天国さんも波羅夷くんも四十物くんも、私に対して雑念を帯びていない屈託のない笑顔で接してくれた。
それは救いでもあり、罪悪感を募らせる根源でもあった。
「クゼ、案件の資料は出来ているか?」
事務所のノートパソコンを叩く手を止めた。
「先程共有しました。出力した紙ベースもデスクの上に置いてありますが。」
天国さんはコーヒーのマグカップをコトリと置いて、重なった資料にパラパラと目を通した。
「午後の予定は空いているか?」
確か打ち合わせ等の予定は入っていなかったはず。
「天国さん、午後はフリーですよ。」
彼は口元を緩めて穏やかな声色で話しかけた。
「お前の予定が空いてるかって聞いたんだ。」
、、、
「最近はどうだ。仕事は慣れたか?」
天国さんとこじんまりとした喫茶店でティーブレイクを共にすることになった。
「お陰様で……まだまだ半人前で、早く一人前に仕事を任されるように努力しますので、よろしくお願いします。」
席は簡素なパーティションで区切られている他は開放感がある内装で男女が密室で二人きりだと誤解されないようにという配慮が感じられた。
「あまり気を張るな。お前は一度注意をしたら次からは改善出来る人間だ。」
それでも萎縮してしまい、体が強張った。
「はい……ありがとうございます。」
気不味い沈黙が流れ、気を利かせた天国さんがメニュー表を開いてこちらに差し出した。
「カシスオレンジでも注文するか?」
メニュー表をトントンと指さされ、表記されている活字に目を落とす。
「カシスオレンジでアルコールが無いジュースが置いてあるのは珍しいからな。」
その一言で走馬灯のように記憶がフラッシュバックして脳内に駆け巡った。
入間さんに保護されて名目上婚約者というていで居てくれたこと、その理由が観音坂先輩からの……。
アルコールだと知らないうちに飲まされて、泥酔状態でセックス……レ◯プされていたこと。
それを知らずに一二三さんとセックスして、そのまま観音坂先輩ともセックスして……その後交際して……。
「おい、大丈夫か?顔色が悪いぞ。体調が悪いなら半休を取れ。」
「はい……半休を取らせてください。……ケジメをつけに行ってきます。」
、、、
半休を取ったあと、迷わずに電車に乗り込んだ。
私が自分で巻いた種だ。
自分で刈り取らないといけない。
2時間ほど電車に揺らながら車窓を見ながら物想いに耽った。
街並みは時間が経つにつれ、懐かしい景色に変わっていく。
ただいま、ヨコハマ。
、、、
「入間さん、色々とありがとうございました。婚約を取りやめたいです。」
入間さんを呼び出すと直ぐに時間を作って会ってくれた。
自分から彼に縋り付いた癖に、自分の都合で彼の経歴に泥を塗っている。
『婚約破棄』をしたにせよ、されたにせよ、世間からは『両者に問題があった』と見做されるから。
「……わかりました。何か困ったことがあれば何時でも連絡してください。」
彼は静かに微笑みかけ、何事もなかったように事後の書類に関する話に変わっていった。
「ありがとうございます……片恋慕の相手だった……銃兎さん。」
、、、
「よかったのかよ?玉の輿だったろ!」
波羅夷くんは竹箒で落ち葉をかき集めながら呆れたように声を出した。
「うん、彼の負担にはなりたくないから。」
私も手を動かした。
何か仕事をしていないと落ち着かない。
「あの……添い寝……」
四十物くんが背後に立っている。
相変わらず掃除をサボろうとするので頬をつまんだ。
「四十物君に好きな人ができた時に困るから……しないよ。」
彼は焦ったように肩に手を乗せてしゃがみ、目線を合わせた。
「う、今困ってる……す……好き……好きな人がいるから」
目を潤ませながら唇を震わせた。
「……どんな人?」
四十物くんは『親しみ』を『恋慕』だと勘違いしてしまうくらい、幼さという純真を持っている。
「目の前……です。」
後ろを振り向いてみても、あるのは境内だけだった。
「……波羅夷君、今日の夕飯何がいい?」
波羅夷くんは口を大きく空けて笑いながら答えた。
「唐揚げ!!」
その瞬間、ぎゅうっと抱きしめられる。
「クゼさん……ひどい……」
まだ若いんだ。
いい出会いがきっとある。
「四十物君が一年後も同じ気持ちだったら……考えるよ。」
「クゼさん、二人っきりで寝よ?」
四十物くんは相変わらず添い寝を強請った。
その度に毎回断るのだけど、それでも懲りずにすり寄ってくる。
「ふぁ……また?」
目を擦ると深夜の1時を過ぎている。
夜中に起きて冷蔵庫を開けて牛乳を飲むのも日課になったなあ。
「もういいんだよね?エッチなことしても……」
冷蔵庫の扉をパタリと閉めると抱き寄せられ、お尻をスリスリと撫でられたのでその手を掴んだ。
「こら、エッチなことしないの。……で、何の話?」
つかんだ手はパジャマの中に入ってきて背中を撫でた。
「一年後も同じ気持ちだったら……って言ったのクゼさんだよ。」
四十物くんの熱い吐息が耳にかかって思わず股を閉じた。
「な、いつの話?」
背中を這った手が脇を何度も上下に撫でて、乳房と鼠径部スレスレを意地悪く責めた。
「嘘つきはいけないんだ……」
耳に唇が当たって思わず前のめりになってしまうと、腕の中に抱きとめられた。
「覚えてるだろ?クゼ。」
その体を引っ張るように背中側から腕が下腹部に回って引き寄せられる。
「クゼは覚えてるだろ。で……どっちにするんだ?」
波羅夷くんの低い声が熱の籠った耳にかかった。
「……とりあえず、先送りでいいかな?」