シロップ
「おい、ハリよォ……早く済ませろよ……。」
神の騎士団に使える仕立て屋、所謂軍服専門のテーラーの職に就いてからというもの『仕立て屋=針子=ハリ』というニックネームで一部の団員から呼ばれるようになった。
私は天竜人に飼われている身でありながら、他の人間よりも幾分かマシな扱いをされている。
「はい……今しばらくお待ちくださいませ。只今、肩の飾帯……エギュレットのほつれを整えておりますので。」
ガラスドームのようなガスマスク付きのヘルメットを身に着けた背の高い天竜人の男性が作業台に肘をつけて、布地に針を通す様子をまじまじと眺めた。
彼は黒い龍ような頭部に金のたてがみを生やしていて、何かの能力者であるようだったが、私のような下々の人間には理解の及ばないことで、正体について考えるだけ無駄だろう。
ましてやリモシフ家に名を連ねるキリンガム聖という身分であり、私がやるべき事は目の前にある服の修繕だけだ。
「……お前は手先が器用だな。」
キリンガム聖は人間を……対等だと思っているわけでは無い。
物珍しい珍妙な愛玩動物を眺めるがごとく眠たげな目で手元を見つめているだけだ。
「ありがたいお言葉……。」
エギュレットのほつれが切り揃えで賄えない様だったので、引き出しから予備の分の紐を取り出して新たに縫い付けて形を揃える。
他の騎士団の団員たちは私たちのような人間に気さくに話しかけてくることなど殆んどないため、誤って『気を許された』として勘違いして無礼を働いてしまわないか不安で、常に緊張感を抱いていなければならなかった。
そのため作業部屋に彼が滞在している間は普段通りに呼吸をする事さえ困難に感じ、どうにか早く立ち去って貰えるように仕事を切り上げられるように尽力した。
「……なんだか眠くなってきた……寝る。」
キリンガム聖はぐーっと伸びをしたかと思うと、狭いソファに横になって寝息を立て始めた。
「おやすみなさいませ。」
これでようやく集中して修繕を行える。
もし失礼を働いてしまったら、私の首など容易に飛んでしまうのだから。
「ぐ〜〜」
チラリと寝姿を見ると彼はうとうとと惚けた表情で微睡んでいた。
「私がもし……。いや……余計なことを考えてはダメ。」
「出来上がりました。」
ソファに寝転ぶキリンガム聖に跪いて報告を行うも、すやすやと寝息を立てたまま起きる様子がない。
「どうしよう……人間の私がこのまま立ち去るわけにはいかない。」
仕方がなく正座したまま彼が起きるのを待つことにした。
キリンガム聖が作業部屋に入室している間は『作業拘束時間』として私の飼い主の天竜人からの介入を逃れられる。
『サボタージュ』とも『労働拒否』ともされない、貴重な休息時間でもあったから、うたた寝をよくする彼には少しばかりの感謝をしていた。
人間を価値ないものとみなす天竜人が恐ろしい。
それでも神の騎士団の団員である彼が作業部屋に居てくれるだけで、逆説的に安全が保証されるという矛盾に複雑な感情が渦巻いた。
「……美しいたてがみ。」
長い首の背にはえた金色の髪に手が伸びそうになり、慌てて手を引っ込めた。
天竜人に対して人間が触れるなど、あってはならないから。
「ぐ〜〜」
彼は本当にぐっすりと眠っているようで、騎士団の彼らが如何に過酷な戦いを強いられているかを唯一垣間見れたような特別感に浸ってしまい、自省を込めて項垂れて床を眺めた。
身分差がある。
何も知ってはいけないし、知るべきではない。
……人間と天竜人との違いなど、考えてはいけない。
、、、
「……あれ?」
いつの間にか天井を見ていて、身体が言うことを聞かない。
「ハリ、お前の夢……なるほどなァ。」
キリンガム聖の顔が目の前に現れた。
「申し訳ありません。意識を失ってしまうなど……。」
大失態だ。
天竜人の前で寝てしまうなど万死に値する。
必死に手指を動かそうとしてもピクリとも動かない。
「眠酔化だ。安心しろ、お前の失態じゃねェ。」
彼の指がそっと髪に触れたかと思うとワシャワシャと頭を撫でられた。
「私は、な、なにをしたらよいのでしょうか。」
身体は動かないが意識はあり、口を利く事ができる。
「別に……特に何もねェ。」
彼に身体を持ち上げられると、ソファに座り直されてお姫様抱っこをされているかのような状態になった。
「そうですか……。何か、ご用命でしたら仰ってくださいませ。」
そのままの態勢で何度も頭を撫でられる。
能力を使わなくとも天竜人の指示には従うのに。
「そうだなァ……作業部屋に居るときだけでも恋人役にでもなってもらうか……。」
……それは、私の命に関わる。
「それは……戯れであっても……身分が……。」
天竜人の遊びの願いを聞き入れても部外に漏れれば命はなく、聞き入れずとも反抗的だとして命がなくなる。
「オレの願いが聞けねェのか?」
今日で私の人生は終わりになるのか。
「分かりました。キリンガム聖。」
「お前の出した菓子だ。」
眠酔化という拘束を解いてもらい、キリンガム聖とソファに腰掛ける。
「私が出した……?」
手渡されたのは60cmほどのコットンキャンディで、千切って口に含むと甘さが口いっぱいに広がった。
「甘いですね。……キリンガム聖もお食べになりますか?」
彼はジトーっとした目でこちらをみた後、同じように千切ってガスマスクの下に手を入れて口に含んだ様だった。
「ハリは甘いなァ……。」
キリンガム聖はどういった目的で『恋人役』という戯れを提案したのだろうか。
彼が人間を蔑んでいることは、日々の立ち振る舞いを見れば明らかだ。
私が勘違いをしたり、本気で恋をして無礼を働き『始末』されるのを見たいのだろうか。
ただ、今できることは会話を続けることだけ。
「私は考えが甘いから……。」
そこまで言って、次に紡ぐ言葉に詰まった。
何を言えば適切なのか分からない。
「……あんまり自分を追い詰めんなよ。」
顔を上げるとガラスドームと額がコツンとぶつかった。
「痛……はい。」
眠そうな目。
何を考えているかがまったく分からない。
「……そろそろ行く。じゃあな、ハリ。」
「はい。さようなら、キリンガム聖。」
、、、
「おい!!ハリ!!至急至急!!ボタンを縫え!!」
突然現れた鋭い目元のギザ歯の男性に担がれた。
「は、はい。承知いたしました。」
端正な顔つきの彼とはまったく面識がないが、服装からして神の騎士団であることは間違いない。
「あ……肩の飾帯……キリンガム聖の……」
つけ直した覚えがある、これはキリンガム聖のもので間違いない。
なぜこの男性が彼の服を着ているのだろうか。
まさか、戦地で亡くなってしまったから御下がりを着用しているのだとしたら……。
「キリンガム聖は……キリンガム聖はご無事なんでしょうか……。」
泣きそうになるのを必死に堪え、無礼を承知で尋ねてしまった。
「さあなァ……お前の恋人なら無事だろうよ。」
無事……良かった。
「良かった……良かったです……。」
作業部屋に運ばれながらポロポロと涙を零してしまった。
彼はバタンと扉を閉めるとソファに私を無理やり座らせて、ガラスドーム型のヘルメット越しに顔を近づけて肩を掴んだ。
「……で、恋人と感動の再会だなァ。どうする?……ハリ。」
「ハリ、眠酔化と自由……希望はあるか?……オレ達は恋人同士だ……愛しい女の願いは聞き入れるぜ?」