最初に見えたのは、人の輪郭ではなく、紋章だった。盾の形をした外枠。中央に縦へ伸びる剣。左右へ広がる翼のような飾り。名前は出ない。顔も出ない。けれど、そこには明らかに騎士を思わせる意匠があった。
次いで、一瞬だけシルエットが浮かぶ。
鎧。長い得物。重い外套。顔は見えないが、立ち姿だけで分かる堅さがある。こちらを見ているわけではないのに、画面越しに剣先を向けられたような圧があった。
「……これは」
バーゲストの声が変わった。
さっきまでの警戒とは違う。騎士として、あるいは戦士として、見過ごせない何かを感じ取った声だった。彼女の視線は画面に固定され、わずかに顎が上がる。
「鎧? 剣? 騎士っぽいね」
ムジナが呟く。いつもの軽さはあるが、茶化す声ではなかった。
「名前は出ない。シルエットだけだ」
「盾と剣の紋章……騎士系統の契約体でしょう」
バーゲストが言い切る。ルプスレギナはその横顔を見て、楽しそうに微笑んだ。
「あらぁ、次は騎士様同士の戦いですかぁ?」
「まだ決まったわけじゃない」
「でも、ご主人様もそう思ってますよねぇ?」
否定はできなかった。MEDESは偶然に見せているわけではない。デルタの一回戦に探索と狩りを当てたように、次はバーゲストへ何かをぶつけようとしている。契約体の性質を読んで、適した試合を組んでいるのだとしたら、これはもう単なるトーナメントではない。
画面の表示が切り替わる。
――SECOND MATCH : ROLE MATCH
「ロールマッチ……?」
続けて、新しい文字が浮かぶ。
――MATCH ATTRIBUTE : KNIGHT
――RECOMMENDED UNIT : BARGHEST
おすすめ、という表現が気持ち悪かった。選べるように見せている。けれど実際には、こちらを誘導している。バーゲストを出せ、と言っているのとほとんど変わらない。
「おすすめって言い方、嫌だな」
ムジナが顔をしかめる。
「推奨と表示しながら、実質的には誘導だ」
壌竜の声は低い。
「MEDESは契約体の役割を見て、試合を組んでいる。次はバーゲストを試す盤面ということだろう」
デルタが不満そうに耳を動かした。
「デルタも戦えるです」
「分かってる。でも、今回はバーゲストに向けて組まれてる」
「むぅ……」
デルタは露骨に不満そうだったが、さすがにさっきの試合を終えたばかりで、すぐ自分が出るとは言い出さなかった。ルプスレギナがそこへ口を挟む。
「うふふー。ご主人様、大変ですねぇ。勝てば勝つほど、みんなの出番を考えなきゃいけないんですから」
「楽しそうに言うな」
「楽しいですよぉ。だって、どんどん賑やかになりますから」
「お前みたいなのが増えるなら嫌です」
「デルタさん、ひどいですぅ」
デルタとルプスレギナのやり取りがまた始まりそうになる。その前に、バーゲストが一歩前へ出た。夜道に響いた靴音は小さいが、不思議と全員の会話を止めた。
「構いません」
バーゲストは画面の騎士の紋章を見つめたまま、静かに言う。
「騎士を名乗る相手なら、私が受けます」
「バーゲスト」
「マスター、これは挑戦です。相手がどのような者であれ、騎士という形を掲げているなら、私が退く理由はありません」
その声には、普段の落ち着きとは違う芯があった。怒りではない。高揚でもない。自分が名乗るもの、自分が背負うものを試される場が来たと理解した者の声だった。
俺はスマホの画面を閉じる。
「……本当に最悪な大会だな」
勝ったと思えば、新しい契約体が増える。帰れると思えば、次の相手の影が映る。次は誰を出すかまで、運営がこちらの性質を読んで誘導してくる。自分で選んでいるように見えて、その実、選ばされている。
夜道の先には、街の灯りがある。けれど、その明かりが日常へ戻る道には見えなかった。
バーゲストは静かに歩き出す。デルタはまだルプスレギナを睨み、ルプスレギナは面白がるように笑っている。ムジナは小さく肩をすくめ、壌竜は何も言わずに俺の隣へ並んだ。
二回戦はまだ始まっていない。
だが、騎士のマークはもう俺たちの前に置かれている。