※この作品はR-18です。

MEDESGAME   作:ボルメテウスさん

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焼き肉の戦場

 夕方の台所に立つと、冷蔵庫の中身が急に頼もしく見えた。豚トロ、カルビ、鶏もも、玉ねぎ、ピーマン。二人分なら気にしなかった量も、今日は足りるかどうかを先に考える。振り返れば、部屋の奥には強いのが四人いる。いや、正確には俺を入れて四人だ。

 

「肉です?」

 背中越しにデルタの声が飛ぶ。

「見れば分かるだろ」

「確認は大事です」

 

 そう言いながら、もう冷蔵庫の中を覗き込む気配がある。耳が立っている。肉の匂いを嗅ぎつけた獣そのものだった。

 

 ホットプレートを引っ張り出し、テーブルの中央へ置く。コードを繋いだところで、向かいに座ったムジナが頬杖をついた。

「鍋じゃなくて焼き肉なんだ」

「同じ鍋を突くよりは、少し楽だろ」

「ふうん。気は遣ってるんだ」

「家主だからな」

 

 言いながら皿へ肉を並べる。バーゲストは自然な動きで紙皿を広げ、箸を揃えていた。頼んでもいないのに、そこまでやるのがこの人らしい。反対に壌竜は、少し離れた場所で立ったまま、部屋の狭さと食卓の配置を見ている。戦場を測る目つきのまま、生活の場へ入ってきたような違和感があった。

 

「座れよ」

 声をかけると、壌竜は一度だけ俺を見た。

「ここで、か」

「ここでだ。立ったままだと余計に圧がある」

「……そうか」

 

 腰を下ろすまでに一拍あった。その間にデルタが素早く俺の隣を確保する。

「そこ、デルタです」

「分かってる」

「早いなあ」

 ムジナが笑う。

「取られる前に取るです」

「何をだ」

「いろいろです」

 

 いろいろ、に何が入っているのか考えないようにして、俺は肉を置いた。じゅわ、と音が立つ。脂が熱板へ落ち、白い煙がふわりと上がった。玉ねぎの甘い匂いが遅れて広がる。

 

「全部乗せるです?」

 デルタがもう箸を構えている。

「駄目です」

 先に答えたのはバーゲストだった。

「火が落ちます」

「でも肉です」

「だからこそです」

 静かな言い方なのに、押し返す隙がない。デルタは不満そうに耳を揺らしたが、完全には逆らわない。

 

 ムジナが焼ける肉を眺めながら言った。

「最初はタンとか薄いのからの方が良くない?」

「焼き肉なめてないな」

「こういうのはちゃんと好き」

 そう言って、皿の端にあるねぎ塩を指で示す。だるそうな顔のくせに、好みだけははっきりしている。

 

 壌竜は黙っていた。煙の向こうで肉の色が変わるのを見ている。やがて短く言った。

「戦場より、置き方が難しいな」

「焼き網に戦術を持ち込むなよ」

 俺が言うと、ムジナが肩を揺らした。

「ちょっと分かるの嫌だな、それ」

 

 バーゲストが一枚を裏返す。

「そろそろです」

「待ってたです!」

 デルタの箸が一番に伸びた。熱いまま口へ放り込み、次の瞬間、目を細める。

「あつ……でも、うまいです」

「絶対火傷してるでしょ」

「うまいからいいです」

「良くないです」

 バーゲストが真顔で返す。そのやり取りに、ようやく肩の力が少し抜けた。

 

 ムジナは肉より先に玉ねぎを取った。次にえのき、最後にカルビを一枚。壌竜は勢いで手を出さず、焼き具合を見てから静かに箸を伸ばす。

「……悪くない」

「それ、高評価だろ」

「不味いなら言う」

 返事は短い。だが、食卓の真ん中でそう言われると、妙に重みがあった。

 

 プレートの上で、最後のカルビが一枚だけ残る。デルタの箸が伸びる。ほぼ同時に、壌竜の箸も動いた。空中で止まる。ほんの一瞬、静かな張り合いが生まれた。

 

「それ、デルタです」

「そうか」

「引かないです?」

「必要なら引く」

 

 淡々とした返しに、ムジナが吹き出す。

「静かな圧すごいな」

「追加を焼きます」

 バーゲストがもう次の皿へ手を伸ばしていた。

「揉めるほど足りてないわけじゃないだろ」

 俺が肉を置くと、デルタはすぐ機嫌を直す。

「ならいいです」

「切り替え早いね」

「肉の前では当然です」

 

 煙が薄く天井へ溶けていく。さっきまで敵だった壌竜が同じプレートを囲み、ムジナが横で面白がり、バーゲストが焼き加減を見て、デルタは肉の行方へ一喜一憂している。その全部を眺めていると、妙に現実味が薄い。なのに、肉の匂いと油のはぜる音だけは、どうしようもなく生活だった。

 

「……これからのこと、少しずつ考えるか」

 肉を返しながら言うと、デルタが真っ先に頷く。

「まず食べることは大事です」

「それはもうやってるだろ」

「大事だから二回言うです」

 ムジナが笑う。

「次は役割でしょ」

 バーゲストが続ける。

「整理は必要です」

 壌竜は少しだけ間を置いてから、低く言った。

「急ぐ必要はない。だが、考えはするべきだ」

 

 湯気ではなく、肉の煙の向こうで、その横顔を見る。まだ完全にこちら側の顔ではない。けれど、席を立たない。その事実だけで、今は十分だった。

 

 敵だったはずの相手が、同じ卓で肉が焼けるのを待っている。正しいかどうかは、まだ分からない。だが、少なくとも今は、この火の前で少し先のことを考える理由になっていた。

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