僕が先に好きだった幼馴染は、天才のリズムなしでは生きられない牝に書き換えられた。 作:123
季節は巡り、無情なまでに完璧なサイクルで世界を更新していく。
俺が通う三流の地元大学のワンルームアパートには、外の世界の喧騒から完全に切り離された、ひどく淀んだ静寂だけが横たわっていた。
遮光カーテンは固く閉ざされ、昼夜の区別すら曖昧な薄暗い部屋の中。
床には無数のコンビニ弁当の空き箱と、丸められたティッシュペーパーの残骸が散乱し、異臭を放ちながら腐敗の時を待っている。
俺は、万年床と化したベッドの上に胡座をかき、ただ一点を見つめ続けていた。
手の中にあるのは、ひどく冷たく、無機質な金属の塊。
かつて結衣が住んでいた旧居の、合鍵だ。
彼女はもう、この街にはいない。
高校を卒業すると同時に、彼女はあの圧倒的な才能を持つ天才の男と共に、東京のスポーツ名門大学へと進学していった。
同棲という名の、絶対的な飼育環境。
彼女のすべてを管理し、彼女の肉体と精神の隅々までを支配するという、あの男が進路指導室で宣言した狂気のプランは、社会というシステムにいかなる不整合も生じさせることなく、完璧な現実として実行されたのだ。
この鍵の形をした金属片は、今や地球上のどこの扉を開けることもできない、純然たる無用の長物である。
結衣の家族が引っ越した後の、見知らぬ他人が住む部屋の鍵穴にすら、もう合致することはないだろう。
だが俺は、この無意味なガラクタを捨てることすらできず、狂人のように毎日手の中で弄り回していた。
この鍵は、俺が彼女の「不可侵の深奥」を永遠に開けることができなかったという、絶対的な無力さと敗北の象徴だ。
俺は長年、この鍵を持っていることだけで、彼女の「特別な幼馴染」であるという優越感に浸り、自分の居場所を仮託していた。
しかし、あの天才の男は違った。
彼は鍵などという迂っ闊な道具を必要としなかった。圧倒的な才能と、雄としての暴力的なまでの魅力によって、彼女の肉体の壁を力ずくで粉砕し、脳髄の奥底に直接、自らの存在を刻み込んだのだ。
俺が扉の前で礼儀正しくノックを繰り返している間に、彼は扉ごと彼女を破壊し、牝としての新たな機能を与えて再構築してしまった。
俺の持っているこの合鍵は、最初から「存在しない扉」を開けるための、滑稽なおもちゃでしかなかったのだ。
暗い部屋の中で、スマートフォンの無機質な通知音が鳴る。
俺は、ビクッと肩を震わせ、ひび割れた画面に手を伸ばした。
俺のスマートフォンは、もはや外部とのコミュニケーションツールとしては機能していない。
それはただ一つ、東京で華々しい活躍を続ける彼らの情報を、SNSの裏アカウントを通じて監視し、自らの精神を極限まで拷問するための、自傷用のデバイスと化していた。
画面をスワイプすると、タイムラインの最上部に、大学スポーツ界を特集したネットメディアの最新のインタビュー動画が表示された。
サムネイル画像には、『次世代の陸上界を担う最強の黄金コンビ』という、大仰で、しかし疑いようのない事実を示すテロップが踊っている。
そしてそこには、俺の人生のすべてを奪い去った二人の姿が、眩しいほどのスポットライトを浴びて並んで立っていた。
俺は、乾いた唇を舐め、震える指で再生ボタンをタップした。
『――本日は、インカレでも圧倒的な新記録を樹立し、日本中の注目を集めているお二人にお越しいただきました!』
女性インタビュアーの明るい声が、スピーカーから流れる。
画面の中の結衣は、東京の洗練された空気を吸い込み、以前にも増して恐ろしいほどの美しさと、妖艶なオーラを放っていた。
肩甲骨のあたりで無造作に結ばれた、艶やかな黒髪のポニーテール。
過酷なトレーニングを積み重ねながらも、決して女性らしさを失わない、一切の無駄な脂肪が削ぎ落とされたしなやかな四肢。
そして、太陽の光をたっぷりと吸い込んだ健康的な褐色の肌は、専用のスポーツウェアの上からでも、その奥に潜む異常なまでの熱量を隠しきれていなかった。
俺が誰よりも純潔で気高いと信じていた幼馴染の姿。
だが、その肉体の内側が、あの男の才能と精液によってドロドロに溶かされ、彼に犯されることだけを至上の悦びとする「機能不全の雌」へと完全に作り変えられていることを、この画面の向こう側の視聴者は誰も知らない。
『まずは結衣選手、驚異的なタイムでの優勝、おめでとうございます! 高校時代からのスランプを見事に乗り越え、大学に入ってさらに進化を続けていますが、その強さの秘密はどこにあるのでしょうか?』
インタビュアーの無邪気な質問。
画面の中の結衣は、一瞬だけ、本当に一瞬だけ、隣に立つ男の方を見上げた。
その瞬間だった。
俺の全身の毛穴が粟立ち、胃液が喉元までせり上がってくるのを感じた。
結衣が男を見上げたその一瞬、彼女の瞳孔が微かに開き、アスリートとしての凛とした表情が、発情した獣のような、ひどく淫らで蕩けた「雌の顔」へと切り替わったのだ。
それは、夜の密室で、男の巨体に組み敷かれ、絶頂の波に脳髄を焼かれている時にだけ見せる、純度100パーセントの肉奴隷の顔だった。
男は、カメラの回っている公の場であるにもかかわらず、結衣の腰に堂々と手を回し、自分の身体の方へと強く引き寄せていた。
結衣はそれに抗うどころか、自ら進んで重心を彼に預け、男の太い指先が自分の腰骨を愛撫するように撫でる動きに合わせて、微かに、本当に微かに、下腹部をよじるような仕草を見せた。
『ふふっ……ありがとうございます』
結衣は、マイクに向かって微笑みながら答えた。
その声は、インタビュアーには「はにかんだ謙虚な少女の声」に聞こえただろう。
だが、俺の鼓膜には、それが男の指先の動きによって子宮の奥を疼かせられ、必死に快感の漏れるのを堪えている、甘く粘り気のある喘ぎ声の変形にしか聞こえなかった。
『私の強さの秘密は……すべて、隣にいる彼のおかげです。彼との、夜の緻密な連携練習がなければ、今の私は絶対に存在しませんから』
ドクン、と。
俺の心臓が、破裂するような音を立てて軋んだ。
夜の緻密な連携練習。
一般の視聴者やメディアの人間は、それを「ストイックなアスリート同士の、夜を徹した戦術ミーティングやストレッチ」だと好意的に解釈するだろう。
だが、俺には分かる。
それが、あのプレハブの部室裏で、俺の目の前で行われていたおぞましい行為の延長であることを。
防音の施された東京の高級マンションの一室で、毎晩のように彼女が四つん這いにされ、髪を掴まれながら、あの男の圧倒的な雄としての暴力を身体の奥深くまで叩き込まれているという、極めて生々しく、卑猥な事実の暗喩であることを。
結衣は、公の電波に乗せて、自分がこの男の「専用の肉便器」として毎晩激しく開発されていることを、堂々と、そして嬉々として匂わせているのだ。
『彼のリズムが、私の体の奥の奥まで……細胞の一つ一つにまで浸透しているんです。彼と肌を合わせて、一つになって動いている時だけ、私は自分が生きているって実感できるんです。だから、彼が私の体を管理してくれている限り、私はどこまでも速く走れます』
彼女の言葉は、陸上競技という大義名分を隠れ蓑にした、完全なる隷属宣言だった。
画面の中で結衣が喋るたび、彼女の首元に貼られたベージュ色のテーピングが微かに動く。
筋肉のサポートを装ったそのテーピングの下には、あの男が彼女の純潔な肌に容赦なく刻み込んだ、無数のどす黒いキスマークと、所有を証明する噛み跡が隠されている。
彼女は今、何十万という人間が見ているこの映像の中で、自分が一人の男に完全に狂わされ、性欲と才能の捌け口として生きることを至上の幸福としている事実を、誇らしげに見せびらかしているのだ。
『素晴らしい信頼関係ですね! では、コーチ兼パートナーである彼から見て、結衣選手の魅力はどこにあるのでしょうか?』
インタビュアーの矛先が、男へと向く。
男は、冷酷で、傲慢で、すべてを見透かしたような薄い笑みを浮かべた。
『こいつの魅力は、素直なところですよ。俺が教え込んだリズムを、一滴残らず自分の体の中に飲み込んで、俺の期待以上の反応を返してくる。俺の才能を一番気持ち良く受け入れられるのは、世界中でこいつの身体だけですからね』
その言葉の裏にある、あまりにも露骨な性的なメタファーに、俺の胃液が完全に逆流した。
「おえっ……げほっ、ごほっ……!」
俺はベッドの脇に転がり落ち、床に散乱するコンビニ弁当の空き箱の上に、黄色い胃液をぶち撒けた。
酸っぱい吐瀉物の匂いが部屋に充満する。
だが、画面の中の無慈悲な動画は止まらない。
『最高のパートナーですね! お二人のこれからのご活躍、本当に期待しています!』
インタビュアーの明るい声とともに、画面の中で結衣が男の胸板に顔を埋め、男が彼女の黒髪を乱暴に撫で回すという、純度100パーセントの「支配と服従」の構図が映し出され、動画は終了した。
「あぁ……あああぁぁっ……!」
俺は、吐瀉物にまみれた床に這いつくばりながら、獣のような嗚咽を漏らした。
画面はすでに暗転しているというのに、俺の網膜には、結衣のあの蕩けた表情と、テーピングの下の痣が、永遠に消えない焼印のように刻み込まれてしまった。
狂おしいほどの絶望と、嘔吐感。
しかし、それと同時に、俺の身体の最も醜悪な部分に、恐ろしい変化が起きていた。
これほどの地獄を見せつけられ、己の存在意義を根底から否定されているというのに。
俺の下半身は、張り裂けんばかりに熱く充血し、痛いほどの勃起を覚えていたのだ。
俺が愛し、神聖化していた幼馴染が、他の男の圧倒的な才能と暴力によって完全に「牝」へと堕とされ、公衆の面前で媚びを売る肉便器に成り下がっている。
その絶対的な事実が、どうしようもなく俺の神経回路を狂わせ、理性を焼き切り、最悪の興奮と快感となって脳髄を支配し始めている。
「ちがう……俺は、こんなこと……」
否定しようとする理性の声は、ひどく弱々しかった。
俺は震える手で、自らのズボンの上から、その醜く膨れ上がった欲望を握りしめた。
もう、後戻りはできなかった。
俺のアイデンティティは、あの夜の部室裏で完全に破壊された。今の俺に残されているのは、彼らが構築した「最強のカップル」という光り輝く狂気の世界の、最も暗く、最も惨めな底辺で、彼女の堕ちゆく姿を監視し、その残滓を舐め取って興奮するだけの、哀れな寝取られ男という「役割」だけなのだ。
俺は、床に転がったスマートフォンを再び手に取り、結衣の動画をもう一度、最初から再生した。
『――本日は、インカレでも圧倒的な新記録を樹立し……』
インタビュアーの声が響く中、俺はズボンのジッパーを下ろし、自らの醜い肉の塊を直接握りしめた。
画面の中の結衣が、男を見上げて「雌の顔」を見せる。
俺は、その瞬間を一時停止し、彼女の蕩けた瞳と、半開きの唇を凝視しながら、激しく手を動かし始めた。
「はぁっ……ゆい……結衣っ……」
俺の口から、かつての幼馴染の名前が、ひどく歪んだ欲望の色に塗れてこぼれ落ちる。
俺の脳内では、この動画の撮影後に行われたであろう、彼らの「夜の緻密な連携練習」の映像が高解像度で自動生成されていた。
東京の夜景を見下ろすマンションの密室。
ベッドの上で四つん這いにされ、男の巨大な質量に奥深くまで貫かれながら、狂ったように腰を振り、快楽の絶叫を上げる結衣の姿。
『ああっ、すごいっ……テレビの前でも、ずっとあなたのこと考えてたっ……! もっと、もっと私の中をぐちゃぐちゃにしてぇっ!』
『俺の才能なしじゃ生きられない身体だってこと、世界中に証明してやったな。ほら、もっと声出せ』
『はいっ、ああっ、私はあなたのモノですっ! あなたの肉便器ですぅぅっ!』
幻聴が、俺の脳をドロドロに溶かしていく。
俺は、自分が彼女の人生から完全に抹消されたゴミであることを理解しながら、彼女が他の男に調教され、絶頂に達する幻影をオカズにして、狂ったように自慰を繰り返した。
過去の記録。
彼女と二人で笑い合った放課後。夕暮れの帰り道。怪我をした彼女を励まし、涙を拭ってやった温かい記憶。
俺が男としてのプライドを懸けて守り抜こうとしたそれらのすべては、あの天才がもたらした「圧倒的な結果」と「究極の快楽」によって、社会の歴史から完全に上書きされ、デリートされた。
今や、結衣の歴史は「高校時代に天才パートナーと出会い、彼に見出されて最強のアスリートになった」という輝かしいストーリーとしてしか語られない。
その物語の中に、俺という無能な幼馴染が介入する余地など、いかなる不整合もなく、1ミクロンも存在しないのだ。
俺は、ただの歴史のバグ。
修正パッチによって消去され、誰もその不在に気付かない、無価値なエラーコードに過ぎない。
「ああっ……うあぁぁっ……!」
俺は、摩擦で皮膚が擦り剥けるほどの痛みを感じながら、絶望と快感が臨界点に達するのを迎えた。
視界が白くスパークし、俺の哀れで無価値な欲望が、吐瀉物にまみれた床の上に虚しく吐き出される。
荒い息を吐きながら、俺は仰向けに倒れ込んだ。
天井の染みが、俺を嘲笑うようにぼやけて見える。
手の中には、相変わらずあの冷たい合鍵が握りしめられていた。
結衣の心の奥底にも、肉体の深奥にも、永遠に届くことのなかった無意味な金属片。
俺の存在を証明するものは、もはやこの狂気に染まった暗い部屋の中にしか存在しない。
世界は俺の喪失など全く意に介さず、圧倒的な無関心をもって日常を運行し続ける。
明日も、明後日も、結衣はあの男の才能と精液に満たされ、社会的な名誉と肉体的な絶頂の狭間で、最強の牝として生き続けていくのだろう。
俺は、その事実を永遠に反復しながら、決して届くことのない歪んだ欲望を持て余し、この薄暗い部屋で一人、廃人となって腐っていくしかないのだ。
「僕が、先に……好きだったのに……」
俺のひび割れた唇から、最後にその陳腐な呪詛がこぼれ落ちた。
だが、その言葉にはもはや何の熱も、悲壮感すらも宿っていなかった。
圧倒的な才能と現実の暴力の前に、そんな幼稚な未練は完全にすり潰され、ただの性的な興奮を促すためのスパイスへと成り下がっていた。
スマートフォンの中で、一時停止された結衣の蕩けた笑顔が、暗闇の中で青白く光り続けている。
俺は、ゆっくりと目を閉じた。
救いのない狂気と、永遠の喪失感。
それだけが俺の残りの人生のすべてであることを、俺は完全に受け入れ、深く、静かな虚無の海へと、永遠に沈んでいった。
俺の世界は、ここに完全に幕を閉じた。
読んでくださってありがとうございます。楽しんでいただけたなら幸いです。
励みになりますので、よろしければ感想・高評価・お気に入りなど、よろしくお願いします。