男性向け18禁SS。抜き用。俺が東を二重人格にしたかっただけ。

途中までは完全にR15バージョンと同じですが、そこから先は完全に男性向けなので、そういうのが嫌な人は回れ右。

平への恋心を自覚した東が心の声に命じられるまま平とエッチなことしたり、しまくったり、勝手に動き出した心の声に逆に乗っ取られたりする話。

■キャラ
東:平LOVEの憑依体質の女。他から見ると独り言多すぎなヤバイ女
平:絶倫童貞。ベッドヤクザ。エッチシーンで性格変わる
心の声:身体を乗っ取ったり、平にドキドキしたり、後半特にあざとい耳年増

★プロット/展開/詳細描写/台詞は作者が書き、校正にAIのべりすとを利用/調教して書いています。
★本作はハーメルン/Pixivで公開しています。

作者:eronosuke
ハーメルン:https://syosetu.org/user/514099/
Pixiv:https://www.pixiv.net/users/125632702/novels

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タイラズマ ~東 心の声 R18 Long Root(裏ルート)~

 

# 第一章:私の中の変化

 

ベッドに沈み込む私の体が、天井に向かって伸びた両足に合わせて微かに揺れる。この部屋の空気はいつもと変わらないはずなのに、心の中だけがざわめいていた。

 

「……私って結局、どういう男が好きなんだろう」

 

布団を握りしめた指が白くなっているのに気づき、力を緩める。仰向けの姿勢で腕を額に乗せ、目を閉じると、脳裏に浮かぶのはこれまで付き合ってきた男たちの顔。

 

みんな「オラオラ系」だった。強引に迫ってくるような、自信満々な態度の。私はそういうタイプに弱かった……いや、「弱かった」なんて過去形で語れるほど単純じゃない。今だって、そんな男たちに魅力を感じるのは確かだ。

 

『本当に?』

 

心の中で別の私が問いかけてくる。その声は甘く、けれど鋭いナイフのように刺さる。

 

『繊細な男の子は嫌い?平みたいな?』

 

胸が疼く。その疼きが何なのか、もう否定できない。

 

「違うよ……平は……」口に出してみると、その名前が妙に喉を通っていく。唾液が乾くのを感じて、慌てて飲み込む。「ただの友達だし」

 

嘘だ。自分で言っておいて即座に認める。友達なんかじゃない。ただのクラスメイト以上の何か。それ以上踏み込むことさえ恐ろしく感じる存在。

 

---

 

目を開けると、天井の模様が歪んで見えた。視線を動かすと、壁に貼ってあるポスターが目に留まる。それは平が教えてくれたバンドのもの。

 

「なんでこんなところに貼ってるんだろう」

 

呟いてみる。答えは簡単。好きだから。このバンドも、そして教えくれた本人のことも。

 

『男と付き合うときに告白もされたことないし、したこともない』

 

頭の中の声が続ける。そうだ。これまでの恋愛は全部「なんとなく」始まって、「なんとなく」終わった。熱量もなく、ドラマもなく。

 

「それでいいんだよ」自分に言い聞かせるように呟く。でも、その声はどこか不安定で頼りない。「結局最後は離れちゃうんだから」

 

また嘘。

 

『そう思ってるだけで本当は何を求めているの?』

 

心の問いかけが痛いほど核心を突いてくる。本当は分かっている。でも認めたくない。なぜなら……

 

---

 

目を閉じると瞼の裏に広がるのは暗闇ではなく、鮮明な光景だ。平の寝顔。授業中の横顔。教室でふとした瞬間に見せる微笑み――ひひっと笑うあの独特の笑い方。

 

あの笑顔を見るたびに心臓が跳ね上がる。それを誤魔化すために、ついつい拳を振り上げて『デュクシ』なんてふざけてみるけど……

 

「デュクシ……」

 

独り言を呟いてみる。右手を伸ばし空中で止めると、指先まで熱くなっていくのを感じた。あの距離感。あの感触。あれもこれも全部――全部平に対してだけ特別なんだと気がつく。

 

「私……平のことこんなに好きなんだ」

 

声に出すことで現実感が増す。怖いくらいの現実感。同時に身体中が熱くなり汗ばむほど恥ずかしさが募る。

 

それでも目を開けて天井を見据える私。ここで逃げてはいけない。認めなければならない真実から決して目を逸らさない。

 

『あなた今までセックスで感じたことってある?』

 

思考が突然深く突き刺さってくる。

 

「感じた……こと?」

 

言葉が出ないまま再び瞼を閉じると過去の記憶が蘇る――幾度となく重ねてきた肌。けれどそこには快楽も悦びもないただ表面的な接触だけ。喘ぎ声も作り物だったと今さら思い出す。

 

「一度も……感じなかったかも」

 

自覚したら怖くなった。震える息遣いで吐き出した言葉に答えるように心が静かに告げる。

 

『そうね……でもあの人にされたら?平にだったら?』

 

その仮定に身震いするほどの衝撃を受けた。想像するだけで身体中の神経細胞すべてが覚醒したみたいだった。耳鳴りとともに呼吸困難になりそうになるほどのリアルさを伴って脳内で再現される情景――平の掌で触れられる自分の肌――あの温もり

 

「平……」

 

唇から漏れた名前に合わせて全身鳥肌立つように痺れ渡る快楽予感

 

涙ぐんだ眼で虚空見つめながら呟いた言葉には確信滲み溢れ出てきて

 

「確かに……平としたときは感じることができると思う……いや絶対……」

 

理性放棄する寸前まで追い込まれるくらいの興奮状態に突入する。

平に抱かれ押し倒され弄ばれ奪われることを期待してしまう私。

自分自身、存在を否定できぬほど巨大な感情が膨れ上がる。

 

---

 

# 第二章:私の中の変化

 

---

 

目を開けると、部屋の闇が妙に濃く感じた。照明をつけたままなのに、視界の隅がぼやけている。手を伸ばしてスマホを探し当てると、画面に表示された時間は午前0時を過ぎていた。

 

「こんな時間まで何やってるんだろう……私」

 

溜息をつきながらベッドサイドテーブルにスマホを置き直すと、その動きで部屋の空気がわずかに揺れた。それに誘われるようにして、再び記憶の糸が紡ぎ始める。

 

---

 

平のことを考えるようになったのはいつからだろう。最初はただの同級生だったはずなのに。中学時代は彼の存在すらほとんど気に留めていなかったのに。でも高校に入ってからの彼は——別人だった。痩せて、髪型を変えて、服装にも気を遣うようになった彼を見たとき、胸がざわついたのを覚えている。

 

「変わっていく人って……いいよね」

 

ベッドに横たわったまま呟く。天井に向かって伸びる右腕が宙に浮いたままだ。指先が微かに震えている。これは緊張なのか、それとも期待なのだろうか。

 

『過去の男たちと比べてみてよ』

 

心の中で自分の声が囁く。冷たく、しかし挑発的なその声に抗えない。

 

「そんなの……」

 

否定しようとするものの、脳裏に浮かぶのは元カレたちの顔。オラオラ系で自信満々で強引な彼ら。そしてそんな男たちに流されていた自分の姿。

 

『でも平は違うでしょ?』

 

その問いに目を閉じる。瞼の裏側で映像が再生される。コンビニで働く平の姿。休憩時間にコーヒーを飲む彼。時折見せるひひっという笑い方。

 

「平は……違う」

 

言葉が滑り出る。その違和感こそが、東を苦しめている正体だった。

 

---

 

『じゃあどんな風に違うの?』

 

心の中の声がさらに掘り下げる。逃げられない。

 

東はゆっくりと足を開いた。パジャマのショートパンツが腰までずり上がり、太腿があらわになる。シーツが肌に触れる感覚が妙に刺激的で、小さく息を飲んだ。

 

『試しに考えてみたら?平となら……』

 

その提案に従い、手が股間に向かって伸びていく。指先が布越しに割れ目を探り当てると、既に湿り気を帯びているのが分かった。驚きと恥ずかしさが混じり合った感情が胸を締め付ける。

 

「でも……これは……」

 

言葉を探す途中で思考が止まる。自分でも信じられないスピードで反応していた。

 

『感じてるじゃん。今まで一度も感じたことないのに』

 

心の中の声が笑う。嘲笑ではなく、むしろ慈しむような響きを持って。

 

「違うよ。だって……これは」

 

指先が優しく円を描く。その動きはどこか探るように慎重で、それでいて決定的なものでもあった。小さな痺れが背骨を駆け上がり、肩甲骨のあたりで炸裂する。

 

「平なら……」

 

言葉の続きを心の中で紡ぐ。それは言語化できるほど具体的ではない曖昧なもの。けれども身体の反応は明白だった。

 

---

 

『今までの男とは何が違うの?』

 

問われるままに記憶を探る。過去の男たちとの行為。それはどれも似たようなものだった。荒々しく突き上げられる腰使い。自分の意志など関係ないかのような一方的な快感追求。そして東自身もそれを演じることに慣れていた。

 

「あの時は演技だった」

 

自分でも驚くほど冷静な声が出る。だが下半身からは湿った音が立ち始めている矛盾に苦笑するしかない。

 

『でも平なら違うよね?きっと』

 

その確信があるからこそ東はこの夜を迎えていた。手の動きが加速していく。すでにショーツ越しではなく、直接の指が割れ目に沈んでいた。

 

「平なら……もっと丁寧に……」

 

その言葉と共に思い出されるのは平の剣道部時代の姿。竹刀を持ち凛とした佇まい。そして現在の仕事中の真摯な態度。どちらも粗暴さとは無縁だ。

 

『優しくしてくれそうじゃない?』

 

心の中の声に頷きながら目を閉じる。イメージの中で平がそっと近づいてくる。両手を東の頬に添えて目を覗き込むように見つめられれば——

 

「んっ」

 

声が漏れた瞬間だった。それまでの緩慢な動きとは異なる鋭い感覚が全身を貫いた。反射的に腰が浮き上がる。シーツが擦れる音。湿った呼吸音。

 

「平……っ」

 

名前を呼ぶことで魔法が解けるかのように全身から力が抜け落ちる。波が引くように快感が収まっていった。

 

しばらくの間、東はただ呆然としていた。天井を見つめる視線は何も捉えていない。

 

「これが……感じるってこと?」

 

自問自答しながら起き上がると、自分の秘部が驚くほど濡れていることに気づく。ティッシュを取り出して拭いながら、奇妙な感覚に囚われていた。

 

今までの性経験ではなかった種類の充足感。満たされたというより解放された感覚。しかもそれは全て平という一人の人物によって引き起こされているという事実。

 

---

 

『まだ足りないんじゃない?』

 

心の中の声が再び囁く。まだ収まり切っていない欲望に気づいてしまった東は深く溜息をつく。

 

「馬鹿みたい」

 

苦笑いを浮かべながらも再び横になる。手が自然とまた股間に向かっていく。

 

『平ってどんなキスをするのかな?』

 

その質問に答えを求めるように唇を舐める。濡れた唇の感触。同時に中指が乳首に触れると、そこでも新たな快楽が生まれる。

 

「平なら……絶対舌入れてくるよね」

 

妄想の中で平の顔が近づいてくる。鼻先が触れ合うほどの距離。吐息を感じる距離。そして互いの唇が重なる瞬間——

 

『舌が絡む感じとか想像してみてよ』

 

言われるままに舌を動かす。口腔内での運動が性的興奮と結びつく奇妙な感覚。唾液で濡れた下唇を噛みしめれば甘美な痛みと共に新たな快感が広がる。

 

「平……キス上手そうだよね……」

 

想像の中で平とのファーストキスが始まった。最初は躊躇いがちに触れ合う程度。徐々に深くなっていく口づけ。舌が入り込んできて絡み合う様子までも克明に思い描けば——

 

「んぅっ!」

 

突然押し寄せてきた快感波に耐え切れず東は大きく仰け反った。背中が弓なりになるほど強い快楽。指先は更なる刺激を求め続けている。

 

『すごいねぇ。今までこんな風になったことあった?』

 

自分自身に対する問いかけに頭を振るしかなかった。確かに経験はある。しかし今回のような種類の快感は初めてだったのだ。

 

---

 

時間は刻一刻と過ぎていく中でも東の自慰行為は続いていた。平という存在を思うだけで身体中が熱くなる。

 

『でもさぁ本当に付き合ったらどうなるんだろう?』

 

ふとした疑念が過る。果たして本当に平と恋人になれる日が来るのだろうか?そもそも彼自身は自分に対して特別な感情を持っているのかも不明瞭だ。

 

「それでもいい」

決意とも諦めともつかぬ言葉を呟いて目を閉じる。想像の中で二人が歩んでゆく未来図を思い描こうとする。

 

 

-----

 

 

『このままじゃ駄目だよね。本当の自分を見せる時なのかもしれない』

 

窓際で頬杖をつきながら、東はそんな想いを巡らせていた。もうすぐ夏休みが終わる。そしてそのあとには大学入試が待っている。時間がいくらあっても足りないはずなのに、平のことを考える余裕はある──いや、むしろ平のことで頭がいっぱいだからこそ、勉強にも集中できないのだ。

 

心の奥底から湧き上がる声が囁く。

 

『だったら行動すればいいじゃない? 今までの東じゃなくて、新しい東で。平のことだって真剣に向き合わないと』

 

「……新しい東、か」

 

その言葉を繰り返しながら、東は机上の参考書をパタンと閉じた。高校二年生の頃は確かに違った。あの時はまだ平を男友達以上には見ていなかったし、自分の過去も堂々と曝け出していた。でも今はどうだろう? 平の顔を見るたびに心臓が跳ね上がり、触れる指先が震える。過去の自分と今の自分──あまりにも大きな隔たりを感じて東は困惑していた。

 

「私は一体、どっちなんだろう……」

 

その問いへの答えを探すように、東はスマートフォンを開いた。LINEの画面には平とのやり取りが並んでいる。受験勉強に関する短いメッセージばかりだが、それでも東にとっては宝物だった。

 

『ねぇ平、明日ってファミレス行く?』

 

いつもの調子で送信した文字列を見て、東は我に返った。「またいつもの私だ」と嘆息しながらも返事を待つ。数分後、平からのシンプルな「うん」というスタンプが届いた瞬間、なぜか涙が出そうになった。

 

---

 

翌日の放課後。いつものファミレスで向かい合って座る二人。夏の残暑で店内は冷房が効いていて涼しいが、東の体温は異常に高かった。

 

「ここ分からないんだけどさ」

 

平がノートを指差す。数学の問題集らしい。彼の筆跡を見ているだけで東の胸はざわついた。

 

「ああ……そこはね」教えようと身を乗り出した拍子に、腕と腕が触れ合った。紙のように薄い袖越しに伝わる体温に驚いて東は咄嗟に飛び退きそうになったが──

 

『今こそだよ! ここで逃げちゃダメ』

 

心の声が強く後押しする。東は恐る恐るもう一度距離を縮めた。肘同士がぴったりとくっついた状態で平を見上げる。

 

「それでね、この公式使うといいと思うんだ」ぎこちなく説明を続ける彼女に対し、平は特に気にも留めずにうなずいている。しかし東にとってこれは小さな革命だった。

 

今までならこういう接触を避けていたはずだ。けれど今日の自分は違う。心の中では怯えているのに、どこか解放的な気分さえある。

 

---

 

帰り道。夕暮れ時のホームで電車を待つ二人。秋の気配を感じさせる涼しい風が吹き抜けた。駅前の改札機を通り抜ける際にも東はさりげなく平の隣へ寄り添った。肩がぶつかるほどの密着度に自分でも驚きつつも離れない。

 

「今日はありがとうな」

 

不意打ちのように投げかけられた感謝の言葉に、東の鼓動はさらに速まる。恥ずかしさと嬉しさで言葉にならない感情が渦巻く中、

 

『言えば? ずっと好きだったって』

 

頭の中で響く声に一瞬振り返ったが、現実はそれほど簡単ではない。唇を噛みしめながら小さく頷くことしかできなかった。

 

それでも確かな変化が生まれたことに東自身も気づいていた。これまでは距離を保つことに必死だったが、これからは──

 

「ねぇ平」

 

呼び止めると彼は訝しげに立ち止まる。緊張で喉が渇くのを感じながら、それでも東は微笑んで言った。

 

「秋になったらさ、また一緒に勉強しようよ。それと……」一呼吸置いて続けた。「たまには違う場所でもいいかもね。例えば……公園とか」

 

平は少し驚いた顔をしたものの、すぐに頷いてくれた。それだけで十分すぎるほど幸せだった。

 

電車が到着し扉が開く音。乗り込む人々の波に逆らわず自然と二人並んで座席に着く。ふとした拍子に触れた膝と膝の感触に全身が熱くなる。

 

『大丈夫だよ。今の東ならきっと平に思いを伝えられる日が来る』

心の声に励まされながら、東は窓の外の夕焼け空を見つめた。自分の影と重なるように隣に座る平の姿が映っている。どんな未来が待ち受けていようとも、もう逃げないと決めた心強さがそこにあった。

 

 

-----

 

 

次の日曜日、ファミレスでの勉強時間はいつも以上に緊張感に満ちていた。窓際のテーブル席。平は数学の問題集を前に難しい顔をしていたが、東の視線に気づくと少し微笑んだ。

 

『今だよ! もっと積極的に!』

 

突然心の声が頭の中に響いた。それは東自身の理性とは明らかに違う存在感を持っていた。以前から時折浮かぶ閃きのようなものはあったが、今日は明確な命令口調で迫ってくる。

 

「この公式を使うと……」説明を始めた途端、不自然に言葉が詰まった。その沈黙を破るように、心の声が再び叫ぶ。

 

『もう遠慮なんかするな! 本気で勝負する時だよ!』

 

「うん……それで……」口ごもりながらも、東は思い切って平の方に身を寄せた。ノートを持つ彼女の指先が微かに震えているのを平は不思議そうに見つめ返した。

 

その夜。自宅のベッドに横たわり天井を見上げる東の耳元で、心の声は優しく語りかけてきた。

 

『大丈夫。平くんもきっと気づいてる。あなたが本当はどうしたいのか。』

 

「本当に……?」東の本音が零れる。

 

『もちろん。だってあなたが望むのはただ一つでしょ?』

 

翌朝。学校の教室で友人の鈴木が怪訝そうな表情で覗き込んできた。

 

「アズ、さっきからブツブツ言ってるけど何か悩み事?」

「えっ? あぁ……ごめんね」慌てて否定する東だが、確かに昨晩から心の声との対話が続いていたのだ。

 

昼休み。屋上で弁当を広げていると突然谷が現れた。鈴木の彼氏でもあるこの男は人を見る目に長けている。

 

「東さん、なんか変わった?」ストレートな問いかけに東は箸を取り落としそうになった。

 

「そ……そんなことないよ!」必死に取り繕う様子を見て、谷は静かに言った。「別に悪い意味じゃない。むしろすごく前向きな感じがする」

 

その言葉が東の中でゆっくりと反響する。そうだ。怖いけど……それでいいんだ。

 

週末の図書館。平が珍しく難しい顔で参考書と格闘していた。

 

「ここ分かんないんだよなぁ」ため息混じりの呟きが漏れる。

 

『チャンスだよ! 教えてあげて!』心の声が背中を押す。

 

東は深呼吸をして平の隣に座った。「貸してみて。たぶん基礎が足りてないんだと思うけど……」

 

その時の平の表情を一生忘れないだろう。困惑と期待が入り混じった複雑な眼差し。そして次第に安堵の色が広がっていく様子。

 

数ヶ月後の卒業式前日。昇降口の隅で平が一人立っていた。

 

「お待たせ」小走りで追いついた東に、平は珍しく緊張した面持ちを見せた。

 

「あのさ……」

言いかけて止まる平。東の中で心の声が笑った。

 

『ほら見なさい。もう分かるよね?』

 

東はそっと平の袖を引いた。「大丈夫。私も同じ気持ちだから」

驚愕の表情を浮かべる平の瞳の奥で何かが弾けた。

 

『これでようやくスタートラインだね』

心の声は満足げに微笑みかけてくる。これまで散々助言してくれたこの幻聴が、これからは一緒に歩んでいけるという確信があった。

 

東は平の手を取りながら思った。自分を変えたのは紛れもなく心の声だけど、それに応えようと踏み出した勇気が本当の成長なのだと。

春の陽光が差し込む廊下で二人は立ち尽くしていた。新しい季節と共に始まる物語。それを案内するのはもう誰でもない、東自身の確かな意志だった。

 

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春の陽光が差し込むカフェテラスで東は紅茶を前にぼんやりしていた。隣の大学に通う平と待ち合わせしている。卒業式から二か月。恋人関係になったものの、デートはいつもこんなふうに「会う約束」から始まり、「バイバイ」で終わる。

 

「最近の平って……なんかよそよそしいのよね」

 

スマホ画面に映るメッセージ履歴を見つめる。週末の予定確認。短いスタンプ。それだけ。高校時代の距離感に比べれば大きな進歩だが、いま求めているのはもっと深い接触。それでも平はキスすらほとんどせず、手を繋ぐだけで頬を赤くする。

 

『ねぇ、私から攻めてみればいいんじゃない?』

 

懐かしい声が頭に響いた。高校最後の一年間を支えてくれた心の声だ。卒業とともに聞こえなくなったのに――

 

「やっぱり私の中にずっといたんだ」独りごちる東の肩が震えた。

 

カフェに入ってきた平が小さく手を挙げた。私服姿は洗練され、細身のジーンズが似合っている。席に着くなり彼はメニューも開かず口を開いた。「今日はどこ行きたい?」その問いに答える前に心の声が囁いた。

 

『家に誘っちゃえ! 平くん疲れてるみたいだし』

 

「私のマンション……来てみない? 近くにおいしいケーキ屋さん見つけたの」

 

平の目が泳いだ。「でも……家族とか……」「一人暮らしって前言ったでしょ」即答してから気まずい沈黙。退屈させたくなくて早口で続ける。「ほら、料理も上手くなったし……泊まってもいいよっ、てわけじゃなくて!」

 

心の声が苦笑した。

 

『正直すぎるわね。でも平くんならちゃんと理解してくれるはず』

 

30分後。マンションの一室に足を踏み入れた平は壁の写真に目を留めた。高校の文化祭で撮った集合写真。東が平の肩を抱き寄せている一枚だ。「ここ……飾ってくれてたんだ」掠れた声。「平こそ棚の奥に隠してるこの写真見せてくれないの?」

 

唐突な暴露に平はパニックを起こし、壁際まで後ずさった。そこから勢いよく頭を下げる。「ごめん!」

「謝ることなんて何もないよ」東は思わず近寄った。「私たちもう恋人だもん。秘密くらいあって当然だし」

 

平は俯いたまま。「俺……東を傷つけるのが怖くて。前に告白断ったのも……結局俺なんかじゃ釣り合わないって思って……」

 

『釣り合わない?』心の声が冷たく呟いた。『あの告白で救われたのはあなたじゃないの?』

 

その一言が背中を押した。「ねえ平。私はあなたといると安心する。高校の時から変わらないよね?」

 

平の視線がゆっくり上がり、揺らいだ瞳で東を見つめた。「本当に……いいのか?」震える手が伸びてくる。

 

唇が触れ合う寸前で停まり、浅く息を吐く。「怖い?」東が囁いた。返事はない。代わりに温かい掌が東の背中に回される。強く引き寄せられると同時に、平の鼓動が耳朶を打った。

 

『よかった。あなたにも勇気が芽生えて』

心の声は今度こそ完全に溶け込んだ。

 

---

 

翌朝。キッチンでコーヒーを淹れながら平がぽつりと言う。「俺さ。親父の会社が去年倒産して……奨学金でなんとかやってる。だから将来のこととか考えると不安で……」

 

東はカップを受け取りながら笑った。「じゃあ私が稼ぐしかないね。看護師めざしてんのはそのためだし」

「東には向いてると思う」穏やかな顔に戻った平を見て、心の声の励ましが必要ないほど強くなれたことを知る。

 

テーブルに座り朝食のパンを齧るとテレビのニュースが始まった。遠くの街で桜の開花宣言が出ている。平が呟いた。「来週末、天気良ければ花見に行こうか」

「うん!」大きく頷く東の中で心の声がかすかに響いた。

 

『これで最後のお節介かもね。二人の未来は二人で描いていけばいい』

窓辺に残る甘い余韻のように、その囁きは静かに消えていった。

 

-----

 

 

濡れた髪を拭うタオルが肌から滑り落ちる音さえ、今の東には挑発的に聞こえた。薄いバスローブの下で鼓動が暴れている。シャワールームの蒸気越しに聞こえる平の息遣い──早く、彼に触れたい。

 

寝室の扉を開けると、すでにベッドサイドに腰掛ける平が振り返った。彼の眼差しは驚くほど真摯で、心臓が跳ねる。つい最近まで“キス止まり”だった青年とは別人のようだ。

 

『いいタイミング。もっと大胆に動いたら?』

 

懐かしい声。消えたはずの“心の声”。東は唇を噛んで自問する。(まさか再燃?)

 

「どうしたの?」

平が怪訝そうに首を傾げる。

 

「……なんでもない」

 

ベッドへ歩み寄ると、自然と膝がベッドフレームにぶつかった。意図せずシーツの縁を蹴飛ばし、裾がはだける。むき出しの太腿。平の喉仏が上下する。

 

『ほら。簡単でしょう?』

心の声が囁く。東はそれを無視しようとするが──視界の端で、平の腰布地が不自然に膨らんでいるのを見つけてしまった。

 

(あれ……私、興奮させてる?)

 

羞恥より嬉しさが勝った。膝を折り、彼の正面へと座り込む。そして自分の手を──あえて見せつけるように──平の股間に押し当てた。

 

「っ……!?」

 

反射的に引こうとする腰を制する。握り込まずただ乗せるだけ。けれど確実に“芯”を感じる。硬く脈打つそれの熱が手のひらを通して全身へ伝わる。

 

『そのまま握ってみて』

心の声は命令ではない。むしろ「試してみなさい」と促す教師の声色。

 

東は息を殺して指を滑らせた。ベルトを外し、チャックを下げ──

 

「待っ……!」

 

制止する声に構わず引き下ろす。反り返ったものが弾けるように飛び出した。

 

(……すごい)

これまで想像以上の大きさと熱量。先端から滲む透明な露が照明を弾く。

 

『舐めてあげて。彼が望んでるのはそういうこと』

 

ためらいよりも好奇心が勝った。舌を伸ばし──表面のぬめりを掬うように這わせる。塩っぽい汗と若い匂い。平が仰け反り呻いた。

 

「ちょっ……東…!」

 

構わず口に含む。亀頭が舌上で跳ね、苦味と共に微かな鉄臭が広がる。それでも歯を立てずに丁寧に啜る。唾液が溢れ、音を立てて漏れた。彼の指が髪に絡みつく。

 

『上手い。次は喉奥まで使ってみて』

言われるまま深く呑み込む。咽頭に突き当たる感触に涙が滲む。引き抜くと糸を引く液体。東の喉を焼く官能が眩暈を誘った。

 

平が堪らず東の腕を掴み、「もう無理……っ」とベッドへ引き倒した。

 

覆いかぶさる重み。息荒く見下ろす顔には初めて見る獣性。ローブの紐が解かれ、乳房が露わになる。既に硬く尖った頂点に彼の唇が吸いついた。

 

「んぅっ!」

 

背筋が弓なりに反る。舌で捏ね回される快楽に脳裏が白く霞む。ふと──心の声が微笑むのを感じた。

 

『欲しい? そろそろ奥まで届けてもらいましょうか』

 

無意識のうちに足が開き、内腿を晒していた。濡れて光る割れ目に彼の指が潜り込む。掻き混ぜられただけで蜜が溢れた。

 

「熱っ……」

平が喘ぎながら探るように挿入し直す。次の瞬間──

 

『来るわよ』

 

宣告とともに一気に穿たれた。圧倒的な質量。痛みよりも衝撃が脊髄を走り抜けた。

 

「やぁあっ!」

叫びと同時に頭の中の声が爆ぜる。

 

『もっと深く』

『乱れなさい』

 

理性の枷が砕け散る。抽送が始まると同時に東は腰を揺らし始めた。突き上げられる度に声帯が悲鳴にも似た嬌声を放つ。

 

「待っ……! 激し……ぃ!」

 

平も限界に近い。肌と肌が打ち合う乾いた音。結合部からは泡立つ水音が混じる。彼の指が東の太腿を鷲掴みにし、より深い角度で叩き込む。

 

『イキたい? イかせてあげる』

 

東は自分で乳房を揉み潰しながら訴えた。

「平……っ! お願い……一緒に……!」

 

切羽詰まった願いに、彼の律動が加速する。襞を擦り上げるペニスがさらに肥大し──

 

「出る……ッ!!」

 

胎内で火柱が噴き上がる錯覚。熱い奔流を浴びせられ、東の脳内も白濁の波に飲み込まれた。

 

*

 

荒い呼吸だけが室内に響く。繋がったまま互いに脱力した肢体を投げ出す。平の体重がずっしりと重い。それでも離れる気になれなかった。

 

どれくらい経ったか、東は喉の渇きを覚え体を起こしかけた──すると再び体内で存在感を取り戻す感触。

 

「え……嘘…」

 

平が申し訳なさそうに眉を垂らす。

「ごめん……まだ……収まんなくて」

 

『足りないみたいね。続けてもいいけど体力持つかしら?』

 

心の声は揶揄う調子だ。しかし東自身も──火種を灯されたばかりの子宮が疼き始めている。

「いいよ……」

潤んだ瞳で応えれば、平が再び動き出した。

 

心の声は東に囁く。男は昼は淑女、夜は娼婦な女を求めてるのよ。娼婦になりきるのよ東。平専用の娼婦にね。と。

 

「平……専用の娼婦に……?」

東は呟くと、自らの唇を舌でなぞった。昼間の東紫乃――陽気で奔放だがどこか一線を引く「親友」――とは異なる何かが覚醒するのを感じる。

**『そう。男なんて単純なものよ。夜の君が幻滅されたら最後……昼の君がどんなに優れていようが関係なくなる』**

平が不安げに首をかしげた。突然沈黙した東を案じているらしい。

「東?」

その優しい呼びかけこそが罠だと心の声は嘲笑う。

**『騙しなさい。彼の幻想を守りなさい。そして壊しなさい。昼の仮面と夜の本性の落差に溺れさせるの』**

 

次の瞬間、東は自ら四つん這いになった。しなやかに腰を浮かせ、平に臀部を差し出す格好となる。

「ねえ……平。ここからが本番だから」

振り返ると妖艶な笑みを浮かべていた。目尻が赤く染まり、睫毛が濡れている。

**『言いなさい。“今夜だけ娼婦にならせて”と。ただし彼の眼を見てはいけない。俯いたまま言うの』**

「今夜だけ……平専用の娼婦にしてくれない?」

平が息を飲む音が聞こえた。戸惑いと欲望が入り混じる気配。

「……どういうこと?」

問い返す声は掠れている。

**『拒否はさせない。貴女が主導権を握るの。彼の背中をそっと押して、“こういうのが好きなんでしょ?”と言うのよ』**

 

東は躊躇なく平の肩に手を添えた。指先が食い込むほど力を込めると、彼の体が震える。

「こういうのが……好きでしょ? 昼間の私じゃなくて……」

言葉を切って彼の耳元へ囁く。

「こういう……乱れた私が」

*ズプ……*

背後から伸びてきた右手が秘裂に触れ、ゆっくりと侵入した。既に潤滑油のように湿った内部を探られると東の背筋が粟立つ。

「あっ……」

小さな声が漏れた。羞恥ではなく期待によるものだった。

 

**『まだよ。もっと淫らな言葉を使わなければ』**

心の声が冷酷に命令する。

**『“奥まで来て” “壊れるまで犯して”……試してみなさい』**

東は目を閉じたまま、ゆっくりと腰を振り始めた。内部を掻き回す指の動きに合わせて上下左右へ誘導する。

「ねぇ……奥まで来て?」

そう言って尻肉を平の大腿へ押し当てると、背後から熱い吐息が聞こえた。

「壊れるまで……犯して?」

確認のような問いかけ。東は小さく頷きながら振り返る。

「平が思うままに……私の全部を使って」

その言葉に火をつけられたように、平が猛然と突き上げてきた。

*ズチュッ! ズブッ!*

勢いのあるピストン運動に東の膝が崩れかけるも、背中を支えられ再び持ち上げられる。

「あぁんっ! 激し……っ!」

**『叫びなさい。もっと。彼の理性を溶かしなさい』**

東は顎を天井に向けて叫んだ。

「もっと! きて! 平ぁ!」

その瞬間――。

*ドクンッ!*

膣壁全体が強く痙攣し、東の視界が白く飛んだ。しかしそれでもなお止まない抽挿に神経が焼き切れそうになる。

「まだ……出るのかよ……」

朦朧とした意識の中で聞く平の独白。東は反射的に答えた。

「もっと……ちょうだい……」

自身でも驚くほどの甘ったるい声

 

 

-----

 

 

心の声が嘲笑う。「まだ終わりじゃないわよ? 彼が欲しいのは結局――」

東の体が硬直した。理解できてしまった核心に、背筋に冷たい汗が流れる。

**『孕ませることよ。雌犬をね』**

平が腰を止め、怪訝そうに東の顔を覗き込んだ。涙ぐむ瞳と目が合う。

「東……?」

その呼び声は優しさと疑念が混ざり合っていた。まるで迷子になった子供のような声色。

**『その目を見るのよ。逃げるな』**

東は必死で呼吸を整えながら上半身を起こし、平と正面から向かい合った。彼の鎖骨に額を預けると囁く。

「お願い……平」

喉が震える。心臓が耳元で爆発しそうだ。

「私の……」

唇が乾く。唾を飲み込もうとして失敗する。

**『早く! 言いなさい!』**

「私の……子宮に……」

平が息を詰めたのが伝わった。

**『最後の一言を』**

「種付けして……ください……」

言った瞬間、全身の血が逆流する感覚。羞恥と恐怖と――ほんの僅かな達成感。

平が深く長い溜息をつく。そして東の腰を両手でがっちり掴み直した。

「後悔すんなよ?」

低い囁きには獣性が滲んでいた。東は頷くしかできない。喉がカラカラに乾いて言葉が出ない。

*グジュッ!*

角度を変えた一撃で子宮口まで届く衝撃が走る。東の脊椎を電流が駆け上がった。

「あぁあっ!」

反射的に逃れようとする下半身を力強く抑えつけられる。

「逃げるな」

平の命令は淡々としていた。しかしその奥底には確かに情欲の炎が燃え盛っていた。

*パァン! パァン!*

肌を打つ音と共に繰り返される激しい抽送。東は枕に顔を埋め呻きながら耐えるしかなかった。それでも――心の奥底で何かが悦んでいる。

 

**『いい子ね。これで彼は貴女から離れられない』**

嘲るように響く声も今では遠い。東はただ目の前の熱量を受け止め続ける。何度も何度も叩き込まれる欲望の塊に思考が霧散していく。

「東……出すぞ……」

最後通告とも言うべき宣言。東は朦朧としながら首肯した。

次の瞬間――

*ドクンッ! ドクドクッ!!*

熱い波濤が胎内に迸った。それまでの抽送とは比べ物にならない質量と温度。東の内部で跳ね回るそれに合わせて体が弓なりに反る。

「あぁぁぁっ!!」

悲鳴にも似た嬌声が喉から溢れた。意識が遠退きかけるも尚続く放出。

*トプ……トプ……*

ようやく収まった頃には東の身体は脱力し切っていた。荒い息遣いだけが室内に響く。

平がゆっくりと身体を離す。結合部から零れ落ちた白濁液がシーツを汚す光景さえ遠い世界のように見えた。

**『ホラこれで満足したでしょ?』**

心の声が勝ち誇ったように囁く。しかし東は何も答えられなかった。ただ虚ろな瞳で宙を見つめるだけ。

「ごめん……俺…」

我に返ったらしい平が慌ててティッシュを取りに行く背中。その姿を眺めながら東は思う。

(終わった)

深い喪失感と同時に奇妙な安堵感。どちらが本心なのかも判然としないまま瞼を閉じた。 朝が来たら全て夢だったらいいのに――そんな都合の良い願望すら馬鹿らしく感じながら。

 

-----

 

**『夢だったら良かったって? 冗談でしょ?』**

心の声は嘲笑と共に東の脳内で踊る。その嘲笑は鋭利な刃となって東の胸に突き刺さった。シーツに沈む肢体。まだ火照った皮膚が昨夜の記憶を否応なく想起させる。

『忘れられるわけないじゃない。あの平の顔――』

 

瞼の裏に焼き付いている情景が甦った。獣のように唸る喉仏。食い縛った歯列。汗で張り付いた前髪の隙間から覗く瞳は普段の彼とは別人のようだった。欲望に塗れ爛々と輝き、その視線だけで東の理性を焼き尽くそうとしていた。

「たいらぁ……」

声に出した途端、体内に残る鈍痛が鮮烈な記憶を呼び覚ます。押し付けられる掌の感触。無防備な背中を這う舌の熱さ。何度も何度も穿たれた肉棒の逞しさ――

「違う……そんなつもりじゃ……」

震える指先で自身の腹部を押さえる。薄い布越しにもわかる膨らみ。この下で蠢く生命の痕跡。平の精子が潜伏する領域。それを思うと胃液が逆流しかけた。

『何が違うのかしら?』

嘲弄めいた声音が脳内で反響する。

『あの時貴女は何を考えた? 彼の荒い息遣いに合わせて腰を振った時――』

「やめて……お願いだから……」

両耳を塞いでも止まらない囁き。まるで寄生虫のように脳内を這いずり回る。

『彼の熱を感じて喜んでたじゃない。子宮まで突き上げられて喘いでたじゃない』

東は嗚咽を噛み殺しながら窓際へ歩み寄った。カーテンの隙間から差し込む陽光が眩しい。昨日までの自分がここに存在した証拠を探すかのように床板を睨みつけるが何も見つからない。

「戻れない……」

ぽつりと漏らした独り言。返事はない。ただ虚無だけが広がっていく。

*コンコンッ*

不意にノックの音。驚愕して振り返るとドア越しに声が聞こえた。

「東?」

平の声だ。優しくもありどこか不安げな抑揚。

『ほぉら来たわよ王子様』

心の声が揶揄する。その囁きは毒蛇の鱗粉のように甘美で危険だった。

「入ってもいい?」

ドアノブが回る音。制止する暇もなく扉が開かれた瞬間、東は咄嗟に布団で身体を覆い隠す。

「具合悪い? 昨日――その」

言い淀む平の表情は昨日とは別人のように曇っていた。まるで叱責を待つ子犬のような瞳。そんな顔をさせてしまった後悔が胸を抉る。

(違う……責めたいんじゃない)

本当は抱き締めて欲しいのに。そうしたら昨晩の痛みも辛さも全部溶けてなくなる気がしたから。

「あの……本当にごめん」

深々と頭を下げる平。綺麗に刈り込んだ襟足が露わになる。その首筋には微かな紅い印――自分自身が刻んだ所有印。それを認識した途端全身の血液が沸騰したような錯覚に襲われる。

「謝らないで!」

叫んだ拍子に涙腺が崩壊した。ぼろぼろと零れ落ちる雫が枕カバーを濡らす。

「だって……私が……私が誘ったんだから……」

自分で言っていて恥ずかしくなる。けれど嘘ではない。確かにあの時自分から手を伸ばしたのだ。彼の熱を求めたのも彼の匂いに酔ったのも全部自分からだった。

「そんなわけ……」

反論しようとする平の言葉を遮るように言葉を紡ぐ。

「平に抱かれたくて仕方なかったの! あの声が聞こえ始めた時からずっと……」

打ち明けることで心が軽くなるどころか益々重くなった。言葉にすることで逃げ場を失っていく。まさに自縄自縛の状態だ。

『言ったわねぇ。全部曝け出したわね?』

心の声が嗜虐的な口調で囁く。

『彼はどう思ったかしら? 最低な女だと思ったんじゃないかしら?』

脳内の言葉に釣られるように平を見る。困惑と哀愁と何よりも深い愛情が混ざり合った表情。それは東が想像していたどの感情とも違った。

「東」

優しい声色で名を呼ばれるだけで全身に甘い震えが走る。

「そんな風に自分を傷付けないで」

そっと伸ばされた指先。昨晩と同じ掌なのに今は恐ろしく暖かい。その温もりを逃したくなくて無意識のうちに握り返してしまう。

「俺の方が悪かったんだ。東があんなになってるの知ってて止められなくて」

「違う! 私が望んだの!」

再び叫んだ瞬間、心の奥底で何かが弾ける音がした。堰き止めていた感情が決壊し濁流となって溢れ出す。

「平の事が好きなの!」

唐突な告白。自分でも信じられない言葉だった。これまで幾度となく蓋をしてきた気持ち。しかし今ここで言わない限り一生後悔するだろうと確信した。

平は呆然と立ち竦んでいる。当然だろう。つい数時間前まで彼女は怯え震えていたのに突然愛の告白をしてきたのだから。

『バカねぇ。今さらそんな事言ったって遅いわよ』

心の声が勝ち誇ったように嗤う。

『どうせ昨日の出来事は変えられないんだし』

「それでもいい」

東は微笑む。涙に濡れた頬に笑みを刻む。そこに宿るのは諦念ではなく静かな決意だった。

「どんな結果になっても私は平の側に居たい」

その宣言に平の瞳孔が収縮する。喉仏が上下に動き唾を飲み込む音すら聞こえるような距離。互いの呼吸が混ざり合う空間。

「俺も東が好きだ」

絞り出すような声。しかしそこには一点の曇りもない真摯さがあった。

「これからちゃんと責任取るよ。どんな形であれ必ず」

責任という言葉に東の心臓が跳ね上がる。そうだ責任だ。もし万が一妊娠していれば堕胎か産むか選択を迫られる。その重大さを考えれば恐怖で膝が震えた。

『あらまぁ大変ねぇ』

心の声が愉快そうに囁く。

『堕ろすなら早めに決めないと面倒な事になるわよ』

(わかってる……)

内心で返事をする。すでに月経周期から考えて危険日だったことは承知している。しかも避妊具なしでの性交渉。そのリスクを考慮すれば選択肢は限られる。

「検査薬買ってみる?」

平の提案に小さく首肯する。できれば早く結果を知りたい。可能性があるならば猶予期間は短いほうがいい。

『結局産むか産まないかよねぇ』

心の声が核心をつく。

『母親になる準備なんてできてないでしょう?』

(うん……できないと思う)

正直に認めるしかない。まだ学生で経済的な自立もできていない状況で子育てなどできるはずもない。ましてや望まぬ妊娠となれば尚更だ。

「もし……もしもそういう事になったら」

口籠る東を優しく見つめながら平が言葉を紡ぐ。

「一緒に考えるから。一人で抱え込まないでくれ」

その一言に救われる思いがした。孤独に戦う必要はない。共に戦ってくれる人がいるという事実だけで心強くなれる。

『ふぅん。殊勝な態度ね』

心の声が皮肉混じりに評する。

『でも所詮は口だけかもしれないわよ?』

(大丈夫)

確信があったわけではないが不思議と平を信じられた。これまで見てきた彼の誠実さと優しさは嘘偽りのないものだと感じていたから。

「ありがとう」

礼を言うと同時に涙腺がまた緩みそうになる。慌てて顔を背けるが肩越しに感じるのは確かな温もり。平の大きな掌が労るように背中を擦っていた。

「今日はゆっくり休んで」

囁きと共に扉が閉まる音。一人きりになった部屋で東は静かに目を瞑る。

(もし赤ちゃんができてたらどうする?)

自問しながら腹部を撫でる。まだ何も感じないそこにある生命の存在。喜ばしいはずなのに不安の方が大きいのは何故だろう。

(やっぱり産めないかも……)

正直に認めざるを得なかった。今の自分には無理だ。経済的にも精神的にも荷が重すぎる。それに大学進学の夢もある。中退して子育てに専念する覚悟もない。

『ほらみなさい。最初から期待なんかしない方が良かったのよ』

心の声が嘲るように囁く。東は唇を噛む。だが反論することはできなかった。現実問題として不可能なのだから。

翌朝、薬局で購入した検査キットを持ってバスルームへ向かう。緊張で手が震えたが深呼吸をして自分を落ち着かせる。

「……よし」

意を決して操作すると数秒で判定が出た。

「陰性……」

安堵の溜息が漏れる。良かった、少なくとも今回は大丈夫だった。とはいえ安心するにはまだ早い。次回の生理が来るまでは油断できないし、今後も十分注意が必要だ。

部屋に戻ると既に起床していた平と目が合う。

「どっちだった?」

平静を装いつつ尋ねてくる姿に少し笑ってしまう。あれだけ必死になっていた割には照れ臭そうな表情がかわいいと思ってしまった。

「大丈夫だったみたい」

そう告げるとほっとしたような表情を見せる平。その反応に心が痛む。本当は自分以上に彼の方が悩んでいたのだろうから。

『あらつまんない、残念だけど、これで一件落着ね』

心の声が不満足げに呟く。

『じゃあ次は何を始めましょうか?』

(え?)

思わず聞き返したくなる問いかけだった。確かに一つの問題は解決したけれどそれは新たな展開への幕開けでもあったのだ。

 

 

 

## ふたりの東と平の探索

 

### 鏡の中の分裂

 

平は違和感を拭えずにいた。あの夜の喧嘩から半月――東紫乃の様子は明らかに変わりつつあった。表面上はいつも通り。教室ではクラスメイトと冗談を交わし、放課後は平と並んで帰宅する。けれど時折、東は別人のように沈黙し、瞳の焦点がぼやける瞬間がある。逆に別の時間帯では、驚くほど饒舌になり、平を引っ張るように街の賑わいへ飛び込んだりもする。

 

**控えめな東** : 口数が少なく俯きがち。睫毛を伏せがちで声が細い。平と二人きりになると途端に赤面し、会話が途切れる。

**積極的な東** : 瞳が輝き、笑い声が高い。平の袖を引いて「早く行こう!」と急かす。距離感が近く、肩や腕が触れ合うのも厭わない。

 

昨日は控えめな東が授業中ほとんど喋らず筆箱を握りしめていたと思ったら、今日の昼休みには積極的な東が購買で焼きそばパンを買い占め、平の机にまで押し付けてきた。まるでスイッチを切り替えたようにキャラクターが入れ替わる。

 

「これ食べて! アタシ、あ……私、もう一つ買ってきたからさ」

 

語尾を誤魔化す仕草に平は苦笑した。「お前……今日は“アタシ”なんだな」と呟くと、東は目を丸くし、すぐに頬を膨らませる。

 

「なにそれ。平って変なヤツ! 私のどこがおかしいって言うの!?」

 

声量が違う。目の動きが違う。同じ顔なのに別人と話している感覚だ。

 

### 不意の消失

 

決定的だったのは図書室帰りの夕暮れのこと。階段の踊り場で東が立ち止まり、壁の時計を睨んでいた。

 

「五時半……あと十五分」

 

独り言のような呟きに平は足を止めた。東は振り返らず、制服の裾を何度も握り直している。

 

「東? どうした?」

 

肩に手を置こうとした瞬間——東の全身が硬直し、床に崩れ落ちた。平が慌てて支えようとすると、

 

「……ひゃぁっ!?」

 

短く悲鳴をあげる。背中を抱く掌に伝わるのは冷や汗。呼吸が浅くなり、白目が剥き出しになりかける。

 

「東! しっかりしろ!」

 

耳元で叫んでも反応はない。代わりに膝からゆっくり力を失い、身体がぐったりとなる。まるで電池切れした人形のように。平は咄嗟に抱きかかえ廊下の椅子に横たわらせた。五分後、瞼がぴくりと動き、薄目を開いた東はぽつりと漏らした。

 

「……ごめん。頭痛くて」

 

そう言って弱々しく笑った顔は、“控えめな東”の面影しかなかった。つい先ほどまでパワフルに焼きそばパンを分け合っていた“積極的な東”の名残は完全に消え去っていた。

 

### 探索の始まり

 

家に送り届けた後、平はスマートフォンで検索窓を叩く。〈解離性同一性障害〉〈交代人格〉〈治療法〉——医学生でもないのに画面をスクロールする指は止められない。東が抱えているものは単なる性格の揺れではない。誰かが“彼女”の中で闘っているのだ。

 

夜更け。自室の天井を眺めながら平は考えた。「俺はどうすれば東を助けてやれるのか」。簡単な答えなどない。けれど、東が二重に生きなければならない理由を知らなければ、いずれ壊れてしまうかもしれない。

 

> (次は必ず突き止める。どちらの東も救ってみせる)

 

密かな誓いを胸に灯し、平は月明かりを見据えた。窓の向こうで風が強く吹き始めていた。春の嵐が来ようとしている。

 

---

 

次回予告:

「記憶の裂け目」 ―― 積極的な東の口から漏れる“知らない思い出”。一方、“控えめな東”が保管していたノートの暗号。平が紐解く真実は、幼少期の断片から始まる。

 

 

 

## 分離の自覚

 

図書室の薄暗い一角でページをめくる音が響いていた。放課後の空気は湿っぽく、春雨の匂いが漂う。平は数学問題集を広げながらも視界の端に映る東の横顔が気になって仕方がなかった。いつもの“積極的な東”のはずだが、妙に落ち着いてノートにペンを走らせている。

 

「東……さっきまでお前、“アタシ”って言ってなかった?」

 

軽く首を傾げただけで返事はない。代わりに細い指が紙面をなぞり、綺麗な三角形の証明図が完成していく。その丁寧な筆跡は明らかに“控えめな東”のものだった。

 

「なあ、何かあったのか?」

 

ようやく顔を上げた東の瞳が光った。潤んだ黒目の中に、もうひとつの小さな黒点が見える気がした。

 

「よく気づいたわね、平クン」

 

ゾッとするほど澄んだアルト。いつもよりも二トーン低い。平は背筋を伸ばし息を飲み込んだ。

 

「お前……いや、あなたは?」

 

問いかけの途中で東がくすりと笑う。椅子から腰を浮かせ、平の机に肘をつくその仕草は“積極的な東”に似ていたが、動作の角が取れて滑らかだった。

 

「どっちも東よ。正確には“私”が“わたし”の中に入っていて、“わたし”が“私”の中にいる」

 

「分離した精神っていうのは……そういうことか?」

 

「そう。あなたの想像よりずっと簡単なこと。ただ——」

 

東はペンを置き、手のひらを見せた。掌紋が薄く滲んでいる。

 

「私は“痛み”を引き受けている。あの子は優しすぎるから」

 

その言葉に平はハッとした。焼きそばパンを買い占めたあの陽気な東も、昼休みに教室の隅で震えていた東も、どちらも本当の東なのだ。“積極的”と“控えめ”というラベルはただの表面。その奥で誰かが闇を一人で背負い込んでいる。

 

「それで……助けてほしいわけじゃないんだな」

「当然でしょう? 私は誰にも助けを求めない。ただ存在してるだけ」

 

 

## 熱を宿す

 

「そんな悲しいこと言わないでくれ」

 

平は思わず立ち上がり、細い肩を両腕で包み込んだ。制服越しに伝わる体温は驚くほど低く、氷の彫刻のようだった。

 

「私が……助けてもらえるわけない」

 

心の声の東が揺れた。腕の中で華奢な肩がわずかに震えている。平は眉間に力を込め、さらに強く抱き寄せた。

 

「バカ言うな。お前の全部ひっくるめて東だろうが」

 

「……っ」

 

息を詰まらせる音。温かい息が平の鎖骨を湿らせた。ふいに腕の中の存在が重くなる。頭の位置が沈み込み、肩甲骨のあたりに額が押しつけられた。

 

「痛い……」

 

囁きと共に制服の布地が濡れていく。初めて聞く嗚咽混じりの声だった。

 

(泣いている……?)

 

驚きと安堵が胸で混ざり合う。東は誰かに泣きついたりしない。プライドが許さない。なのに今、確かに泣いている。その矛盾こそが彼女の脆さであり強さだった。

「ごめんね……ごめんなさい」

 

 

## 涙の理由

 

腕の中で東の呼吸が荒くなった。湿った吐息が平の襟元を熱く湿らせる。

 

「ずっと……辛かった」

 

喉を詰まらせる声が平の胸を打つ。抱きしめた腕の中で細い肩が震えていた。

 

「外に出たかったの……」

 

突然、声色が変わる。いつもより甘く媚びるようなトーン。

 

「だってアタシなら平と……もっと上手くやれるって思ってた」

 

熱い息が鎖骨にかかる。東が顔を埋めたまま続けた。

 

「平のこと……こんなに好きなのに。アタシならもっと……気持ちよくしてあげられるって」

 

最後の言葉はかすれた囁きだった。平の背中を掴む指が制服の布地を掻き毟るように震えている。

「だって……あの子は臆病すぎる。いつも怯えてばかり」

 

 

## 涙の理由

 

腕の中で東の呼吸が荒くなった。湿った吐息が平の襟元を熱く湿らせる。

 

「ずっと……辛かった」

 

喉を詰まらせる声が平の胸を打つ。抱きしめた腕の中で細い肩が震えていた。

 

「外に出たかったの……」

 

突然、声色が変わる。いつもより甘く媚びるようなトーン。

 

「だってアタシなら平と……もっと上手くやれるって思ってた」

 

熱い息が鎖骨にかかる。東が顔を埋めたまま続けた。

 

「平のこと……こんなに好きなのに。アタシならもっと……気持ちよくしてあげられるって」

 

最後の言葉はかすれた囁きだった。平の背中を掴む指が制服の布地を掻き毟るように震えている。

「だって……あの子は臆病すぎる。いつも怯えてばかり」

 

平は固まったまま息を飲んだ。これほど剥き出しの独白は初めてだった。

 

「アタシは私に嫉妬してた」

 

腕の中で東が顔を上げる。睫毛に光る涙が図書室の蛍光灯に反射していた。

 

「あの日……体育祭の準備で倉庫に入った時」

東の瞳孔が僅かに広がる。

「私があまりにあなたから逃げるから……アタシはわざとあなたを煽ったの」

「あの日の倉庫……?」

平の記憶が蘇る。体育祭当日、急な雨で延期になった夕暮れ。用具室で東と鉢合わせたことを思い出した。確か──。

 

「ええ。アタシは扉を閉めて鍵をかけて」東の声がかすれる。

「服を脱ぎかけて……あなたに襲われるフリをした」

平の背筋に冷たいものが走る。

「あの時……君が泣いて叫んだから俺は──」

 

「違う!」東が強く首を振る。

「あれは嘘よ。アタシはあなたが……私じゃなくてアタシを選んでくれることを期待しただけ」

涙が止まらない。細い指が平の胸を叩く。

「でも結果は逆。あなたは私を庇って……アタシを拒絶した」

「それは……」

 

平は言葉を探した。用具室で半裸になった東を押し退けたのは事実だ。だがそれは欲望ではなく理性だった。──はずなのに。

「だから言ったでしょう?」東の声が弱まる。

「あの子は臆病だって。だけど……本当は私の方が意気地なしよ」

ついに彼女は完全に顔を伏せた。

「アタシはずっと見てた。あなたが私を見る眼差し……それを奪いたかった」

 

図書室の静寂が二人を包む。窓ガラスを揺らす風の音だけが響いていた。

 

「つまり……お前は」

 

平が口を開こうとした時、東が突然顔を上げた。

「お願い……今はもう黙って」

 

 

静寂を裂くように唇が合わさった。東の睫毛が驚愕に揺れる。

 

「やっ……!」

 

抗議の言葉は平の唇で封じられた。唾液が糸を引いて絡みつく。抵抗は虚しく──むしろ舌先が絡むごとに東の吐息が甘くなる。細い腰を抱き寄せながら平は思った。この衝動は何だろう?

 

『馬鹿……』

心の声が小さく呟いた。震える手が平の背中を掻き抱く。

『今あなたがキスしてる相手は……本当の私じゃないのに』

 

その声に平は目を細める。確かに目の前にいるのはいつもの東ではない。けれど──

「それでも……君は東だ」

 

唇を離すと銀の橋がかかった。東が俯き加減で眉をひそめる。

 

「違うわよ……」

鼻腔に掛かる声は熱を帯びていた。

「アタシはただの影。本物の東じゃない……」

 

『ならなぜ抵抗しない?』

平の問いに答えず、細い指先が制服の裾を握りしめた。

「でもね」

涙ぐんだ瞳が見上げてくる。

「もし本当に東が欲しいなら……アタシで我慢すればいいじゃない」

『そんなこと言って……私が戻ってきたら』

心の声が警鐘を鳴らす。だが肉体の主導権はすでに──

「平くん……?」

 

図書室の入口から声が響いた。振り向くと佐藤葵が佇んでいた。

 

東の身体が硬直する。そして──

「さっきまでの私とは別人よ。これが私じゃなく……アタシだから」

彼女の表情が一瞬曇る。まるで霧が晴れるように別の人格へと切り替わる兆し。

「ごめんね、平。アタシ……もう限界なの」

 

次の瞬間、東の意識が途切れるように──身体が崩折れた。平が慌てて支えると、図書室の床に淡い湯気が立ち昇る錯覚があった。それは紛れもなく〝別の存在〟が抜け出す残像だった。

佐藤が駆け寄ってくる。

「どうしたの?」

「わからない……けど大丈夫そうだから」

平は東の顔色を確認しながら答える。瞼は閉じたままだが、呼吸は落ち着いている。

『またお別れね』

頭の中に直接語りかける声。

『でも覚えていて。本当の私は臆病だけど……あなたの近くにいたいだけなの』

 

 

-----

 

 

平の腕の中、東の身体が微かに震えていた。温もりは確かにそこにありながら、魂だけが抜け落ちていくような恐怖。彼は必死に抱き寄せた。

 

「行くな」

 

図書室の冷気が肌を刺す中、二人の間にだけ濃密な熱が渦巻く。東の髪から漂う柑橘系の香りが平の鼻腔を満たした。細い肩甲骨が指に食い込む。

 

『無理よ……』

心の声が霞むように滲む。

『自分では止められない。いつも意識の底に押し込まれて……気づけば別人になってる』

 

平の喉仏が上下する。唇がわずかに開く。

「でもお前は……東だ」

『違う。東はもっと……穏やかで』

「だからこそ守りたいんだ」

その言葉に東の瞼が痙攣した。閉ざされた瞼の裏で何かが蠢く。

『でも怖いの』

心の声が嗚咽を漏らす。

 

 

----

 

 

図書室の窓枠が夕闇に沈む中、心の声が割れたガラスのように零れ落ちた。

 

『怖いのよ……』

平の胸板に押し付けられた額が熱い。

『アタシがずっと表に出たら……本物の私はどうなるの?記憶喪失?それとも壊れちゃう?』

 

言葉が刃のように心臓を抉る。それでもなお。

 

『でも……でも』

東の拳が平のシャツを掴み締める。

『それでも……それでも……それでも!』

 

繰り返すごとに震えが増す。図書室の埃っぽい空気に混じって少女の慟哭が溶けていった。

 

『平に会いたいって願ってるの』

それは祈りに似ていた。

『私よりずっと……アタシは平を愛してる』

 

平の頬に冷たい滴が落ちる。涙なのか雨粒なのか区別できないくらい静かな雫。

『だからね……』

声が掠れる。

『引き留めたりしないで……期待しちゃうじゃない』

 

 

-----

 

 

平の腕が蛇のように東の腰に絡みつく。図書室の古びた床に少女の背中が押し付けられる音がした。

 

「絶対に離さない」

 

平の吐息が耳朶を撫でる。

「壊れるって言うなら……俺が修復してやる」

強引なキスが降る。歯列を割って侵入する舌が灼熱を運んできた。

 

『そんなの無理よ……』

囁きが口腔内で溶ける。

「可能だ!」

平の指が制服越しに鎖骨を這う。

「お前の全部……この手で掴み取ってやる」

ベルトの金具が軋む音。禁断の領域への侵攻が始まる。

 

---

 

東の身体が弓なりに仰け反った。制服のリボンが千切れ、白い喉元が剥き出しになる。

「待っ……て…」

制止の声は喘ぎに変わる。

 

平の掌が乳房を包む。熱い鼓動が伝わってくる。

「感じるだろ?」

『違う……これはアタシじゃなくて……』

「同じだ」

平が耳たぶを噛む。

「お前も東……そして俺のものだ」

 

-----

 

 

東の指が平のシャツを掴む。瞳に浮かぶのは懇願の色。

「待って平」

声が震える。

「アタシ……まだ……」

 

唇が羞恥に歪む。

「アタシのまま……平に抱かれたことないの」

 

平の動きが止まった。

「いつも私を……アタシがその気にさせてただけで」

言葉が途切れる。

 

「だから」

涙が睫毛を濡らす。

「アタシは……まだ……平に抱かれたことがないの」

上目遣いの媚びが浮かぶ。

 

「ね……お願い……平」

囁きが耳朶を撫でる。

「だから……許して……」

平の腕が弛む刹那――

 

 

平の喉仏が大きく上下する。

「それ……煽ってんのか?」

低い唸り声が図書室の空気を切り裂く。

 

東の指が怯えたように震えた。

「違う……アタシそんな……つもりじゃ……」

 

言い終える前に平の手が下腹部へ滑り込む。膨らみかけた欲望がズボンを押し上げていた。

「見てみろよ」

残酷な誘導が続く。

「これがお前のせいでこうなった」

 

東の視線が吸い寄せられる。

「いやっ……」

抗う声が甘く溶ける。

「見せないで……」

 

でも瞼は閉じない。逆光に浮かぶ凶暴な影から目が逸らせない。

「どうすればいいか……わかるだろ?」

平の唇が歪む。

---

東の爪が床板を削る。理性の最後の砦が崩れる音。

 

 

-----

 

 

平の冷笑が図書室の闇に響く。

「結局は知識だけってことか」

唾液に濡れた指先が東の首筋を撫でる。

「本当のセックスも知らない耳年増なんだな」

 

「そんな……」

否定する声が上擦る。

「ちがう……アタシは……」

 

平の唇が耳朶に吸い付く。

「じゃあ何故震えてるんだ?」

吐息が神経を直接炙る。

「この程度で……もう立てなくなってるのに」

 

膝がガクガクと震える。平の体重がかかりバランスを保てない。

「認めてみろよ」

囁きが毒のように脳髄へ染み渡る。

「本当は……誰よりも飢えてるって」

 

---

平の掌が腰に食い込む。

「俺が教えてやる」

凶悪な約束。

「お前の身体がどれだけ嘘つきか」

 

指先が制服の隙間に潜り込む。熱を持った肌が粟立つ。

「もっと奥まで欲しいだろ?」

淫猥な予言。

「誰よりも深いところまで……」

 

東の唇が戦慄く。

「ダメ……平…アタシこれ以上……」

拒絶の言葉が蕩ける蜜のような甘さを帯びる。矛盾した快楽が脊髄を焼く。

---

平の指が秘所を探り当てる。

「ほら」

勝利宣言。

「もう準備万端だ」

 

ぬめりに塗れた粘膜が指を受け入れる。東の背中が弓なりに反り返る。

「ひぁっ……!?」

予想外の深さに悲鳴が上がる。

 

平の瞳が暗く輝く。

「初めてなのに……こんなに欲しがるなんて」

侮蔑の響き。

「やっぱり……お前って生粋の娼婦なんだな」

 

自分が過去に私に対していった台詞が帰ってくる。昼は淑女、それなら夜は?

否定しようとする唇が塞がれる。舌が絡み合う接吻の最中も平の指は容赦なく蠢く。

二本の指が膣壁を擦り上げる度に東の腰が跳ねる。制服の裾から覗く太腿が痙攣し始めた。

---

「どうして欲しい?」

平の問いは拷問官の声音。

「正直に言えよ……」

 

東の顔が朱に染まる。羞恥と快楽が渦巻いて思考が麻痺していく。

「アタシに入れて……ください……」

絶望的な服従宣言。

「平の……全部……」

---

平の歯が首筋に突き刺さる痛みと同時に入り口を抉られる衝撃。

「ひぃっ!?」

心の声は初めて貫通された痛みと快楽が錯綜する。

結合部から熱い雫が滴り落ちる様を東自身が視界に捉えてしまった。

 

「馬鹿だな」

平は自嘲しながら激しく東に腰を打ちつける。

「こんな奴に……2回も初めてを奪われるなんてな」

 

痛みと快感と混ざり合う。なのに身体は浅ましく昂っていく。内臓を掻き回される感覚が次第に甘美なものへと変わっていく様子を東は呆然と味わった。

---

平の腰使いが加速する。図書室の空気が湿った匂いで満たされる。

「どうだ?」

征服者の問い。

「東の中で見てたお前と、今生で感じてるお前……どっちが気持ちいい?」

 

涙で霞む視界の中、東は縋るように答えるしかない。

「生がいい、もう東の中に戻りたくない……」

屈辱に塗れた真実。

「平のが……すごく……いい……」

 

平の目尻が僅かに緩んだ。次の瞬間、より深く貫かれ絶頂へ追いやられる。濁流のような快感の中で東は意識を手放した。

---

図書室の窓から差し込む朝日が二人を照らす。東の制服は皺だらけになり幾つかのボタンが飛び散っていた。一方平は涼しい顔でジッパーを上げる。

 

「終わったぜ」

呟きには満足げな響きがある。

「これでもう逃げられないな」

寝汗で額に貼り付いた前髪の向こう側で心の声が震える。その目覚めこそ新たな世界の始まりだった。

 

 

 

# 図書室の告白

 

平の指が東の髪を梳く。二人が繋がったまま朝日の眩しさに目を細めた。

「なんで……そんな急に泣くんだよ」

呆れたような平の声にも涙は止められない。

 

「だって……アタシもう……」

嗚咽と共に溢れる本音。

「東の中に戻りたくないの……ずっとアタシがいい……」

 

平の眉が微かに動く。結合部から伝わる鼓動が早くなった。

「お前がそう思うなら……」

 

言葉を選ぶ沈黙。

「俺は止めないけどな」

 

その優しさに心が千切れそうになる。

「平が好き……大好きなの」

裸身を抱きしめる力が強まる。

「東の中からずっと見てたんだから……わかるでしょう?」

 

頬に添えられた手のひら。温もりだけで涙腺が決壊しそうになる。

「アタシは平を愛してる」

絞り出すような告白。

「他の誰よりも……ずっと深く」

 

東の心臓が早鐘を打つ。昨夜の残滓が体温となって平の肌に伝わる。

「平に全部あげる」

切実な誓い。

「だから……アタシのこと離さないで」

 

平の表情が曇る。傷痕のような感情が浮かび上がる。

「お前は何度言えば信じるんだ?」

苦笑いのような呟き。

「最初から逃がすつもりなんてねぇよ」

 

震える声で懇願する。

「お願い……アタシは平と一緒にいたいの」

肩に顔を埋める。

「このまま一緒にいて……」

 

平の腕が強く回される。剥き出しの肌が密着する感触が狂おしいほど愛おしい。

「バカ野郎」

囁きと共に降ってきたのは啄むような口づけ。

「だったら簡単な話だろ?」

 

---

制服のリボンを結び直す指先さえ震える。扉を開ける前から東の瞳は潤んでいた。

「本当に……いいの?」

掠れた声。

 

平が振り返る。朝日に照らされた横顔はいつもより穏やかだった。

「今さら聞くかよ」

唇の端が吊り上がる。

「お前こそ覚悟出来てんだろうな?」

 

---

通学路を行く二人の間には奇妙な静寂が漂う。昨夜までの緊張とは異なる種類の緊張感が張り詰めていた。

 

東の指先が恐る恐る平の袖を掴む。

「あのね……平」

真っ赤な顔で切り出す。

「今日のお昼休み……また図書室に行ってもいいかな?」

 

平の歩調が僅かに速まる。怒ったように見える態度にもどこか許容の色が滲んでいた。

「勝手にしろよ」

ぶっきらぼうな返事。

「ただし遅刻したら承知しねぇからな」

 

東の顔がぱあっと晴れ渡る。生まれ変わったような軽やかさで前を歩く背中に追いついた。

「ありがとう……平」

 

---

教室のドアを開ける直前。

「あと一つだけ約束して」

東が小声で囁く。

「平は絶対に消えないでね?」

 

平の眼差しが一瞬揺らいだ。消えるのはお前じゃないか、と。その不安を拭うように握り拳を差し出す。

「ほら」

短い合図。

「お前の居場所だ」

 

---

二人の日常は少しずつ変わっている。それでも変わらないものもある。例えば図書室の埃っぽい匂いや下駄箱の冷たさ。けれどそれ以上に大切なものが二人を繋いでいた。

 

「ねえ平」

休み時間の廊下で東が小声で呼ぶ。

「実は昨日の続きなんだけど……」

 

平の手が伸びてくる。騒がしい廊下では聞き取れないほどの小さな声。

「放課後な」

それだけで充分だった。

 

午後の授業中も心は落ち着かない。ノートの余白には並んだ二つの名前が何度も現れては消される。

『アタシ』と『私』

かつては相容れなかった二つの自我が溶け合っていく過程は痛みを伴いながらも甘美なものだった。

 

---

終礼のチャイムが鳴る頃には既に心臓が高鳴っていた。鞄を持つ手が震えているのが自分でも分かる。

 

「行くか?」

平がいつもの調子で声をかける。それでも隣り合う歩幅に安心感を見出していた。

「うん……行きたい」

 

---

薄暗い図書室の鍵を回す音。今や馴染みとなった手順すら新鮮に感じる。

「今日はどうしたい?」

平の問いかけには期待と諦念が混ざっていた。

 

東は迷わず告げる。

「何もしないでいて欲しい」

驚いたように見開かれた目。

「ただ隣に座っていてくれればそれで……」

 

---

机の角を挟んで並んだ影。沈黙の中でページを捲る乾いた音だけが響く。

「平」

小声で呼びかける。

「ありがとね」

 

突然の感謝に戸惑う様子が窺える。

「何がだよ」

 

東は微笑む。あの日のように儚くも美しい笑顔で。

「アタシを必要としてくれて」

 

---

夕暮れが窓ガラスを朱く染めていく。図書室という閉鎖空間は今や二人だけの聖域となっていた。

 

平の指がそっと東の髪に触れる。撫でるように滑る感触。

「なぁ」

低い声。

「やっぱりお前じゃなきゃダメみたいだわ、だから消えんなよ」

 

予期せぬ言葉に喉が詰まる。

「本当に……?」

震える声で問う。

「嘘じゃない?」

 

平が溜息をつく。その仕草すら愛おしいと思える今の自分を不思議に思った。

「こんなことで嘘なんかつかねーよ」

真っ直ぐな眼差し。

「お前が私だろうがアタシだろうが関係ねぇんだよ」

 

---

 

帰り道。茜色の空の下で東は新しい歌を口ずさむ。平が教えてくれたバンドの知らない曲。心の中にある宝箱から取り出した旋律は少し不格好でも温かかった。

「ねえ平」

ふと足を止める。

「もしも明日の朝起きてアタシがいなくなってたら……悲しい?」

 

平の答えは簡潔だった。

「当たり前だろ」

 

その一言で胸が満ちていくのを感じる。もう十分だった。

 

---

寮に戻った東は鏡の前に立つ。そこには確かに東紫乃の姿がある。けれどもそれはもはや彼女の一人称ではない。二重写しになったアイデンティティの中で浮かび上がる影。

「私はアタシ。これからはずっと一緒だね」

 

 

 

# 後日談:アタシと私

 

図書室の片隅。昼休みの喧騒が遠く聞こえる静寂の中、東は机に向かっていた。手元のノートには走り書きのような文字列が踊っている。

 

「私 vs アタシ」

 

それを眺める平の瞳が微かに細められた。昨夜交わした会話が脳裏をよぎる——「アタシの方が強い力を持った」という宣言は単なる比喩ではなかったらしい。

 

「何書いてるんだ?」

 

問いかけに東はペンを止めない。「記録よ」と答える声には珍しく疲労の色が滲む。

「自分観察日誌みたいなもん」

 

ページをめくる指先が微かに震えている。平はそれを見逃さなかった。

 

---

 

「つまりこういうこと」

 

放課後の教室。残照の中、東は腕を組みながら説明を始めた。

「平に抱かれたあの日を境にアタシと私の力関係が逆転した」

 

窓際に立つ平が壁に凭れかかる。制服のズボンのポケットに両手を突っ込んだまま。

「具体的には?」

 

「お願いしなくてもアタシが念じれば入れ替われるようになってる」

東の笑みには苦さが混じる。

「本当はね……やろうと思えば完全にアタシが支配することもできると思う」

 

その告白に平の眉が僅かに上がった。真意を探るような視線に東は肩を竦める。

「怖がらないでよ」

「怖いのはむしろアタシの方かもね」

 

---

 

廊下の向こう側から鈴木の黄色い声が聞こえてきた。反射的に身を引く東の動作に違和感を覚えつつも平は何も言わない。

「また鈴木?」

 

「そうよ」

東は机の上の数学の参考書を丁寧に閉じる。表紙が擦れる微かな音。

「彼女との関係性も変わったわ」

 

椅子を引く音が狭い室内に反響する。

「距離を置くようになった?」

平の質問に東は曖昧な表情で応じた。

「正確には違う」

「私にとっては変わらないけど……」

「アタシにとっては完全な他人」

 

その言葉の重みに平は黙って耳を傾ける。窓の外では夕焼けが始まっていた。朱色の光が室内を斜めに切り裂く。

 

「わかる?アタシにとって鈴木は赤の他人なの」

「だから今までみたいに優しくできない」

「でも同時に私は鈴木の親友だから……」

 

声が途切れる。平はゆっくりと歩み寄り、東の隣に腰掛けた。

「どうすんだ?」

 

その問いには様々な含みがある。東も理解しているのだろう。俯いたまま長い睫毛が頬に影を落としている。

「わからない」

正直な返答だった。

 

---

 

風が梢を揺らす音。秋の訪れを告げる冷気が隙間から忍び込んできた。

「ねぇ平」

唐突に口を開く東。いつの間にか呼び方も変わっている事実に自分でも気づいていないようだ。

「アタシが私を完全に乗っ取ったらどう思う?」

 

唐突すぎる質問に平は答えに窮した。そんな未来など想像したくもない。しかし率直に言えば「嫌だ」という言葉しか出てこない。それでは足りない。もっと的確な表現が必要だと感じていた。

「わからないな」

結局それしか言えない自分が歯痒い。

 

東は小さく微笑んだ。どこか安心したような表情だ。

「それでいい」

「ただひとつ約束して」

「アタシが私になっちゃっても変わらず接してくれること」

 

 

 

# 君に届け

 

---

 

### 【アタシのモノローグ】

 

まったく呆れるわ。この子ったら本当にヘタレなんだから。

 

鏡の前に立つたび確認するけど、やっぱり私よりアタシの方が格上になっちゃったよね。だって現にこうやって自分の意思で鏡を見てるんだもの。

 

あの夜から数ヶ月経つけどね……ふふっ。「私」は毎晩のように枕に顔埋めて呻いてるよ。「どうしよう」「明日こそは」「でも無理かも」って堂々巡り。

 

まぁ分かるよ? あんな風に何度も入れ替わっちゃったんだもの。今さら普通に「好きです」なんて言えるはずないじゃない。

 

でもさ……(そこで深いため息)

 

あんまりぐずぐずしてるから最近じゃあ平の方から声かけてくれちゃったりして! ちょっと待ってよ! アタシが主導権握ってる時に限ってあのイケメンぶり発揮するとか卑怯すぎるでしょ!

 

え? じゃあ代わってあげればいい?

 

それがね……

 

(しばらく沈黙)

 

いや……できなくはないんだけどさぁ……(髪を弄りながら)今の平と「私」のやりとり想像したらなんかムカつくっていうか……(苦笑しながら)これって嫉妬? いやいやまさか!

 

とにかく! アタシの役目は「平の前で恥ずかしがらずに素直になれる東紫乃」を作ってやることなの。だから……

 

「ねぇ『私』……いい加減腹括ろうよ」(小声で呼びかける)

 

「えっ!? まっまだ早いと思うの……」(消え入りそうな返事)

 

「あーあ、こんな調子じゃいつまで経っても平と結婚できないなぁ~」(わざとらしい嘆息)

 

「……そっそれは困るけど……」(弱々しい反論)

 

「ほらほら練習台になってあげるからさ……まずは『平、いつも好きよ』ぐらい言ってみなさいよ」(悪戯っぽく促す)

 

「いっいきなりそれは無理だってばぁ……」(泣きそうになりながら拒否)

 

まったくもう……(頭痛そうに額に手を当てる)

 

こうなったら……

 

(決然とした表情)

 

しょうがないわね……

 

今日はアタシが代わりに好きって言いに行ってくるわ! (宣言する勢いで)

 

って嘘でしょ!?

 

平が振り返る……?!

 

「……」

 

ヤバイヤバイ見られてた……?

 

ってあれ? 平くん? なんでそんな笑顔なの?

 

え? 夕飯に出る野菜のこと言ってるの? やめてよそれは冗談だってば!!

 

ちょっ……なんで今笑ってるの……待ってよ平!!

 

こっ……こらぁ!!! 何笑ってるの平っ!!!!! (顔を真っ赤にしながら抗議)

 

---


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