夫婦がふたたび出会ったら〜原初の魔王はお嫁さんしか愛せない〜 作:癖でぶん殴りに行く人
「こちらはあなたが身に着けていたものになります。横にさせるのに外させていただきました」
「これはご丁寧にありがとうございます。リカーナお嬢様のような親切な人に助けていただけてよかったです」
「いえ、私はそこまで親切ではありませんよ」
「わたしが上質なものを身に着けていたので、お礼に期待しましたか?」
オレの言葉にリカーナお嬢様は気まずげに視線を逸らす。だがそれも仕方がないことなのだ。生きるには金がいるからな。それにみんなそんなものだろうし。もらえるものならたんまりもらいたいんだよなあ。
「わたしでもそうしますし、みんな同じですよ。ですが、こうして荷物を返してくれましたから、お嬢様は優しい人に変わりありません。お嬢様方に助けていただけなかった場合、奴隷になっていたかもしれませんし」
受け取ったのはウエストポーチとリボンだ。ウエストポーチは魔王様に作ってもらったマジックバッグだな〜。厚手の黒色の生地を5枚ほど重ねて丈夫に作られている上に、いくつか魔術が付与されているから汚れ知らずの優れものである。付与してほしいものナンバーワンである時間停止が付与済みなので入れたものも腐らないし、盗難防止として個人の魔力登録もしてあるので、他の人には使いにくくなっていた。なにより使用権限を制限してあるので、問題はなにもない。オレ以外に他に使える人となると、魔王様とその腹心ふたりに従魔ぐらいだ。たとえ返してもらえなくても、オレの元に戻ってくるから心配は無用なのだよ!
ウエストポーチにはフロントポケットと内ポケットがあり、いわゆる2連ファスナー式だ。量産型で一般的なウエストポーチを目指したんだよ。といいつつも、このファンタジー世界にはファスナーなんて存在していないから、フロントポケットはボタン留めになっているし、内ポケットの方は巾着のように紐を引っ張って閉じるしかないんだけど。腰に留めるのもバックルではなくて、穴に通して留める普通のベルト式だからちょっと面倒くさいんだよな。しか〜し! オレの名前とその横にちょこんと従魔である角を持った兎――ラジーの横顔が刺繍してあるという世界にひとつだけの品なのだ。刺繍は精霊ちゃんたちがやってくれた。クッキーという報酬に張り切ってくれましてね。容量は『なんかたくさん入る』とだけ覚えている。
それでもこのマジックバッグ様があるのとないのとでは日々の生活が変わってくるんだよ。なんだかんだでオレの手元に戻ってくるとはいっても、タイムラグはあるからな。その間はどん底の生活が約束されておりましてよ! 早目に戻ってきてくれてよかったわ〜!
ウエストポーチに突っ込んであるものはフード付きマントローブと魔術杖、失くしたくないからとチェーンに通してある結婚指輪、
それ以外にも各種調理器具、大皿タイプの木皿が5枚と木製スプーンを含むカトラリーセットが5組、魔術式携帯コンロ、替えの下着と服と靴下、靴が数点ずつ、護身用の短剣に軽装品である革鎧、回復薬だ。他にも精霊のおやつとして作ったクッキーが数々と、同じく精霊のおやつであるプリンも作り置きがあるし、買い溜めした肉に野菜に果物もある。卵はゆでたまごと卵焼きにしてあるものがいくつか。衛生観念を考えて、卵の生食はちょっと遠慮してる。食材の方はいちいち数えてないんだけど、1ヶ月分はあるのかね? あとの残りは魔王様たちが入れてくれた『なにか』。確認してないから、入れたものが解らないままなんだよなあ。後で確認しよ。
リボンについては、髪紐代わりのただのリボンである。真っ白なリボンは魔王様とお揃いで買ったんだよな。オレの髪は腰まであるからさ。魔王様と似たような長さなんだよな〜。血濡れについてはなにも言ってこないんだけど、言いたくないだけなんだろう。血を掃除するのは大変だしね。
窓の外はまだ明るいので、オレが見つかったのは朝か昼ぐらいか。目覚めたばかりだから、探索者ギルドに行くのは明日にして、今日は話でも聞こうかな。
「いまは時間的にどれくらいですか?」
「3時過ぎになりますね」
お嬢様は腕時計っぽいものを見た後に答えてくれる。やっぱりいまから探索者ギルドに行くことに切り替えても、帰るのは暗くなってからになるかもしれないのでやめたほうがいいな。
「なら、いまからは質疑応答の時間にしませんか? わたしが質問をして、お嬢様たちが答えます。お嬢様たちということで、シスターと一緒におやつを食べながらでどうですか?」
「……おやつですか……?」
「お嬢様は甘いものは苦手でしたか?」
「いっ、いえっ! その、久しぶりなので……、食べすぎないようにしないとと思っただけですっ。どのようなものがあるのですか? 参考までにお聞かせ下さい」
最後は食い気味にきたな〜。いまあるのはクッキーとプリンだけだけど、クッキーは型抜きとボックスとアイシングとがあるから飽きないはず。そう説明すると、目を輝かせたお嬢様に手を取られてしまう。
「早く行きましょう!」
「はい。解りました。あ、でも髪を纏めてからですね」
一度お嬢様の手から逃れ、素早く髪を纏めてからウエストポーチも装備する。オレの普段着は大きめのブラウスにキュロットスカートである。魔王様に着てほしいと言われたので、今回のティータイムにはドレスを着ていただけであってね。長袖で首元にも布があり、スカート丈も短くなくて露出が少量タイプのドレスだよ。長くても短くてもスカートを履くのはまだちょっと恥ずかしいし、大きめのブラウスを選んだのは、小さいと胸が圧迫されるからなんだよね。おっぱいは大きすぎても大変なんだよ……。見るのとは大違いだった。魔王様には元男だと話せてないままなんだけども、女の子に成りきれないオレに付き合ってくれるんだから漢だよ。
髪は上手く結べたかと手鏡で確認するが、問題はなさそうだった。今日も銀髪金眼のかわいらしい女の子が映っておる。ポニーテールはかわいすぎたな、うん。魔術も使っているから失敗知らずよ〜。中身がオレなのが残念なんだよなあ。
「行きましょうか」
鏡の周り――枠や持ち手の表側に細工が施された手鏡をウエストポーチに仕舞うと、お嬢様の隣に並ぶ。オレには孤児院の位置関係は解らないからお嬢様の案内に任せますよ。メイドのネルヴァは言わなくても付いてきているから大丈夫ですな。
途中でシスターたちを拾い、食堂へ。クッキーと紅茶で女子会だ。オレからクッキーと茶葉を提供しましたよ。ポットもオレのを貸した。魔術具として販売していたポットを精霊ちゃんと魔王様が一緒になって改良したのがいまあるポットである。元のやつよりも魔石に蓄積する魔力消費が抑えられているので、オレでもバンバン使えるぞ! この画期的なポットを販売すればいいのにと言ったことがあるが、魔王様からは「これはミルティのために作ったものですから、販売の予定はありませんよ」と返されてしまったんだよな。精霊ちゃんたちも《姫様が使うの〜!》《そうそう。姫様専用だよ〜》なんて言ってきた。うん、オレはね、精霊ちゃんの一部から姫様と呼ばれてるんだよね。なんでだか知らないけど。出会った時からだったから、オレが魔王様と結婚したことに理由があるんじゃないのかと思ってる。一応は王妃になるわけだし。王妃としての仕事をした覚えは一切ないのはここだけの秘密だぞ?
お嬢様たちやシスターたちの話を聞くに、この孤児院にいるのはシスターたちとお嬢様たち――ここにいる人だけのようだった。シスターは3人いるようだね。言ってはなんだが、ここは一番に左遷先の候補にあがるらしいよ。つまり、シスターたちは元の職場から離れてここへやって来ているのだ。3人ともなにかやらかしたようには見えないけど、世の中には平気で相手を陥れる奴や相手が気に入らないからと別の場所に追い出す奴もいたりするからな。巻き込まれたりすると大変よ。
魔族領のお隣の辺境領とは違い、こちらの辺境は僻地で利便性が悪すぎるという意味合いでの辺境だからか、領主も半ば放置しているらしい。領主がやったことは他の貴族に弱みを握られないために、自身の部下としていた男爵家の中から引退した夫婦を代官として置いた程度だという。当時は引退して間もなかったようで、話はすぐに決まったらしい。まあ、上司から言われたら、部下は従うしかないところもあるよな……。その男爵夫婦はといえば、街をどうにかしたい気持ちはずっと持っているようなんだが、先立つものの確保が難しいために頭を悩ませているんだと。
この街は街といわれている規模はあるんだけれども、活気はほぼ失われているんだって。山が近いから川も流れているので、水源には問題ない。それに加えて、山や森の恵みも豊富にあるからか食べ物に困っているということも聞いたこともない。だが、それでも、やっぱり交通に関しては不便も不便でどうにも人や物が増えないのだった。頻繁に商人が来るのも1つ前の街までで、こちらに来るのはひと月に一度あるかないかになる。こちらからその街に行くまでも2日ほどいるからな。
探索者と商業ギルドの支所も日々ガラガラ状態で、人が来たとしても少ない。山にも村が存在しているようだが、行って帰ってくるのに短くてもやっぱり2日は必要なのだ。街も山の方の村もこれ以上発展する術がないので、自然の恵みを活用しつつ自給自足で頑張るしかないそうだ。
ああ、そうだった。大事なことを言い忘れていたけど、虫はお呼びでないからな。オレのところに来るんじゃないぞ。特に黒光りするアレ! 絶対に姿を現すなよ!?
この地を良いように取るとすれば、長閑な街かな。家畜はいるし畑もあるしね。村だと探索者と商業ギルドの支所は作られないからな。ある程度は人がいないとダメだし。
女子会と言う名の情報収集を済ませた後は紅茶で口をさっぱりさせて、ウエストポーチを探り始めた。お礼はお小遣いからでいいよな〜。
「お嬢様、これはお世話になったお礼です。こちらは孤児院へ」
小袋をふたつほど取り出して、お嬢様とシスターの手にそれぞれ握らせる。こういう時のために小分けにしてるわけか。いま初めて納得したわ!
シスターは「え、いや、わたくしたちにもですか……?」となんだが動揺しているが、寝かせる場所を提供してくれたんだからお礼は必要だろ。返品は不可になりましてよ! 使える時に使わないとさ。いや〜、お小遣いの存在を思い出せたのはよかったなあ。すぐに寄付に回せたし。胃が痛くならなくてよくなったぞ〜!
毎月しっかりお小遣いをもらっていても、あんまり使わなかったんだよねー。オレが望む望まない関係なく、結局は魔王様が買ってくれるからね。ならお小遣いは必要ないんじゃないのかと思うわけだが、魔王様は直にオレに渡したいので、話は平行線にしかならない。こうなればもらえるものはもらっておくことで平穏になるので、そのままもらい続けておりましたよ。しかもこのお小遣いは血税ではなく完全なる魔王様のポケットマネーなので、際限がなかったんだよな……。
魔王様なのにポケットマネーがあるとはどういうことなのかとなりそうだが、単純に探索者登録をしていただけですね。腹心と一緒に。オレの登録の時も3人一緒に行ってくれたよ。あと回復薬作りという副業もしてた。さすがに回復魔術の方は使っていなかったが、使おうと思えば使えるのが魔王様である。しかも、使える人が少なすぎると言われる四肢欠損を治癒することも可能な高位魔術を含むんだよ。魔王様だと回復魔術ひとつで呪いも解くことが出来るとかいう話もあるな。チートか。魔王様はチート持ちか。は? オレは女の子になったんですが?
美形すぎる美形だし、背も高いし、手足は長いし、色気はダダ漏れだし、やることは超人地味ているし、なんなの。顔が良くて背も高くて頭脳明晰で優しくて色気があるチート持ちの男なんて、理想をそのまま体現してるんだが? 嫁は凡人であるオレのままで大丈夫なの? オレと魔王様は絶対にお似合いのふたりではないよね? 客観的に見ても魔王様が損しかしてないのに、なんで夫婦になったんだろうか。魔王様を見つけたら問い質さないと!
「あ、あのっ、これはもらいすぎですっ!」
「そうでしょうか? 奴隷落ちのことを考えると安いぐらいですよ?」
「ですが、私はそこまでのことはしておりませんしっ」
「いえいえ。こうしておいしいものをおいしく食べられるのは、お嬢様に助けられたからですし」
中身を確認したリカーナお嬢様の驚く声に我に返ったが、渡したのは銀貨で50枚ぐらいだぞ。金貨だと使いづらいかな〜と思って銀貨にしたんだけども。――ん? あれ? 待って。リカーナお嬢様たちから見れば583年前の銀貨になったりするんだけど、街で使えたりするのか? 支払い拒否されたりしない?
「いま解りましたが、その銀貨はちゃんと使えますかね?」
「なにを解ったんです?」
「いや、渡した銀貨は古いものになりますから、いまの時代に使用できるのかは解らないなあと」
「使用に問題はありません。ただ、歴史的価値の方が高いですね。どこで手に入れたかは存じませんが、魔術学院の研究施設に数枚送ろうかと思うので、他の貨幣があるのならば見せてもらえますでしょうか?」
「大丈夫ですよ。銀貨以外には金貨がありますぬ」
こちらも中身を確認したシスターが答えると、オレはもう一度ウエストポーチを探った。シスターにも目が覚めたら知らない場所にいたことを話しているが、時空を超えてしまった存在だとは言ってないので、シスター向けに少々ぼかしてみた。疑われるのも面倒だし。お嬢様の方と同じく、ミルティと名乗ったことには変わりないんだけどね。お嬢様に暴露(?)は仕方がなかったことだとはいえ、信じてもらえずに追い出されることもあり得たんだよな〜。というか、なに言ってんだコイツとなるだろ、絶対に。
オレはいい人に出会えたなあ〜とホクホクしながら取り出した小袋をそっとテーブルに並べる。何人も並べるようになのか横長で大きいが、年季が入っていることは解るので、壊さないように丁寧な扱いをしないとね。ツヤが剥げて所々亀裂が入っている木製のテーブルは職人の手作りだろう。ふたつ並べた袋の色は同じなんだが、紐の色で見分けがつくようになっているのは魔王様の気遣いである。いい男は自然と気遣いが出来るのだということを解らせられるのが悔しい。
紐の色が赤色なのが金貨で青色なのが銀貨である。ひとつの袋に50枚ずつ入れられていて、小さくてもマジックバッグのひとつなのだった。お嬢様たちに渡したやつはそのまま財布として使ってくれてもいいし、なにか別のものに再利用してもいいんだぞ〜。オレとしては、なにに使おうがもらった人の自由だと思ってる。入れようとしてもそんなに物は入らないしな〜。小袋は小袋でしかないし。
金貨と銀貨しか持っていないのは、ギルドでの買い取りがそれだから。どうやら銅貨は存在してないらしく、小銀貨、銀貨、小金貨、金貨、大金貨、白金貨の順に価値が高くなっていく。日本円に換算すれば、小銀貨が500円、銀貨が1000円、小金貨が5000円、金貨が1万円、大金貨が100万円、白金貨が1000万円となるんだろうか。すべてに約がつくぞ。物価が違ってくるからな。
小銀貨や小金貨は名前のとおりに銀貨と金貨に比べて小さく、見た目的に500円玉と100円玉のような大きさの違いがある。大金貨は金貨より2回りほど大きく作られており、白金貨は金貨とは明らかに色が違う。同一なのは一方には世界樹、もう一方には女神様と言われている女性の横顔が描かれていることだ。日本の硬貨のようにわかり易くはなく、どちらが表でどちらが裏なのかが人によって異なっているのが面白いよね。オレは『どちらでもいいよ、使えるなら』派だと言っておくわ。