※この作品はR-18です。

MEDESGAME   作:ボルメテウスさん

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壌竜との夜

 部屋の灯りを落としても、すぐには眠れなかった。

 

 薄いカーテンの向こうで、夜の色がじわりと滲んでいる。窓は少しだけ開けてあって、外の風が細く入り込み、シーツの端をわずかに揺らした。部屋の向こうは静かだ。デルタも、バーゲストも、ムジナも、それぞれの場所で息を潜めている。耳を澄ませば気配はある。けれど、このベッドの上だけは、妙に切り離されていた。

 

 寝返りを打ちかけた時、戸口の気配が揺れた。

 

「……壌竜?」

 

 暗がりの中で、低い声が返る。

 

「起きていたか、主」

 

 壌竜はそれだけ言って、部屋の中へ入ってきた。足音は重いはずなのに、不思議と静かだった。断りとも報告ともつかない間を置いて、ベッドの端へ腰を下ろす。距離は近い。だが、触れはしない。その沈みだけが、こちらの方へじわりと伝わってきた。

 

「眠れないのか」

「そういう言い方もできる」

 

 答えはいつも通り短い。けれど今夜は、その短さの奥に重さがあった。

 

 少し待つ。急かさない方がいい気がした。壌竜は前を向いたまま、しばらく何も言わなかった。窓の外で、遅い車の音がひとつ流れていく。

 

「共に戦っていた」

 ぽつりと落ちた声が、暗い部屋へ沈む。

「好んで従っていたわけではない。だが、価値は認めていた」

 

 前のマスターのことだと分かった。俺は何も挟まない。

 

「終わったものは切る。それはできる」

 壌竜の指先がシーツへ触れる。握り込むほどではない。ただ、置いただけの指にわずかに力が入る。

「だが、切れることと、重くないことは違う」

 

 その言葉に、胸の奥が少し痛んだ。

 

「……そうだろうな」

「主は、軽く扱わなかった」

「当たり前だ」

「当たり前にできる者ばかりではない」

 

 そこで、初めて壌竜がこちらを見た。暗がりの中でも、目だけは妙にはっきりしている。

 

「私は今、前の戦いを終えた者でもあり、この家へ置かれた者でもある」

 低い声は揺れない。

「どちらにも、まだ完全には馴染まん」

 

 強いまま言うからこそ、その言葉は重かった。弱音ではない。言い訳でもない。ただ、今の自分を切り分けた結果が、それなのだと分かる。

 

 俺は少しだけ身体を寄せた。肩が触れない程度に。距離を詰めるというより、離れすぎないための動きだった。

 

「無理に馴染まなくていい」

「……」

「俺だって、全部分かったわけじゃない」

 天井を見たまま言う。

「ここがどこまで守れるのかも、お前たちとどこまで行くのかも、正直まだ曖昧だ」

 

 壌竜はすぐには返さない。数秒の沈黙のあとで、わずかに息を吐いた。

 

「主は甘い」

「知ってる」

「だが、逃げぬ」

「それも知ってる」

「厄介だな」

 

 口調は変わらないのに、その一言だけ少し温度が違った。

 

「よく言われる」

「だろうな」

 

 短い応酬のあと、部屋にまた静けさが戻る。さっきまでの沈黙とは違っていた。気まずさではなく、同じものを見ながら黙っていられる静けさだ。

 

「ここが壊れたら嫌だ」

 自分でも思っていなかった言葉が、ふいに出た。

 

 壌竜の視線がわずかに動く。

 

「家が、か」

「ああ」

 喉の奥が少し詰まる。

「場所っていうだけじゃなくて……たぶん、今はもう、それだけじゃない」

 

 壌竜は否定しなかった。笑いもしない。ただ、ゆっくりと頷く。

 

「それを守るために戦うなら、主の戦い方は変わる」

「すぐには変われない」

「だが、変わる気はある」

 

 問いではなく、確認だった。

 

 俺は少し考えてから答える。

 

「たぶん、もう少し変わる」

「そうか」

 壌竜は短く言う。

「なら、私はそれを見ている」

 

 それ以上は何も足さない。けれど、その言葉だけで十分だった。

 

 カーテンの隙間が、ほんの少しだけ薄くなる。夜明け前の色だ。壌竜はベッドの端に座ったまま、目を閉じはしない。俺も同じだった。眠れないままでも、今はそれでいい気がした。

 

 同じ夜を、同じ部屋で、無理に答えを出さずにやり過ごす。

 

 それだけのことが、思っていたよりずっと大きかった。

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