※この作品はR-18です。

MEDESGAME   作:ボルメテウスさん

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ルプスレギナのお気に入り

 廃遊園地のゲートを抜けたあとも、背中にはまだ赤い照明の残像が張り付いていた。

 

 お化け屋敷の中で嗅ぎ取った異質な匂い。黒い幕の奥に隠されていた特殊アイテム。相手マスターの表示が剥がれるように消え、ルプスレギナ・ベータの名前が俺の契約欄へ追加された瞬間。どれも終わったことのはずなのに、夜道へ出ても、勝ったという感覚だけはうまく形にならない。廃遊園地の外は静かで、遠くの道路を走る車の音さえ普通に聞こえるのに、俺たちの列だけが別の場所から引きずり出されたように浮いていた。

 

「うふふー。夜道を一緒に帰るなんて、仲良しみたいですねぇ、ご主人様?」

 

 最後尾に近い位置から、軽い声が飛んでくる。

 

 その呼び方を聞いた瞬間、デルタの耳がぴくりと動いた。歩幅が乱れ、尾が低く振れる。さっきまでルプスレギナを押さえ込んでいた時と同じ匂いを、声だけで思い出したのかもしれない。

 

「その呼び方、まだ嫌な匂いがするです」

 

「あらぁ、そうですかぁ? でも、契約欄にはちゃんとそう出ていましたよぉ。新しいご主人様って」

 

「仮ボスです。ご主人様じゃないです」

 

「デルタさんはそう呼ぶんですねぇ。ふふ、可愛いです」

 

「可愛くないです」

 

 デルタが振り返りかけたので、俺は横から名前を呼んだ。デルタは不満そうに唸ったが、足は止めない。仮ボスの契約体だから噛まない、とさっき本人が言ったばかりだ。守っている。守っているが、納得はしていない。それが歩き方だけで分かる。

 

「……俺も、その呼ばれ方に慣れる気はない」

 

「えー、そうなんですかぁ。ご主人様はご主人様なのに」

 

「からかうために言ってるならやめろ」

 

「はぁい。できるだけ気をつけますねぇ、ご主人様」

 

 やめる気のない返事だった。

 

 ムジナが少し前で肩を揺らす。笑っているが、楽しそうというより、面倒な火種を見つけた時の顔に近い。

 

「帰り道なのに、もう一戦始まりそうじゃん」

 

「始めないです。仮ボスが止めるからです」

 

「止めなかったら?」

 

「噛むです」

 

「即答だね」

 

 ムジナの軽口に、ルプスレギナがくすりと笑う。バーゲストは何も言わずに歩いていたが、視線はときおりルプスレギナへ向いている。壌竜も同じだ。仲間になったから安全、という空気はどこにもない。むしろ、敵だった時より近い場所へ置かれたせいで、警戒すべき輪郭が濃くなっている。

 

「でも、デルタさんは本当に強かったですよぉ」

 

 唐突に、ルプスレギナが言った。

 

 デルタは警戒したまま振り向く。褒められたからといって機嫌を直すほど単純ではない。少なくとも、相手がルプスレギナでなければの話だ。

 

「あの噛みつき方、嫌いじゃありません。真っ直ぐで、速くて、ご主人様のためならちゃんと我慢もできる。そういうところ、見ていて飽きませんねぇ」

 

「褒めても噛まない理由にはならないです」

 

「褒めているんですよぉ。ご主人様に言われたら、ちゃんと待てるところとか」

 

 デルタの尾が床ではなく、夜道のアスファルトを強く打つ。

 

「待てじゃないです。デルタは狼です」

 

「はいはい、強い狼さんですねぇ」

 

「やっぱり噛むです」

 

「噛むな」

 

 俺が言うと、デルタは歯を見せたまま踏み止まった。ルプスレギナはその反応まで予想していたように、目を細めて笑っている。デルタが本気で怒っているのを分かったうえで、怒らせている。戦闘中に見せた残虐さとは違うが、根は同じだ。相手の反応を見て、どこを押せば感情が動くかを確かめている。

 

「本当に面白い子ですねぇ」

 

「お前の面白いは嫌な匂いです」

 

「そうですかぁ? でも、わたしは気に入りましたよぉ」

 

「嫌です」

 

 会話だけ聞けば子どもの喧嘩みたいなのに、隙を見せれば本当に噛みつく緊張があった。ルプスレギナもそれを望んでいるように見えるから、こちらとしては余計に気が抜けない。

 

 バーゲストが静かに口を開いた。

 

「デルタ様が嫌悪するのは当然です。ですが、ルプスレギナの観察眼も戦闘では使えるでしょう」

 

「観察眼?」

 

「相手の怒り、癖、踏み込み方を見ています。性格は好ましくありませんが、戦場では相手の嫌がる位置を塞ぐ役になり得ます」

 

 それは認めざるを得なかった。一回戦でも、ルプスレギナはデルタの怒りを煽り、破壊禁止ルールへ追い込もうとしていた。敵に回ると厄介だったが、味方に置けば、その厄介さを別の敵へ向けられる可能性がある。

 

「性格は最悪だけど、動きは合うかもってことか」

 

 ムジナがまとめると、壌竜が頷いた。

 

「相性が良いわけではない。だが、噛み合う戦場はある。主がそれを見極めることになる」

 

「また俺の仕事が増えるのか」

 

「勝ったからな」

 

 短い言葉が重かった。勝ったから契約体が増えた。勝ったから戦力が増えた。勝ったから、判断する対象も、背負うものも増えた。MEDESは勝者を楽にするのではなく、さらに複雑な盤面へ押し上げている。

 

 その時、ポケットの中でスマホが震えた。

 

 立ち止まると、全員の視線がこちらへ向く。ルプスレギナだけは、何が出るかを楽しむように目を細めていた。俺は画面を開き、特殊アイテムの欄に新しい反応が出ているのを確認する。

 

 ――NEXT MATCH OBSERVATION TAG

 ――DATA PARTIAL UNLOCK

 

「タグが反応してる」

 

 表示がノイズを吐き、黒い画面の中央へ影を映す。

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