僕が先に好きだった幼馴染は、天才のリズムなしでは生きられない牝に書き換えられた。 作:123
鼓膜を劈くような歓声が、すり鉢状の巨大なスタジアムを乱反射しながら揺らしている。
雲一つない、暴力的なまでに澄み切った初夏の青空。
肌を焼くような太陽の熱線が、赤茶色のタータンに降り注ぎ、陽炎となって視界を歪ませている。
県大会の決勝。
数多くの高校生アスリートたちが己の青春のすべてを懸けて鎬を削る、健全で、眩しく、熱気に満ちた祝祭の空間。
だが、観客席の最前列でフェンスを握りしめている俺の心境は、その陽光とは対極にある、光の届かない冷たい泥の底に沈みきっていた。
俺の身体には、昨日、彼女の不在の密室で嗅いだ、あの生々しいオスの体臭と、ゴムの焼けるような臭気、そして咽せ返るような体液の匂いが、幻臭となって未だにこびりついている。
何度シャワーを浴びても、皮膚の奥深くまで浸透した絶望の匂いは落ちなかった。
俺は今、これから処刑台に上がる罪人のような、ひどく虚無的で冷え切った内臓を抱えながら、トラックを見下ろしている。
視線の先には、女子100メートル走の決勝に向けて、スタート地点で待機する結衣の姿があった。
肩甲骨のあたりで無造作に結ばれた、艶やかな黒髪のポニーテール。
太陽の光をたっぷりと吸い込み、汗を弾いて煌めく、健康的な褐色の肌。
過酷なトレーニングによって一切の無駄な脂肪が削ぎ落とされ、しなやかなバネを内包した引き締まった四肢。
遠目から見ても、今日の彼女が「完璧な状態」に仕上がっていることは誰の目にも明らかだった。
予選、準決勝と、結衣の走りは他を全く寄せ付けない、次元の違うものだった。
かつての、生真面目で泥臭い、努力の結晶を地面に叩きつけるような硬質なフォームではない。
今の彼女は、野生の肉食獣のように、あるいは、オスを受け入れるために極限まで関節の可動域を広げられた雌のように、ぬらぬらとした艶めかしさを伴ってタータンを蹴り抜けていた。
一歩踏み出すたびに、引き締まった大腿筋が異様な柔軟性でうねり、その衝撃が骨盤を滑らかに通過していく。
それは、スタジアムを埋め尽くす観客たちには「洗練された究極のフォーム」として映っているだろう。
だが、俺だけは知っている。
あの柔らかな股関節の動きが、骨盤の滑らかな連動が、夜な夜な同年代の天才の巨大な質量によって強引に押し開かれ、暴力的な律動を叩き込まれることによって開発された、ひどく淫らな「調教の成果」であるということを。
結衣がストレッチのために腰を深く落とし、太ももの内側を伸ばす。
その動作一つをとっても、俺の脳裏には、彼女の部屋の乱れたシーツの上で、同じように大きく脚を開かされ、未知の快楽に喘ぎ狂う彼女の映像が、フラッシュバックのように重なって再生されてしまう。
ユニフォームの首元から僅かに覗くテーピングは、決して筋肉のサポートなどではない。あの男が所有印として刻み込んだ、どす黒いキスマークを隠すためのものだ。
彼女は今、何千人という観衆の目の前に立ちながら、その衣服の下に、特定のオスの精液と暴力的な支配の痕跡を隠し持っている。
それが彼女に、アスリートの領域を超えた、危険で妖艶なオーラを纏わせていた。
「位置について」
スターターの静かな声が響き、スタジアムの喧騒が波が引くように静まり返った。
8人の選手が一斉にスターティングブロックに足をかけ、前傾姿勢をとる。
その瞬間だった。
俺の目は、結衣の身体に起きた「微細だが決定的な異変」を捉えた。
彼女の肩が、ビクッと不自然に跳ねたのだ。
スターティングブロックに押し当てた指先が、痙攣したように小刻みに震え始めている。
彼女の首の筋肉が異常に硬直し、呼吸が浅く、速くなっているのが、遠く離れた観客席からでも痛いほどに分かった。
パニックだ。
俺は、その症状に見覚えがあった。
結衣は中学時代、全国大会の決勝という極限のプレッシャーの中で、フライングを犯して失格になったという重いトラウマを抱えている。
以来、重要なレースの直前の静寂の中で、過去の恐怖がフラッシュバックし、身体が石のように固まってしまう悪癖があった。
ここ数ヶ月の彼女は、スランプによる記録の低迷に苦しんでいた。そのスランプの根本的な原因も、突き詰めればこの「極限状態でのプレッシャーに対する恐怖」だった。
あの天才の男が、どれだけ夜の密室で彼女の肉体を開発し、快楽の回路を繋ぎ変えようとも、彼女の脳の深層に刻み込まれた恐怖の記憶までは、完全に消し去ることはできていなかったのだ。
結衣の顔が、恐怖で青ざめていく。
彼女の視線が定まらず、助けを求めるようにトラックの周囲を彷徨う。
このままでは、彼女は走れない。あの時のように、スタートの瞬間に足がすくみ、崩れ落ちてしまう。
俺は、理屈よりも先に身体が動いていた。
観客席の最前列のフェンスから身を乗り出し、肺の奥底から絞り出すようにして、彼女の名前を叫んだ。
「結衣ぃぃぃっ!!」
静まり返ったスタジアムに、俺の醜く引き攣った絶叫が響き渡る。
「大丈夫だ! お前ならやれる! 昔みたいに、楽しんで走れ!!」
それは、かつて彼女が怪我で絶望の淵にいた時、俺がかけ続けた言葉だった。
俺の言葉だけが彼女を救ったという、俺の最後のプライド。俺の唯一の存在証明。
自分の立ち位置がすでに失われていると頭では理解していながらも、俺は、過去の幻影に縋り付くようにして、必死に声帯を震わせた。
俺の声を聞けば、彼女は思い出すはずだ。俺と一緒に過ごした穏やかな日々を。純粋に走る喜びを感じていた、あの真っ白な自分を。
だが。
俺の声が鼓膜を打った瞬間、結衣の身体は、まるで冷水を浴びせられたように、さらに硬く強張った。
彼女は、俺の声が聞こえた方向――観客席を見上げることはなかった。
それどころか、彼女の顔には、明確な「混乱」と「拒絶」の色が浮かんでいた。
今の彼女にとって、俺の「昔みたいに楽しめ」という優しくも空虚な言葉は、極限の緊張を解きほぐすどころか、彼女の精神構造に深刻なバグを引き起こす、最悪のノイズでしかなかったのだ。
彼女の脳はすでに、あの男の才能と暴力的な支配によって完全に書き換えられている。
過去の古いOSの言語で話しかけられても、彼女のシステムはそれを処理できず、パニックを加速させるだけの毒となる。
俺の善意は、俺の必死の祈りは、ただ彼女を追いつめ、彼女のプレッシャーを増幅させるだけの、無価値な雑音に過ぎなかった。
『用意』
スターターの非情な声が響き、選手たちが腰を上げる。
結衣の腰の上がり方は、明らかに遅く、ひどく不安定だった。
終わった。
俺は、絶望に目を伏せそうになった。
その直後だった。
結衣のすぐ斜め前。隣のフィールドで幅跳びの競技を終えたばかりの、一つの巨大な影が、スタートラインのすぐそばのトラックサイドまで歩み寄ってきた。
あの男だった。
陸上部の絶対的エースであり、結衣の肉体と精神を完全に支配している、同年代の天才。
彼は、競技を終えた直後で全身に汗を光らせ、荒い息を吐きながらも、その立ち姿には王者のような圧倒的な威圧感と、強烈な雄のフェロモンが満ち溢れていた。
彼は、パニックに陥り、震える手でタータンを押さえている結衣を見下ろした。
そして、感情の読めない冷酷な目で彼女の瞳を真っ直ぐに射抜くと、声は出さず、ただ口の動きだけで、短く、はっきりとこう告げたのだ。
――『夜の続き、欲しいだろ』
俺のいる場所からは、その口の動きがスローモーションのように、はっきりと読み取れてしまった。
それは、競技の戦術でも、精神的な励ましでもない。
ただの、極めて卑猥で、暴力的な所有の宣言だった。
その言葉の意味は、俺と、そして結衣の二人にしか分からない。
その短い口の動きを網膜に捉えた瞬間。
結衣の身体に、雷に打たれたような劇的な変化が起きた。
彼女の瞳から、それまで渦巻いていた過去のトラウマへの恐怖や、プレッシャーによるパニックが、文字通り「一瞬にして」消え去ったのだ。
代わりに彼女の瞳孔に浮かび上がったのは、ドロドロに溶け出した純度100パーセントの発情と、男の言葉に対する絶対的な服従の光だった。
彼女の浅く震えていた呼吸が、突如として、熱を帯びた性的な喘ぎのような、深く荒々しいものへと変質する。
スターティングブロックに置かれた彼女の腰が、男の言葉に反応し、まるで後ろから打ち込まれる見えない衝撃を待ちわびるかのように、卑猥な角度でピクッと跳ねた。
それはまさに、パブロフの犬だった。
あの男は、夜の密室で彼女を絶頂へと導く過程において、強烈な快楽と恐怖、そして自立できないほどの服従をセットにして、彼女の脳髄に深く、深くアンカー(条件付け)を打ち込んでいたのだ。
『夜の続き』。
そのキーワード一つで、彼女の脳は極限のプレッシャーというストレス信号を、強制的に「彼に抱かれるための前戯」という強烈な快楽信号へと変換してしまうように、狂気の配線工事が完了していた。
俺がどれだけ叫んでも届かなかった彼女の心の奥底を、男はただの一言、ただの視線だけで、いとも容易く抉り出し、彼女を完全に支配下に取り戻したのだ。
パンッ!!
号砲が鳴り響いた。
結衣の身体が、弾かれたようにスタートラインを飛び出した。
トラウマによる出遅れなど、微塵もなかった。
それどころか、彼女のリアクションタイムは、人間の限界値に迫るような異常な数値を叩き出していた。
彼女の走りは、常軌を逸していた。
顔は前方を睨みつけながらも、その頬は異常なほどに紅潮し、唇は半開きになって、甘く粘り気のある吐息をまき散らしている。
一歩タータンを蹴るたびに、彼女の脳内でエンドルフィンとドーパミンが爆発的に分泌されているのが分かる。
彼女は今、ゴールテープを切るために走っているのではない。
ゴールした先に待っている、あの男に与えられる「褒美」――夜の密室での徹底的な蹂躙と快楽に向かって、発情したメス犬のように一目散に駆けているだけなのだ。
それは、スポーツという大義名分を完全に破壊する、ひどく淫らで、おぞましく、そして誰よりも速く、美しい暴力的な疾走だった。
他の選手たちが、まるでスローモーションのように置き去りにされていく。
結衣は完全に、狂気と快楽が入り混じる異常な「ゾーン」に入っていた。
スタジアムを包み込む大観衆の歓声が、地響きのように轟く。
誰もが、結衣の圧倒的な走りに魅了され、彼女の復活と、新記録の誕生に酔いしれている。
だが、その歓声の中心で、俺だけが真実を知っていた。
彼女がどれほど速く走ろうと、どれほど素晴らしい記録を打ち立てようと、彼女の魂はすでに、あのトラックサイドに立つ一人の男の足元に平伏し、彼に犯されることだけを望む空っぽの肉奴隷に成り下がっているのだということを。
結衣が、ぶっちぎりのトップでゴールラインを駆け抜けた。
電光掲示板に、大会新記録の数字が踊る。
スタジアムの熱狂が最高潮に達し、観客たちが総立ちになって拍手を送る。
チームメイトたちが、歓喜の声を上げながら、タオルを持って彼女の元へと駆け寄ろうとする。
だが。
ゴールを駆け抜けた結衣は、減速することなく、チームメイトたちが待つ方向とは全く逆の方向へ――トラックサイドで腕組みをして立つ、あの男の元へ向かって、一直線に走っていった。
そして。
何千人という観衆が、そして俺が、目を丸くして見下ろすその公衆の面前で。
結衣は、男の広い胸の中に、自ら崩れ落ちるようにして飛び込んだ。
「はあっ……はあっ……!」
男の胸に顔を埋め、結衣は力なくへたり込み、彼の首に腕を絡めて、獣のように荒い息を吐きながら身体をすり寄せている。
その姿は、レースを終えたアスリートがコーチと喜びを分かち合っている、というような生易しいものではなかった。
主人の命令通りに獲物を仕留めてきた猟犬が、ご褒美を求めて喉を鳴らし、足元で腹を見せて媚びへつらっている。純度100パーセントの、支配と服従の関係性がそこにあった。
男は、抱き着いてきた結衣を拒むこともなく、当然の権利であるかのように、片手で彼女の腰を抱き寄せ、もう片方の手で汗に濡れた彼女の黒髪を乱暴に撫でた。
そして男は、観客席の最前列で硬直している俺の存在に気づくと、薄く、酷薄な笑みを浮かべた。
それは、言葉以上の強烈なメッセージだった。
『見ろ。この牝は、俺の性欲と才能の完全なコントロール下にある。お前がどれだけ叫ぼうが、こいつの奥底まで満たしてやれるのは俺だけだ』
男の視線が、そう告げていた。
結衣は俺の方を見ようともしない。彼女の世界には今、自分を抱きしめている男の体温と匂い、そして今夜与えられる快楽の予感しか存在していないのだ。
俺の感情的な声援は、完全に無力化された。
過去の思い出も、幼馴染という絆も、ただ寄り添うだけの優しさも。
そのすべてが、同じコートに立つ者だけが共有できる、圧倒的な実力差によって生み出された「狂気と快楽の依存構造」の前に、紙屑のように破り捨てられ、燃やし尽くされた。
スタジアムを包む歓声が、突如として意味を持たないノイズの塊となって、俺の鼓膜を攻撃し始める。
世界中が結衣を称賛している。
だが、その結衣は、一人の男の完全に所有物として、公衆の面前で発情し、悦びに震えているのだ。
俺の存在意義は、アイデンティティは、この瞬間、完全に粉砕され、跡形もなく消滅した。
フェンスを握りしめていた俺の手から、ゆっくりと力が抜けていく。
俺は、自分がもう二度と、彼女の隣を歩くことはできないのだと、自分の人生から彼女というヒロインが完全に、理詰めで、そして最も残酷な形で寝取られたのだという絶望的な真実を、ただ静かに受け入れることしかできなかった。
照りつける太陽の光が、俺の空っぽになった身体を容赦なく焼き焦がしていく。
俺の目からは、もう一滴の涙も流れることはなかった。
読んでくださってありがとうございます。楽しんでいただけたなら幸いです。
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