「ミルフィオーレファミリーへようこそ。」
目隠しを取られるとそこは真っ白な部屋だった。
褐色肌にピンクブロンドのロングヘアをした二人の女性に両腕を掴まれていて振りほどけない。
「わ……私は何も知りません。一般人です。」
必死に抵抗しようとしても私の話などお構いなしに二人はズルズルと引き摺っていく。
此処は一体何処なの……?
私はただジャンクショップで品出しをしていただけで、その後の記憶がない。
彼女はミルフィオーレファミリーと言った。
ファミリー……まさかマフィアじゃないよね?
はは、いくらなんでも任侠映画の見過ぎ……。
「お前達は下がっていろ。」
聞き覚えのある声に顔を上げると白い軍服のような姿をした入江くんが立っていた。
「……入江くん?」
入江くんは高校生の時に知り合って、その後音信不通になっていた。
「……初めまして。僕はミルフィオーレ・ホワイトスペル第2ローザ隊隊長……入江正一。君には僕の秘書になってもらう。」
淡々と話す彼の眼は、昔の面影を宿していない。
「え……待って、訳が分からないよ。私は……え?」
コツコツと歩み寄って見下げられると威圧感で心臓が止まりそうになる。
「君は物分かりがいい筈だ。だから此処……メローネ基地の基地最高責任者の目の前に立っている。」
ゴクリと唾を呑み込んだ。
「分かりました。……それでは基地内のルールと私に与えられた役目について教えて下さい。」
入江くん……入江さんは眼鏡に手を当てて「ついてくるように」とだけ言って歩みを進めた。
メローネ基地と言われた場所はパイプ管や配線が多いことからサーバー群を管理している、または何らかのエネルギー関連施設のように見えた。
「……君はマフィアの一員となった。本来の役目は僕の秘書だが、突然その役務を与えると角が立つ。……だから暫くの間ブラックスペルのスパナの元でこの生活に慣れて欲しい。」
管理室に着くと、自動ドアが閉まってロックがかかる音がした。
入江さんは私にタブレットを渡すと、画面には敷地案内図や規則等のPDFファイルの他にメモ帳が開かれていて、テキストが打ってあった。
『また会えて嬉しい。今はこれしか言えない。』
目線を上げると寂しげな眼と目が合った。
「はい……承知いたしました。」
「サキは何が出来る?」
サキ……?
入江さんから指示された地下室は工場施設のようになっており、金髪蒼眼のツナギ姿の男性がロボットの上に乗って機械作業をしていた。
「私は機械整備の資格がないので雑務でしたら出来ると思います。」
そう答えると男性はロボットから降りてきて不思議そうな顔をした。
「入江は『有能な技師、サキを寄越す』と言ったのに。」
……あ、「先に寄越す」を「サキ」という人名にとったのか。
「すみません。なるべく仕事を覚えるようにします。」
頭を下げると肩を叩かれて紙を渡される。
「酢花゜……スパナ?」
彼はコクっと頷くと、またロボットの上に乗った。
「ウチがモスカのチューニングをしている間、ダスターとエアーで清掃して。」
キョロキョロと辺りを見回してエアースプレーを引っ張ってロボットの関節部分に当て、ダスターで表面を拭いた。
「取り扱いに注意事項はありますか?」
こんな大型の人形ロボットは見たことがない。
やっぱり工業用の支援ロボでは無く……対人兵器……。
「何かあったら言う。」
今はこの作業で正解なのかな。
機械油で汚れているけど、試運転をした……実戦投入されたのか。
……考えたくない。
暫くするとスパナさんが降りてきて私の頭をポンと叩いた。
「一応使える。」
オーバーサイズの作業グローブには無数の切屑が付いていて、パラパラと髪の毛にくっついた。
「あ、ごめん。」
「いえ、お構いなく。」
彼は作業グローブを外すとノートパソコンをちゃぶ台に置いて作業を始め、私も隣に座って画面を見た。
「回路図ですか?」
「ん。」
回路図から設計しているのか……アナログエンジニア。
部屋のあちこちにある部品や図面を見るに部品の金型から製造をしているようだ。
「ストゥラオ・モスカの。」
……あのロボットの名前かな。
「遠隔操作なんですね、採用している通信規格からしてかなり遠距離まで対応している……。」
彼はチラリとこちらを見て立ち上がるとドラム缶の上で何かを箱から出していた。
手招きをされて近づくと「手」とだけ言われ、手を出すとスパナ型の棒付きキャンディを渡された。
「えっと……いただいていいんですか?」
彼はコクっと頷き、またちゃぶ台に戻った。
恐る恐るキャンディを口に含むとイチゴ味が口いっぱいに広がった。
「甘い……。」
「あの……お腹が空いたのですが。」
タブレットの中の施設案内図には女性用のシャワールームと手洗い場、食堂などの記載があったが利用に関わる約款が見当たらない。
「ウチは食堂使わないから。」
……答えになってないんだよな。
「私は何処で食事をすればいいんでしょうか。」
彼はちゃぶ台を叩いた。
此処で食べるのは分かったんだけど……。
「待ってて。」
仕方なく散らばっている資料類をまとめるついでに中身を読んだ。
どうやら本当にここではモスカという兵器を製造しているようで、火薬の匂いも勘違いでは無かったらしい。
モスカは遠隔操作だけではなく、人が乗り込む事もできる。
まるで……。
「一区切りついた。」
スパナさんは立ちあがって隣に繋がる扉を開けると、簡易炊事場に立ってお椀にお米を盛り始めた。
「お米なんですね。」
「日本食、好きだから。」
お椀は夫婦茶碗になっていて、ペアで箸や皿が揃えてあった。
海外の人には「夫婦茶碗」も「二対の茶碗」も関係ないから、予備として用意して貰っていただけでも有難い。
「鮭にする。」
そう言って冷蔵庫からサーモンを取り出してレンジに入れた。
「鮭……。」
日本食の焼き鮭とは少し違うけど……。
炊事場を見回すとヤカンにポット、急須に湯飲み等が用意されていて、純粋に日本贔屓な人なんだと分かった。
「サキ、これから日本食を作って。」
「材料が手に入りましたら、尽力します。」
その後はちゃぶ台で遅い夕食を共にして、ある重大な衣食住に関する事柄を確認していないことに気がついた。
「……すみません、私の寝泊まりする場所は何処でしょうか。」
「此処。」
……確かに敷布団が乱雑に2枚敷かれている。
「成る程……はい。分かりました。」
会ったばかりの人で、しかもマフィアの基盤エンジニア。
あまり刺激しないほうがいいな。
「服はツナギ、用意してある。シャワー浴びてきて。」
「はい。分かりました。」
先ずはここで生き残ることを考えよう。
「あ、アンタが入江の情婦?」
シャワールームから出るとアフロヘアの女性に声を掛けられた。
「じ、情婦?」
「いきなり外から女を連れてくるなんて、情婦以外に何というの?」
確かに、一般人の私をなぜマフィアの本拠地なんかに連れてきたんだろう。
「分かりませんが、私は情婦ではありません。」
いきなりツナギの襟を引っ張られて足が浮いた。
「生意気な口を利くんじゃないよ。」
……彼女はマフィアの幹部だ。
「私は事実を述べたまで……です。」
「手を離せ、アイリス。」
声の方を向くと入江さんが佇んで、指輪を撫でていた。
「良かったね、ダーリンが助けに来てくれて。」
思い切り私を突き飛ばすと、彼女はコツコツと足音を立てて立ち去った。
「……君に伝える用件がある。」
彼は尻もちをついた私に手を差し伸べた。
……でも、彼は私の知っている入江くんではない。
その手を無視してよろよろと立ち上がると頭を下げた。
「はい。承ります。」
そのまま歩き出して、個人の部屋らしい場所に二人で入室すると彼はいきなり膝をついた。
「もう……ミルフィオーレファミリーの入江正一でいられないよ……助けて……。」
そう言って腹部を押さえて嗚咽し始めた。
「入江くん……。大丈夫、私がいるから……。」
悟ってしまった。
入江くんはあの日の入江くんのままで、だから私を呼んだんだ。
「おなか痛い……苦しいよ……。」
何度も背中を擦った。
「私がついてるから……。」
、、、
「入江から何か言われた?」
作業場に戻るとスパナさんが布団の上で胡座をかいていた。
「はい。スパナさんの指示に従うようにと念を押されました。」
嘘は言っていない。
「入江は高校時代からの知り合い。」
……出自を探り試すブラフかもしれない。
私は入江くんと同じ高校に通っていなかったから交友関係を全て掌握しているわけじゃない。
「そうでしたか、留学生だったんですか?」
入江くんが高校時代、海外に留学していないのは知っている。
「違う。ロボットコンクールで会った。」
確かに入江くんはロボットコンクールに出場したけれど……。
「入江さんは何を作りましたか?」
スパナさんは手を後ろについてキャンディの棒を口で動かした。
「ウチ、信用されてないんだ。」
……突然拉致されて施設に連れてこられて、初対面で得体のしれない男性の部下にされて、それが今日いっぺんに起こった出来事。
信用するほうが無理がある。
「はい。」
彼は天井を見上げて何かを考えているようだったが、無視して隣合う敷布団を少し引き離した後布団に潜り込んだ。
「おやすみなさい。スパナさん。」
「おはよう。サキ。」
目をこすると目の前にはスパナさんの顔があった。
「おはようございます。スパナさん。」
いわゆるキス距離だけど、自覚がないんだろうな。
「朝ごはん。」
彼は天然なのだろうか。
エンジニアはマイペースな人が多いから。
「顔を洗ってきます。」
、、、
廊下を歩くときは足音を確認して他の人間と極力合わないようにした。
またアイリスさんのようなタイプに絡まれたくない。
朝の身支度を終えて作業場に戻ると朝ごはんがちゃぶ台に用意してあった。
「ありがとうございます、スパナさん。いただきます。」
「いただきます。」
手を合わせて朝食を共にした。
その後は食器洗いを私が担当して、洗濯機を回した。
スパナさんは何も言わずにモスカの整備に取り掛かっていたので、先ずは資料類を整理して床を掃除する事にした。
指示待ちだと用無しとされて始末されるかもしれないから。
「サキ、レンチが入ったツールボックス取って。」
ツールボックス類も沢山あって見分けがつかなかったが、どうにか該当するものを見つけてスパナさんに手渡す。
「ん。」
作業グローブでポンと頭を叩かれる。
これで合ってるみたいだ。
、、、
「サキ、図面読めるなら描ける?」
……にわかだが製図は多少できる。
「基礎しか描けません。」
ちゃぶ台に座るとスパナさんに製図用の定規と用紙を渡された。
「今から言う仕様を描いて。」
必死に聞き取るもわからないことが多すぎる。
なんとか部品の図面のようになったものの、このままではガタガタで加工ができない。
「すみません、この許容差だとおかしくなりませんか?」
また頭を叩かれた。
「そうなる。」
実力を試したのか。
……私は工業系卒でも工学系卒でもない。
ただのジャンクョップの店員。
入江くんに出会ったのも本屋さんで偶然手に取った本が同じだったという些細な出来事、キッカケだった。
そんな私を彼はまだ友人として見てくれていたんだ。
高校を卒業をした時期に音信不通になった後、嫌われたんだとしばらく泣き明かした事を思い出す。
……彼の役に立ちたい。
「恐らく、私は補助としては役に立てません。雑務ならこなせます。」
スパナさんは私を無視してノートパソコンに向かった。
「……あの、なんでそこをディープグルーブボールベアリングではなくアンギュラボールベアリングにするんですか?」
彼はこちらを見て、また画面を見た。
「後で解説する。」
「3DCADもなかなか……。」
いつの間にか私にもノートパソコンが充てがわられて設計に携わるようになっていた。
「そこ、高さが間違ってる。」
スパナさんが後ろから私を抱きかかえるように手を添えてマウスを動かした。
顔が近い。
顔だけでなくピタリと背中に体温が伝わるほど接触している。
「すみません。入力を間違えました。」
呼吸を乱さないようにしても、手の甲に伝わる熱で動揺してしまう。
「……顔、赤い。熱?」
おでこに手が当てられて、その手が首筋に下がった。
「……熱はない。脈が早い。」
「あ、はい。距離が近いので。」
そう真実を伝えても、そのままの態勢で作業は続いた。
「ウチ、今から荷物受け取りに行くから完成させといて。」
、、、
「日本食、作って。」
彼が発泡スチロールの箱を抱えて作業場に戻ってきた。
「おー……イクラがある。ネギに海苔……。」
日本食と言われてもお望み通りのものが作れるか分からない。
「それでは日本食を作って進ぜましょう。」
、、、
「おにぎりです。」
一番無難なものを作ってしまった。
多分、これくらいは彼も作っているはずだけど……。
「おいしい。」
スパナさんはモグモグとおにぎりを食し始めた。
「よかった……。」
日本食が作れないから用無し……にはならなそうだ。
彼は表情に乏しくて喜怒哀楽が分かり辛いけれど、今のところ敵意は感じられない。
「スパナさん、頬に米粒がついてますよ。」
そう指を自分の頬に指す。
「ん。」
……取れていない。
「失礼します。……取れました。」
指で米粒を摘むと彼はキョトンとした。
「……そう。」
「はい。」
その後は何事も無かったかのように沢山作ったおにぎりをペロリと食べてしまい、作業に戻った。
、、、
「サキは入江の女?」
床につくと隣から声を掛けられた。
「違います。知人ではありました。」
しばらく間があった後「そう」とだけ返事があった。
いきなり見知らぬ女を部下に押し付けられたら、そう勘違いしてもおかしくはない。
「おやすみなさい。スパナさん。」
「おやすみ。サキ。」
「おはようございます。スパナさん。」
返事が無いので辺りを見渡すと彼の姿が無かった。
とりあえず身支度を整えるため廊下に出て洗面所に向かった。
メローネ基地に来てからかなり日が経った。
入江くんは忙しいようで、何度か部屋に呼ばれたけれどここ最近は会えていない。
「私……このままでいいのかな。」
鏡に映った私に問いかける。
私が此処から逃げれば彼はどうなる?
監視対象、外部から入れた者が逃走したら監督責任を負うかもしれない。
「いい。……此処にいよう。」
、、、
作業場に戻るとスパナさんが立ってこちらを待っていたようだった。
「おはようございます。スパナさん。」
頭を下げて上げると目の前に薔薇の花束が突き出される。
「……え?薔薇?」
「今日、2月14日。」
そういえばそうだった。
日本ではチョコを女性が男性に贈るものだから、本来の親愛の表現をされると驚いてしまう。
ここはどうやらイタリアのようで、イタリアの男性は職場の女性に花を贈るらしい。
12輪の花束を受け取ると中には二つ折りのカードが入っていて、開くと『Be my Valentine.』と書いてあった。
……私のバレンタインになって?
どういう意味
「ちょ……へ?」
口の中にチョコレート味が広がってキャンディがコロコロと舌の上で転がされる。
呆気にとられていると、顔がゆっくりと離れて蒼い瞳と目が合った。
「返事は?」