※この作品はR-18です。

MEDESGAME   作:ボルメテウスさん

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招待状

 夜の部屋は、ひどく静かだった。

 

 静かといっても、何も音がないわけではない。冷蔵庫の低い駆動音。窓の隙間から入る外気が、カーテンをわずかに揺らす気配。ベッドの端で寝返りを打ったデルタの、短い布擦れ。そういう小さなものはある。けれど、誰も大きく喋らない夜の静けさが、部屋の隅に薄く溜まっていた。

 

 机の上に伏せていたスマホが、その静けさを破った。

 

 通知音は鳴らない。ただ、黒い画面がひとりでに点き、白い線がひと筋走る。反射的に目が向いた。前にも似た反応は見ている。けれど、今夜のそれは、妙に仰々しかった。

 

「……またか」

 

 指先で持ち上げる。画面の明るさが、暗い部屋の中でいやに冷たい。いつもの無機質な表示の上へ、新しい文面が順に浮かび上がってくる。

 

 ――NEXT PHASE OPEN

 ――TEAM TOURNAMENT ANNOUNCED

 

「は?」

 

 口から出たのは、それだけだった。

 

 ベッドの方で、デルタの耳が先に動く。

「何です?」

 起き上がるのは早い。目元にはまだ眠気が残っているくせに、声ははっきりしていた。

 

 椅子に浅く座っていたムジナも、こちらを見た。

「なに、それ」

 だるそうな声だが、視線だけは鋭い。

 

 バーゲストが本を閉じる音がする。壌竜は壁際にもたれたまま動かない。ただ、こちらの手元を見ているのが分かった。

 

「……トーナメント」

 自分で読み上げながら、言葉の輪郭の気味悪さに眉が寄る。

「チーム戦。勝ち抜き。参加陣営の照合開始」

 

 そこで一度、読むのを止めた。

 

 トーナメント。勝ち抜き。どれも、人を煽るために整えられた言葉だ。祭りの案内みたいな顔をしているくせに、実際にやることは殺し合いから一歩も外れていない。いや、外れていないどころか、わざわざ枠を作り、形式にして、見世物として整えた分だけ、余計に質が悪い。

 

「ふざけてるだろ」

 

 思わずそう漏れる。

 

 デルタは首を傾げた。

「強いやつが増えるです?」

「そこ食いつくんだ」

 ムジナが呆れたように言う。

「でも、まあ、増えるならそうなんじゃない」

 

 バーゲストはすぐに楽観しなかった。

「形式が整うほど、相手も準備してくるでしょう」

 視線は俺のスマホの画面に向いたままだ。

「遭遇戦とは、まるで別です」

 

「整えた、か」

 壌竜が低く言う。

「狩場ではなく、盤面を作ってきた」

 

「整えた、で済むかよ」

 少し声が強くなる。

「戦うしかない状況なのは分かる。でも、これは違うだろ」

 画面を睨む。

「対戦表だの、チーム戦だの、勝ち抜きだの……競技みたいにするなよ」

 

 その言葉で、部屋の空気がひとつ沈んだ。

 

 ムジナが頬杖をつく。

「気持ちは分かる」

 軽い調子は崩さない。

「嫌なもんは嫌だし」

 

 バーゲストは静かに続けた。

「形式が整うほど、感覚は鈍ります」

「慣れさせるための形にも見えますね」

 

 その言い方が、余計に胸に刺さった。

 

 慣れさせる。壊すことに。壊されることに。勝ち上がることに。

 

 スマホへ視線を戻す。まだ続きがあるらしい。嫌な予感がした。画面を送る指先が、一瞬だけ止まる。それでも読まないわけにはいかなかった。

 

 ――NO RESPONSE WILL BE TREATED AS ENTRY CONFIRMED

 ――REFUSAL DOES NOT EXEMPT ENGAGEMENT

 ――MATCH RIGHTS MAY BE FORCIBLY ASSIGNED

 

「……は?」

 

 さっきと同じ言葉が、今度はもっと低く落ちた。

 

「拒否しても除外されない」

 バーゲストが読み取り、短く言う。

「むしろ、参加の形だけ向こうに握られる可能性があります」

 

「最悪」

 ムジナが吐き捨てる。

「出ないって言っても、勝手に組まれるってことじゃん」

 

 デルタは状況の本質だけを拾った。

「出なくても戦うです?」

「そういうことになる」

 壌竜の声に迷いはない。

「ならば、不参加は選択肢ではない」

 

 言われるまでもなく分かる。逃げたつもりでも、外されはしない。だったら、拒否は回避にならない。むしろ、条件も相手も選べないまま巻き込まれるだけだ。

 

「……出ない、じゃ済まないのか」

 自分へ言い聞かせるみたいに呟く。

 

「はい」

 バーゲストが答える。

「受け身のまま巻き込まれる方が、危険です」

 

「逃げる方が変な相手に当てられそう」

 ムジナが椅子の背へ沈む。

「こういうの、そういう嫌らしいことするし」

 

 デルタは単純だ。

「なら出るです」

「簡単に言うな」

「簡単です」

 真顔だった。

「出ないで死ぬより、出て噛む方がいいです」

 

 雑だ。雑なのに、変に否定しづらい。

 

 スマホの光が掌を白く照らす。参加承認の表示はまだ出ていない。けれど、実質的には、もう逃げ道の形が潰されているのが分かる。

 

 個人戦なら、まだ間合いを選べた。遭遇するか、避けるか、少なくとも少しは自分の意思を挟めた。だが、トーナメントになれば違う。敵も味方も、枠へ押し込まれる。順番も、組み合わせも、試合そのものも、すべて“形式”になる。

 

 気分が悪かった。

 

「納得したわけじゃない」

 

 誰へともなく言う。

 

 壌竜がこちらを見る。

「そうだろうな」

 あくまで静かだ。

 

「でも、出ないじゃ守れない」

 自分の口で言うと、その言葉の重みが少しだけ変わる。

「嫌だから降ります、で済ませてくれる相手じゃない」

 

 ムジナが目を細めた。

「主、今度は読むだけじゃ足りないよ」

「分かってる」

 すぐに返す。

「見るのは敵だけじゃない。こっちの動きもだ」

 

 それが、口にして初めて少しだけ形になる。

 

 チーム戦だ。デルタをどこへ置く。バーゲストをどう使う。ムジナをどのタイミングで動かす。壌竜に何を支えさせる。自分はどこで読み、どこで指示を出す。考えるべきものは、もう敵だけじゃない。

 

 バーゲストが頷く。

「それでこそ、備える意味があります」

「主様が見るべき盤面は、広がったということですね」

 

「面倒くさいけど、派手にはなりそう」

 ムジナはそう言って肩をすくめた。

「嫌いじゃないけど、好きにもなりたくないやつ」

 

「強いなら、壊すです」

 デルタはブレない。

「勝つなら、噛むです」

 

 壌竜は最後まで無駄を言わなかった。

 

「主が盤面を選べ」

 低い声が、部屋の真ん中へ落ちる。

「力はある。噛み合わせを誤るな」

 

 その一言で、ようやく画面の下に承認ボタンが現れた。

 

 ――ENTRY CONFIRM

 

 親指が止まる。

 

 バカラ戦の後、スマホに触れる時に止まったのとは、少し違う感覚だった。あの時は、壊した記憶が指に残っていた。今は、押せば始まると分かっているから止まる。認めたくないものへ、自分の意思で触れる瞬間のためらいだ。

 

 誰も急かさない。

 

 デルタはじっと見ている。バーゲストは黙ったまま待つ。ムジナも、口を挟まない。壌竜だけが、まっすぐこちらを見ていた。

 

「……こんな形、認めたくはない」

 

 正直にそう言う。

 

 それでも、指は画面へ落ちた。

 

 短い振動。

 

 ――ENTRY CONFIRMED

 ――TEAM REGISTRATION COMPLETE

 

 文字が確定した途端、部屋の静けさが一段深くなる。

 

「決まったです」

 最初に口を開いたのはデルタだった。

 

「ほんと、面倒なの始まるね」

 ムジナが後を継ぐ。

 

「なら、備えましょう」

 バーゲストの声は変わらず端正だ。

 

 壌竜は短く、それだけ言った。

「そうだ」

 

 スマホの光が消える。画面が黒へ戻る。その黒さの向こう側に、次の戦いがもう並び始めている気がした。

 

 納得はしていない。こんなものを戦いだと呼びたくもない。

 

 それでも、出ないでは守れない。

 

 だったら進むしかない。疑問を捨てずに。呑まれないまま。

 

 そう思いながらも、胸の奥には冷たいものが残っていた。

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