※この作品はR-18です。

MEDESGAME   作:ボルメテウスさん

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食事を終えた後の関わり

 ホットプレートの火を落とすと、部屋の中に残った熱が、ゆっくり形を失っていった。肉の脂が焼けた匂い。少し遅れて、玉ねぎの甘い香りが混じる。テーブルの上には空いた皿と、まだ油の照りを残した鉄板。四人で囲んだ食卓の跡は、思った以上に騒がしく見えた。

 

「うまかったです……」

 

 デルタは満足しきった声でそう言うと、そのまま椅子の背へ沈んだ。尾だけが気の抜けた調子で揺れている。ムジナは頬杖をつき、半分閉じた目で煙の残りを眺めていた。

 

「煙くさいけど、悪くなかった」

「その言い方、褒めてるのか」

「褒めてるよ。一応」

 

 バーゲストが皿へ手を伸ばすより先に、俺は首を振った。

 

「今日はいい。少し休んでてくれ」

「ですが」

「片づけくらいはやる」

 

 そう言って皿を重ねる。油の残った鉄板を持ち上げたところで、背後で椅子の脚が鳴った。

 

 振り返ると、壌竜が立っていた。

 

 白い翼は小さく畳まれているのに、それでも台所へ入るには少し窮屈そうだった。河川敷で見た時と同じ顔だ。静かで、重い。けれど今は、拳を構える代わりに空いた皿を一枚、当然みたいに手に取っていた。

 

「……いいのに」

「主一人で済ませる理由がない」

 

 短い返答だった。迷いがない。客扱いをされる側の遠慮ではなく、この場で自分が動くのは自然だと考えている者の声だった。

 

「客のつもりだったんだけどな」

「客ではない」

 一拍置いてから、壌竜が続ける。

「少なくとも、今は」

 

 言葉の重さに、妙な返事はできなかった。俺はそのまま流し台へ向かい、水をひねる。金属のボウルへ当たる音が、小さく台所へ広がった。

 

 壌竜は皿を並べるのが妙に正確だった。大きいものを奥、小さいものを手前。箸と小皿を分け、汚れの強いものを先に寄せる。無駄がない。

 

「手際いいな」

「乱れていると、動きが鈍る」

「片づけの話か?」

「生活も戦場も、散らかれば足を取られる」

 

 洗剤を垂らしながら、その言葉へ少しだけ笑ってしまう。

 

「なるほどな」

「可笑しいか」

「いや。お前らしいと思っただけだ」

 

 しばらく、水音だけが続いた。皿の擦れる音。スポンジの泡が弾ける音。部屋の向こうでは、デルタが欠伸をして、ムジナが小さく何かを言い、バーゲストがそれへ静かに返している。その気配が遠く聞こえるぶん、台所の狭さが妙にはっきりした。

 

 ホットプレートの縁についた油を拭っていると、壌竜の視線が手元へ落ちるのを感じた。

 

「どうした」

「主の手は、前へ出る者の手ではないな」

「そういう役でもないからな」

 

 布巾を動かしながら答える。壌竜はその返事を急がせなかった。少し考えるようにしてから、皿の水気を切る。

 

「だが、お前は戦場を動かす」

「褒めてるのか?」

「見ているだけだ」

 

 その言い方に、思わず口元が緩む。真正面から持ち上げられるより、そっちの方がまだ落ち着いた。

 

 最後の皿を受け取る時、壌竜が自然に言った。

 

「主、これで終いだ」

 

 手が一瞬だけ止まる。

 

「……その呼び方、まだ慣れないな」

「嫌か」

「嫌じゃない。ただ、重い」

「軽く呼ぶつもりはない」

 

 そう言われると、納得するしかない。こいつが何でも軽く済ませる相手じゃないことくらい、もう分かっている。

 

「なら、今はそのままでいい」

「そうか」

 

 皿を拭き終え、壌竜が食器棚の前で立ち止まる。どこへ戻すかを一瞬だけ迷ったらしい。その間が妙に人間臭くて、俺は棚を指した。

 

「そこだ」

「覚えた」

 

 その一言のあと、俺は何気なく口にした。

 

「無理なら、ここまで手伝わなくてもよかったんだけどな」

 

 壌竜の手が、ほんのわずかに止まる。振り向いた顔に怒りはない。ただ、静かに測る目があった。

 

「主は、まだ私を外に置くのか」

「違う」

 即座に言い切る。

「そういう意味じゃない」

 

 沈黙が落ちる。短いのに、変に長く感じた。

 

 やがて壌竜は視線を外し、最後の皿を棚へ戻した。

 

「ならいい」

 低い声が、狭い台所へ落ちる。

「私は今しばらく、ここにいる。それで足りる」

 

 それは宣言というより、確認に近かった。主従の誓いじゃない。だが、河川敷で拾った強者が、自分の意思でこの家に留まると言った。その事実だけで、胸の奥の何かが少し落ち着く。

 

 手を拭きながら、小さく息を吐く。

 

「……助かった」

「片づいた。それで十分だ」

「それだけか」

「他にいるか」

 

 少しだけ間が空く。部屋の向こうでは、デルタがとうとう寝息を立て始めていた。

 

 壌竜が、わずかに目を細める。

 

「主のやり方は、まだ甘い」

「だろうな」

「だが、無駄ではない」

 

 その言葉に、今度はちゃんと笑ってしまった。

 

「それ、だいぶ高評価だろ」

「受け取り方は任せる」

 

 流し台の前に並んで立つ影が、薄い蛍光灯の下で静かに伸びている。戦場で向き合っていた相手が、今は同じ皿を片づけている。それが正しいのかは、まだ分からない。

 

 けれど、こうして水音の中で肩を並べられるなら、少なくとも、ここから先を考える余地はある。

 

 壌竜はまだ俺を見極める立場のままだ。それでも、少しだけ、この家の中へ入ってきた気がした。

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