※この作品はR-18です。

MEDESGAME   作:ボルメテウスさん

27 / 89
地竜の顔合わせ

 鍵を差し込んだところで、背中の気配が少しだけ重くなるのを感じた。

 

 ムジナは相変わらず、気だるそうな顔で壁にもたれ、壌竜は黙ったまま玄関の扉を見ている。河川敷の湿った土の匂いが、まだ靴裏に残っていた。ここを開ければ、今度は戦場じゃなく生活の中へ連れて入ることになる。その境目が、妙に薄い。

 

 扉を開けた瞬間だった。

 

「……増えてるです」

 

 低い声が、部屋の奥から飛んできた。

 

 デルタが寝室代わりのスペースから出てくる。黒い耳はぴんと立ち、尾は膨らみきっていた。半分眠そうな顔のくせに、目だけは鋭い。俺の横を素通りして、壌竜の喉元へ視線を刺している。

 

「気づくの早いな」

「匂いが濃いです。強いやつの匂いです」

 

 言いながら、一歩前へ出る。飛びかかる寸前の獣の足取りだった。

 

 壌竜はそれを見ても動かない。褐色の肌も、白い翼も、玄関の狭さには似合わない。なのに立ち方だけは静かで、余計に圧があった。

 

「賢いな」

 壌竜が短く言う。

「褒めても駄目です」

 デルタは即答した。

 

 そのやり取りに、後ろでムジナが小さく笑う。

「すごいね。ほんとにすぐ分かるんだ」

「分かるです。だから警戒するです」

「まあ、そうなるよね」

 

 そこへ、台所の方から足音がした。

 

「……新顔、ですか」

 

 バーゲストが現れる。デルタみたいに剥き出しの警戒はしない。ただ、一目見た瞬間に空気が変わった。銀の目が壌竜を測り、壌竜もまた、その視線の重さを受け止めている。戦う者同士が、言葉より先に何かを見ていた。

 

「ああ。今回の相手だった」

「そして、今はこちらにいる」

 バーゲストが言う。

「そういうことになる」

 壌竜が返す。

「随分と、重いものを拾いましたね」

 その一言に、思わず苦笑が漏れた。

 

 デルタがなおも俺の前へ立つ。

「怪しいです」

「それは同感です」

 バーゲストが静かに重ねる。

 

 壌竜は少しだけ床を見た。靴を脱ぐ場所、上がる幅、家具の位置まで一目で測ったらしい。

 

「狭いな」

「悪かったな」

「悪くはない」

 壌竜は言う。

「守る場所としては十分だ」

 

 その言い方に、ムジナが肩を揺らした。

「家っていうより砦だね」

「実際、そんなもんだろ」

 

 俺がそう返すと、デルタが壌竜の足元を睨む。

「そこ、デルタの近くです」

「なら少し離れる」

 壌竜は本当に一歩退いた。

 デルタの耳がぴくりと動く。

「……分かるやつです」

 

 そこでようやく、玄関の張りつめ方が少しだけ緩んだ。

 

「とりあえず、上がれ」

 俺が言う。

「水くらいは出す」

「気を回すな」

「回してるわけじゃない。ここにいるなら最低限だ」

 

 壌竜は一瞬だけ黙った。視線がこちらへ向く。その目は、河川敷で向けられたものと少し似ていた。値踏みだ。言葉の軽さと重さを見ている。

 

「そうか」

 

 短く落ちたその声に、否定はなかった。

 

 ムジナが先に部屋へ上がり込み、勝手に座布団へ腰を下ろす。

「なんか、増えたね」

「軽いです」

 デルタがすぐ噛みつく。

「事実じゃん」

「否定はできない」

 俺が言うと、バーゲストが小さく息を吐いた。

「急に賑やかになりました」

「騒がしい場所だな」

 壌竜が呟く。

「誰のせいです」

 デルタが睨む。

「私も、その一因か」

「自覚あるんだ」

 ムジナが面白そうに言った。

 

 俺は棚からコップを出して、水を四つ並べた。狭い部屋に、強いのが四人。昨日までなら考えなかった景色だ。

 

 壌竜はまだ座り方ひとつにも油断がない。デルタは警戒を解ききらず、バーゲストはそれを横から見ている。ムジナだけが、最初から全部知っていたような顔でくつろいでいた。

 

 それでも、少なくとも今は誰も剣を抜いていない。

 

「しばらく、ここにいる」

 壌竜が言った。

 独り言みたいに静かな声だった。

 

 デルタの尾が小さく揺れる。

「勝手に消えるなです」

「必要がなければ消えん」

「もうちょっと気軽に言えないの?」

 ムジナが笑う。

「無理だ」

 即答だった。

 

 その返しに、今度は俺まで少し笑ってしまう。

 

 完全に受け入れたわけじゃない。打ち解けたとも言えない。けれど、敵だった相手が部屋の中へ入り、同じ空気を吸っている。その事実だけは、もう動かない。

 

 テーブルの上に置いた水の表面が、部屋の灯りを静かに映していた。

 

 ここから先をどう進むか。まだ答えはない。

 

 だが、考えるための人数だけは、また一人増えた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。