※この作品はR-18です。

MEDESGAME   作:ボルメテウスさん

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窓際の会話

 窓を開けた瞬間、夜気が細く差し込んできた。

 

 昼の熱が壁や床にまだ残っていて、部屋の中だけ息苦しい。寝るには微妙に暑く、かといって冷房を強くする気にもなれず、俺はそのままベランダへ出た。手すりの向こうに、遅い時間の街の灯りが散っている。近くの道路を走る車の音も、ここまで来ると薄い。

 

「……起きてたんだ」

 

 先にいたのはムジナだった。

 

 手すりへ半分寄りかかるようにして、外を見ている。振り向きもしないまま、気だるい声だけが返ってきた。

 

「そっちこそ。寝ないの?」

「ちょっと暑くてな」

「わかる。あの部屋、思ったより熱こもるし」

 

 隣へ並ぶ。近すぎず、離れすぎず。肘がぶつからないくらいの距離だ。開けた窓の向こう、部屋の灯りが細く床へ伸びている。その縁に、ムジナの影が長く落ちていた。

 

「みんなは?」

「デルタは寝た。バーゲストはたぶん本読んでる」

「壌竜は」

「起きてるんじゃないか。あいつ、寝てても起きてても雰囲気変わらないし」

 

 それにムジナが小さく笑う。喉の奥で転がすような、短い笑いだった。

 

「デルタってさ、ほんと分かりやすいよね」

「何がだ」

「主の近く、すぐ取るし。冷蔵庫の前でも、ごはんの時でも」

「……そうか?」

「そうだよ。あれ、縄張り主張してるやつじゃん」

 

 言われて思い返す。たしかに、席でも距離でも、デルタはだいたい俺の近くにいる。無意識にやっているのかと思っていたが、あれはあれでちゃんと考えているのかもしれない。

 

「バーゲストは逆。近すぎない位置から全部見てる」

 ムジナが続ける。

「壌竜は、いるだけで重い。なんか部屋の角が一個増えた感じ」

「ひどい言い方だな」

「でも分かるでしょ」

「……分かる」

 

 もう一度、小さく笑う気配がした。

 

「お前、意外とよく見てるんだな」

「見てるよ」

 あっさり返る。

「見てないと、生き残れないし」

「戦いの時だけじゃないだろ、それ」

「まあね」

 

 そこで会話が一度切れた。

 

 風が吹く。ベランダの手すりに置いた指先が、少し冷えた。ムジナは外を見たまま、次の言葉をしばらく選んでいるようだった。

 

「ここ」

 ぽつりと落ちる。

「思ったより嫌いじゃない」

 

 夢主の家。狭い一人暮らしの部屋。生活感が抜けきらない、小さな場所だ。

 

「だろうな」

「何その返し」

「そんな顔してる」

「どんな顔」

「少なくとも、今すぐ出ていきたい顔じゃない」

 

 ムジナが鼻で笑う。

 

「うん。嫌いじゃないよ」

 そこまでは軽かった。

 けれど、その次に来た間だけは、妙に長かった。

 

「でも、あんまり居心地いいと困る」

 

 そっちを見る。ムジナはまだこっちを見ない。街の灯りを映した横顔が、少しだけ硬い。

 

「困る?」

「……受け入れられるのって、ちょっと怖いし」

 

 声は小さかった。風に紛れそうなくらいに。なのに、変に耳へ残る。

 

 問い返そうと思えばできた。どうして、と。何が、と。でもそれを言った瞬間、たぶん何かが雑になる気がした。ムジナは今、全部を説明しようとしてるわけじゃない。ただ、少しだけ零しただけだ。

 

 だから、俺は言い方を探した。

 

「じゃあ」

 少し考えてから口を開く。

「怖くない範囲でいればいい」

 

 ムジナが、そこで初めてこっちを見た。拍子抜けしたような、呆れたような顔だった。

 

「……なにそれ」

「無理して馴染めって言うつもりはない」

「うん」

「でも、出ていけとも言わない」

 言ってから、少しだけ肩をすくめる。

「そういうことしか言えない」

 

 ムジナは何も言わず、数秒だけ黙った。それから、ふっと息を漏らす。

 

「それ、ずるいな」

「何がだ」

「そういう返し方するところ」

 

 責めているようで、声は少しだけやわらかかった。

 

 もう一度、風が吹く。部屋の中から、かすかに物音がした。誰かが寝返りを打ったのかもしれない。そこでようやく、ムジナが手すりから身体を起こす。

 

「戻る?」

「そうだな」

 

 先に歩き出したのは俺だった。いつもなら、ムジナは半歩後ろか、少し離れた位置につく。そういう距離の取り方をするやつだ。

 

 でも、今夜は違った。

 

 部屋へ戻る時、あいつは後ろじゃなく、横へ並んだ。

 

 肩は触れない。近すぎもしない。ただ、同じ速さで、同じ明るさの方へ戻っていく。それだけのことなのに、思ったよりちゃんと違っていた。

 

 何かが解決したわけじゃない。ムジナが全部を話したわけでもない。

 

 それでも、今はそれで十分だった。

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