※この作品はR-18です。

MEDESGAME   作:ボルメテウスさん

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探索の先へ

 黒い幕の奥で、赤い照明が一度だけ不自然に瞬いた。

 

 それはお化け屋敷に仕込まれた演出ではない。安っぽい恐怖を作るための点滅なら、もっと分かりやすく、もっと雑に人の目を引く。けれど今の光は、こちらが近づいたことへ反応したように揺れ、すぐに沈んだ。デルタが嗅ぎ取った異質な匂いと、スマホの画面で揺れる反応点が、ようやく同じ場所で重なる。

 

「デルタ、場所は分かった。お前は邪魔を止めろ」

 

 通信へ声を入れると、返事より先に爪が床を擦る音がした。

 

「分かったです。あいつはデルタが噛むです」

 

「うふふー、独り占めですかぁ? 嬉しいですねぇ」

 

 ルプスレギナは床に膝をついたまま笑っていた。肩の傷は深い。腕の回復も追いついていない。けれど、その目はまだ負けを認めていない。むしろ、こちらが黒い幕へ意識を移したことで、最後に噛みつく場所を見つけたように細くなる。

 

 相手マスターの声が、場内のスピーカーから割り込んだ。

 

「ルプスレギナ、止めろ! そのアイテムを取らせるな!」

 

 声には焦りが混じっていた。つまり、あの幕の奥にあるものは、ただの終了札ではない。相手陣営も、それが取られたら終わりだと分かっている。

 

 俺はスマホを握ったまま、黒い幕へ向かって走った。破壊禁止のルールがあるせいで、近道はできない。足元に散った演出用の骨、倒れた人形の腕、煙を吐く機械箱を避けながら進む。その背後で、ルプスレギナが立ち上がる気配がした。

 

「困りますねぇ。そこまで取られると、本当に負けちゃうじゃないですかぁ」

 

 甘い声と同時に、白い光が広がる。回復ではない。補助魔法を重ねた拘束のようなものだろう。細い糸めいた光が床を這い、俺の足元へ伸びる。

 

 それを、デルタが横から踏み潰した。

 

 床は砕かない。けれど、魔法の光だけを爪で引き裂く。黒い影が走り、ルプスレギナの前へ割り込んだ。デルタの尾が低く振れ、牙を見せる顔が、獲物を逃がさない距離に入る。

 

「仮ボスの邪魔はさせないです」

 

「あらぁ、番犬みたいですねぇ」

 

「狼です」

 

「そういうところ、可愛いですよぉ」

 

「黙るです」

 

 デルタが踏み込む。ルプスレギナは笑顔のまま腕を上げ、最後に残した魔法を指先へ集めた。淡い白が赤い照明の中で膨らみ、周囲の人形や幕を巻き込むように震える。自分の傷を治すためではない。俺を止め、デルタを逸らし、探索物へ届く一瞬を潰すための魔法だ。

 

 だが、デルタはもうそれを見ていた。

 

 爪が腕へ入る。切り落とすのではなく、魔法の流れが集まる手首を押さえ込み、身体ごと床へ叩き伏せる。重い音が小広間へ響いた。破壊警告は出ない。床も壁も壊れていない。壊されたのは、ルプスレギナの最後の一手だけだった。

 

「ひどいですねぇ。女の子の手をそんなに乱暴に扱うなんて」

 

「仮ボスに言いつけるです」

 

「今のご主人様じゃないんですかぁ?」

 

「もう負けるやつの言うことは聞かないです」

 

 その言葉へ、ルプスレギナの笑みが一瞬だけ薄くなった。

 

 俺は黒い幕をくぐる。奥には狭い隠し部屋があった。壁には古い護符の演出が貼られ、中央には小さな箱が一つだけ置かれている。終了札を入れるような返還箱ではない。黒い金属で作られたタグのようなものが、箱の中で低く光っていた。

 

 手を伸ばす前に、スマホが震える。

 

 ――WARNING

 ――SPECIAL ITEM AREA

 

「終了札じゃない……何だ、これ」

 

 画面の文字が切り替わる。

 

 ――NEXT MATCH OBSERVATION TAG

 ――ACQUIRE TO CLEAR FIRST MATCH

 

 親切なのか、嫌がらせなのか分からない表示だった。勝利条件の本体を、終了札の形にすらしていない。偽物の札をばら撒き、探索ゲームだと思わせ、最後は匂いでしか辿れない場所に次の試合の情報を隠していた。運営は、ただ戦わせているだけではなく、勝った側へ次の餌を与えている。

 

 俺はそのタグを掴んだ。

 

 途端に、お化け屋敷全体の赤い照明が青白く反転した。外の小広間で、デルタがルプスレギナを押さえ込んだままこちらを振り返る。ルプスレギナの指先に残っていた光が霧散し、相手マスターの声が途切れた。

 

 ――SPECIAL ITEM ACQUIRED

 ――FIRST MATCH CLEARED

 

 スピーカーの奥で、何かが壊れたようなノイズが走る。相手マスターの叫びが一瞬だけ混ざった。

 

「待て、まだ終わってない! 俺は――」

 

 言葉は最後まで続かなかった。視界の端で、場内に浮かんでいた相手側の識別表示が剥がれるように消える。人間が消える音なんて、本来あるはずがない。それでも、胸の奥には嫌な重さが落ちた。勝った。けれど、その勝利は誰かの終わりと引き換えに処理される。

 

 ルプスレギナの身体も光へ包まれた。

 

「うふふー、負けちゃいましたかぁ」

 

 悔しがる声ではない。最後まで軽く、最後まで他人事のような声だった。デルタは爪を引きながらも、油断なく距離を取る。ルプスレギナは膝をついたまま俺を見ると、少しだけ首を傾げた。

 

「では、ごきげんよう……と言いたいところですけどぉ」

 

 その先を聞く前に、白い光が彼女の姿を呑んだ。

 

 退場した。そう思った。

 

 けれど、スマホは鳴り止まなかった。青白い画面に、新しい表示が重なる。

 

 ――CONTRACT TRANSFER

 ――LUPUSREGINA BETA : NEW MASTER REGISTERED

 

 息が止まりかけた。

 

「……待て。退場じゃないのか」

 

 バーゲストが俺の隣へ来る。ムジナも、壌竜も、画面を見ていた。誰もすぐには口を開かない。今の表示が意味するものを、全員が遅れて理解していく。

 

「勝利陣営へ、契約体が移った……?」

 

 バーゲストの声は低かった。

 

「勝つたびに増えるってこと?」

 

 ムジナの言葉は軽く聞こえたが、その目は笑っていない。

 

 壌竜が静かに告げる。

 

「戦力だけではない。主が抱えるものも増える」

 

 その言葉が、一番重かった。勝てば楽になるわけではない。勝てば終わるわけでもない。勝った分だけ、こちらの手元に力が集まり、その力に名前と感情と過去がある。敵だった者を抱え込む仕組みで、MEDESは俺たちを先へ進ませようとしている。

 

 光が収束した先に、ルプスレギナが立っていた。

 

 消えたはずの彼女は、傷のほとんどを消し、メイド服の裂けた跡だけを薄く残して、こちらへ優雅に頭を下げる。顔には、敗者の屈辱よりも、新しい遊び場を見つけたような笑みがあった。

 

「うふふー。では、今日からよろしくお願いしますねぇ、新しいご主人様?」

 

 デルタが一歩前へ出て、牙を剥く。

 

「デルタが勝ったです。でも、こいつがこっちに来るのは嫌な匂いです」

 

「ひどいですねぇ。仲良くしましょうよぉ」

 

「嫌です」

 

 そのやり取りを聞きながら、俺はスマホに表示された契約欄を見た。デルタ、バーゲスト、ムジナ、壌竜。その下に、新しくルプスレギナ・ベータの名前が追加されている。勝った実感より先に、背中へ冷たいものが這った。

 

「……最悪だな」

 

 声に出すと、ルプスレギナが楽しそうに笑う。

 

「そういう顔、嫌いじゃありませんよぉ」

 

 俺は答えず、手の中の黒いタグへ視線を落とした。そこにはまだ、次の対戦相手の情報が完全には開いていない。ただ、ノイズ混じりの映像が一瞬だけ流れる。赤い鳥居のような影。水槽を叩くような音。炎にも見える紋章。そして、画面の端に浮かぶ文字。

 

 ――SECOND MATCH : PREVIEW LOCKED

 

 一回戦は終わった。デルタは勝った。探索物も確保した。だが、勝利の先に待っていたのは解放ではなく、さらに増えた戦力と、次の試合への誘導だった。

 

 お化け屋敷の外で、止まった観覧車が闇の中へ沈んでいる。

 

 その輪の向こうに、もう次の盤面が用意されているように見えた。

 

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