「ボロさんさあ、悪いんだけど……自主退職してくれない?」
そう雇い主から告げられたのは真経津と出会ってから間もなくのことであった。
「私の製図したCADデータの引き継ぎはどう致しましょうか。」
私は引き継ぎ資料……と言ってもただ作製した図面類を整理してデスクを後にした。
「ホスト狂いもあそこまでいくと……ねぇ。」
真経津が職場に訪れたのは一度きりだったが、それでも「いい年した未婚女がホストに入れ込んでいる」という印象を周囲に植え付けるには十分すぎた。
「本当にプータローになったな。」
そうぽつりと零す。
真経津に出会わなくとも、私など……いずれ雇い止めされていただろうから、先のことを考える。
まずは家賃。貯金から切り崩す。
次に職。求職者支援施設に行こう。
そして、ブランコに座っている私の背中を押している真経津をどうやって煙にまくかだ。
「ねえボロさん、獅子神さんの家に行って遊ぼう?」
ブランコをギコギコと揺らしながら声をかけてくる。
彼らと……真経津たちと私は住む世界が違う。
裕福な彼らは、私のような社会的地位が低いものを嫌悪する。
……私が惨めになるから会いたくない。
「彼らの迷惑になるから行かない。」
ブランコの軋む音が止まった。
「友達なのに?」
何を言っているんだろうか。
彼らとは一度会って会話しただけ。
いや、医者とは二回会ったが、それだけ。
「私は彼らの友達ではない。」
ジリ……という砂を踏む音。
それがゆっくりと遠ざかっていく。
ただ砂をみていた。砂の粒をみていた。
これでいい。
私に友達など、できるわけがないのだから。
自宅に帰っていつも通り嘔吐し、歯を磨いているとチャイムが鳴った。
宅配の予定はないし、宗教かセールスだろう。
ドンッドンッと扉を蹴る音がする。
闇金?金など借りていない。
誰かと間違えているなら、「法に則り」闇金に説明すればよく扉の修理代も請求できる。
「どなた様でしょうか。要件についてお伺いしたい。」
返答がない。
いたずらか?のぞき穴を見ても人が居ない。
下に隠れているのか?
おっと、キーチェーンがあるからと開けてはいけないな。
相手の思う壺
「ボロさんの部屋、獅子神さんに掃除してもらったほうがいいね。」
「ボロさん、ベランダの窓開いてたよ?」
真経津……。
開けたよ、換気のために。
ラフメイカーか。
「不法侵入だ。帰ってくれ。」
靴をプラプラとさせている真経津は私の話など聞く気はないようで、靴を玄関に置いた後、私の布団に入り込んだ。
「ボロさんの匂いがする。布団だとベッドよりエッチだね。」
困った。
真経津は成人男性で、引きずり起こせない。
かといって野放しにできない。
自由にさせておくと何をされるか分かったもんじゃない。
トラブルに巻き込まれる前に………
……。
しかし、警察沙汰にすると真経津に迷惑がかかる。
誰にも迷惑をかけたくない。
「ボロさん、エッチしよ?」
何か言ってるな。
時間は18時に近くなる。……。
そろそろ始まるな。
「ああん…だめぇ…もっとぉ…」
お隣さんのギシアンがタイミングよく始まる。
「ボクたちも、ね?」
……。
外に出よう。
取りあえず財布とスマホを持っ
「ボロさん、ボクを見て?」
……。
……。
「はぁ……。」
真経津は満足そうに膝に頭を乗せて脇腹を揉んでいる。
「本当に柔らかい。ふわふわ。もちもち。」
もうヤることヤったんだから帰ってほしい。
とりあえず頭を撫でるとニコニコして顎を撫でた。
「ボロさんむっちりむちむち。」
会話が成立していない。
「そろそろ帰ろうかな。」
ようやく……。
はぁ……。
彼は怪異、人を喰らう化け物なのではないか?
真経津は身体を起こすと、玄関から帰っていった。
人を狂わす超常の……
「おい!!ボロ、早く来いよ!!」
再び玄関に目をやると獅子神が立っていて、医者がひょっこりと背中から顔を出していた。
「まぐわいの余韻に浸って意識が混濁しているのだろう。」
……落ち着け、怒るな、怒りを鎮めろ。
「ボロさんはむっつりスケベだからしょうがないよ。」
キレるな、落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け
「真経津お前いい加減にしろ!!」
医者と真経津の口角が上がった。
しまった、罠か。
獅子神に抱えられては手の打ちようがない。
「悪い、鍵は閉めとくから。」
そこは律儀なんだ。
「ボロさんね、歯を食いしばるから歯がボロボロのボロさんなんだ。」
落ち着け、静まれ。
「歯を食いしばる癖をやめろと言ったはずだが……。口を開けろ。」
医者……。お前は歯科医師ではないはずだ。
何故天堂と叶に羽交い締めにされている?
よし、舌を切って死のう。
「もしも歯がコンプレックスならば」
医者に顎をつかまれる。
「適切な」
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ」
場が固まった。
「そこまで……別に歯は」
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ」
「礼二くん、別にコイツに構う必要ないだろ。」
叶、もっと言え。
少なくとも今この場でマトモな意見を言えるのはお前だけだ。
「構う……?私は治療が必要な患者を診るだけだ。」
医者……。
落ち着け、落ち着け、落ち着け
「あー……手遅れじゃね?」
一気に気持ちが凪になる。
「そうですね。手遅れです。離してください。仕事をクビになったので治療費も払えません。」
再び場が静まる。
「なんでクビになったの?」
真経津が不思議そうな顔をしてこちらをみる。
医者がこちらを見る、感情を殺そう。
「……マヌケめ、知人に弁護士がいる。」
もうたくさんだ。
「あ、そうだ、お金貸してください。2,000万円。」
皆からの目線が鋭くなる。
友達ごっこはこれで終わり、以上。
「2,000万円でいいの?」
真経津が首をかしげる。
「なぜ、2,000万円なのだ?もし仮に歯を」
「あ、すみません、私利私欲です。」
医者の眉間にしわが寄る。
「なぜあなたはそう……。……私が貸そう。」
なぜか医者から2,000万円を借りることになった。
その後も真経津がしつこく口を開かせて歯を皆に見せようとするのをみかねて医者と獅子神が止めた。
天堂と叶は飽きたようでゲームを始めていて、獅子神と医者に「直ぐに返す、一度帰る」と言って帰宅した。
「本当に2,000万円入ってる……。」
絶望した。
預金通帳には見たことのない金額が記載されている。
小切手ではなく、振込み、に、してもらったが。
……。
直ぐに、医者に会って返さなければ。
返さなければ返さなければ返さなければ。
人に迷惑をかけたくないのに。
連絡先……名刺、名刺
「こんにちは。」
振り向くと、真経津の知人……銀行員が立っていた。
「……真経津の知り合い方?」
その瞬間、激しい憎悪の念が向けられた。
な、ぜ……?
「はい!僕は特四の御手洗暉といいます。ロジックの大先生のボロさん、でしたよね?」
蔑称として適切に使用している。
「はい。ボロボロの負け犬、ボロと申します。」
そう頭を下げると、湿度を伴った目線が鉛のようにのしかかり、頭を上げられない。
「真経津さんと対等になりたいんですよね?」
驚いて頭を上げると、御手洗はドス黒い笑顔を浮かべていた。
「どうぞ、こちらへ。」
「違法賭博……。」
御手洗に案内された場は、賭博場だった。
「真経津さんと親しい方であれば、ルールを把握するの簡単でしょうからご安心ください。」
そう爽やかに言う彼の口からは猛毒が流れている。
「賭博はやらない。金が無いので。」
立ち去ろうとすると、腕を掴まれた。
「あるでしょう……21,102,314円……。」
先ほどのATMで通帳を見られたのか?
その数字を……瞬間記憶……カメラアイの能力か。
「借り物の金だ。私のものではない。」
強い力で握られ始めた、これ以上の力は……腕が折れる。
「なら僕が特別融資をいたします。ボロ大先生。」
拒否権など無い……ということか。
「分かりました。その前に金を返してからまた来ます。必ず来ます。」
その足で獅子神の家に行くと、丁度出かけるタイミングだったようで医者に会うことができた。
「医者、金は返す。」
医者の表情はどんどん暗くなる。
「理由によっては」
「当てが出来た。それだけ。振込先教えてください。」
医者は口をつぐんだ。
獅子神はひたすら困惑していたので、彼に通帳とカードと暗証番号と委任状諸々を押し付けてその場を後にした。
「気にかけてくれてありがとうございました。」
『ウラギリスズメ』
「ボロ大先生には300万円の融資を致します。」
結構な値が付いたな。
甘い。のか、知らないが。
「お嬢さん……つーわりにはババアだな、いくつ?」
向かいの席の男は威勢がいい。
初手で年齢マウント、そして彼も若くない。
「ぼくはいくつかな?オバサンにおしえてごらん?」
額に青筋、瞼の痙攣、唇を擦るクセ、小指に震えあり、足に体重をかけるクセあり、肘をつくクセから重心が寄っているため差異がわかりやすい。
「……ババア……お前が先にハイドかチェックか決めていいぜ。」
そして女性……格下にいいかっこしいをする。
会社では周囲の空気を読み当たり障りのない業務をしているが、有能な新人社員に対して激しいフラストレーションを抱いている、結果自身の評価もうだつが上がらず、か。
人に頼られたい、人に見下されたくない。
「掛け金全額300万円。私がハイドだ。」
男が一瞬フリーズした。
先ほどの御手洗とのやり取りで軍資金が300万円だと確定している。
私が初心者の博打、大穴狙いで強欲のつづらを選ぶ、と見せかけて堅実のつづらを選ぶか。の二択を迫られている。
「オバサン、最初っからイキんなって、チェックする。堅実なつづら……は、はあ?な、なんで」
「おー、流石ロジックの大先生、もう賭博口座ですか。」
御手洗はニコニコと笑っているが、こちらに対して親しみなどのポジティブな感情を持わせていない。
「4リンク……。もうやるのか。」
仮眠したい。
「はい。あなたはあの真経津さんとお知り合いなんですから。」
仮定、御手洗は真経津の狂信者だ。
『気分屋ルーシー』
男はニヤニヤしながらルールを聞いている。
「オネエサン、来るとこ間違えてんぞ。」
顎を触る癖、わかりやすい。
「オニイチャン、一緒にあの世に行こう。」
目線が泳いだ、死にたくないらしい。
家族がいる、まだ小さい。
手指を何度も波立たせている、焦ったな。
「ぎぇぇ痛いよぉ痛いよぉ血がいっぱい出てる。オニイチャン痛いよぉ。」
ルーシーに刺された傷口を開いて見せて大げさに泣くと、男は「降参」し「失格」した。
ちゃんと手指の油分と表面の擦れから当たりを見つけていたのに、まさか一度の泣き落としで勝ってしまうとは。
仮説、御手洗は真経津の近くにいる人間を始末したい。
『サウンド・オブ・サイレンス』
「女性か……まさか女性のギャンブラーとは……心苦しい。」
なるほど、彼は法務系の仕事……ではないな。
手指の形が固まっている。職人……あるいは。
「はい……私……あまり……。」
男性のセット、視線を動かしたがブラフだ。
彼は指をテーブル下に隠しておくべきだった。
繊細な指の動きから私がなよなよしい振る舞いで選ぼうとするたびに正解を指し示している。
「セット、君は何を選ぶ?」
もちろん03:00を選ぶ。
「わっ……やってしまった……03:00……。」
鼓膜が逝ったな。
耳を抑えて口をつぐんでいもむしのようになったがダメージが深刻だ。
どうにか耳と鼻からの出血を拭いて冷静に振る舞うのに手一杯だ。
「……なんだ、案外大丈夫みたいだな。あいつは8分以上連続で聞いたからか。数分なら………」
男はレコードに対して警戒心を無くした。
「演出かも……。」
男は03:00のレコードを聴いた後、「降参」して「失格」した。
「さすがボロ大先生、ハーフライフ昇格です。」
確定、御手洗は私を始末したい。
『ジャックポット・ジニー』
「ねえ彼女、止めたほうがいいよ。って言っても降参も逃亡もできないわけだけど。」
なるほど、ガラスドームに閉じ込める。
……ゲストに食事が配給されていない。
支払いまで……。
「……ねえ彼女、どうしてあんたは平然としてられるわけ?」
もう気づいているんだろう。
自分がランプに閉じ込められたジニーになったこと。
「御手洗、彼の支払い終了はいつ?」
「三日と3時間54分33秒後です。」
彼は降参して財宝に押しつぶされたが、死んではいない……と御手洗は言った。
御手洗は私を、なぜ殺したいのだろうか。
「御手洗、ひとつ聞いてもいいか?」
御手洗の歩みが止まる。
「なんでしょうか。」
怒りの矛先が向いている。
「なぜ私には他の行員を紹介しない?他行員たちはギャンブラーに」
禍々しい目と合った。
「あはは、失礼しました。今は班を再編していてゆっくりとお話ができず。」
それだけか?
他の行員がこちらに対して会話しようとするのを阻止しているだろう。
「御手洗、何か勘違いをしていないか?真経津とは友人でも何でもな……」
深淵と目が合った。
黒い、ただただ黒い闇……宇宙の果て、すべての光を吸収する黒。
「知っています。」
ただ一言、それが底なし沼のように足を地面につかせようとする。
「あなたは真経津さんの何でもない存在です。」
しばらくはホテルで寝泊まりした。
今自宅に帰って、もし真経津に会ったら厄介だ。
私は死にたかった。
だが、自殺は必ず誰かに迷惑をかける。
しかし今は違う。
御手洗が『迷惑をかけるずに死ぬ方法』を導いてくれている。
この蜘蛛の糸を離したくない。
私は迷惑をかけずに、死ぬことができるのだ。
そして、……最後にまた真経津と顔を合わせてしまうことになろうとは。
「真経津さん!ボロ大先生のワンヘッドデビュー戦ですね!」
御手洗はとても笑顔になっている。
楽しそうで何より。
「ボロ大先生、真経津さんに負けないくらい頑張ってくださいね!!」
『グローリー・ブルーム』
「今回の司会は御手洗が務めさせていただきます。」
「ギャンブラーはワンヘッド『デギズマン』こと真経津晨、対するは運を使い果たしてワンヘッドに昇格したボロ大先生です。」
真経津が今まで見たことのない顔をしている。
「先行は私でいいかな?真経津。」
__本日のゲームは現代の花咲じじいこと、大輪の花を咲かせれば勝ちという単純明快な『グローリー・ブルーム』。
挑戦者は二名。それぞれ透明なガラスパイプへと収まり、頭上には養分となる札束の山が80cmの岩盤の上に積み重なって、その中心にはフッ素樹脂で造られた一輪の可憐な花が芽吹くのを待っています。
花弁は最大九枚。
先に九枚の花弁を咲かせた者が勝利となります。
ただし、花は繊細なため一度茎が倒れると花は散ってしまいます。
散った花は根腐れを起こし、茎……ドリルごと頭上から落下し挑戦者の血を浴びて花が咲くという非情な結末が待っています。
それでは、この勝負を構成する四つの技巧を紹介いたしましょう。
【一.ジョウロ】
カラーインクを噴霧し、札束と花弁に彩りを与えます。
自分の土台を潤し固め整えるもよし、相手の土台を乱すもよし。
また、カラーインクには毒素が含まれておりますので、岩盤に亀裂を入れすぎると毒ガスが漏れ出します。
紙幣はもちろん紙幣用紙でできておりますので、かけすぎると「根腐れ」して茎が倒れる可能性がございますのでご注意を。
なお、このジョウロを一度使用していなければ、後述のブルームを行うことはできません。
【二.シャベル】
札束を指定角度で15秒間削り、微妙な高さや角度を調節します。
通称「茎倒し」で相手を倒してしまうのも一つの手。
相手の土台を揺らすもよし、自らの土台を整え直するもよし。
ただし、記載にある角度と位置以外の岩盤及びガラスへの直接的動作は出来ません。
一手が勝敗を左右いたします。
【三.アンブレラ】
相手からのジョウロによる彩りを、一度だけ完全防御することができます。
読みの精度が問われる、守りの要でございます。
【四.ブルーム】
花弁を一枚開く、あるいは閉じる。
花弁は左右非対称に開きます。
花弁が開けば開くほどアンバランスになっていく。
流れを一気に動かす決定打たりえます。
また、ブルームをするごとに茎のドリルが2cm自動的に札束を彫り進めます。
花の状態は常に観客の皆様の目に見えるため、
心理読み合いが最も激しくなる瞬間でございます。
このブルームを行うには、
事前にジョウロをどちらかへ使用していることが条件となります。
勝負は、ターン制で行われます。
まず「オープン」。
先攻・後攻が一枚ずつ技巧を公開します。
続いて、お互いに秘匿していた次の技巧を公開。
これを「二枚花弁」と呼び、後攻の前に処理されます。
二枚花弁の効果を踏まえてから、後攻がオープン技を発動。
このタイミング差こそが、本勝負の読み合いの核心です。
これを先攻後攻を勝敗が決まるまで繰り返します。
ジョウロによる着色は札束の状態を大きく左右します。
札束にどれだけ彩りを与えるか、相手にどれだけ色をのせるか。
この園芸管理が勝敗の命運を握ります。
花弁を先に九枚咲かせた者が勝者、残りは敗者。
また、咲く前に茎が倒れたものも敗者となり、残りは勝者となる。
それ以外の決着は存在いたしません。
どの技をいつ切り札として使うか、その駆け引きのセンスが問われます。
反則行為は通信、暴力、「3分以上の遅延行為」反則者には猛毒カラースプレーで花の養分になって頂きます。
以上、『グローリー・ブルーム』ゲームを開始します。__
ガラスパイプがゆっくり閉じていき、頭上の札束と一輪のフッ素樹脂製の花が光を浴びる。
【1ターン目】
「それでは両名、オープンをどうぞ。」
私が先行だ。
真経津、そんな顔をして、どうした。
「なあ真経津、お前に花を持たせてやるよ。オープン。」
設定したのは……。
「『ジョウロ』を真経津に使用する。」
「へえ……ボクに色をつけてくれるんだ?ボロさん。」
声が一段と低い。
「じゃあボクも合わせるよ。『ジョウロ』で色をつけてあげるね。」
楽しそう……にしてくれ、最後なんだから。
観客席がざわめいた。
お互いに札束を濡らしあっているのだから。
足場を湿らせ合う、極めて危うい滑り出し……。
つまり、「根腐れ」と「茎倒し」を行う、と見て取れるだろう。
「それでは秘匿していた二つ目の技巧『二枚花弁』を開いていただきます。処理は先に、先攻のボロ大先生から。真経津さんのターンの前に行われます。」
「残念だったな。二枚花弁は『アンブレラ』だ。真経津の慰めなど一滴たりとも通さない。」
自分の札束を濡らすわけにはいかない。
ブルームで掘り進むにつれジョウロを使われたとき、つまり液状化したら『その時点で札束がドリルに絡まりブルームが不可能』になる。
「ふうん。じゃあボクの二枚花弁は『ブルーム』。ボロさんの花弁をひとつだけ開いてあげる。」
私の頭上の花の一枚が、外側へふわりと開いたのが会場のモニター越しにみてとれた。
同時に、茎のドリルが2cm札束へ沈むように掘り進むのが振動で分かる。
湿った紙幣が拡大して映される。
微かに沈みこんでおり、観客が息を呑んた。
「二枚花弁を踏まえて、後攻・真経津さんのオープン技を発動します。」
「さてと……ボクとしては、ボロさんの思考も、揺らぎも全部見えてるんだけど。どう動くんだろうね?」
そうだな、私は特攻開花狙いか、根腐れ狙いか、どっちに見える?
「花を持たせてくれるのか?それとも……最初からガス漏れの検証待ちか。」
真経津は目だけで笑った。
もうお見通しなのかよ。化け物め。
「真経津、お前は強い。私は……お前達のような友達と……いや、友達ではない。……お前達のような手合いが大嫌いだ。無遠慮で、……。とにかく……嫌いだった。」
落ち着け、観客が見ている。
……なぜ、観客席に獅子神、医者、天堂、叶がいる……?
はは、御手洗……。
「……そうなんだ。ごめんね。ボク、本当にボロさんのことが大切」
「黙れ!!」
観客が静まり返ったあと、ザワザワと盛り上がっている。
他人の不幸、さらに男女の「喧嘩」は尚のこと愉しいだろう。
【2ターン目】
「先行・後攻交代です。それでは両名、オープンをどうぞ。」
「ボクが先行、ボロさんに『ジョウロ』。ねえ、怒らせてごめんね?」
真経津をもう、見ない。
見る必要がないからだ。
「『アンブレラ』を自分に。私はお前が大嫌いだ。」
これで札束は濡れない。
「秘匿していた二つ目の技巧『二枚花弁』を開いていただきます。処理は先に、先攻の真経津さんから。ボロ大先生のターンの前に行われます。」
「『二枚花弁』、『ブルーム』をボロさんに。」
なるほど、やはり毒ガス漏れ狙いか。
二枚目の花弁が非対称にゆっくりとギギギと開いた。
この花はメカトロニクス……機械花だ。
開くのも大変だろう。
アンブレラが展開し、降り注ぐインクをパイプ外へと弾いた。
濡れれば重みで不安定になり傾いていただろう二枚の花弁は、傘の下で開ききった。
つまり、アンブレラは『二枚花弁』より先になる。
「『二枚花弁』、自分に『ブルーム』。」
これで三枚……開くたびに花弁のメカトロニクスが軋んでいる。
確信した。
「ねえ、そんなに花を咲かせたいの?」
「ああ、もちろんだ。花は好きだ。」
【3ターン目】
「先行・後攻交代です。それでは両名、オープンをどうぞ。」
「先行は私だ。『ブルーム』を自分に。これで四枚目、栄光がより近づいた。」
モニターを見ると札束の山にアンバランスな花びらが四枚開いた花が見える。
これならば……。
「『ブルーム』をボロさんに。ねえ、ボロさん、みんな心配してたんだよ?そんなにコンプレックスに感じてたの」
「黙れよ!!」
息が苦しい……。
札束で見えないが、茎……いや、根が『ブルーム』のたび確実に頭上の岩盤を削っていて、亀裂からガスが漏れ出ている。
猛毒スプレーの前に既にガスが充満してるじゃないか。
苦しい……いや、そんなこと。
なかったな。
「それでは『二枚花弁』を開いていただきます。処理は先に、先攻のボロ大先生から。真経津さんのターンの前に行われます。」
「『二枚花弁』自分に『ブルーム』。もう六枚も開いたぞ?はは……花は黙っているから美しい。」
「ねえ、なんで友達がいやなの?どうして?」
……。
「……お前が嫌いだから。」
目を開けていられない。
毒ガスが目にしみる。苦しい。
「『二枚花弁』『ジョウロ』をボロさんに。」
【4ターン目】
「先行・後攻交代です。それでは両名、オープンをどうぞ。」
「ボクが先行ね。『ジョウロ』をボロさんに。」
根腐れ狙いか。
確かに六枚開いた花弁に細い茎、湿らせたら揺れる。
「『アンブレラ』を自分に。」
残念だったな。
もう私の道は見えた。
「それでは『二枚花弁』を開いていただきます。処理は先に、先攻の真経津さんから。ロボ大先生のターンの前に行われます。」
「『二枚花弁』『ジョウロ』をボロさんに。ボロさん、ボクたちのこと、好きでしょ。」
「……大嫌いだ。」
多少札束が濡れたところで……スプレーのガスの引火のほうが強い。
フッ素樹脂という帯電やすい材質、メカトロニクスによる通電、札束に引火性の高いスプレーガス……確実にドリルで摩擦を加えれば静電気を伴って紙幣に引火する。
「『二枚花弁』『ブルーム』を自分に、これで七枚だ、真経津、お前根腐れ狙いだと……負けるぞ?」
もう、息が出来ない。
【5ターン目】
「先行・後攻交代です。それでは両名、オープンをどうぞ。」
「私が先行。自分に『ブルーム』だ。これで八枚。もう……勝つからな。」
パチパチという音がする。確実に帯電している。
「ボクはボロさんに『ジョウロ』。……ボロさん、ボク、ボロさんと遊ぶの楽しかったよ。」
……。
「それでは秘匿していた二つ目の技巧『二枚花弁』を開いていただきます。処理は先に、先攻のボロ大先生から。真経津さんのターンの前に行われます。」
「『ジョウロ』の前に『二枚花弁』で『シャベル』を自分に垂直に……はは。やっぱり静電気が帯電してたな。この花、やっぱり燃えるんだ。まるで椿……カメリアのように。」
パチパチと言う音とガスと火の臭いがする。
真経津がジョウロでスプレーガスを少し加えてくれたおかげで、無事に爆発するだろう。
結局、栄光の花なんか咲かない。
九枚咲き揃う前に……ガスで人体が……もたない。
いや、火花は散るな。はは……。
閃光が光っ……。
「またみんなで遊ぼうね。ボロさん。」