「サキ、メガネレンチ取って。」
サキは不貞腐れたように床に散らばった道具から物を拾って手渡した。
「……はあ。サキ……レンチとウチの違いもわからない?」
コクコクと頷くので、おでこを小突いた。
「すみません。私もジャンクショップの店員というだけでスパナさん……スパナとレンチの違いが口が開いているかの違いくらいしか知りません。」
ふくれっ面をする頬を指で摘む。
分かってるのに何で間違えるかな。
「知ってるなら言って……分からなかったら聞いて……ウチの恋人になったんだから。」
頭にポンッと手を置くと切り粉が髪に絡みついた。
「痛た……恋人にはなっていません。」
何を言ってる?
「え?」
「え?ではなく……。」
衣食住……床を共にして、キス……エッチまでしてるのに。
「ウチのじいちゃんもジャンクショップやってた。」
だからサキは恋人。
「そうだったんですか。」
サキは首を傾げて上目遣いでキスを強請った。
「ん。……だから恋人。」
唇を喰むと素っ頓狂な声を出した。
「え?」
まったく……。
「それに……キスしたから……恋人。」
舌を捩じ込むと顔を逸らせるから、首筋に舌を這わせることになる。
「あん……止めてください。すごい、技術者あるある論理の飛躍ですね……っ」
耳裏を舐めるとビクビクと身体を震わせて、しがみついて来る。
「ジャンクショップ……運命……。」
背中に腕を回して尻を撫でると、ウチにもたれ掛かりながら快感をやせ我慢してツナギに顔を埋めてくる。
かわいい。
「いや……まあ確かに偶然としては……ロマンチックか……ぅ」
適当にドラム缶から工具を出してみせた。
「これは?」
サキは顔を上げてモゴモゴと答える。
「れ……レンチ。」
当たり。
「これは?」
モンキースパナを取り出して見せる。
「スパナ……。」
ならいい。
顔を一旦離して貪るようなキスを繰り返す。
「ん。……キスの反対は?」
サキの目はトロンと蕩けて……かわいい。
「き……キスの反対?……スキ?」
口元から涎が垂れている。
「ん。」
ウチを指さすとサキは眉を下げた。
「……スパナさん。」
かわいい。
作業を中断してエッチしようかな。
「キスの反対は?」
「スキ。」
サキを抱きかかえて壁に押しつけた。
「ね?恋人。……エッチしよ。」
、、、
「ハグ。」
いきなりなんなんだろう。
「えっ?」
彼はちゃぶ台の前に座って同じ言葉を繰り返す。
「ハグ。」
スパナさんは単語だけで会話が成立すると思っているらしかったけれど、彼は天然らしく意図がつかみきれない。
ドラム缶にちゃぶ台と書いていたくらいだから、理解しろというほうが無茶だ。
「……?コードにバグがありましたか?」
壊れたレコードのように同じ言葉が放たれる。
「ハグ。」
……ハグ、抱擁のこと?
座っている彼を抱きしめろ、ということ?
「?……ハグ?」
「ん。」
抱きしめると固く抱きしめ返される。
「えっと……すみません。目的はなんですか?」
何がしたいのか分からない。
「ハグ。」
本当に心配になってきた。
「……頭大丈夫ですか?ヒートしていませんか?」
おでこを合わせてみたけれど、どうやら熱は無いようだ。
「キス。」
彼に不意打ちのキスをされるのが慣れっこになってしまった自分が怖い。
「……ああ、脳内のエネルギーを使い果たしてしまったのか……寝てください……。」
技術者あるある、脳の負荷で奇行をしがち。
「膝枕。」
何を言っても通じないから……しょうがないんだよな。
「はい。」
この人、天然なのによく今までマフィアとして生きてこれたな。
「サキ、鈍感なのによく生きてこれたな。」