土に足を取られた。
「午前のプールの……」
話の内容からして、給食費を盗んだと濡れ衣を着せられているようだった。
それなら僕が獅子神くんの無罪を証明できる。
一緒に保健室にいたんだ。
僕なら、僕だけが。
。。。
「待て!!」
勇んで声を張り上げると生徒会長と取り巻き達はこちらを見た。
「何だ?何しに来た?」
ニヤニヤと笑う彼らを一喝するように叫ぶ。
「僕は友達を助けに来た!!」
彼らの薄ら笑いは消え失せて、取り巻きが殴りかかってくるのを地面の泥濘みを利用して軽やかに躱わしていくと面白いように勢いよく滑って転んだ。
「オタクのくせにちょこまかと……」
蹴りをジャンプして逆に足払いをすると顔を真っ赤にした生徒会長が右ストレートを放ち、それを腕で留めた。
「話を聞いてほしい。僕は獅子神くんとその時間帯一緒にいた。それは君が一番よく知っているはずだよ。」
そう額の絆創膏を指さすと生徒会長と取り巻きは舌打ちをして逃げ帰った。
「覚えてろよ!ラグちゅう!」
負け犬の遠吠。
「大丈夫?獅子神くん。」
今度は僕が獅子神くんに手を伸ばす番だよね。
「……見直したぜ、ラグちゅう。」
。。。
「……放っておけ。」
実際は夢のように都合よく進む筈がなくて、獅子神くんがリンチされた後に草陰から這い出て手を差し出した。
「……ごめん……ごめん。僕なら君の味方になれたのに。僕しか君の冤罪を証明できなかったのに……僕が、僕が弱いから……」
獅子神くんは手を取らなかった。
握りしめてはくれなかった。
それが悔しくて大粒の涙が流れた。
「お前が泣いてどうすんだよ、ラグちゅう。」
獅子神くんは立ち上がって改めて彼の方から手を差し出した。
「……うん。そうだよね。」
彼は逆光を背にして、眩くキラキラと光り輝いていて直視できない。
僕もいつか君みたいなキラキラになれるかな……。
「ごめん……じゃなくて……ありがとう。獅子神くん。」
「ねえ獅子神さん!ペットショップコーナーに行ってきてもいい?」
今日も今日とていつものメンツを引き連れて、毎度の如くぶっ壊したプレハブ小屋を修理する部品を買いにホームセンターに居るわけだが。
「あんまり遠くに行くんじゃねーぞ!……黎明、離れ離れにならないように見ててくれ。」
小さく伝えると黎明はスンとした顔をして、肩に手が置かれる。
「……貸し一つね。よーし!ユミピコ!晨くん!アロワナ見に行こう!」
元気よく腕を上げ引率の先生役になった叶を先頭にして二人は逆方向に歩き始めた。
「村雨、お前も好きなもの見てこいよ。オレは工具を吟味するから結構時間かかるぞ。」
村雨は相変わらずムスッとした顔で「そうか」とだけ言って調理器具コーナーに消えていった。
「アイツ、本当に料理する気あんのか?」
とりあえず目当てのものを揃えないと日が暮れてしまうので、工具コーナーを目指して歩みを進めているとネジコーナーの高い陳列棚からひょっこりと男の後頭部が見えた。
目寸法だが叶よりも背が高く、髪がメッシュのように所々芦毛色をしている。
「……ラグちゅうか?」
コーナーに足を運んで顔を確認すると、同じようにこちらの顔を確認している男の顔があった。
「……もしかして獅子神くん?」
男はツナギ姿をしており、直立不動のまま首を傾げた。
「……中学以来か。随分と背が伸びたじゃねーか。」
ラグちゅうとは同じ中学に通っていた。
それだけの関係性。
「……獅子神くんこそ、随分とガタイが良くなったね。見違えたよ。」
静かに答えると釘に手を伸ばして目を落とした。
穏やかで多くを語らない眼差し。
「……土方の仕事でもしてんのか。」
元々口数が多かったヤツではない。
「……そんなところ。獅子神くんは経営者か何か?立派な身なりをしているし、肌艶も良い。」
言葉を発する唇はカサブタが多く、肌はシミのように表皮の色差が目立っている。
『汚いドブネズミ』
誰かがそう言ったのを思い出す。
「……お前」
「獅子神、旧友か?紹介しろ。」
横を見るといつの間にか村雨が隣に立ってラグちゅうを見あげていた。
「旧友っつーか……中学のクラスメイトだったラグちゅうだ。」
村雨はじっとラグちゅうを見つめ、唇が動こうとしたときにラグちゅうが自分の唇に人差し指を立てた。
「……君、初対面の人に対して随分と失礼なことを働こうとしたね。やめてほしいな、そういうの。」
『変わったな』と感じたし『変わらないな』とも思った。
懐かしさと、仄暗い夏夜の廊下のような湿度がそこにはあった。
「……ラグちゅうならばハムか。」
村雨は瞬きをし、ラグちゅうも瞬きをすると村雨は腕を引いた。
「獅子神、工具を選ぶのではなかったか?……行くぞ。」
オリジナルデスギャンブル『Kiss brings back to Goodbye』
『少年よキスと共に別れに帰れ』
プレイヤーは3人の少年の魂を取り出す。
相転移として自分の少年の心Pに転移Pを加算することで状態を変化させることができる。
相手プレイヤーの少年に対し『磁力P、炎P、毒P』を使用して転移Pを奪うことが可能。
先行後攻をターン毎に交代する。
同時勝利もあり得る。
ペナルティは帰化した液体の間接的摂取。
禁止行為は3分以上の遅延、暴力行為。
魂(プラズマ)は③気相を3ターン連続して維持すると一つ得られる。
一度④魂を得た状態になると何もしなければ④のまま。
【ターンの流れ】
先行は自分の少年から一人選び心Pの状態を変化させることができる。
その後、相手の少年に対して行動を行う場合は一人にのみ行動を行う。
先行後攻を入れ替える。
『フラストレーション』
自分と相手の同じ少年が同じ状態が3ターン続くと使用する転移Pの量が変化する。
①1種類同じ:消費転移P+4
②2種類同じ:消費転移P+8
③3種類同じ:消費転移P無し
『キス』
相手プレイヤーの少年に対する行動。
磁力P:相手のギンの少年が固相の時に自分の磁力P分の移送Pを取得
炎P:相手のロウの少年が液相の時に自分の炎Pを消費して相手の心P分の移送Pを取得
毒P:相手のミズの少年が気相の時に相手の毒Pと自分の毒Pを消費して相手の心Pを取得
蒸気P:自分のいずれかの少年に対して蒸気Pを心Pに変換する
P共通:ポイント分該当消費転移Pを使用して転移させる
【プレイヤー】
保持魂:初期値 0 3つ獲れば勝利
転移P:初期値 100 0になると消滅(敗北)する
磁力P:初期値 0
炎P:初期値 0
毒P:初期値 0
【転移】
固相→液相:融解 消費転移P:2
固相→気相:昇華 消費転移P:6
液相→固相:凝固 消費転移P:2
液相→気相:蒸発 消費転移P:4
気相→固相:凝華 消費転移P:6
気相→液相:凝結 消費転移P:4
【3人の少年】
『ミズの少年』
初期相は②、心P:初期値 10
何もしなければ③→②→①に変化する
①〜③は自由に転移する
①固相→②液相:融解 この時転移P分の蒸気Pを発生する
①固相→③気相:昇華 この時転移P分の蒸気Pを発生する
②液相→③気相:蒸発 この時転移P分の蒸気Pを発生する
『ミズの状態』
①固相:
②液相:
③気相:蒸気Pを発生させる
④プラズマ:魂を一つ発生させる
『ギンの少年』
初期相は②、心P:初期値 50
①固相→②液相:融解
②液相→③気相:蒸発 この時転移P分の毒Pを発生させる、その分の心Pは消滅する
③気相→②液相:凝結
③気相→①固相:凝華 この時転移P分の磁力Pを発生させる
『ギンの状態』
何もしなければ①→②→③に変化する
①固相:この時転移P分の磁力Pを発生させる
②液相:
③気相:この時転移P分の毒Pを発生させる、その分の磁力Pを失う
④プラズマ:魂を一つ発生させる
『ロウの少年』
初期相は①、心P:初期値 30
何もしなければ①→②、③の二つに分裂し、二人の扱いになる(30→15、15)が固相に戻れば一人に戻る
②液相→①固相:凝固
③気相→①固相:凝華 この時転移P分の炎Pを発生させる、その分の心Pは消滅する
『ロウの状態』
①固相:
②液相:
③気相:この時転移P分の炎Pを発生させる
④プラズマ:魂を一つ発生させる
「なんでお前がハーフライフにいるんだよ……ラグちゅう。」
ラグちゅうは既にガラスパイプの中の椅子に座って正面を見据えている。
「なんでって……ギャンブラーだからだよ。」
なんでだよ。
お前は賭場場に来るようなヤツじゃなかっただろ。
背後を見ると白金班の蛇谷が空の車いすを押してガラスパイプの付近に置いた。
「オイ、梅野。先に対戦相手が着席してていいのかよ。」
担当の梅野に確認するも確かに今までのルールで「先に着席してはならない」「同時にルールを着席前に聞かなければならない」は無かった。
「はい。着席の有無がペナルティにないため、違反行為に該当しない説が有力です。」
ならあの車いすは……。
「車いすは何だ?いつもの『ゲームの敗北者はこうなる』の見本が居ないが。」
それに対して蛇谷はニコっと笑って車いすの押し手を叩いた。
「ペナルティで倒れた人を運ぶように先に持ってきちゃいました〜!だめでしたぁ〜?」
このゲームは『ギンの液相』つまり『水銀』を使う。
間接的摂取であるとしても吸い込めば神経をやられる。
よくて歩行困難、悪くて死亡するだろう。
「ルール上問題ねえなら構わねえよ。」
自分のガラスパイプの扉を開けて椅子に着席するとモニターと目の前の『3人の少年』を模した白い人形にプロジェクターでデフォルトの状態が映し出される。
ミズは液相、ギンは液相、ロウは固相として。
「それでは白金班、灰谷が司会を務めさせていただきます!!」
灰谷が両腕をかざすとゲームが開始された。
「獅子神くんが先行でいいよ。」
ラグちゅうは静かに笑みを零した。
「いや、お前が先行になれ。ラグちゅう。」
このゲームは勝ちパターンが見えている。
「……うん。そうだよね。」
はぁと溜息を漏らすとラグちゅうが先行になった。
「僕は『ミズの少年』に対して蒸発をする。ミズの少年の心Pは14P。蒸発Pは4P。転移Pは96Pになったね。」
そうだろうよ。
ギンとロウは勝手に転移する。
これはギンの液相ターンをいかに短く、相手に長く気相ターンを維持させるかのゲームだ。
「随分と落ち着き払ってるな。中学時代はあんなにオドオドしてたお前が。タイムスリップして昔のお前に今の姿を見せたら」
「それは君にも言えるよね。サンドバッグの獅子神くん。君の『ギンの少年』に対して蒸発をさせる。君は4Pの毒Pを得るかわりに『ギンの少年』の心は-4Pで46P。」
オレのターンになる前に水銀の毒を発生させて間接的に摂取させたか。
「そうかよ。オレのターンだ。『ミズの少年』に対して蒸発をする。……で、お前の『ギンの少年』に対して蒸発だ。」
まずミズをプラズマにしておけば相手のギンとロウの状態管理に集中することが出来る。
「……あの獅子神くんが僕の後に続くとはね。」
「オレが先行。『ミズの少年』が液相に戻る前に再度蒸発を選ぶ。ラグちゅう、邪魔してくれるなよ?」
獅子神くんは見え見えの罠を張っている。
もし僕のターンで獅子神くんの『ミズの少年』を液相に戻せばプラズマ化はしない。
ここで止めればプラズマ化による保持魂の獲得は防ぐことができるけど。
「……うん。そうだよね。」
それよりも『ロウの少年』の分裂したものをもう一度固相にして炎Pを追加獲得したほうがいい。
「それで……オレの毒Pとお前の毒Pを使ってお前の『ミズの少年』の心Pを-8Pする。……お前の『ミズの少年』の心は6Pだ。」
……心を削って何になる。
「……そういえば、君って生徒会長にイジメられてたよね。あれを手引きしてたの、僕だったんだ。僕が彼の秘密を握って脅してた。」
そう話すと獅子神くんの目つきが変わった。
「……ハア?……何言ってんだ?」
あの日見た上位種が下位種を見る包容力と圧倒的な暴力性を宿した瞳。
「ごめんね?君は調子に乗ってたからさ。」
きっと嘘だと分かっても侮蔑と憎しみに焼かれて判断を誤る。
「……そうかよ。」
僕は淡々と毒を吸いすぎる前に魂を取ればいい。
「僕は液相の『ロウの少年』を固相に戻す。蒸発したときに発生した炎Pを使って君の『ギンの少年』の心P46Pぶんの転移Pを貰うとするよ。これで転移Pの枯渇を気にしなくて済む。」
獅子神くんは先に毒を吸引している。
僕は獅子神くんの『ギンの少年』を適度に液相、固相に戻して毒を吸わせればいい。
「ラグちゅう、お前は『汚いドブネズミ』なんかじゃねえよ。……ガキだったんだ。中学のヤツらも。お前の髪や皮膚の色が違うのは」
「病気だとでも言いたいの?病原菌、バイ菌と言いたいのかな。ネズミは疫病を運ぶよ。毒に注意して。」
『なんで肌の色がパッチワークみたいになってるの?』
『鯉みたい』
『斑』
『なんか汚くね?』
『髪が白い、染めてるの?』
『生意気じゃん』
『キモくね?』
『つーか、ドブネズミじゃね?』
『[[rb:千縁 うずみ > ちえん うずみ]]くーん』
『いっつも指でトントン机叩くの煩い』
『はなしも遅いし吃るしラグあるよな』
『ドブネズミ、チューチュー』
『お前今日からラグちゅうな』
「ラグちゅう、お前はネズミじゃねえだろ。」
「僕が先行。獅子神くん。そう簡単に魂は渡さないよ。僕は自分の少年に『何もしない』かわりに獅子神くんの『ギンの少年』を液相に戻すよ。たくさんの時間苦しんでよ。」
獅子神くんは無表情でそれを聞いていた。
「イジメを止めなかったからか?」
違うよ。
君が僕の理想だから。
いつもまっすぐ前を向いて日の当たる方に歩いていく。
キラキラと眩しくて目を瞑ってしまう場所に君はいる。
「僕はイジメられていたフリをしていたのに?……僕はフィクサーだ。」
……だめだ、目を開けていられない。
思ったより、毒の回りが早い。
「オレのターンか。オレは蒸発させて毒Pを4P得る。……お前が液相に戻してくれたおかげで得られた毒P……オレの毒Pの8Pとお前の毒Pの0Pで……お前の『ミズの少年』の心Pを-8Pする。……お前の『ミズの少年』の心は-2Pだ。」
何がしたいの?
マイナスになっても転移Pを加えて
「はい!!只今をもちましてラグちゅう氏の『ミズの少年』の心は崩壊したため継続不能!!獅子神氏の勝利となります!!」
……は
「は?なん……マイナス値に触れて……は?」
目の前が真っ暗になった。
「オイ!!ラグ
、、、
「オイ、ラグちゅう。目が覚めたか?」
瞼をゆっくりと開くと窓から差す光を背にした獅子神くんがベッドの隣のパイプ椅子に座ってリンゴを剥いていた。
「……あ、蛇谷さんは?」
僕は負けたんだ。
きっとプリプリと怒るだろうな。
……どうして獅子神くんが医務室にいるんだろう。
「今、お前の主治医の先生と話してるよ。」
……そっか。
「獅子神はやっぱり凄いね。……僕は何処に行ってもだめで……。」
情けない姿を彼だけには見せたくなかった。
「ラグちゅう、リンゴ。」
ウサギ型に向かれたリンゴを乗せた皿を受け取ることができない。
「僕はリンゴ、好きじゃなくて」
そう言い終わる前に腰に手を入れられてゆっくりと上半身を起こされた。
「好きだったろ。給食にリンゴが出ると喜んでたじゃねえか。」
……見ていてくれていたんだ。
「……うん。そうだよ……。」
リンゴを口に含むと肩を抱えられる。
「いつからだ?いつから体勢を変えにくくなった?筋力はあるよな……。立ったら立ったまま、座ったら座ったままになっちまうんだろ?」
そこまでお見通しなのか。
「感染症の後遺症ではないか?」
左側を向くと医者がこちらを見下ろしていた。
「余計なことは言わないでと……。高校の時だよ。」
彼は直立して鈍い動きをする僕を直ぐに診断したのだろう。
「そうか。適切なリハビリを受ければ自ずと」
「医者はいつもそう言うよね。」
「僕も高校デビューしてさ、背が高くなったから肌を隠せばモテたんだ。」
それも病気になって障害が残る前までの話。
「そっか。ラグちゅうは目鼻立ちキレイだもんな。」
……。
「まあ女の子たちも、家族も……介護要員になりたくないからみんな居なくなっちゃったけど。」
いつから医療費を稼ぐことから自暴自棄の賭博になってしまったんだっけ。
「あなたは車いすで自活できているではないか。」
……いいなあ。
「貴方には分かりませんよ。孤独を知らない貴方には。」
獅子神くんの友達なんだ。
獅子神くんの隣に立てるくらいの立派な肩書をもっている。
……僕が獅子神くんの隣に立ちたかったな。
「じゃあそろそろ行くか。」
まさか賭場で会えるとは思っていなかったけど……嬉しかった。
「じゃあね、バイバイ。またいつか。」
「ハァ?お前も行くんだよ!!」
、、、
「ラグちゅうさんって何でラグちゅうなの?」
真経津くんは車いすに座る僕の膝に頬杖をつきながら問い掛けた。
「汚いドブ」
「ラグチューというのはアマチュア無線の交信のことだ。彼は技術屋なのだろう。」
村雨さんはこちらを見ずに質問に応えた。
「なあ、夜は敬一くんの飯にして昼は食べにいかない?」
叶さんが村雨さん達に問い掛けた。
これで敗北者の紹介は終わり。
「そうだな!またハンバーガー屋に行くか!」
獅子神くんは楽しく賑やかな日々を過ごしているんだね。
……よかった。
「それでは、失礼します。」
ハンドリムを動かして邸宅を後にしようとするとハンドグリップを掴まれた。
「勝手に帰るな。神はハンバーガーでいい。」
天堂さんに掴まれているのか。
「……お邪魔になりますから。」
好奇の目で見られるし、なにより車いすで入れる店がどれだけあるか。
「邪魔かどうかを決めるのはお前じゃない。」
顔を上げると叶さんの顔があった。
「これ折り畳み式でしょ?何かあったら担げばいいよ!!」
そんな……。
「まあ真経津と村雨じゃ筋力不足だから無理だな!何かあったらオレがいるだろ?……ラグちゅう。」
ああ……やっぱり。
「……うん。そうだね。やっぱり獅子神くんには敵わないや。」
「貴方があの村雨礼二だったんですね。瞬きモールスをしてみせたので医療従事者だとは分かりましたが。」
獅子神くんとのハーフライフ戦のあと、戦利品を見せびらかすような場を設けられ、彼らと軽く自己紹介をしたのちにハンバーガーを食べに街に出た。
……あれは酷い、えらい目にあった。
思い出すのはやめよう。
「手足の硬直は感染症によるものか。」
村雨さんはよく見ている。
「そうですね。肌と髪については生まれつきの斑病のようなものですが、硬直は後からです。はは、フルコースで参ったな。」
苦笑いをして車いすから立つと、冷蔵庫から瓶を取り出してそのまま飲んだ。
「立ったりしゃがんだり歩く等の動作は可能だが、一度取った姿勢を変えにくいといったところか。」
ツナギの裾で口元を拭うとコクリと頷いた。
「そうです。まあ独身貴族なので……。そうだ、ビールでも飲みますか?」
再び冷蔵庫を空けて来客用の缶ビールを取り出した。
「それよりもあなたが飲んでいるグリーンの液体はなんだ。リキュールか?体を壊す。近年の医療の進歩は目覚ましいからな。リハビリクリニックを紹介する。自暴自棄はよせ。」
村雨さんは指を差しながら近づいてきた。
「ああ、これはかき氷シロップに炭酸水をいれたものです。」
そう返すと渋い顔になった。
「あなた……いや、何というか……あなたは変わり者か?」
そう言いつつ手を握って掌の固さや豆の有無を確認している。
「なんですか?職業当てですか?」
手を確認したあと、ツナギの裾と襟を見ている。
「あなた、火器を取り扱っているな?銃砲刀剣類所持等取締法に反していないか?」
流石、元ワンヘッドギャンブラー。
「何故です?臭いですか?もし僕が銃刀法に反していたらどうしますか?」
爪に残る油か?
そんな筈はないが、薬莢の破片を部屋の中から見つけたか?
「そうか、あなたはマトリか。鍛造製造については目で見ていないのであえて指摘はしない。」
旋盤加工については切粉で推測だろう。
「地方厚生局麻薬取締部の取締官だと何故そう……やはり臭いか。」
普通の人間には分からないであろう臭いを知っている?
「拳銃を所持可能な職業から逆算しただけだが。」
「……獅子神とは親友だったのか?」
ラグちゅうとやらは獅子神に呼び出されてもあまり表に出たがらなかった。
「情報は高くつきますよ。」
そういうと人差し指を口元に立てて目を閉じた。
この男は私と叶に対してやたらと当たりが強い。
「ところで、リハビリは順調か?」
彼はすり足で歩きながら獅子神邸の庭先にあるガーデンテーブルにあるグラスを取った。
「ええ、獅子神くんが『少年よキスと共に別れに帰れ』で僕を救うために"あえて"試合を切り上げてくれたおかげで視力が完全に奪われたり、新たな後遺症が目に見えて残ったりはしていませんから。」
緩く笑みをこぼしながらザクロジュースをトクトクとグラスについで口に含んだ。
「"あえて"だと?あなたは何か勘違いをしている。獅子神という男は」
「貴方は獅子神くんの何を知っていると言うのですか?僕と彼は同級生。貴方はタッグマッチで一戦を共にしただけでしょう。蛇谷さんに無理を言って映像を見せてもらいましたが、あれはペアが獅子神くんだったからいいものの、貴方一人では到底『ライフ・イズ・オークショニア』で勝てたとは思いません。」
成る程。
「なんの話だ?」
獅子神が不穏な空気を察してか知らずかガーデンテーブルに近づいてくる。
「なんでもないよ。獅子神くん。村雨さんと他愛のない話……」
彼は視線を獅子神より奥に移すと口をあんぐりと空けた。
「……あ、ああ!僕の車いすが!!」
目線の先には大量の風船が括られた車いすのハンドグリップを持つ叶と、それ乗った天堂がこちらを見ていた。
「みて!kールじいさんの空飛ぶ家みたいに風船つけてみた!」
真経津がニコニコしながらボンベでヘリウムを入れた風船を次から次へと取り付けていく。
「ああ……ファンシーに……ファンシーになってしまって……」
彼は愕然としながら車いすのもとへとゆっくりとにじり寄る。
「あなた、歩いてるぞ。」
普段のすり足ではなく、踵を上げて歩いている。
「あ、あ、ああ歩いてます……けど、すすすり足……だだだだから、おっと」
芝に滑ったのか体勢を崩すと獅子神が腰を掴んで支え、立ち上がらせた。
「ラグちゅう、大丈夫か?」
問題ないのではないだろうか。
むしろ荒療治が功を制したというべきか。
「ううう、うん。」
ただし、吃音が出ている。
相当無理をしていたのだな。
「ハハッ、なんだか昔に戻ったみたいだな!」
その一言に彼は顔面蒼白になり冷や汗をかき始めている。
「ううう、ぼぼぼ僕は落ち着いたらふふ普通に……僕は」
彼にとって、獅子神は精神的支柱なのだろう。
「ねえラグちゅうさん!kールじいさんの空飛ぶ家みたいになるかどうか見てみたい!座って?」
口を鰓呼吸のようにしながら天堂と場所を交代して座面に座った。
「コイツらは吃音くらいで人を見下したりしねえよ……ラグちゅう。」
「ただし、彼らの面倒を見るのは骨が折れるぞ。ラグちゅうとやら。」
「ラグちゅう、ちょっとテラスで待っててくれねえか?」
ラグちゅうは相変わらず外に出ることに抵抗感を抱いていたようだったが、天堂にスキンケアとメイクを改めて教えられ渋々了承して皆で外出した。
別に隠す必要はないとは思いはしたが、叶が言うように目立ちたくないならそれこそ化粧で白斑を隠す方が好奇の目からは避けられるだろう。
……昔から肌と髪色が斑だという理由でドブネズミ扱いをされてきたんだ。
アイツが少しでも気分良く過ごせるのなら、オレは手を貸そう。
「……うん。早く戻ってほしいかな。」
ラグちゅうを乗せた車いすをテラス席の脇につけてカフェの店内に戻った。
「連れがあと4人来るので追加で席を確保したい……。それと注文を先に……。」
店員に一通りの注文をつけると同時にスマホのバイブレーションが鳴った。
『どこ?』というメッセージが目に入り、ため息をつくと一旦外に出た。
「まったく……ちゃんと地図を」
「あのう、すみません……聞きたいことがあって……」
振り向くと若い女性2人が目を潤ませてオレを見あげていた。
「……なんでしょうか。」
2人は顔を見合わせて口元を緩めた。
「わたしたち、マッチングアプリで変な人に当たっちゃって……ね?」
「予定ブッチされたんですよ!だから待ちぼうけ食らっちゃって……お兄さんなら誠実そうかなって……」
正直な感想としては「またか」としか言えない。
身なりを整えるのは社会的地位を上げるため。
地位が上がればそれなりの「好意」の目が向けられる。
というよりも「好意」を得るためにルッキズムのヒエラルキーを登って『ピカピカ』になろうとするのが普通の行動基準だ。
より多くの「好意」を集めれば金や貢物が手にはいる。
おまけに新しいポジションやらコネクションも獲得できるのだから。
「……あー、あのな。オレは」
「もしかして逆ナンですか?綺麗所しかいないですね。」
振り向くとラグちゅうが姿勢正しく起立し、笑みを浮かべて佇んでいた。
「え!!なに?背高っ!!何cmですか?」
そういえば身長何cmになったんだ。
「197cmです。なかなか僕より背が高い男はお目にかかれませんよ。」
ラグちゅうは腕を緩く組んで首を傾げた。
「白メッシュだー!!目の色薄いー!カラコン?V系バンドとかやってます?」
女性2人はラグちゅうを囲んで跳びはね始めた。
「どうでしょうね。僕と遊べばわかるかもしれませんよ?」
するとキャーキャーと黄色い歓声が上がった。
「遊びで捨てるのはヤダからねー!!」
「え!えーいいなら遊んで~!」
「僕は全然良くないですけど。」
ぴょんぴょんと跳ねる動きが止まった。
「……は?」
「……なに?」
「僕がどこの馬の骨とも知れぬ女を相手をしてやる優男でよかったですね。2人同時でも、まあいいでしょう。仕方がないです。汚れ仕事も僕の仕事だ。」
2人の顔はみるみるうちに真っ赤になって今にも飛びかかりそうだ。
仮に飛びかかられた場合、ラグちゅうは頭から転倒する。
「……ウッザ、帰る。」
その心配はしなくて良さそうだ。
「死ねよクズ男。」
「さようなら、名前も知らない女さん。」
……思考が偏ってねえか?
「オイ、なにも悪役を引き受けることはないからな。」
ハァとため息をついて肩を叩くとラグちゅうは驚いたような顔をした。
「え?」
おいおい、ナチュラルに口が悪い男になっていたのかよ。
「あなたたちは本当にただのクラスメイトだったのか?」
いつの間にか村雨達が直ぐ側に佇んでいた。
「……うん。そうですよ。ね?……獅子神くん。」