夢を見ていた。
不思議な力で私は若くなっていて、息を呑むほど美しい娘の姿になっている。
声も愛らしく、仕草も愛らしい。
佇まいも色香があり、たちまち他者を魅了してしまう。
何より、知性と直感を兼ね備えており、場を掌握できる。
そして、男女問わず皆が私を評価してくれる。
「あなたは賢く優秀だ。」
「可愛らしい、好き。」
「付き合ってほしい。」
おそらくはベビーシェマを彷彿とさせる庇護欲を刺激する無垢さを感じさせる顔立ちをしているのだろう。
唇に指を置いたり無意識に耳を触る仕草をして「相手に気がある素振り」を自然に行い、「守ってあげたい」「好意を持たれている」と錯覚して人は恋に落ちてしまうのだ。
何よりも……嘔吐癖と食いしばり癖がないため、歯が……。
歯が……。
何本か抜けたな……あの爆発の衝撃で……。
走馬灯……長いな……。
いや、走馬灯ではなくこれは「そうだったらいいのに」という夢だ。
もう、夢を……見たくない。
これでようやく、死ねる……。
[
「気がついたか?あなたは歯を気にしているようだが、先天性欠如歯では審美でもない限り治療は要しない。ただ、嘔吐癖と歯を食いしばる癖を止めないと歯が壊れる。歯のズレは元々欠如歯による空間が加齢により自然に広がったもの。更に食いしばり癖のせいで歪んだというのもあるが、外観要因だけで治療するのは勧めない。全て審美として取り換えるのはMRIなどに影響がでる。もし必要ならば私と永久に治療と言う名の付き合いを持つことなるが、いいのか?既に爆発で何本か歯が飛んだため、差したが。」
……トレイに反射した自分の歯が、野良犬みたいだ。
「顔……鏡。」
医者は一瞬躊躇ったが、鏡を見せた。
歯は野良犬のようにギザ歯……と言えば聞こえはいいが更にボロボロ、顔は……。
「ブラック・ジャックみたい。もしかして尻の皮膚を移植したんですか?」
医者は説明に言葉を選ぼうとしていたので、笑ってみせた。
「……それよりフランケンシュタイン博士の生成物かな?ツギハギだ。」
医者はふぅ……とため息を漏らすと、ぽつりぽつりと説明を始めた。
「あなたはあの爆発で猛毒のスプレーを身体に浴び、爆発の衝撃でガラス片が顔や至る所に刺さり大量に出血し、顔を中心に全身に火傷を負った。全てケロイド……火傷跡を尻と太ももの皮で包めなかった。」
医者もシュンとするんだ。
「内臓も痛めていた。ついでに子宮筋腫摘出と脳の血栓の摘出及びポリープの切除を行った。」
すごいな、医者。
しかし、ワンヘッドはどちらかが死ななければ成立しないはず。
「なぜワンヘッド戦で私は生きている?」
医者はキョトンとした顔をした。
「ワンヘッド……?あなたは自惚れすぎだ。『グローリー・ブルーム』はよくて1/2だろう。実際にあなたは岩盤を爆発させて茎のドリルの落下角度をずらしただろう?茎を肩に突き刺して失血して破裂した瓦礫に埋もれて血の海になったが、あの程度で人は死なない。……私が居なかったら失血死していただろうが。」
確かに御手洗は「ワンヘッド昇格」と言った。
「いや、司会の御手洗がワンヘッド昇格と……。」
言った。
「今は班再編のために行員がワンヘッド戦を組むわけがない。ただ、あなたが1/2に昇格したのは事実だ。」
ならばあの客は?あの舞台は?
「あなたは相当、御手洗に憎まれているようだな。『新作のデモンストレーションのために使われる』など、よほど嫌われているらしい。もちろん観客はデモンストレーションを説明されて同意した本物だ。」
御手洗……だから他の行員との会話をさせなかったのか。
「……女性が身体に傷痕や火傷痕を残すのは……」
医者が深刻な顔をしている。
「あはは、おかげで本当にボロボロでツギハギの『ボロ』になりました。……清々しました。ずっと歯やルックスにコンプレックスがあったので、ここまで漫画に出てくる『怪人』みたいになると、気が楽です。」
医者は顔をしかめた。
「医者……いや、村雨先生、ありがとうございます。」
そういうと医者は顔の縫い目を撫でた。
「怪人ではない、あなたは友人だ。」
……。
「あー、治療費……。2,000万円の他にいくら必要ですか?1/2で三億くらい賭博口座に確か入っています……。」
結局今いくら持っているか把握していない。
「2,000万円は報酬として払う。火傷と移植、失血と輸血、裂傷、脳と胃の切開、ありとあらゆるパターンを試させてもらったからな。」
医者……。
しばらく安静に、ということで近くの病院に転院させてもらった。
すれ違う医師や看護師、患者達は私を見るなりぎょっとした顔になり、目を伏せた。
当然だろう。
漫画に出てくる『怪人』が目の前にいるのだから。
それでもパーカーを被ったり、ストールを巻いて顔や身体を隠す気にはならなかった。
このボロボロでツギハギになった……生きてきた中で最も醜い状態が私らしく感じられたからだろう。
初めて、自分の容姿を「好き」になれた気がした。
ベッドの上で窓ガラスに映った顔と四肢を見る。
医者……全身の手術だ、長丁場だったろう。
あとでちゃんとお礼を言わなくては。
……そういえば私の賭博口座の通帳、御手洗が持ったままか。
会ったら殴りかかってしまいそうで……。
殴るか。
「おいボロ!!大丈夫か!?」
ガララ……と病室の扉を開けて獅子神が入ってきた。
「あー……大丈夫みたい。医者は腕が良いな。」
息を呑んだ。
どうしよう……か。
獅子神に「化け物」「酷い面」と言われたら、なかなかに堪える……。
「勝手に委任状を押し付けて消えるな!」
頭をポン、と叩かれ……撫でられた?
「……ごめんなさい。」
頭を下げた。
ギャンブルをする前に、獅子神に通帳やら印鑑やら委任状やらを押しつけた。
「いいって。お前が無事でよかった。」
……。
涙が……。
止まらない。
「うぅ……。迷惑かけて……ごめんなさい。」
涙がとめどなく溢れてくる。
「気にすんな。オレとお前の仲だろ?アイツらに比べたらボロはまだマシ……手がかかる友達ばっかだと困るから、お前くらいはしっかりしてくれ。」
また頭をポンポンと撫でられた。
苦しさを吐き出すように、嗚咽してしばらく泣き続けた。
泣き止むまで、獅子神は彼らの近況を愚痴のていで話してくれた。
翌日、天堂と叶が病室を訪れた。
「うおっ……フランケンシュタインみたい。あとでオレの配信に出て?『友達にフランケンシュタインがいる』って紹介するから。」
叶はベッドに腰掛けて写真を撮ろうとしたので「院内撮影禁止」と伝えると露骨に嫌な顔をした。
「神は見ていました。」
天堂が病室にいると「御臨終です」感が強くて、あまり好ましくないが……。
「爆破させて角度を変え、即死を免れた。」
……偶然……なんだよな。
あの爆発で岩盤とガラスもろとも燃えた札束とともに茎のドリルがギロチンのように頭上から落ちる……。
つまり「死は免れない」と思っていた。
ワンヘッド戦だと思い込んでいたし……。
考えてみれば私みたいな者がワンヘッド昇格などありえないのだが。
「偶然だろ。コイツ死ぬ気満々だったし、なあボロ大先生?」
耳が痛い。
「あー……ワンヘッド昇格戦と聞かされていたから、死ぬ気だった。」
場が一瞬固まり、笑い声が病室に響いた。
「ワンヘッド!?お前が!?1/2ギリギリのお前が!?お前……ボロ大先生!!笑わすなよ!!」
叶にバンバンと背中を叩かれる。
……全身手術をしたんだ。
冷静に振る舞っているが満身創痍なんだが。
「バァーーカ!!」
天堂ってこんなにオーバーリアクションで笑うんだな。
「あー……はは笑ってもらえて何より。」
場が固まった。
「お前さ、次は死ぬぞ。」
叶がいつになく真剣な顔をする。
「神は善き人間の味方です。」
天堂は切り替えが早いな。
「連絡先教えて、礼二くんと敬一くんとだけと繋がるとかムカつく。オレをハブるな。」
連絡先……?
スマホをみると連絡帳に『恩人の村雨せんせ♡』『獅子神敬一』というものが勝手に登録されていた。
医者……彼は末弟で、やはり自分のテリトリー内に入った人間ならばどれだけおちょくってもいいと考えているらしい。
「スマホ貸して。」
叶は素早く連絡先を登録した。
『れめぴ 』『神✨』
何だ……このふざけた登録名は。
「今度オレとゲームしない?お前馬鹿だから家庭用の子供向けゲームソフトでいいから。心理戦だとついてこられないだろ?」
「おそらくはカードゲームも出来ないでしょう。」
彼らは見舞いに来たのか、侮辱にきたのか。
その後もヤイヤイと騒ぐので看護師さんが何度か注意をしに来て、叶と天堂と目が合って踵を返すのを繰り返した。
しばらくして、ようやく退院の日に御手洗が顔を出した。
「生きておられましたか!ナイスガッツ!しぶとい!」
やはり御手洗は私を「デモンストレーション」で始末したかったのだな。
「これ、あなたの賭博口座の通帳です。」
そう通帳を手渡されると宝くじ一等何回分かの金が入っていた。
「あ、僕はあなたの担当から外れます。土屋田さんにタダ同然で押し付けちゃいました。あなたは要らないので。」
ニコッとドス黒い笑顔でこちらを見る。
土屋田って誰……
「おい御手洗!先にい……」
眼鏡の強面の男性と目が合った。
私の顔と身体を見て凍りついている。
「……担当する土屋田だ。あとで詳しく話す。ボロ呼びでいいか?」
「ああ、ボロボロのボロだ。よろしく。」
「ボロボロの……?『朧気にして翻弄する』のオボロのボロだろ?」
……。
「カッコ良すぎだよ、その二つ名。歯を食いしばり最後まで噛みつく負け犬根性のボロ……何でもいいや。好きに呼んでくれ。土屋田。」
土屋田は豪快な顔をして笑った。
少しずつ、前に進もう。
足も手も傷痕ばかりだが、日常生活に困難は……。
あるが、私は生きている。
「ボロさん。」
……振り向きたくない。
「ボロさん、ボクのこと……恨んでる?」
恨む理由がない。
「ボク……」
私は自ら怪人となった。
正義のヒーローが自らヒーローになるように。
「会いたかった。」
……。
……。
……。
「わ、わ……私……私も……あ……会いたかった、会いたかったぁ……」
泣いてしまった、みっともない、はしたない、私
「これからも友達のみんなと一緒に遊ぼう?……ボロさん。」
「うん。友達……友達だから。」
「ボロさん、ずっとボクのそばにいて。」
「……うん。」
私は夢を見ていた。
長く覚めることのない夢を。
夢見ていた。
「ボロさん、これからもずっと一緒に遊ぼうね。」
私はそのあと、医者と天堂の紹介で漆原という弁護士を紹介され、なぜか元職場から金を引っ張ってしまった。
もう金は要らないのだが。
その伝手でジョイキッチンのオーナー牙頭を紹介され、彼はズタボロの私を雇ってくれた。
私は接客がダメダメだったので裏方に回してもらったが、皆ダメダメな私に厳しくも優しく対応に接してくれた。
たまに女装癖の行員が手伝いにくる、行員達の集いの場のようだ。
土屋田は私を1/2戦に使いたくないらしく、こちらから連絡しても「忙しいんだよ!」と切られた。
あんな失態を演じたんだ、致し方ない。
そして、友人たちの話だ。
医者は「患者だ」として、真経津に対抗するように私をかまった。
肩に顎を乗せ頭を預けたり寄りかかったり勝手に人の分の食事をつまみ食いしたり口を開けさせたり服を捲りあげたり腹を開いたりやりたい放題である。
「医者、お前は妻帯者だろ。あまり姉弟のようにベタベタしたら嫁が泣くぞ。」
そうたしなめると医者は真顔で答えた。
「マヌケめ……他の女の匂いをつけたほうが夜の生活が盛り上がるだろう。」
医者……。
姪っ子甥っ子に「本物のフランケンシュタイン博士が作った作品だぞ」と紹介したのは……。
嬉しい。
叶はたまに女性の髪を服につけていた。
「彼女がいたのか。」
そう尋ねると笑って答えた。
「ただのお気に入り。」
……。
それはセフレの中で?
獅子神が一瞬顔を歪ませたので尋ねた。
「叶、犯罪とかしてないよな?」
獅子神は横を向いて「今日の夕飯はボロの好きなヤツにする」と言った。
犯罪……ちょくちょくスマホで遠隔操作をしているのは把握している。
……盗撮か。
……。
まあいいか。
獅子神はよく彼女が来る日に自宅に来るなと彼らに言った。
しかし、彼らにその要求が通るはずもなく、半裸の彼女と何回か鉢合わせてしまった。
申し訳ないことをしたな。
飯抜きになった彼らは流石に反省したらしい。
今は二人きりの時間を持てているようだ。
彼女はツギハギのフランケンシュタイン……ボロボロの私と分け隔てなく接してくれる、気さくな女性だ。
古書と保存薬品独特の香りがする。
おそらくは古物商かホルマリン漬け標本等の美術品を取り扱う職業だろう。
天堂の自宅……もとい教会にはシスター服を着た女性がいた。
修道女か?とも思ったが、天堂は神だ。
つまり神父でも牧師とも異なる。
「彼女はシスターか?」
そう聞くと、天堂はニコッと笑った。
「彼女はシスターだが、シスターではない。」
……。
まあいいか。
真経津は相変わらずだ。
彼から「好き」「愛してる」などと言われたことは一度もない。
それがかえって気楽さになった。
私は本当に友人を得られたのだと、そう思えた。
「夢をみることも案外、悪くないものだな。」