「仮ボス……力抜くです。食ったばっかで腹壊すです」
ベッドのスプリングが軋む音と、鼻先を掠める獣の体臭が同時に来た。デルタが俺の上に跨っている。体重は見た目より重く、太腿の筋肉が肋骨の上で踏み込むように食い込む。逃げ場はない。というか、逃げる気も起きなかった。
「飯の礼だ。文句言うなよ」
そう言い捨てると、彼女は俺の首筋に顔を埋めた。
ざりっ。
鋭い刺激が走った。剃刀の刃で撫でられたかのような、粗く湿った感触。人間の舌とは決定的に異質な、獣の舌のザラつきだ。微小な突起が膚の粒子を削ぎ取り、神経を直接こすり上げてくる。
「……っ、待て。それ、強すぎる……」
「良いから」
抗拒しようとした俺の喉元を、冷たい牙が軽く圧する。首筋の皮膚が浮き上がる感覚に、反射で息が詰まった。けれど噛み千切る意思はない。遊びだ。狩猟本能を滲ませながら、あえて寸止めで愉しんでいる。彼女の紫色の瞳が闇の中で炯々と燃えている。
「動くな。痛くはしねー」
低い声と同時に、胸板を這う舌が鎖骨に向かって滑る。ざりざりと摩擦音が肌に貼りつき、汗腺の開く音すら聞こえそうな錯覚。背筋が粟立つ。寒気か悦楽か区別できない波が腹腔を満たしていく。
「犬みてーだって? 違えよ。狩るヤツは、喰らう前に確かめるだけだ」
笑い混じりの台詞と共に、彼女の指がベルトを外す金属音を立てた。拘束が解けると同時、下腹へ吹きかける生ぬるい吐息。犬科の体温は高い。熱い粘膜が鼠径部を這うたび、皮膚が焼けるような疼きと、痺れるような麻酔感が交互に訪れる。
「仮ボスは、やっぱ旨えな」
独り言のような囁きが鼓膜を蕩かせる。獲物を褒めるような響き。そして次の瞬間──竿を包む熱と柔肉の締めつけ。潤滑液よりも更に深い湿度。ざらつく舌の表面が螺旋を描いて亀頭を磨き、根本から吸い上げる吸引が脊椎を通じて脳幹を直撃した。
「うっ……くっ……」
呻く暇すら与えず、彼女は膝で腰をロックしたまま速度を上げていく。人間離れした膂力。快楽の閾値を超えてもなお深追いしてくる野生の嗜虐性。
「まだだ。ちゃんと俺に教えろよ」
煽る声が鼓膜と臓腑を攪拌する。理性が白濁に染まり始める刹那──不意に甘い疼きが走った。喉の奥まで届く深度で咥えながら、上目遣いの翡翠の瞳がこちらを見据える。
「俺を従わせたかったら──全部見せろ」
挑発ではない。依頼でもない。宣告だった。獣としての矜持と被支配欲求の境界線上で揺れる声。この均衡を崩した瞬間──全てが流れてしまう。
「わかった……好きにしろ」
搾り出すような承諾と同時に、彼女の喉奥が蠢いた。咽頭括約筋が収縮し、熱い唾液の海に沈められる感覚。根元から先端まで万遍なく圧搾されながら、口腔内の起伏に沿って擦られる未知の陶酔。射精の前兆が睾丸で脈動を始めた瞬間──デルタが動きを止めた。
「……早い」
不満げな唸り。そして再度始まる律動。しかし今度は巧みに角度を変え、鈴口だけを重点的に責める浅い抽送。尿道口に溜まった液体を啜り尽くさんばかりの吸引力。痺れと痒みの境目を行き来する刺激に視界が眩む。
「我慢できなくなったら……どうなるか教えるんだぞ?」
嘲弄と慈愛が入り混じった声音。そのアンバランスな響きが理性の糸を緩めていく。気づけば彼女の髪に指が絡み、無意識に腰を動かしていた。
「デルタ……っ」
呼び捨ての一声に、獣耳が嬉しそうに震える。彼女もまた堪えきれなくなったのか、唇の輪が一層狭まり──ついに堰が切れてしまった。
精嚢から迸った奔流をデルタは難なく受け止めた。白濁の濁流を味わうように舌で掻き混ぜながら嚥下する音が喉元で谺する。獣耳の毛並みが乱れ、尻尾が激しく布団を叩く。酩酊にも似た恍惚感。互いの呼吸が同調し、境界線がぼやけていった。
「……お前が主人ならしょうがねえ。続きも教えてもらえっか?」
嗤いながら告げられた二度目の誓約。これから始まる夜がどれほど永く続くかも知らず、俺たちの影はベッド上で淫靡に絡み続ける。 デルタの尻尾が満足気にシーツの上でゆったりと揺れていた。さっきまでの獰猛な狩猟本能はどこへ行ったのか──と思えばそうではない。今度はこちらが獲物に成り替わる番なのだ。その証拠に、彼女の目はまだ闇夜の猛禽のように妖しく光っている。
「ほら。まだ眠らねえぞ」
獣人が低く囁くと同時に、ベッドサイドの照明が点灯した。橙色の灯りが照らすのは俺の寝姿。デルタが覆いかぶさるように跨っていて、下腹部のあたりを跨ぐ太腿の圧迫感と温もりがすでに性感を呼び起こしている。
「仮ボスは……まだ足りねえだろ? それとも萎えたフリして逃げんのか?」
挑発的な問いかけと共に、ざらついた舌が喉元を這う。