※この作品はR-18です。

観自在   作:ummt

3 / 7
光世音

 

「相手があのリーマンとホストだろ?マイクも持ってる……と言うよりも危害のイメージしかねえ。寂雷ですら持て余してるんだ、ボディーガードを付けとけ。」

 

 碧棺さんが紙の束をペラペラと捲りながらソファにふんぞり返っている。

「仕事も休職から退職に移行出来るようにして事務処理を始めろ。」

 毒島さんがその紙の束から紙を1枚引いて入間さんに渡した。

「そうですね……有栖川さんならフリーでしょうから。」

 そう言って電話を掛け始めた。

 

「クゼ、貴方には暫くボディーガードを付けますから。」

 

、、、

 

「やべえ……なんであの温厚そうなリーマンから命狙われてんだ?一体を何したんだよ。」

 

 入間さんが出勤すると入れ違いに「有栖川 帝統」と名乗るモッズコートを着た男性が部屋に上がり込んできて床に胡座をかいた。

「え……?なんだろう……優しくした?」

 改めて問われると分からない。

 彼の部下になって送り狼を許してしまったた罪?

 部屋に上げて二人と肉体関係を結んだ罰?

 私が私でなければ、上手くやれていれば……。

「へー……じゃあ俺にも優しくしてくれる?」

 有栖川さんはこちらを見あげて手を後ろについた。

 人間性を見定められている。

 もう誇りなど一欠片も持ち合わせていないから。

 私には何もない。

「やめておく、ご飯もう食べた?」

 しゃがんで目線を合わせて問いかけると彼はニカッと笑った。

「まだ食べてねえ!腹減ってるから何でも食うよ!!」

 よかった。

 まだ見限らていない。

「チャーハン作るよ!!」

 腕捲くりをしてエプロンを腰に巻いた。

 

「おう!!」

 

、、、

 

「なんだこれ……。」

 

 警官の婚約者、クゼという女が皿に盛り付けたのは茶色い米の塊だった。

「チャーハンだよ。」

 クゼはメンタルをやっているのか、目に光がない。

 なんでこんな女が警官の婚約者になったんだろうか。

 身分を偽っている財閥の令嬢だったりするのか?

「お、おう……味は普通だな……。」

 恐る恐る口に入れたが、焦げ目が強過ぎるだけでお焦げチャーハンというか……不味くはなかった。

「よかった。」

 そう一言だけいうとクゼはダイニングテーブルにノートと参考書を広げて勉強を始めた。

 だいぶやつれている様だが、リーマンに命を狙われるくらいには悪行をしたんだよな。

「次は俺が作るから。」

 

「ありがとう。有栖川さん。」

 


 

「だいたいお姉さんたち俺とセックスしたがるんだけど……する?俺、口は固いからさ。」

 

 有栖川さん……帝統くんがボディーガードになってから数週間の時が過ぎた。

「遠慮するよ、私は入間さんが好きだから。」

 帝統くんは暇を持て余しているようで、よく二人で花札やチンチロをした。

「へー……上手いの?」

 ギラついた瞳と目が合った。

 野性的でもあり、理性を兼ね備えてもいる独特な風体。

「そういった理由じゃなくて、なんでかな……好きなんだ。」

 自分でもどうして彼を好きなのかを上手く言語化出来ない。

「よくわかんねえ……理鶯の旦那と碧棺の旦那でなはなくて、なんで警官?」

 そう言われると、あの会場には三人が居た。

 真面目そうだったから?

 一番話を聞いてくれそうだったから?

 ……懐柔できそうだったから?

「わかんない。」

 入間さんが警察組織の人間だと聞いて安心したのは事実。

 私は彼を利用しようとした。

 ……それは今もか。

 仮初めの婚約者という地位を与えられて危険から逃れるシェルターに避難させてもらっている。

 彼は警察だから、弱者を保護する責任があるとして。

 なんの接点もない赤の他人である自分なんかを甲斐甲斐しく面倒を見てくれるのは、彼が公的組織の人間だから。

「ふーん、散歩にいかね?」

 

「うん。」

 

、、、

 

「河川敷で昼寝してもいい?」

 

 俺が土手の芝生に寝転がると、クゼは隣に体育座りをして河川敷をジョギングしている男女や川に降り立つ白鷺を見ていた。

「うん。」

 暫く釣り人や犬の散歩をする人を黙って眺めた。

「どうしてリーマンに優しくしたんだ?」

 吹き抜ける風がクゼの髪を揺らす。

「なんでかな……優しくしたら自分が優位に立てると思ったからかもしれない。」

 クゼは草むらに生えているクローバーを編み始めた。

 優しさに理由付けが出来るんなら

「そう説明できるなら、根が優しいからなんだろ。」

 溜息が漏れて、クゼは膝に顔を埋めた。

「本当に優しかったら……観音坂先輩を見捨ててないよ……。」

 強く吹いた涼しい風が頬を撫でた。

「合わない人間に無理に合わせる必要なんてないからな。」

 暫く間があった後、クゼは頭を上げてクローバー編みを再開した。

「帝統くんは優しいね。」

 俺は優しいわけじゃない。

 ただ、関心がないことを優しさと人が受け取るだけだ。

 クゼはクローバーで冠を作ると俺の頭に乗せ、ぎこちなく笑った。

「王冠、あげる。優しい王様。」

 

「ありがとよ!」

 

、、、

 

「やっほー!!君が噂の男を手玉に取っちゃう魔性の女の子!?」

 

 土手で時間を潰していると乱数と幻太郎が場所を嗅ぎつけて顔を見せた。

「隅に置けないお人、お顔を拝見しても?」

 二人が笑顔でクゼに詰め寄るとクゼは俺の後ろに隠れた。

「え……嫌だ。」

 背中に置かれた手は小刻みに震え、本当に怯えている様だった。

「……悪い、お前らは帰ってくんねえか?」

 クゼが明確に『嫌だ』と意思表示を示したのはボディーガードを始めてから初めてのことで、その間もコートを握りしめている。

「なんで!?僕は君とお友達に」

 乱数が顔を近づけるので腕で制止した。

「いいから帰れって。」

 その言葉に苛ついたのか声を荒げようとする乱数の袖を幻太郎が引いた。

「お邪魔しました。」

 幻太郎は目を細めた後、深々と頭を下げた。

「すみません……すみません……」

 クゼは俺の背中越しに何度も頭を下げて謝罪の言葉を述べた。

 

「今回ばかりは小生達が踏み込み過ぎました。」

 


 

「ごめんね、帝統くんのディビジョンメンバーに失礼な振る舞いをして……」

 

 乱数と幻太郎が立ち去った後もクゼは背中にしがみついて震えていた。

「あいつらクセが強いから、気にすんなって。」

 挨拶としての慰めの言葉にすらクゼは嗚咽して涙を零した。

 ここまで対人関係に支障をきたすほどメンタルが疲弊しているのか……ただの痴情のもつれではないのかもしれない。

 

「ありがとう……ごめんなさい。」

 

、、、

 

「何かありました?」

 

 有栖川さんと入れ違いに帰宅するとクゼは沈んだ顔をして夕飯が用意されたダイニングテーブルの側に立っていた。

「帝統くんにチャーハンを作って、その後……シブヤの人たちに失礼な振る舞いをしてしまいました……」

 クゼは堰を切ったように泣きじゃくり床にへたり込んだ。

「彼らは事情をある程度理解できるでしょうから、過度に心配する必要はありません。」

 背中を擦ると何度も頭を下げて涙を零した。

「すみません……すみません……」

 今まで彼らに対して強がっていた分のしこりが軽くなり心に余裕ができたからか、弊害として情緒が不安定になっている。

 

「ゆっくりでいい、あなたは自分の生き方をしなさい。」

 

、、、

 

「なんでシブヤの奴らと温泉旅行しなきゃなんねえんだよ。」

 

 銃兎が提案した温泉旅行にはシブヤの面子が入っている。

 ボディーガードの有栖川は俺たちがいるから必要ない。

 百歩譲ってボディーガードの有栖川だけならわかるが他の奴らは必要ない。

「卓球しよう!クゼ!」

 有栖川は修学旅行気分のように浮かれてやがる。

「うん。」

 クゼもローテンションでそれに応じている。

「なんだかんだ、あの二人仲いいね!焼けちゃう?」

 乱数は銃兎の顔色を面白おかしく伺った。

「彼はボディーガードですから。職務を果たしているだけです。」

 明らかに苛ついているだろうが。

 

「主従関係から発展する恋も小粋なもの。」

 

、、、

 

「混浴風呂だって!入ろうぜ!」

 

 有栖川はクゼを引っ張って混浴の暖簾を潜った。

「うん。」

 クゼも頷いて同調の意思を示した。

「お前らふざけ」

 碧棺が怒鳴りかけるのを止めた。

 

「クゼがした選択だ。今は止めるな。」

 

、、、

 

「一緒に寝ようぜ!」

 

 有栖川さんは客室に上がり込んで2枚しかない敷布団の上に陣取る暴挙に出た。

「うん。」

 クゼは淡々と返事を返した。

「駄目です。」

 ここまでくると彼女の意思を尊重している場合ではない。

「俺さ、腕枕慣れてるからずーっとできる!疲れねえから。」

 それはクゼと同じ布団で同衾するということか?

「おー……すごいね。」

 クゼは立ったまま私の指示を待った。

「何度も言うようですが、駄目です。」

 彼は胡座をかきながら不貞腐れたように布団に手をついた。

「えー?エッチなことはしねえよ?」

 ……距離感を間違えている。

 あなた達は姉弟ではない、赤の他人。

 そして成人済みの男女だ。

 

「駄目です。彼女は私の婚約者だ。」

 


 

「混浴風呂に入って彼から何かされました?」

 

 オレンジ色の常夜灯が灯る薄暗がりの下でクゼを抱き寄せて起こった事象について尋ねた。

「背中を流し合いっこして……どっちが長く湯船に入っていられるか対決しました。勝ったのは私です。」

 本当にそれだけか?

 成人済みの男女が混浴で生まれたままの姿になって、本当にそれだけで済んだのか?

「洗いざらい話してください。」

 クゼは俯いた。

「……全部……話しました。」

 彼女の頬には涙が伝っている。

「虚偽はないのですね?」

 顔を近づけて潤んだ瞳と目を合わせた。

「う……嘘は……嘘はついていません……」

 ポロポロと溢れる雫が枕に落ちる。

 必死に言い訳を述べるクゼの頬を包んで唇を重ねた。

「あなたは私のフィアンセです、それを忘れるな。」

 彼女の細い腕が背中に回り、彼女の方から舌を出して唇を舐めた。

「はい……銃兎さん……。」

 苦悶に焦がれる姿に抑えきれなくなり、頬に置いた手のひらを首筋から鎖骨へ、浴衣の下に滑り込ませて乳房に這わせる。

 

「……困りましたね。」

 

、、、

 

「やっぱり混浴風呂でエッチしたの?」

 

 乱数は部屋に戻るなり首を傾げた。

「してねえよ。クゼはボディーガードの保護対象だぞ。」

 背中を洗いあったりした。

 ……勃起はしたけど生理現象だし、挿入してない。

 その後は湯船に浸かって、雑談して。

 普通に混浴風呂を利用しただけだ。

「よくないね、サイコロちゃん。」

 いつになく幻太郎が真面目な顔をしてまじまじと俺を見つめた。

「だから本当にしてねえって。」

 厳しい視線を浴びるのが苦しくて、目を背けた。

「婚約者の入間さんがクゼさんに対して疑念を持つから。」

 場がしんと静まり帰った。

「……そこまで考えてなかった。」

 考えが及んでなかった。

 何もしていなければ問題ないと……俺は本気で……。

「クゼちゃんって今メンタルを回復してる途中なんでしょ?帝統がラインを引かなきゃダメだよ!クゼちゃんが後で困るよ?」

 乱数も真剣なトーンで意見を述べる。

 そうだった。

 俺はクゼとはビジネスパートナーでそれ以上でもそれ以下でもない。

 

「……わかった、アドバイスありがとな。」

 

、、、

 

 俺はギクシャクしたまま腫れ物に触るような態度を隠せないままで、それでもクゼの部屋で衣食住を共にすることが当たり前のようになっていた。

 

 婚約者の警官は仕事で忙しなく、朝帰りや泊まり込みもしょっちゅうで、二人きりになる時間が日に日に増えたことで胸にのしかかる苦い焦燥感に苛まれ、同じ空気を吸うことに嫌気が差してきている。

 それでも乱数や幻太郎に言われた通り、ベッドやソファで不用意に寝てしまったり、以前のように風呂に一緒に入ったりしないように気をつけてはいた。

 

「……さん」

 緊張の連続で、つい張り詰めた気が緩んでソファで寝てしまっていたようだ。

 耳を澄ませてソファから顔を乗り出すと寝室の方から密やかな話し声が聞こえくる。

 帰ってきたなら言ってくれれば……俺は帰るんだけど。

 ボーッと寝室のほうに目を凝らすと視線の先にある扉が丁度室内が見えるように少し開いていて、ベッドで重なり合う二人が見えた。

「帝統くんが起きますから……彼が帰ったあとに……」

 クゼの裸体は何度か見ている。

 見ていたのに。

「駄目です。家の主が好きに恋人を抱けないのはおかしいでしょう?」

 目が離せなかった。

 俺に笑いかける瞳が蕩けて快楽に溺れて喘ぐ様。

 俺の頭を撫でる柔らく温かな手が行き場を無くして宙をもがく様。

 俺の飯を「美味しい」口にする唇から漏れ出る吐息。

 弾力がある白い乳房、存在感を主張する乳頭。

 密を溢れさせる秘部、小刻みに震える腰。

 つま先まで反った足、快感を強請りしがみつく腕。

 俺も触りたい、舐めたい、噛みたい。

 

 俺もクゼを抱きたい。

 

 俺の腕のなかでとろける彼女を貪りたい。

 めちゃくちゃに抱き潰して犯し尽くしたい。

 俺が彼女を征服したい、徹底的に蹂躙したい。

 

 俺もクゼを貫きたい。

 

 すると警官がこちらをチラリと見て勝ち誇ったような顔をしてみせた。

 

 そうか、俺はお役御免になるんだな。

 そうだよな、俺はもうクゼから目が離せない。

 俺の手は、視線は、口は、

 

 必ずクゼを奪おうとするから。

 


 

「散歩に行こうぜ!」

 

 帝統くんは温泉旅行の後素っ気ない態度になって、また私は無意識に人を傷つけたのかと心配になったけれど、どうやら思い込みが激しい自惚れ、考えすぎで済みそうだ。 

「うん。」

 河川敷までの道を二人で歩いていると突然雷鳴が鳴り響き土砂降りの雨に襲われた。

「ゲリラ豪雨とか天気予報士は注意報だしとけよ。」

 彼は雨を遮ることなく笑ってみせた。

 

「ずぶ濡れになっちゃったね、帰ってお風呂に入ろうか。」

 

、、、

 

「一人でシャワー浴びれる?」

 

 先にシャワーを浴びて帝統くんに確認をする。

「子供扱いすんなって!」

 そうなんだけど、混浴風呂で身体を洗っている時に背中が広すぎて手が届かなそうだったから。

 

「ゆっくり湯船に浸かってね。」

 

、、、

 

「ちゃんとドライヤーで乾かそうね。」

 

 帝統くんは直ぐにドライヤーを切り上げてしまう癖があるから丁寧にタオルで頭を拭きながら風を当てた。

「ん……。」

 チラッと顔を覗きこむと顔が赤くなっている。

「熱っぽいね、念のため風邪薬飲んで寝ようか。」

 おでこに手を当てるとほのかに熱を感じる。

 雨に濡れて風邪を引くとなると、拗らせることが多いから。

「……ん。」

 

、、、

 

「ぎゅってハグされると落ち着くのは人類共通なんだって。」

 

 帝統くんをハグしながら背中を擦った。

 その間、彼は私の胸に顔を押しつけて押し黙っていた。

「風邪は万病の元だから、早く良くなりますように。」

 若いのにボディーガードという役目を与えられるほど有望で有能さを秘め、子供のような純粋さを持ち合わせている。

「俺さ……ギャンブラーだし、家の事で色々あって……人様に顔向けできるような人間じゃないから……」

 そして私のような人間に弱音を吐いてしまうほど脆く繊細だ。

「いいたくないことは無理に言わなくてもいいんだよ。」

 背中に手が回ってハグを返された。

 

「……ああ。」

 


 

「俺、ボディーガード辞めるから。」

 

 その日は入間さんと入れ違いには成らず、帝統くんが姿勢を正しくして職務を離脱する旨を述べた。

「え……私なにかした?」

 また私が、私が失礼を働いたの?

「……俺までミイラになりそうだから。」

 そっか、そうだよね。

 見知らぬ人、しかもメンタルがおかしい人で。

 相手をするのにイライラしてたんだ。

 だから機嫌が悪かったんだ。

 ……最初からそうか。

「そっか……ごめんね。」

 胸が苦しい、私が悪いのに。

 わざわざボディーガードなんて雇うから。 

 人に迷惑をかけてばかりいる。

 

「ごめん……俺が男で。」

 

、、、

 

「……有栖川さんには悪いことをしました、申し訳ない。」

 

 あえて情事を見せて立場を悪くさせ、自主的に退かせた。

 もし私が直接解雇をしたら……今の状態では遺恨が残る。

 まさか彼がクゼに好意を、なによりクゼも彼に好意を持つとは予想をしていなかった。

 彼は遊び人で彼から手出しすることはない。

 それは当たっていた。

 だからこそ……彼を引き剥がさなければならない。

「いいって、クゼと友達になれてよかったからさ!お互いに落ち着いたらまた遊ぼうぜ!」

 

「……うん。」

 

、、、

 

「で、どうすんだよ新しいボディーガードは。」

 

 銃兎のやつ、焦ったな。

 どんな相手だろうが情が湧くことを頭に入れとけ。

 

「暫くは左馬刻と理鶯で回して欲しい。」

 

、、、

 

「碧棺さんってなんのご職業されてるんですか?」

 

 クゼは明らかに答えが分かっている質問をいちいちしてくる。

「うるせえよ、黙れ。」

 頭を小突くと襟を引かれて耳元で囁かれた。

「左の路地裏に明確な殺意を持った人がいますけど、恨まれてるんですか?鉄砲玉か何かですかね?」

 

「お前……。」

 

、、、

 

 対抗組織の組員ですらないチンピラだった。

 

 輩を締め上げる間、クゼは隅でその様子を見ていた。

「喧嘩は良くないですね、警察……あ、入間さんか。」

 ブツブツと状況を口に出して落ち着こうとしているが、強いストレスに晒されて唇と指が震えている。

「あいつはマトリだ。」

 クゼは震える手でスマホを取り出すと地面に落とした。

「警察呼びますね。警察。」

 そのスマホを拾い上げて手にしっかりと持たせた。

「クゼ、お前は逃げろ。」

 怯えた顔をしながらこちらを凝視してくる。

「な、なんでですか?」

 ライターを取り出して煙草に火をつけて煙を吐き出した。

「関係ないからだ。」

 喧嘩沙汰に巻き込む必要が無い。

「でも一緒にいましたから罪は同じなはずです。」

 

「……お前なあ。」

 


 

「狩猟に行くか。」

 

 左馬刻からクゼをパスされたので付き合わせることにした。

「はい。」

 

 クゼは猟銃で鹿を仕留め、山を下りたその場で腸を抜いても何も言わなかった。

「殺生を見て気分が悪くならないか?」

 そう尋ねると真っ直ぐに目を見て答えた。

「私は毎日命を頂いて生きてますから。」

 流れ出る血を目で追っている。

「そうだな、まだしばらく歩く。足元には気をつけろ。」

 血抜きをした肉を抱えて歩くとクゼは後ろから距離を置きながら着いてきた。

 

「はい、私の命は私が管理しないと……いつまでも守られたままはダメだから。」

 

、、、

 

「俺はボディーガードを降りる。」

 

 左馬刻が顔色を変えずに撤退を宣言した。

「同じく。小官も辞退する。」

 理鶯までもが同調を示した。

「クゼは、彼女はそこまで手がかかりましたか?」

 二人は深い溜息をついて宙を見た。

 

「俺まであいつらみたいに絆されたら敵わねえからな。」

 

、、、

 

「暫くあなた一人にさせてしまうことになります。絶対に一人で外出してはいけない。」

 

、、、 

 

「すごい大雨……。」

 

 入間さんは傘を持って出かけなかった。

 ここまで土砂降りだと車から降りる時にずぶ濡れになってしまう。

 車のエンジン音が聞こえた。

 婚約者としての勤めだ、玄関まで迎えに行こう。

 たまには「おかえりなさい」のキスをしたりして、私から関係を進めないと。

 玄関の扉を開けると、ずぶ濡れになった観音坂先輩が佇んでいた。

「やあ、久し振りだね。」

 どうしてこの場所が分かったの?

「……観音坂先輩、お引き取りください。」

 扉を閉める前に手が入り込んでドアチェーンを外された。

「どうして?僕は君の彼氏だよ?部屋に上げて?仲直りのセックスしよう?欲求不満でしょ?」

 彼の歪んだ瞳には光がなく、目が据わっていて焦点が定まっていない。

「わ、私は婚約していますから。」

 手元の指輪を見せると腕を掴まれて指輪を引き抜かれそうになり、必死に彼を叩いて抵抗した。

「ふざけんなよクソビッチ!!俺以外に股開いて……何が婚約だよ!!ただの保護だろうが!!」

 婚約指輪を奪われて、手を伸ばした。

「返してください!!入間さんからもらった大切な」

「黙れ!!」 

 思い切り頬を平手打ちされて、口内が切れて血の味がする。

「私は私の生き方をしたいんです!!」

「お前は俺の女なんだよ!!不良警官に直接言うか?どんなに愛し合っていたか、録画してあるものを見せようか?」

 録画……?

「え……は?」

 待って、録画って……ハメ撮り?

「セックスの録音聞いてクゼちゃんの喘ぎ声を聴いて、録画を見てオナニーしてずーっと我慢してた。この証拠が無かったら俺は壊れていたからね?僕が壊れたらお前の責任だよ?」

 や……

「証拠……?」

 考えたくない考えたくない考えたくない

「クゼちゃんが俺のものである証拠はあるからさ。この指輪は捨てるから。」

 そう言い放つと観音坂先輩は排水溝に指輪を投げ入れた。

「あ……ああ」

 

「これで俺たちはずーっと一緒。真実の愛の勝利だよ。」

 

「観音坂!?お前……ここで何をしてる!!」

 


 

「良かった……あなたはずぶ濡れで高熱をだして意識を失ったたから……観音坂に対しては接近禁止命令を出しましたから安心してください。」

 

 まさか新居まで突き止めてくるとは。

「はあ……。」

 クゼは溜息をついた。

 無理もない、ストーカーのようになった元彼と対面したのだから。

「指輪、新しいものを買いましょう。」

 彼女の手を取ってあるべきはずの場所を指で撫でた。

「新しいもの?」

 クゼは首を傾げた。

「婚約指輪……ではなく、結婚指輪にしますか?」

 この際だ、夫婦になるいい機会だ。

「さっきから何の話をされているですかね?」

 ……はは、そんなはずはない。

「……改めてプロポーズですよ。」

 彼女の手を握りしめる。

「そうですか、あなたの恋人がデザインにうるさい人なら一緒に決めたほうがいいですよ。」

 ……違う。

「一緒にデザインを決めますか?」

 クゼは呆れたような声を出した。

「なぜ私が一緒に決める必要があるんですか?」

 彼女なりのサプライズだ。

「こら、そういった冗談は不謹慎ですよ。」

 そうだと言ってくれ。

「すみません、これは事情聴取ですか?まだ体調優れないのであとにしてもらえますか?」

 違う、言葉の綾だ。

「……クゼ、所属を言いなさい。」

 クゼは沈黙したあと、ゆっくりと唇を動かした。

「はあ……私は……あれ、どこに勤めていたんだっけ、ええと……思い出せないな。」

 そんなはず、あるわけがない。

「私について……」

 冗談だと言ってくれ。

 

「刑事さんについてですか?普通刑事はペアでくるのに変ですね。本当に刑事さんですか?」

 

、、、

 

「クゼさんは一部の人や出来事に関する情報が欠落した、いわゆる記憶喪失になってしまったようだね。一時的な健忘か解離性のものか、いずれにせよ……彼女は新しい場所に置いたほうがいい。」

 

、、、

 

「入間くんと相談した上で、君をナゴヤに暫く預けることになったからね。その先は君が決めるんだ。」

 

 神宮寺先生はその結論だけを言うと、デスクにある書類に目を通していた。

 

、、、

 

「事務は一応出来るらしいな、雑務を頼む。」

 

 ナゴヤにつくと、天国さんという弁護士の先生の事務所で面倒を見てもらえることになったが、コネ採用がどうしても嫌で職員採用試験を受けてギリギリと言われつつ採用が決まった。

「拙僧の寺の床掃除もしろ!」

 ナゴヤの構成員である波羅夷くんはとても威勢がいい。

「それはお前がしろ!」

 騒々しい挨拶をしていると黒髪の男性が事務所の扉の影から顔をのぞかせていた。

「獄さん……だ、誰?」

 恐らく彼が四十物くんだ。

「今日から天国さんの元でご厄介になるクゼと申します。」

 頭を下げると意気揚々と室内に入って決めポーズをしてみせた。

「ふ……我に跪き頭を垂れよ!!」

 言われたとおりに跪いて頭を下げた。

「わっ……本当にしなくていいですから……すみません、自分調子に乗りました。」

 先程までの堂々たる態度は何処へやら。

 四十物くんはしゃがんで困ったように慌てふためいた。

「クゼ、お前は人の言いなりになる奴なのか?」

 波羅夷くんが苛ついたように声を荒げた。

「……違うけど。」

 そう言って立ち上がるとグイッと距離を詰められる。

「ならなんで跪づいたんだ。」

 ……だって、そう言われたから。

 言われたら何でも従って、無意識に軋轢を避けようとしていた。

「……分からない。」

 いつから私は主体性を失っていたんだろうか。

「クゼは記憶が欠落している、大目にみてやれ。」

 

「いけ好かねー!」

 


 

「クゼ!!空を見ろ!!」

 

 波羅夷くんが空を指さした。

「入道雲だ……嵐が来るね。」

 雑巾がけの手を留めて雲を見上げた。

「入道雲の由来、知ってるか?」

 彼は無邪気な笑顔で歯を見せて問いかける。

「妖怪の大入道でしょ?」

 波羅夷くんは縁側に腰掛けて天を見ている。

「そうだ、拙僧のような坊さんが恵みの雨をもたらす嵐を運ぶんだ。」

 恵みも破壊も同じくもたらす。

「波羅夷君も嵐みたいなものだから、確かにね。」

 すると不貞腐れたようで、足を叩かれた。

「空劫さん、やめてあげてよ……。」

 長い廊下の掃除を手伝う気のない四十物くんが背中に付いた。

「四十物くんも一緒に掃除しようね。」

 彼の頬を軽く摘んだ。

「うう……痛いです。」

 波羅夷くんは伸びをした後バケツを持って歩き出した。

「嵐が来る前に雨樋を修理しようぜ。」

 前向きでいっそ清々しさを憶える。

「うん。」

 四十物くんは相変わらず私の背中にピッタリとくっついている。

「み、見てるだけでいい?」

 自信がないのかな。

 これだけ立派な佇まいでも、人それぞれ悩みはあるんだ。

「3人寄れば文殊の知恵だ。」

 

「そうだよ、三本の矢。一緒に頑張ろう。」

 

、、、

 

「クゼさんクゼさん……一緒に添い寝してください。」

 

 クゼさんを後ろからハグすると氷のように固まった。

「おい十四、やめてやれ。」

 空劫さんに乱暴に腕を払い除けられた。

「え?え?なんで?」

 仲良しだし添い寝くらいいよね?

「いいからやめろ。」

 仕方なく腕を外してもクゼさんは動かない。

「おい、大丈夫か?」

 空劫さんがクゼさんの頭を小突くと、ようやく意識を取り戻したように動き出した。

「え?あ、うん、大丈夫。」

 ハグってそんなにダメなことだった?

「じ、自分、やっちゃいけないことしました?」

 また固まってフリーズしたように動かなくなる。

「ああ、したな!クゼにベタベタするな!」

 どうして?

「うう……ぎゅってして欲しいよ……」

 仲良し同士がハグしたらいけないの?

「ダメだ!!拙僧が許さないからな。」

 それなら……

「なでなでは?」

 クゼさんはみるみるうちに脂汗をかいた。

「大丈夫か?休むか?」

 その度に空劫さんが小突いて現実に引き戻した。

「う……ん」

 そこまで自分に触られるのが嫌なの?

「具合わるいの?自分、嫌われてる?」

 クゼさんはハアハアと息を浅くし始める。

「あーもう!十四!!クゼに対して『接触』と『自分を嫌いか』『自分に非があるか』という問いは禁ずる!!」

 空劫くんは何か知ってるの?

「え、え、なんで?」

 どうして自分だけ知らされてないの?

「いいから!!それはされたらクゼが嫌なことなんだよ!!」

 

「うう……わかった、気をつける。」

 

、、、

 

「気分は?」

 

 十四を引き剥がして別室で休ませる。

「よくなったかな、……四十物君と二人きりになると冷や汗が出てしまって。」

 観音坂と他責の態度が似てるからだろう。

「そうか、十四に何かされたら言え!!される前にでも言え!!」

 拙僧に出来るのは此処までだ。

「ありがとう、波羅夷くん。」

 ストレスが緩和していれば、もしかしたらさっきのやり取りで何か思い出したかもしれない。

「記憶はどうだ?」

 クゼは首を傾げながらウンウンと唸った。

「まだよく思い出せないな。」

 壊れるなら思い出さないほうがいい。

「記憶が戻ろうが戻らなかろうが、ずっと拙僧の寺に住んだままで構わないからな、もちろん仕事はしろ!!」

 

「ありがとう……。」 

 


 

「添い寝……一回だけ、一回だけお願いします。」

 

 波羅夷が出払ったあと、無理を承知でお願いした。

 

「……いいよ。」

 

、、、

 

 クゼさん寝ちゃった?何をしても起きない……柔らかい、いい匂い。

 

 クゼさんを抱き枕にして胸に顔を押し付けてもスウスウと寝息を立てている。

 あまりに無防備だ。

 キス……できそう……したい、キスしたい。

 背中に手を置いて唇を重ねようとすると手の甲に痛みが走った。

「もしかしてクゼさん起きてるの?……キスしていい?」

 再び唇を近づけると爪を立てられた。

「俺だよ!何してんだよ十四……しばくぞ。」

 空劫さんがクゼさんをバックハグしながら皮膚を抉ろうとしている。

「空劫くん!?いたの!?」

 帰りが遅くなると言っていたのに。

「いたの?じゃねえから!!」

 耳元で大声を出されたからかクゼさんが目を擦りながら寝ぼけまなこで視線を伏せた。

「二人ともうるさい。」

 

「……川の字になってこのまま寝るか。」

 

、、、

 

「おう三人共いるか?……って、ガキみたいに仲良く同じ布団で雑魚寝……。おねんねか……やれやれ……」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。