※この作品はR-18です。

MEDESGAME   作:ボルメテウスさん

39 / 89
朝陽と共に

 朝の光は、思ったより普通だった。

 

 カーテンの隙間から細く差し込んだ白が、床の上を静かに伸びている。昨日の夜、あれだけ重いものを抱えたまま目を閉じたのに、朝だけは容赦なく来るらしい。薄い布団の中で目を開けたまま、しばらく天井を見ていた。

 

 眠れたのかどうか、自分でもよく分からない。意識が落ちた覚えはある。けれど、その裏にずっと張りついていたのは、砕けたスマホの音だった。小さいくせに、妙に耳へ残る。あの黒い破片。白くほどけていく指先。最後まで崩れきらなかった、赤い唇の線。

 

 息を吐く。喉の奥がまだ少し重い。

 

 枕元に置いたスマホへ手を伸ばしかけて、指先が止まった。

 

 たったそれだけの動きなのに、自分でもはっきり分かるくらい、ためらいがあった。触れれば、また何かが始まる気がした。画面をつけるだけで、昨日の続きを見せられるような、嫌な予感だ。

 

「主」

 

 低い声が、すぐ近くで落ちた。

 

 そちらを見る。壌竜が、壁際にもたれるように座っていた。いつから起きていたのか分からない。白い翼は小さく畳まれたまま、褐色の横顔だけが朝の光を少し受けている。

 

「……見てたのか」

「止まったからな」

 

 短い。だが、それで十分だった。誤魔化す気も失せる。

 

「朝から嫌なとこ見られたな」

「嫌なら隠せ」

「隠せるならそうしてる」

 

 そう返すと、壌竜はそれ以上は言わなかった。軽い慰めも、分かったような顔もしてこない。その静けさが、今は少し助かる。

 

 布団から出る。床の冷たさが足裏へじかに伝わった。いつもの部屋だ。小さい流し台、壁際の棚、昨夜のまま少しずれた椅子。なのに、自分だけがまだ昨日の場所に取り残されているみたいだった。

 

 ベッドの端へ腰を下ろしたところで、奥からごそごそと音がした。デルタだ。黒い耳が先に覗き、次に眠たげな顔が出てくる。目が合うなり、ぴたりと動きを止めた。

 

「……まだ変です」

「朝一番がそれか」

「朝だからです」

 デルタは真顔で言う。

「夜より、匂いがはっきりするです」

 

 言いながら近づいてきて、少しだけ顔を寄せる。鼻先が肩口の辺りで止まる。嫌がるでもなく、慰めるでもなく、ただ確かめている仕草だった。

 

「嫌な終わり方の匂いです」

「便利なこと言うな」

「便利じゃないです」

 デルタは眉を寄せる。

「本当です」

 

 そこへ、今度はムジナが欠伸混じりに姿を見せた。髪をかき上げながら、眠そうなまま椅子へ座る。

 

「そりゃ一晩じゃ消えないでしょ」

 だるそうな声だ。

「消えたら逆に怖いし」

 

 バーゲストは最後だった。きちんと起きて、きちんと身なりを整えている顔で台所へ向かう。何も言わず、やかんへ水を入れた。その手つきの丁寧さが、妙に沁みる。

 

「……温かいものを用意します」

「悪い」

「気にしないでください」

 

 それだけで終わる。余計なことを言わない。けれど、放ってもおかない。その距離の取り方が、バーゲストらしかった。

 

 やかんの小さな音が流れ始める。朝の部屋は静かだ。静かなまま、誰も俺のそばから完全には離れない。

 

 壌竜が、そこで再び口を開く。

 

「主」

「何だ」

「今日、どうする」

 

 問われて、返事がすぐには出なかった。

 

 何を、どうする。昨日の続きを考えるのか。考えないふりをするのか。次の反応を待つのか。どれも正しい気がしないし、どれも間違っているとも言い切れない。

 

「……分からない、が本音だ」

 ようやくそう言う。

「答えは出たか」

「出てない」

 即答だった。そこに迷いはない。

「そうか」

 

 壌竜は一度だけ頷く。

 

「なら、出るまで抱えて進め」

「簡単に言うな」

「簡単ではない」

 その声は低いまま変わらない。

「だが、捨てるな。止まるな」

 

 返そうとして、言葉が出なかった。

 

 たぶん、あいつは正しい。正しいが、優しくはない。いや、優しくないからこそ、今の俺には必要なのかもしれない。答えを出せとも、忘れろとも言わず、抱えたまま進めと言う。その不器用な重さが、壌竜の言葉だった。

 

 やかんが鳴る。バーゲストが火を止める音。湯気の気配が、台所からこちらへ流れてくる。

 

「……昨日のやり方は、最後の手段にする」

 自分の口から、ぽつりと落ちた。

 

 誰へ向けたわけでもない。けれど、部屋の中の全員がそれを聞いた。

 

 ムジナが頬杖をついたまま、少しだけ顔を上げる。

「じゃあ、次はまた読むんだ」

「読めるならな」

 スマホを見ないまま答える。

「壊す前に、できるだけ考える」

「妥当です」

 バーゲストが湯呑みを並べながら言う。

「それが、主様の線引きになるのでしょう」

「線引き、か」

「はい」

 静かな声だ。

「それを持たずに戦えば、いずれ何も感じなくなります」

 

 デルタはベッドの横へちょこんと座ったまま、こちらを見上げる。

 

「仮ボスが決めるです」

「雑だな」

「雑じゃないです」

 耳がぴくりと動く。

「決めないと進めないです」

 

 ムジナがそこで小さく笑った。

「デルタ、たまにすごく真っすぐだよね」

「たまにじゃないです」

「はいはい」

 

 やかんから注がれた湯気が上がる。湯呑みが一つずつ配られていく。バーゲストの動きにつられるみたいに、部屋の空気が少しだけ生活の方へ戻る。

 

 俺もようやく、枕元のスマホへ手を伸ばした。

 

 やはり、一瞬だけ止まる。昨日よりは短い。だが、確かに止まった。その間を、壌竜が見ているのが分かった。何も言わない。ただ、見ている。

 

 指先で画面に触れる。

 

 点いた。

 

 黒い面が朝の光を返し、次の瞬間、小さく不自然に明滅する。

 

 ぴ、とも鳴らない。ただ、白い線が一瞬だけ走った。

 

「……来た?」

 ムジナがすぐに言う。

「まだ弱い」

 バーゲストが画面を覗き込む前に答えた。

「ですが、反応はあります」

「嫌な感じです」

 デルタの耳が立つ。

「止まる気はないらしいな」

 壌竜が、横から低く言った。

 

 その言葉へ、自然と息が漏れた。

 

「……ああ」

 画面を見つめたまま返す。

「だろうな」

 

 答えは出ない。逃れられるかも、まだ分からない。昨日の重さは、朝になっても残っている。スマホに触れるだけで少しためらうくらいには、ちゃんと残っている。

 

 それでも、疑問を抱えたまま朝は来た。部屋の中には、デルタがいて、バーゲストがいて、ムジナがいて、壌竜がいる。重さは消えないが、独りでもない。

 

 だったら、今はそれでいい。

 

 壊れないために考える。考えたまま進む。今はまだ、それしか持てないのだから。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。