磁極
「はぁ……。」
今日も菓子類が大量に入ったコンビニ袋をぶら下げて公園のベンチに座る。
賃貸アパートの隣なのか上の階なのか分からないが、17時~18時のタイミングで帰宅するとギシギシアンアンがモロに聞こえるからだ。
おそらく生活リズムが夜型の人で、夕方の時間帯が一番セックスが盛り上がる時間帯の人なんだろう。
喘ぎ声とパンパンという不快な音が聞こえるだけで嘔吐してしまう。
「ねえ、そのお菓子一人で全部食べるの?」
顔を上げるとオレンジがかった茶髪の若者が唇に指が触れそうな仕草をして覗き込んでいた。
……宗教勧誘、投資詐欺、ロマンス詐欺、どれだ。
この仕草は大抵の場合に退屈、うっすらとした興味を示すことが多い。
単純に暇をしていて、大量の菓子を袋に下げている光景を不思議がっているだけかもれない。
「いや、廃棄する。」
と、応えると若者は不思議そうな顔をした。
「どうして食べないの?」
飽食の時代、食べ物を粗末にしてはいけない。
ただ、これは私が買ったものではなく、職場からの当てつけ……残飯処理にあたる。
「私は甘いものが嫌いだから。」
私は普通の女性より……太めだ。
だから「たくさん食べる」「甘いもの好き」として不要になった食べ物を押し付けられている。
一度、真剣に「食べられない」と告げたが、「またまた、無理しちゃってダイエット?男でもできた?」と暖簾に腕押しだったため、諦めて受け取って致し方なく、自宅アパートで処分している。
「ならボクが貰ってもいい?」
もう一度若者の顔を見る。
特に目線に揺らぎや呼吸に計算はないように見える。
「食中毒になったら私の責任になる。だから渡せない。……と言っている途中に食べ始めるな。」
若者はベンチの隣に腰かけてコンビニ袋に入っているカップケーキをパクパクと食べ始めた。
……言葉より先に手が出るタイプ、コイツは話を聞かない。
もしくは、話を理解させることが困難なタイプ……つまり、関わらない方がいい。
「ボロさーん!!ロジック教えてー!!」
嫌なタイミングでガキが来てしまった。
「ボロさん、その人だあれ?」
ガキは若者を見て首を傾げる。
「知らない人だからあんまり話しかけちゃダメ。で、何のロジック?」
といっても、ガキとも知り合いでも何でもなく、近くにあるプログラミングスクールに通っているガキとベンチにいる不審者という関係性なのだが。
「オセロ!!」
……はぁ。
私の時代にプログラミングスクールなどなかったが、オセロぐらいのロジックなら直ぐに発想できるように教えろ。
「じゃあ、が……学童。オセロのルールはなんだ。」
いくらコーディング方法を教えても元になるロジックが思いつかなければ何の価値もない。
「駒をひっくり返すゲーム!!」
隣に目線をやると、若者はひたすらにプラスチック容器入ったパフェを食べている。
「違うだろ。黒と白の駒があり、それが挟み撃ちになると色が逆転するゲームだ。……いや、言い方が悪いな。黒と白ではなく0と1とする。0と1があるとき、先攻後攻を決める。その後ターン制で0または1を選んで場に置くことができる。そしてその場に置く、という行為は0と1があるとき、上下左右に置くことができる。これを先攻後攻が繰り返すのが基礎だ。」
いい感じの棒を拾って地面にマス目を描き、1を描く。
「そして、その場に置くと言ったが、その場は初期値にNullが入っている。Nullの場合にだけ置くことができる。つまりすでに置かれているところに置くことができない。」
マス目に0を描いた。
「そして0が置かれているとき、別の数値例えば1が隣に配置されたことを確認したら自身の反対側の数値を確認する。このとき隣が1であった場合に0は1になる。これが駒がひっくり返る状態という。」
隣のマス目に1を描き、0を1に描き換える。
「こうして111、1を白にするなら白白白になる。そして盤上にある白と黒の数の多い方を勝利とし、盤上のマス目から計算して挽回不可能というときに勝敗を決める。」
マス目に白winと描く。
「また、盤上に置く。といったが予めおける座標を指定しないと位置がおかしくなる。また、移動できる座標も確定しておかないと例えば0.5のような半端な数値に移動して斜め移動になってしまう。」
マス目に斜めに移動した0を描く。
「これをPythonだろうがC#だろうが、このロジックでコーディングすればオセロはできる。」
ガキはタブレットで地面を撮った。
書いてた方が覚えるんだが、言っても仕方がない。
「それって、8×8マス?16×16マスの時の盤面のときはどうするの?」
……。
「先攻後攻が相手の数字見える前提?相手の数字が見えないときは?」
横を向くと若者が地面に何かを描いていた。
マス目を広げている。
「見えないとき?それは対戦ゲームを作るときだろ。基本的なロジックは」
「ゲームってさ、人と遊ぶものだよ。」
……それはそうだが、今はプログラムのロジックの話をしてるんだよ。
「オセロってさ、斜めも判定するでしょ?どうするの?」
……はぁ。
「各ターンで盤上に数値が置かれた時、上下左右、そして斜めを対象にしてその先に自分と違う数値が置かれていないかを判定する。置かれていたらその数値の位置から自分の位置までを新たな数値に書き換える。」
……こんな簡単なことをなぜ……。
「あ!!おかーさんだ!!ボロさんバイバイ!!お兄ちゃんもバイバイ!!」
力なく手を振るような、手を振ってもいないような動きをする。
「……こら、変な人に話しかけないの。」
「でもボロさんのロジックでクラスでチートするの楽しいんだもん。」
……最近のガキはこれだから困る。
「ねえボロさん、ボロさんってプログラマーさんなの?」
若者がこちらを食い入るように見る。
……特に話しても問題ない内容を話す。
「プログラマーではない。エンジニアでもない。なんの勉強もしていない。」
若者が脇腹をつまんできた。……つ、な……。
「何をしている。」
若者はぜい肉をムニムニとつまみながら笑顔で答えた。
「プログラマーさんだからおデブさんなのかと思った。おなかプニプニしてる。」
……ふぅ、落ち着こう。
基本的にガリガリや痩せているは嫌味だ。
しかし大概は「ぽっちゃり」「ふとめ」というぼかし表現を使う。
平均体重より多いね、もあるが。
直接的にデブ、という事はこちらを完全に下に見て馬鹿にしている。
おそらく公園のベンチにいる、つまり無職やフリーターと思われているのだろう。
そして大量の菓子。
不摂生で太っている。とするのは間違いではない。
「申し訳ないが、人の腹をつまむのはセクシャルハラスメントに該当するので、控えた方がいい。」
若者は無視してつまむのをやめない。
……ここで怒鳴ってはこちらが殺傷沙汰になったり警察沙汰になった場合に不利になる。
「デブでプニプニです。以上。」
……いや、いい加減やめろ、
「ボロさん、今からトランプでゲームしない?」
若者はもそもそとポケットからトランプを取り出した。
「ババ抜きと神経衰弱しかできない。貴方は奇術師か?」
なんでトランプを常備しているんだ。
「あはは!じゃあババ抜きしよう!」
なぜか見知らぬ若者とババ抜きをすることになった。
「けっこうやるね。」
若者も飄々としているように見えて感情が読みにくいタイプだ。
ただ、私にはかなわないようだ。
「ボロさん、今眉毛が動いた。……あれ?」
こういう相手の表情や感情を読むゲームで私は負けたことがない。
「貴方は目をちらつかせたがブラフだ。指先に震えがあった。……フッ、アハハ!私の勝ちだ!!……はい。」
若者はニコニコしながら「もう一回」と強請ったが、そろそろギシギシアンアンが終わる時間。
「貴方はもう家に帰った方がいい。」
すると手首を引かれた。
そこまでゲームを続けたいのか?
「ご馳走様でした。はい、ゴミ。」
……この野郎……。全部完食した上にゴミまでよこすとは。
「はい。どうも。では。」
……この公園、家から程よい距離でよかったが、若者が大学生なら頻繁に来るかもしれない。
もう二度と話しかけられることはないとは思うが、可能性は0に近づけたい。
自宅アパートに戻って鍵を閉める。
「……はぁ……数年ぶりに職場以外の人間と会話した……。オエェェェェ……。」
トイレで嘔吐する。
吐くのは十数年来の癖になっていて、胃液まで何度も吐くものだから歯が胃酸で溶けるようで、恐ろしくて何度も何度も強く歯を磨くから歯科医師から「やり過ぎて逆に歯が無くなる」と言われているくらいだ。
「……ああん、あん」
……まだやってるのかよ。お盛んだな。
……はぁ。セックスの何がいいのか見当もつかない。
見知らぬ他人と口内の唾液を交換したり汗や液体を分かち合う。
そして性器を……。
「オエェェェェェ……。」
想像してまた吐いてしまった。
「……いないな。流石に二度はないか……。」
公園のベンチを見渡せる丘から例の若者が居ないか確認する。
ああいう手合いは仮に二度あったら「お金貸して」「実はいい話が」になると相場が決まっている。
「今日はお菓子ないの?」
振り向くと若者がぴったりと背後についていた。
……いつの間に?
「ない。以上。さようなら。」
一刻も早くこの場から立ち去らないとロマンス詐欺などされたら胸糞悪くて眠れなくなる。
「ボロさん、いいところに行こう?」
……そうきたか。宗教かセミナーの勧誘だな。
……なぜ、二の腕を揉んでいる。
「行かない。二の腕を揉まないでほしい。以上。」
距離感が近いタイプの場合、こちらが「気があった」とされて不利にされる可能性がある。
離れなければ。
「もしかしてエッチなことされると思ってる?ボロさんって案外むっつりスケベなんだね。」
……誰もそうはいっていない。
可能性としてラブホテルやどこかに連れていかれて性行為を求められる場合もある。
というのは0.1%くらいの可能性として脳裏の隅にあったのは事実。
そして、この話題を惜しげもなく出すという事は「相手が性的な可能性を求めている」と心理的に揺さぶりをかけて「性的な対象としてしまった申し訳なさ」という罪悪感を利用して「少しなら話を聞こう」とする場合が多い。
つまり、動揺する必要はない。
「はい。その可能性もあります。私は行きません。二の腕を揉まないでください。」
若者は私の頬をグニーっと引っ張った。
「ボロさんモチモチ。おもちみたい。ふわふわすべすべ。」
……コイツは話を聞かないタイプらしい。
これは厄介かもしれない。
早々に話を打ち切るべきだ。
「では、どこに行くか?という質問に答えてください。」
こうすれば「友達のところ」や「ファミレス」など否が応でも場所を言わないと会話として不自然だ。
「友達のところ」なら見知らぬ人のいる場所には行けないと言えばよく、「ファミレス」ならば食事制限中であるとすればよい。
「カラス銀行。」
……は?
カラス銀行?銀行?
このパターンは未知だ。
銀行に行くというのは私に対して本人に直接振り込め詐欺ができると踏んでのことか?
生憎貯金は生活費でいっぱいいっぱい。
「銀行?行きましょう。行ったらその場で解散です。」
銀行なら「変な人に絡まれている」といえば流石に対応してくれるだろう。
……いや、相手は端正な顔つきの若者、こちらはもう若くなく美人でもない。
こちらが不利か。
その時には別の手段……たとえば急な体調不良を訴えるという卑劣な手段を取ることも考えよう。
「ここでね、ゲームしてるから、ボロさんも一緒に遊ぼう。」
銀行の前で若者がニコニコと私の二の腕を揉みながら話しかける。
……この際二の腕は捨て置く。
ゲーム?ゲームとは何のことだ?詐欺などの犯罪をゲームと言い換えているだけか?
「何をしている。」
振り返ると眼鏡の不摂生な生活をしていそうな神経質な男性がこちらを見ている。
この若者の知り合いか?
「村雨さん、この人はボロさん。ボロさんはロジックの大先生なんだよ。」
……野郎……。
落ち着け。
パソコンの大先生に似た種類の悪口を使ってくるくらいに私を舐めている。
高を括られているに越したことはない。
「ロジックの大先生?」
神経質な男は顔をしかめた。
おそらく私の身なりが高級ブランドを身に着けておらず、仕事帰りとしてもラフないでたち、そして化粧の薄さと髪質から美容に無頓着気味である。
つまり、社会人としてのランクが低い人間が目の前にいることを不快に思っている。
「この方のお知会いですか?私は銀行に用はありません。この方と知人でもありません。以上。」
反対方向に歩もうとすると二の腕をギュッと引っ張られる。
……手、どこに置いてるんだよ。他人の腰に手を置くな。
「ボロさんね、むっつりでむっちりしてるの。みてみて。」
頬をつままれる。
流石に看過できないが、別の男性が見ている手前大げさな対処はできない。
「やめておけ。感情を隠すことだけは長けているようだが、彼女は双」
「勝手に人をラベリングするな。」
別の男性と、若者の動きが止まった。
……これは以前医者に指摘されたことだ。
普通であればうつ病と仮定であろうことを別のラベルに当てはめた。
つまり、男性は医者か医療関係。もしくは身内に同じような人間がいる。
しかし、この一言で状況は最悪になった。
自身持つ病的な側面を露見させたのだから。
「……確かに。失礼だったことは認めよう。ただ、」
ただ、なんだ。病的だとするのは正しい見立てであると。
落ち着け、怒るな、今まで他者に対して怒りを向けたことはない。
向けるなら自分に向けろ。
「歯を食いしばる癖は止めた方がいい。」
……。
「ボロさん、もしかして舌とか噛んでる?」
若者が顎を掴んで口を開かせようとする。
なぜこんなに無遠慮なふるまいができるのか。
「口開けて。」
開けるわけがない。
「ねー。」
怒るな。怒るな。平静を保て。
「ボロさん。」
人の口に指を入れようとするな。
……限界だ。
「真経津さん、どうされましたか?」
横を見ると銀行員と思わしき男性がこちらを見ている。
「御手洗、引き剥がしてやれ。」
男性が銀行員を顎を使って指示をし、若者が引き剥がされる。
どちらが真経津?
「真経津さん、この女性は?」
銀行員がこちらを……憎悪の念で見ている。
なぜ……?
「ボロさん、ロジックの大先生。」
ということは、若者が真経津……。
「そうですか、部外者の方は彼らと共には入れませんので。」
にこやかに返されるが、こちらに対して怒りの念がある。
この若者と近しいのか、この若者は私が知らないだけで価値があるとラベリングされた者。
著名人なのだろうか。
「ボロさん、ちょっとまってて。話してくるから。」
そう言って若者は銀行員と男性と共に銀行内へと消えていった。
「彼は別の出入り口から帰った。」
銀行近くの壁で腕を組んでうたた寝をしていると、男性に話しかけられた。
人を待たせておいてとんでもないな。
腕時計からするに、もう日付を超えている。
「そうですか。先ほどは取り乱してしまいお見苦しいところをお見せしました。」
頭を深々と下げて謝罪する。
「私も踏み込み過ぎた。申し訳ない。」
男性が頭を下げた。見かけによらず頭を下げるタイプなのか。
「真経津さんに『彼女は病的なので近づかないように』と言って頂けますか?」
男性の眉間にしわが寄る。
「申し訳ありません。言葉を間違えました。初対面の方に自分の印象を希望通りに伝えることを強要してしましました。率直に貴方が先ほど感じた感想を彼に伝えてあげてください。彼は私を遊び相手として見ている節があります。私は見ての通り気が短く尊大な態度をとる病的な側面があります。」
男性の口が開いた。
手が指を指そうとしている。つまり、叱咤叱責である。
「あなたはいささか勘違いをしている。少なくとも現時点で、私はあなたを蔑んだりするつもりはない。」
……。
「そうですか。ありがとうございます。私はいつも人に対して失礼な素振りばかりしてしまいます。これ以上はご迷惑となります。失礼しました。」
身を翻して家路についた。
もう公園には近づかぬようにしよう。
家に帰ってしこたま吐いた。何度も何度も吐いた。
歯を指摘された。
吐いているのが分かるくらいエナメルが溶けているのか?
歯を食いしばる癖が分かるくらい歯の位置がずれているのか?
私はそんなに病的に見えるのか?
「死にたい。」
食事が喉を通らなくなった。
それでも体形に変化はない。
ただただ体力が奪われて思考能力だけが削られていく。
「おいボロ!!男が来てんぞ!!職場にホストを呼ぶな!!」
……。
「ボロさん、会いたかった。ごめんね?村雨さんに『約束を忘すれるな』って怒られちゃった。」
そう言って真経津がハグをしてこようとするのを腕で押し戻す。
「ボロさん、怒ってる?ごめんね?こんどはボクの部屋で遊ぼう?」
「すみません。」
……言葉が出ない。
どこまで人を馬鹿にしておちょくれば気が済むのだろうか。
彼は女であれば誰でもいいらしい。
「どうやって職場の情報を知ったのですか。」
私は職場の場所を教えていない。そして職業も明かしていない。
ここは工業系の工場だ。
基本的にあの時間帯に帰宅できる職業で、特に現代では女性の場合職種が絞られやすい。
そうなったとき、工場ではなくスーパー等の小売りを目星にするはず。
「公園にいた男の子から聞いた。」
……。
虚偽だ。私もそこまで愚かではない。
ボロさんはプータローだ、と答えている。結果として余計に不審者になっているのだが。
「虚偽です。」
真経津はこちらをじっと見つめている。
「あらぁボロちゃんってば色気づいちゃって!だからダイエットしてたのねー!!」
……大声でどうも。
「ボロさん、ダイエット始めたの?プニプニしているくらいがボロさんらしいのに。」
……。
涙が、とめどなく出てくる。
「ボロさん大丈夫?約束破ってごめんね?ボクの部屋で」
「すみません。もう無理です。さようなら。」
真経津は腕を引っ張ったが、無理やり引き剥がして職場に戻った。
そして何度もトイレで吐いた。
結局、早退した。
「死のう。」
ボーっと歩きながらうまい死に方考える。
水死は遺体処理班に迷惑をかける。電車や車も迷惑をかける。山では所有者に迷惑をかける。
首つりでは処理班とアパートに迷惑をかける。服薬ではかかりつけ医に迷惑をかける。
どうしたらいいんだろう。どうすれば迷惑をかけなくて済むんだろう。
「ボロさん。ボクの部屋に来て。」
振り返ると真経津がいた。
化け物か。それとも超常現象のたぐいなのか。
「行きません。」
「どうして?ボクにエッチなことされるの嫌?」
どうすれば引き剥がせる……もう思考能力が……。
「私は今から死ぬからです。」
真経津の表情が止まった。
止まって、嫌そうな顔をする。
これでもういい。もう彼がこちらを認識することはない。
以上、終わり。
「なら死ぬ前に一度くらいは部屋に来てもいいよね。」
そう来たか。
ズルズルと腕を引かれる。
もう抵抗する気力がない。
困ったな。もし性行為になってしまったらすぐに死ねない。
直ぐに死んだら強姦による自殺だとされて真経津に迷惑をかける。
迷惑をかけたくないな。だれにも、迷惑をかけたくないな。
タクシーに詰め込まれて真経津の自宅に来たが、いいところに住んでいる。
著名人か資産家だったのか。
資産家なら犯罪をしても隠ぺいできるのかもしれない。
フィクションの読み過ぎで感覚が麻痺している。
「ボロさん、じゃじゃーん。ボクのお手製の編みぐるみ!あげる!」
真経津に手渡されたのは、よく分からない毛玉だった。
「ありがとう。」
……それしか言葉が出ない。
「ボロさん、この編みぐるみを嫌なことがあった時にギュッてして。そうしたら歯を食いしばらなくて済むよ。」
また、歯について指摘された。
もう駄目なんだ。やっぱり私はおかしいんだ。
「ボロさん、これからもボクと遊ぼう?村雨さんたちもいれて、みんなで遊ぼう?」
真経津にハグされている。
涙が止まらない。
……ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな。
「いい加減にしろ……限界だ。ころしてやる。」
真経津を人がダメになるクッションソファに押し倒して首を絞めるポーズをする。
通報しろ、いかれてるって。
「ボロさんがボクをころしたいなら。」
……。
どうすれば。
涙が止まらない。許せない、自分が腹立たしい。怒りをコントロールできない。愚か者だ。
欠陥品だ。クズだ。のろまだ。病的だ。双極性だ。キレやすく自己欺瞞に満ちている。
人より優れていると勘違いしたマヌケだ、馬鹿だ。
たすけて。
「ボロさん。最後にゲームしようよ。」
……。
「わかった。」
「ルールを説明するね。最初に偽の情報を出した方が負け。勝った人はその人のことを好きにできる。いい?」
……。
彼は私を馬鹿にしてくれていて助かる。
私は感情を出さないことにたけてるし、心理戦は強い。
これは驕りではなく事実だ。
「わかった。先行はどうする?」
「ボク。」
……。
これでようやく終わる。
「ボク、銀行の人の伝手でボロさんのこと調べてもらったんだ。ボロさんは大手企業グループに正社員として勤めていたけど、新人の時に知識はあるのに対客のスキルが無くて暗算ができないから左遷された。技術に対する憧れが強くて工業系の工場に再就職するけど吐き癖のせいで自分からパートに降格させてもらった。その現状に憂いて死のうとしている。」
……。
最近の銀行は個人情報など考えないらしいな。
「次は私。真経津の髪の色はオレンジがかった茶髪である。」
……。
調子に乗って切れるカードを出し過ぎなんだよ。
偽の情報を出したら負け、つまり目の前にある事実をいかに事細かく説明できるかがカギ。
「ボクの番。ボロさんはちょっかいをだしてくるボクに絆されている、ボクに好意を向けている。その事実が受け入れられない。人を愛したり愛されるのが怖いから。」
……。
……ミスをしたな。
事実を出すゲームでは『感情』を根拠にするほど曖昧にぼかされるものはない。
この回ではぐらかしてもこのペースなら私が勝つ。
「私の番。の前に真経津の負けだ。真経津に対して好意など持っていない。」
……鏡、鏡?
なんだこれは……鏡に紅潮している醜い女の顔が映っている。
私は人に好意を寄せたりしない。人に好意をよさられることも無い。
私はこんな悍ましい顔をして、いる。
私は醜い化け物だ。そうだ、だから人に愛されることはない。
「うん。最初のターンからボクは負けてる。「銀行の人に聞いた」って嘘だから。全部デタラメ。でもボロさんの本当のことを知れてよかった。」
「鏡の中に君を助ける答えはない。」
「はい。ボクの負け。好きにしていいよ。」
……涙も引っ込んでしまった。
「暗算はどこで分かった。」
「暗算?オセロのマスの話をした時、16×16って言った時目線が上に行って指が微かに動いたから。手を微かに動かすことで暗算をするトリガーにしている人がやりがちだから。暗算、遅いでしょ。」
……何でもお見通しかよ、化け物か。
「……はは、あはは。そう、紙とペンがあれば誰よりも計算は早いんだ。だから資格ばっかり増えて……わけわかんないよな。あはは。」
あまりにも無残な惨敗で笑い転げてしまう。
「それに『偽』をだしたら負けのゲームなんて、真実かどうか両者が確認できる情報分野に絞らないとそもそもゲームとして成り立たないのに、本当に私は馬鹿だな。」
「ボロさんが笑った。さっきの話だけどさ、ボクのこと好きでしょ?」
……。
「好きかどうか、分からない。」
わからない。好きってなんだ?
セックスをしたいかと言われればしたくない。
好きではないのだろう。
「ボクに嫌いって言われたらどうする?」
……。
嫌われるのは当然であるから。
……。
「……嫌われたくない。……嫌いにならないでほしい。」
何を言っているんだろう。
年甲斐もなく、はしたない。
馬鹿な女。
みっともない。どうしようもない。救いようもない。
「ボロさんて、なんでボロさんなの?歯を食いしばってボロボロの負け犬に見えるから?」
……。
「……あはは。本当にデリカシーがないな。ボロはそういう意味合いのボロボロもあるだろうけど、最初は『ロボットみたい』だからロボさんって言われてて……いつのまにかボロさんになってた。それだけ。」
真経津に頬をギュウッと握られる。
「それなら、ボロさんのままでいいや。ボクにボロ負けしたボロさん。」
……。
「そうだね。ボロでいいよ。」
「じゃあ、ボロさんも嘘をついたんだよね?なら、ボクと対等になったよね。」
……。
はは、引き分けか。
「エッチしよう。」
……。
……。
頭の処理が追い付かない。
なぜこの流れからそうなる?意味が分からない。
どういうことだ?
真経津は資産家である。これは間違いがないことだ。
……。
そうだ、私は死にたがっていた。
そして、真経津の首を絞めるポーズをした。
弱みを握られた。
つまり、どのように処理してもかまわないという
「ボロさん、また色々と考えてるの?ボクはただボロさんとエッチがしたいだけだよ。」
エッチなことは、まだ準備中です。
「なんてね。ボロさん、これからもボクと沢山遊ぼうね。」
「……ちゃんとコーディングできた?」
「ボロさん。」
真経津が駄目になるクッションソファに倒れたまま腕を伸ばしてくる。
「真経津、最初にすべてを話す。私は三十路で貴方からするとオバサンだ。そしてパートタイマーで社会的地位が貴方より低い。また預貯金もほとんど無い貧乏人。身よりも無い。なによりデブでブスだ。もしそんな女と性交渉になればヤリ捨てした時刺される。以上。」
……よし。
真経津に対する説明責任は果たした。
帰ろう。
「ボクに捨てられるのが怖いの?ボロさんは死ぬんでしょ?」
……。
それは、そうなんだが。
「死ぬ前に嫌な思いをしたくない。個人的な望み。」
死者への手向け、配慮くらい望むが。
……。
人を無理やり抱き寄せるな。
「ボクがボロさんを捨てたら、ボロさんもっとボロボロになっちゃうね。」
………。
なるほど、サディズムか。
それならば合点がいく。
真経津は人を持ち上げて地の底に叩き落すのが好き。
だから私がターゲットにされた。
自分より見るからに劣る存在をいたぶ
「何をしている。」
耳に湿ったものが這い回っている。
ペチャペチャと音がする。
……。
「真経津、やめろ。」
……脚が閉じた。
……。
「やめろ。」
耳を舐められてるのか?
それって、ペッティング……。
つまり、愛撫?
「やめて。」
胸の奥が苦しい。
怖い。
「セックスしたくない。」
……。
なぜ首筋を舐める?
なんの意味があってそんな気色の悪いことをする?
「ボロさんは人を愛さなかったからセックスという行為を嫌悪して意味を理解していないだけ。セックスだと思わないで。ボロさんはボクとエッチするだけ。」
……。
セックスをエッチに置き換えたとして、なん
「……あっ…あっん……や」
……なんだこの媚びた声は。
私が?そんな、気味の悪い声を……。
「ボロさん、かわいいね。ボクに舐められて感じてる。」
……。
性交渉中に男が女に言う言葉。
「んっ……あはぁ…あはぁはぅ…う」
吐きそうだ。
自分の嬌声で頭が割れるように痛い。
……。
胸を揉まれている?
「ボロさんのおっぱい柔らかい。おっきいから手からこぼれちゃう。」
揉……
「あっ……ああん」
……吐く。吐く。
……?
なぜ私はバンザイさせられている?
「ボロさん、ブラジャーのサイズ合ってないよ。おっぱいがこぼれそう。」
今指をブラジャーに掛けたら、止め
「ほら、ぷるんって。ボロさんおデブさんってうよりおっぱいが大きくて着太りしてたみたい。パーカー着ないほうがいいよ。」
見ないで……。
「みないでぇ……」
嫌、嫌だ、女みたいだ。
「ボロさんのこと、全部知りたい。」
「ボロさん、おっぱい吸われるの気持ちいい?」
嫌だ、変な感じがする。
「んぅ…ああん……」
私をクッションソファに座り抱きしめながら、真経津は赤ん坊のように乳首を吸っている。
チュパッチュパッとわざと音を出している。
「乳首ペロペロされるのも気持ちいいよね?」
真経津のぬめりを帯びた舌が乳首を撫でるたびに変な感じと胸の奥から薄気味悪いモヤが…。
「あっ…はぁ…」
真経津の髪が肌に触れるたびに頭が割れるように痛くなる。
意識が朦朧としてくる。
死ぬ。
「ズボン脱ごう?」
抵抗しないと、しないと
「あ、早めに脱がせてあげればよかったね。パンツがビショビショ。」
ちが
「ああああああっ」
真経津の指が秘部を引っ掻いている。
苦しい。苦しい。
「ボロさん、敏感だね。」
違う、違う
「あっああ……」
下着が指で弄られたび濡れて気持ち悪い。
「ボロさんが下になって?舐められないから。」
舐め
「あああんっあっあああっ」
「ボロさん、ク◯ニされるの好き?」
考えが
「んあ……ああん…ああん…ああ」
「ボロさん、ボクの指で弄られるの好き?」
考え
「んっんん…ああんああ」
「もうビショビショだから挿れていいよね?」
待っ
それ、コンドーム
「ああああああっああああああっ」
「ボロさんエッチ気持ちいい?」
「あ…あ…あ…あ…あ…」
「ゆっくりするね。」
「あん…あああん…ああう」
「激しくする?」
「あっあっあっ」
「ボロさん、エッチが気持ちいいから何も考えられないね。」
「あう…あ」
「ボロさん、キスしよう?」
キスは、歯が、歯が
「んん…あふ、ふう、ふう」
「ボロさん、やっぱり歯を食いしばりながら舌噛んでるね?舌噛んじゃダメだよ。」
「はっ…あはっ…あ」
「ボロさん、エッチ気持ちいい?ちゃんと言って?」
「きもちわる」
「ボロさん、気持ちいいよね?」
「ああああああっああああああっああああああっ」
「ボクのこと好き?」
「すきじゃ…」
「ボクに夢中なくせに。かわいい。」
「あっあああっああ」
「ボロさんが自分に正直になるまでエッチしようね。」
「みてみて、むっつりでむっちりなロジックの大先生のボロさん!」
村雨という医者がペコ……と頭を下げ、こちらも頭を下げる。
「あまり大先生に迷惑をかけるな。」
……。
この医者は馬鹿にするのがコミュニケーション方法の一つなのか。
つまり、日常的にマウントを取り合う場にいる。
そして、私を馬鹿にするのは当然であるから捨て置くが、このいじり方は彼のテリトリーに入ってしまった可能性がある。
テリトリー内ならば何を言ってもしてもいい、とされると後々厄介だ。
「大先生?」
金髪の身なりのいい男性が顔をしかめる。
私は場違いだ、なぜ彼の自宅にいるのか。
真経津は「ご飯食べに行こう」そう言ったはず。
「ロジック?何?」
変なカラコンと変なファッションの男性は明らかにこちらを軽蔑している。
「ボロさん、STGゲームのロジック教えて?」
真経津……恥を描かせて死なせたいのか。
「STGにも種類があるが、子供向けのクリック式ゲームとする。まず配列を作り特点、座標変数を複数作る。その配列は5点3点1点として座標変数には点数が大きいほど四角形としたときに面積を小さくする。これを出現時間変数とランダム時間変数ごとに毎秒出現させて左クリックしたときにポインタが範囲内であれば特点を加算し、何も無い場所では0もしくはマイナス値を入れる。これを無制限または時間制限付きで行い特点が一定数の時クリアとする。……すみません。私はロジックの大先生ではありません。」
男性たちの視線が鋭くなる。
恥をかいた。
「ねえ、クリックが早くて複数点をクリックしたときは?四角形が重なったときは?画面外でクリックされたら?特点と早打ちを競争するときは?」
真経津……。
「その場合は、」
「神が現れたらどうなる?」
……眼帯の神父のコスプレをした男性が話かけてくる。
神?
「神……ボスキャラクター?たとえば一定時間のクリック回数、つまり連続クリックを判定して体力ゲージをマイナスにしていき、体力ゲージを0にしないと四角形の特点を無効化するなどを……。」
恥ずかしい。馬鹿みたいだ。
私は馬鹿だからな。
「神はなにくれんの?」
カラコンの男性がこちらを見る。
「ボーナス特点とか?」
……。
帰りたい。
「ならばそのSTGに神以外の邪魔者がいる時について教えろ大先生。」
……。
「すみません、用事を思い出しました。」
帰ろう。
腕を引っ張られる。
真経津……じゃない。
「大先生。あなたは暇だろ、教えろ。私たちも丁度時間を持て余している。」
医者……。
彼はおそらくは三男坊だ。
腕を引っ張り抱き寄せるのは幼少期
「大先生、私について知りたいなら聞かせよう。」
真経津……ニコニコしてないで、たすけろ。
「友達ができてよかったね、ボロさん。」