※この作品はR-18です。

MEDESGAME   作:ボルメテウスさん

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夜の龍

 夜は、焼き肉の匂いを薄く残したまま静まっていた。

 

 窓を少しだけ開けてある。そこから入る空気は冷えていて、昼の河川敷にまとわりついていた土の湿りとは違う、乾いた夜の感触を運んでくる。ベッドへ横になって目を閉じても、眠気はなかなか降りてこなかった。

 

 肉を焼く音。デルタの満足そうな声。ムジナのだるい笑い。バーゲストが皿を重ねる静かな手つき。そこまでは、どうにか生活の側へ寄せられた気がしていたのに、灯りを落として一人になると、やはり別のものが浮く。白くほどけていく輪郭。消えていく声。跡も残らない終わり方。

 

 寝返りを打とうとした時、控えめな気配が部屋へ入ってきた。

 

「……壌竜?」

 

 呼ぶと、暗がりの中で二本の角がわずかに輪郭を持つ。

 

「起きていたか」

 

 低い声だった。変わらない。戦っていた時と同じ声なのに、今は拳の代わりに沈黙を持っている。

 

「そっちこそ。どうした」

「少し、ここを借りる」

 

 問いというより、確認に近い言い方だった。断る理由は思いつかなかった。体を起こして少しだけ端へ寄ると、壌竜はベッドの反対側へ腰を下ろす。近い。けれど、触れそうで触れない距離だ。重みでマットレスがわずかに沈み、その揺れがこちらまで届く。

 

 しばらく、どちらも喋らなかった。

 

 窓の外で、遠くの車の音が流れていく。部屋の向こうでは、デルタかムジナの寝息がかすかに聞こえた。壌竜は正面を向いたまま、動かない。けれど、ただ黙っているのとも違う。何かを押しとどめている静けさだった。

 

「眠れないのか」

 

 ようやくそう聞くと、壌竜は少しだけ間を置いた。

 

「……そういう言い方もある」

「違うのか」

「眠れぬのではない。眠る前に、整理がつかんだけだ」

 

 らしい言い方だと思った。弱いとも苦しいとも言わず、ただ整理がつかないと言う。その曖昧さが、かえって今の重さをよく表している気がした。

 

「共に戦っていた」

 壌竜がぽつりと言う。

「それは事実だ」

 

 俺は答えず、続きを待った。

 

「好んで従っていたわけではない。だが、価値は認めていた」

「……ああ」

「だからこそ、ああして消えるのを見て、何も感じぬわけではない」

 

 視線はまだ前を向いたままだ。悲しいとも悔しいとも言わない。ただ、何も感じないわけではない、とだけ言う。その言い方の方がずっと重かった。

 

「主は、そこを軽く扱わなかった」

 低い声が、少しだけ近く聞こえる。

「それが、妙に残る」

 

 あの時のことを言っているのだと分かった。軽い慰めにも、分かったふりにも乗らなかったこと。そこを見ていたのかと思うと、不思議な気分になる。

 

「割り切ることはできる」

 壌竜の指が、シーツの上で静かに止まる。

「戦場で終わったものを、いつまでも引きずるつもりもない」

「壌竜らしいな」

「だが」

 

 そこで言葉が切れた。

 

 短い沈黙のあと、ようやく落ちてきた声は、さっきまでよりも少し低かった。

 

「それで、重さが消えるわけではない」

 

 その一言が、この夜の全部だった気がした。

 

 整理はできる。前を向くこともできる。切り替えることもできる。けれど、重くないわけじゃない。そこを無視しないのが、たぶん壌竜の強さなのだろう。

 

「主」

「何だ」

「私は今、前の戦いを終えた者でもあり、新たにここへ置かれた者でもある」

「……ああ」

「そのどちらにも、まだ完全には馴染まん」

 

 その言葉へ、綺麗な返事はできなかった。

 

 分かる、とも言えない。全部を受け止めてやれるほど、俺も器用じゃない。だから、少しだけ壌竜の方へ寄る。肩が触れるほどではない。ただ、距離を一つ縮めるだけだ。

 

「無理に馴染まなくていい」

 

 そう言うと、壌竜は初めてこちらを見た。

 

「俺だって、まだ全部を受け止め切れてるわけじゃない」

「……」

「お前がここにいることも、前の相手が消えたことも、正しい答えが出てるわけじゃない」

 

 壌竜の目が細くなる。

 

「それを言うか」

「言うさ。分かった顔で軽いこと言う方が、たぶん嫌だろ」

 

 すぐには返事がなかった。けれど、拒まれもしなかった。ベッドの沈み方が、ほんの少しだけ変わる。壌竜が肩の力を抜いたのだと分かった。

 

「主は甘い」

「知ってる」

「甘いくせに、逃げぬ」

「それも知ってる」

「……厄介だな」

「よく言われる」

 

 そこで、ほんの少しだけ空気が緩んだ。笑い声にはならない。けれど、張りつめていたものが少しだけほどける感じがした。

 

「だが、今はそれでいい」

 壌竜が静かに言う。

「今は、か」

「今は、だ」

 

 それで十分だった。

 

 壌竜はそれ以上喋らず、少しだけ目を閉じた。眠ったわけではない。ただ、戦いのあとの重さを、今だけここへ置くと決めたような静けさだった。俺ももう何も言わなかった。

 

 同じベッドの端で、同じ夜をやり過ごす。

 

 それだけで、今は少し足りる気がした。

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