※この作品はR-18です。

僕が先に好きだった幼馴染は、天才のリズムなしでは生きられない牝に書き換えられた。   作:123

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第9話

 すべての退路が断たれ、一縷の希望すらも灰と化したことを、俺の脳はすでに完璧な論理として理解していた。

 

 それでもなお、俺はこの無意味で、醜悪で、自らを最も残酷な形で切り刻むための「儀式」を執り行わなければならなかった。

 

 自らの感情に、本当の意味での終止符を打つために。

 

 放課後の、誰もいなくなった旧校舎の空き教室。

 

 そこはかつて、俺と彼女が些細なことで笑い合い、夕暮れまで時間を潰していた、二人だけの不可侵の聖域だった場所だ。

 

 西日が窓から差し込み、無数の埃が光の帯の中でゆっくりと浮遊している。

 

 何一つ変わらない風景。だが、そこに流れる時間は、すでに俺の知る穏やかな日常から完全に切り離され、死の臭いが立ち込める処刑台へと変貌していた。

 

 俺は、窓際の席に座り、ただ静かにその時を待っていた。

 

 手の中のスマートフォンには、数十分前に彼女へ送った短いメッセージの履歴が残っている。

 

 『最後に、話したいことがある。旧校舎の教室で待ってる』

 

 既読はすぐについた。しかし、返信はなかった。

 

 彼女が来るかどうかも分からない。今の彼女にとって、俺という存在はすでに「不要なバックグラウンドタスク」以下の、処理する価値すらないバグでしかないのだから。

 

 それでも、俺は待つことしかできなかった。

 

 やがて。

 

 軋むような廊下の足音が、ゆっくりと、だが迷いのない一定のテンポで近づいてきた。

 

 ガラガラ、と。

 

 重い引き戸が、乾いた音を立てて開かれる。

 

 「……待たせたね」

 

 逆光の中に、彼女が立っていた。

 

 結衣だ。

 

 肩甲骨のあたりで無造作に結ばれた、艶やかな黒髪のポニーテール。

 

 夕日を吸い込んで滑らかに光る、健康的な褐色の肌。

 

 過酷なトレーニングによって一切の無駄が削ぎ落とされた、しなやかなバネを内包する引き締まった四肢。

 

 俺が物心ついた頃からずっと見守り続け、誰よりも純潔で、気高いアスリートであると信じて疑わなかった、世界で一番愛した少女の造形。

 

 だが、その輪郭の中に詰め込まれている「中身」は、もう俺の知る幼馴染のものではなかった。

 

 彼女が一歩教室に足を踏み入れた瞬間、あの生々しいオスの制汗剤の匂いと、粘り気のある濃厚な体液の匂いが、空き教室の澱んだ空気を暴力的に塗り替えた。

 

 制服のブラウスの下、首筋から鎖骨にかけて、薄くファンデーションで隠された無数の「所有印」が、彼女の皮膚の下で蠢くような熱気を放っている。

 

 彼女の立ち姿は、以前のような生真面目な硬さはなく、重心がわずかに後ろに下がり、骨盤が緩みきった特有の淫らなカーブを描いていた。

 

 それは、毎晩のように強大な雄の質量を受け入れ、破壊され、快楽の形に再構築された「完成された牝」の立ち姿だった。

 

 「……来てくれたんだな」

 

 俺の声は、自分でも驚くほどひどく掠れ、老婆のうめき声のように弱々しかった。

 

 結衣は、教室の中央あたりで立ち止まり、俺を見下ろした。

 

 その瞳には、かつてのような親愛の情も、あるいは呼び出されたことへの戸惑いも、怒りすらも存在していなかった。

 

 ただ、ひどく凪いだ、無機質で、冷酷なまでの「無関心」。

 

 まるで、用済みの古いパソコンの電源を入れるために、仕方なく手順を踏んでいるだけのような、作業的な眼差しだった。

 

 「これで最後だって言うから。彼も、それくらいなら行ってこいって許可してくれたし」

 

 結衣の口から、極めて自然なトーンで「彼」という単語が出た。

 

 俺という幼馴染との最後の別れの場にすら、彼女は自らの意志ではなく、あの天才の男の「許可」という首輪を嬉々としてつけてやって来たのだ。

 

 俺の心臓が、ギリギリと音を立てて軋む。

 

 だが、ここで引き下がるわけにはいかなかった。

 

 これは、俺の感情の葬式なのだから。

 

 「結衣……俺は、お前のことがずっと好きだった」

 

 俺は、乾いた唇を震わせながら、長年心の奥底に封じ込めていたその言葉を、ついに吐き出した。

 

 「昔、お前が怪我で走れなくなって、毎日泣いてた時……俺がずっと、お前のそばにいたじゃないか。お前を励まして、お前を絶望から救ったのは、俺だろ。俺はずっと、お前の一番の理解者で、お前は俺だけの特別な存在だと思ってたんだ」

 

 俺の口から溢れ出るのは、美しい愛の告白などではない。

 

 過去の「実績」という名の押し売り。

 

 自分がどれだけ彼女にコストを割いてきたかという、醜悪で、見苦しい執着の羅列だった。

 

 「あいつは異常だ。ただの同じ部活の人間なのに、お前の生活まで全部支配して……お前、あいつに洗脳されてるんだよ! 頼む、目を覚ましてくれ。昔の、走ることを純粋に楽しんでた、あの優しい結衣に戻ってくれよ……っ!」

 

 俺は、立ち上がり、すがるように彼女に向かって叫んだ。

 

 涙が込み上げ、視界が歪む。

 

 自分がひどく滑稽で、哀れなピエロを演じていることは分かっていた。それでも、彼女の奥底に残っているかもしれない「かつての結衣」の欠片に、俺のこの血を吐くような叫びが届くことを、1パーセントでも信じたかった。

 

 俺の絶叫が、夕暮れの教室に響き渡り、そして虚しく床に吸い込まれて消えた。

 

 静寂が戻った。

 

 俺は、肩で息をしながら、結衣の反応を待った。

 

 俺のこの醜い感情の爆発を受けて、彼女はどう答えるのか。

 

 怒るだろうか。「勝手なことを言わないで」と軽蔑するだろうか。それとも、かつての幼馴染からの重すぎる感情に、少しでも戸惑いや罪悪感を見せてくれるだろうか。

 

 だが。

 

 結衣の反応は、俺の予想するいかなる感情的ベクトルのものとも違っていた。

 

 「……洗脳?」

 

 結衣は、小首を傾げた。

 

 その顔に浮かんでいたのは、怒りでも戸惑いでもなく。

 

 まるで、小学校の低学年向けの算数ドリルで、1足す1の答えを間違えている子供を前にした教師のような。

 

 ひどく冷たく、底冷えのするような、純粋な「憐憫」だった。

 

 「洗脳なんてされてないよ。君こそ、何を言ってるの?」

 

 彼女のトーンは、完全にフラットだった。

 

 俺の長年の重い感情をぶつけられたというのに、彼女の心の水面は、ただの一滴の波紋すら立てていない。

 

 「怪我の時、そばにいてくれたことは感謝してる。でもね、君が言う『昔の優しい私』って、ただ弱くて、結果を出せない自分から逃げていただけの、哀れな敗北者の姿でしょ?」

 

 「ち、違う! あの時のお前は、純粋に……!」

 

 「純粋? ただ楽しむだけ? そんなのお遊びの言い訳だよ」

 

 結衣は、ため息をつくように、冷酷な事実を切り出した。

 

 「君の『優しさ』はね、私が凡人のままで、弱い女の子のままでいることを許容する『ただの甘え』だったの。私が傷つかないように、私があなたに依存するように、狭い鳥籠の中に閉じ込めて、生ぬるい餌をくれていただけ」

 

 俺の胸に、鋭利な刃物が突き立てられたような痛みが走った。

 

 俺が彼女を想ってかけてきた言葉のすべてが。

 

 彼女に寄り添い、彼女を慰めてきたあの時間が。

 

 彼女の中では「成長を阻害し、弱者であることを肯定する毒」として、完全に再定義されていたのだ。

 

 「でも、彼は違った」

 

 結衣の口から「彼」という単語が出た瞬間、彼女の瞳孔がわずかに開き、その奥底に発情したような生々しい熱の光が宿った。

 

 「彼は、私を鳥籠ごと粉々に壊してくれた。私の生ぬるい精神も、中途半端な肉体も、彼が圧倒的な才能と暴力で、一度全部ぐちゃぐちゃに破壊してくれたの。そして、彼の力で、最強の女として一から作り直してくれた」

 

 結衣は、自らの身体を抱きしめるように両腕を交差し、うっとりと目を細めた。

 

 彼女の認識の中では、主人公との歴史は、独立した大切な思い出などではない。

 

 あの天才という「絶対的な正解」に出会うまでの、ひどく退屈で、無駄が多く、成長が停滞していただけの「バグだらけの準備期間」へと、完全に改竄――いや、アップデートされていたのだ。

 

 「今の私は、彼の匂いと、彼のリズムと、彼が奥の奥まで刻み込んでくれた『快楽』でしか、システムが作動しないの」

 

 結衣は、一歩だけ俺の方へと近づいた。

 

 彼女から放たれる、むせ返るようなオスの匂いと、熟れた牝の匂いが、俺の鼻腔を容赦なく犯す。

 

 「昔の私を好きだと言われても、困るよ。だって、君が知ってる『鈍感で生真面目な体』なんて、もうどこにも残ってないんだから」

 

 結衣は、自らのスカートの裾を軽く握り、俺に見せつけるように、骨盤をわずかに傾けて艶めかしいカーブを作った。

 

 「今の私の筋肉も、関節も、神経の全部も、彼に抱かれて、彼に一番気持ち良く使ってもらうためだけに、再構築されてるの。主人公くんがどんなに優しい言葉をかけてくれても、触れてくれたとしても……今の私は、1ミクロンも何も感じない。ただの不快なノイズにしかならないの」

 

 その言葉は、俺の存在そのものを根底から否定する、完璧な論理による死刑宣告だった。

 

 彼女は、自分が別の男の精液に染まり、調教された肉便器であることを、恥じるどころか「競技者としての最適な状態(ベストコンディション)」であり、「最強の生存戦略」であると定義し、そこにいかなる矛盾も抱えていない。

 

 俺の愛した、あの純粋な少女は。

 

 あの男の肉棒と、圧倒的な才能による暴力的な同調によって、すでに完全に「殺されて」いたのだ。

 

 今目の前にいるのは、結衣の皮を被った、あの男の才能で稼働する全く新しい淫蕩な生命体だ。

 

 俺が今、涙ながらに愛を叫んでいるこの告白は、「失恋」ですらない。

 

 すでに別の男の専用デバイスとして最新のOSで稼働している機械に向かって、旧世代の無能なプログラマーが、とうの昔に廃棄された古いコードを泣きながら打ち込み続けているだけの、完全なる「狂人の独り言」だったのだ。

 

 俺の言葉は、文字通り「無効化」された。

 

 「……ああ……あぁっ……」

 

 俺の口から、もはや言語を形成できない、空気の漏れるような音がこぼれた。

 

 膝の力が抜け、俺はその場にへたり込んだ。

 

 これ以上の敗北があるだろうか。

 

 激しく罵倒される方が、まだマシだった。

 

 「ウザい」とか「嫌い」とか、そうやって感情をぶつけられれば、俺と彼女の間にはまだ「対立する人間としての関係性」が存在できた。

 

 だが、今の彼女には、俺に対する怒りも、罪悪感すらも一切ない。

 

 彼女の目から見れば、俺はただの「時代遅れの不要なデータ」であり、削除することに何の感情も伴わない、システム上のゴミでしかなかったのだから。

 

 へたり込む俺を見下ろし、結衣は少しだけ表情を和らげた。

 

 それは、かつての幼馴染が見せた笑顔に似ていたが、その本質は全く違った。

 

 圧倒的な勝者、あるいは絶対的な強者の所有物となった者が、遥か格下の敗北者に向ける、極めて残酷で冷え切った「哀れみ」の笑顔だった。

 

 「君の気持ち、聞けてよかった。今まで、本当にありがとう。あなたが昔、私のそばにいてくれた時間は、無駄じゃなかったよ。私が彼という『本当の正解』に出会うための、踏み台にはなってくれたから」

 

 踏み台。

 

 俺の人生のすべてを懸けた純愛は、彼女にとって、その程度の機能しか果たしていなかった。

 

 結衣は、ゆっくりと背を向けた。

 

 夕日の差し込む教室の扉へ向かって、艶めかしい足取りで歩き出す。

 

 「もう、話しかけないでね。彼がヤキモチ焼いちゃうから」

 

 振り返ることなく、彼女は背中越しに決定的な引導を渡した。

 

 「これからは、ただの観客として見ててね。私が彼に抱かれて、彼のリズムで、どこまでも勝ち続けて、最高の女になっていく姿を」

 

 ガラガラ、と。

 

 引き戸が開かれ、そして閉じられる音が、俺の鼓膜に重く響いた。

 

 彼女の足音が、遠ざかっていく。

 

 俺が提供できるものなど何一つない、遥か高みの狂気の世界へと、彼女は完全に帰っていった。

 

 教室には、再び絶対的な静寂が戻った。

 

 だが、その空気には、彼女が残していった男の匂いと、生々しい雌の熱気が、未だに色濃く漂い続けている。

 

 俺は、床に両手をつき、夕日が作り出す自分の黒い影を、ただ虚ろな目で見つめていた。

 

 俺の人生を懸けた想いは。

 

 彼女が同年代の天才の腕の中で獲得した、「残酷なまでの合理性」と「メスの本能」という絶対的な論理の前に、一瞬の波紋すら起こすことはできなかった。

 

 俺は、論破され、否定され、そして完璧に敗北したのだ。

 

 物理的な暴力で奪われたのではない。

 

 彼女自身の意思で、彼女の細胞の隅々までが、俺という存在を「不要なゴミ」として論理的に弾き出したのだ。

 

 そこには、いかなるご都合主義な奇跡も、俺を救済する逆転劇も存在しない。

 

 俺は、この世界の誰の記憶からも意味を持たない、完全に透明な亡霊となった。

 

 夕日が完全に沈み、教室が深い闇に包まれていく。

 

 俺は、ただ暗闇の底に這いつくばったまま、ピクリとも動くことができなかった。

 

 俺の存在意義は、この冷たい教室の床に、完全に解体され、二度と組み立てられることのない残骸となって、永遠に放置されたのだった。

 




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